『明日の君と逢うために』感想レビュー。大事だったあの夏を「やり直す」ための物語。(9703文字)


明日の君と逢うために 初回限定版

評価:★★★★(4.5)


叶わなくてもいい。 

 

願いは必ず叶わなければならない―――

そんな風には思わない。 

願う気持ちがあれば、それで―――

私は前に進める。

 

 

 



<!>明日の君を想うADV

  プレイ時間   43時間
  面白くなってくる時間   2時間
  おかずにどうか?   とても使える
  お気に入りキャラ   若宮明日香

 

原画 倉嶋丈康(まっぴーらっく.)
シナリオ 鏡遊 , 北川晴
音楽 松本慎一郎(M.U.T.S.MusicStudio) , yan(鳥煮亭)
声優 五行なずな(夕霧 瑠璃子) , 一色ヒカル(御風 里佳) , 祢乃照果(泉水 小夜) , 沢野みりか(月野 舞) , 井村屋ほのか(藤崎 あさひ) , 安玖深音(若宮 明日香)
城樹翔(瀬戸 和也) , 風音(七海 美菜) , 小池竹蔵(夕霧 直輝) , 北都南(りん)
倉田まりや(八代 理子、女友達、部員)
歌手 橋本みゆき(OP曲「TIME」 ED曲「only・・・」 )
その他 鏡遊(企画・原案) , 松根マサト(matsuNe)(デモムービー) , Jellyfish(アニメデモムービー)

公式HP│ 明日の君と逢うために

 

 

『明日君』のここがポイント!

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  • とにかくもう泣けちゃいます。涙でぼろぼろな作品
  • 明日香をはじめ女の子は可愛いしエ口いしもう最高だよね!

  • 全てを取り戻すために戻ってきた少年と、すべてを失って帰ってきた少女が出逢うとき、止まった時計が動き始める。



OP




OPムービーだけで泣けちゃいます。ほんとにもう歌と映像のマッチング具合がすごい。

 

 

 

キャラ順位

 

1位 若宮明日香

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堂々の一位は、若宮明日香!

最初は「ハイテンションキャラ?! いや食いしん坊?!」と思ってましたけど、段々芯の強さが出てくると、もうめろめろでした。

大事なときに伝えるべき言葉を伝えて、泣きたいときにちゃんと泣いて、笑いときに大笑いする。そういう表情の豊かさが明日香のいいところだよね! うまうま♪

 



2位 泉水小夜・月野舞

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2位は同着で、泉水小夜と月野舞。

小夜の心象強度の高さが異常で、ていうかこの子ほんと学校生活大丈夫かー?と思いつつその強さに惚れちゃいました。人と人との縁や倫理をことごとく切り裂いていくのは本当に痛快です。

社会での適合はかなり難しいけど、人間としては惚れちゃうよねえ……。

舞は、エ口い可愛い!きつい悪魔! みたいな女の子です。ほんとうに言動がきつい。小夜と同等にきつい。でもデレデレの顔と態度はもう、もう!!!

あのツインテでびしばし叩かれたい。



3位 夕霧瑠璃子
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3位は、おっとりな夕霧瑠璃子。


こうやって自分が好きなタイプを見ていくと、私はさしておっとり系というんですかね? そういう子はめちゃくちゃに好き! というわけじゃないようです。

むしろガンガン系・クール系の女の子が好きだなーと。(ガンガン殴ってくるとか、ガンガン言葉で傷めつけてくるとか)

瑠璃ちゃんは腹黒おっとり可愛い。さらにおっぱいなのでおっぱいです。



4位 御風里佳 

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里佳姉は、女性としての魅力はない……気がします。うん無い!

でもお姉ちゃん然としているのは、なんかいいよね。守ってくれているみたいな感じなので。(中身はおっさんですが)

 

 


5位 藤崎あさひ

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5位はあさひ先輩。

残念ながら、あさひ先輩はあまり好感を持てなかったなー……。ボイスも途中でOFFにしてしまいましたし、相性が悪かったです。ううう。

 

 

<!>ここから本編に触れていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あしたのキミと逢うために―――

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八代修司は走り続けた。7年前のあの日を取り戻すために。

走って、走って、走って走って走って走った。あの夏を、あの思い出を、あの時間を、大切だったあーちゃんを忘れられなかった。


大事だった、とても大切な人だった。それが目の前で失われたんだ。だから決意する、取り戻そうと必死だった。

 

だから全力で走る―――。


明日の君と逢うために』のOPムービーを見ると、シュウはずっと走り続けている。これを見た時私は泣いてしまった。ゲームを終わったあとではなく、ゲームを始めるまえにもうどうしようもなく。

 

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それは「走る」という行為が「戦う」というものに見えてしまったからだ。戦う、戦っている。修司は現実と戦っている。理不尽な出来事に、苦痛の毎日に、亀裂が走った過去に、抗い続けている。

走るという行為は、そういう必死の全力が伺える。
過去に向かって走っているのだとしても、修司は精一杯現実と戦っている。

―――7年。

そう7年ものあいだ、彼はあーちゃんを思い出し、遊びまわった過去に想いを馳せてきた。いつか必ず取り戻せるという願いを抱いてきた。

それがどれほどのことなのか、どれくらいの覚悟なのか私には途方すぎて理解が追いつけない。 

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日―――走ってきたんだ。それは叶わない願いだとか、もしかしたらそれは夢物語なんじゃないかと考えてしまうんじゃないだろうか。 


大切だった彼女が、突然この世界から消え去る。原因もワケも分からない。そんな中で闇雲に走り続ける。

7年。

それは子どもの時間にとってはあまりにも長く蜜で、掛け替えのないもの。それを修司は灰色に染めてきた。それは修司が「明日」を見ていないから。「過去」ばかりを見つめすぎていたから。

止まった時計はまだ動き出さない。

ほんとうにほんとうに大事なものを失ったとき、人は自身の体内にある時計を止めてしまうものなんだ。

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それは八代修司だけじゃない。

御風里佳も、泉水小夜も、夕霧瑠璃子も、ある一瞬の光景を止めてしまっていた。


御風里佳は、咲が消えたあの日を、
泉水小夜は、消えてしまったお姉さんの日を、
夕霧瑠璃子は、7年前のあの初恋を、


若宮明日香と藤崎あさひは、記憶について苦しんでいた。

明日香は、記憶の全損失による欠落に、
あさひは、記憶の混濁による孤独感に、苦しんでいた。



みんなみんな記憶によって、苦しんできたんだと思う。心から大切にしてきたものを奪われた痛み、初恋の苦しみ、記憶による寂寥感、孤独感、違和感――― 。

人は記憶(=過去)をどうしても見つめすぎてしまう。なぜなら、「記憶」というものはその人にとって掛け替えの無いものだから。

 

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自分が自分であるために、自分らしくいるために、自分というたった一つの固有性。それが記憶。

誰かと笑いあった時間や、喧嘩して泣いて、怒って、でもまた仲直りして。一緒に夕飯を食べて、一緒にテレビを見て、それで学校のことについて語り合ったり、いつしか手をつないだり、キスをして、Hをして、幸せをお互いに表情にのせる。

そういう大切な一瞬一瞬が、過去から今へと積み重なってきている。それは命よりも重く、尊い。「記憶」はほんとうに宝物みたいなものなんだ。

これがあるから、人は生きていける。大切な思いを胸に、煌めいていた過去を思い返して今日の不幸を耐えしのげる。そんなふうに私は感じてしまう。

だからこそ、みんな記憶に、過去に、あの日の思い出に囚われてしまう。大切だから大事だったから。

 

 

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俺は取り戻すために、ここにいる


そう思ってしまうんだ。


止まった時間を持っている修司と女の子。その二人が出逢って惹かれ恋をし、障害にぶち当たる。そこで神さまは、毎度問うてくる。

選択を迫ってきた。そうして八代修司と女の子たちは、選択を選び取り、決断していった。


私にはこれこそが「過去」を断ち切って「明日」を望む過程なんだと思う。そう見えたんだ。



りんは言った。

あなたの望みを聞かせて。自分で願わなければ叶えられない

と。

まっすぐな強い意志が無ければ、どれだけ願っても、なにを差し出しても叶わない


とも言った。

 

「願い」っていうのは、本質的には明日を夢見る行為なんだと思う。過去のためじゃない、明日の自分のために、二人のためにする祈り。

だから修司や女の子たちが強い気持ちで「願」えば願うほど、過去のしがらみが抜けていく。

自分の未来を強く願って、未来を選択して、決断する。それは過去に囚われては出来ない。後ろを向いていては決断できない。

だから時には、記憶の全損失にだって耐えてきたんだ。修司と彼女たちは。

 

 

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もう一度会えて、お互いのことを覚えていたら……
恋の続きを、してくれるか……?

これからもずっと続いていくんだ。俺たちの恋はまだ終わってなんかいない……

うん……

(小夜、修司)

 

もう一度、会いましょう。そして……

またそこから……始めよう。また、おまえの名前を呼ぶよ。

(瑠璃子、修司)

 

「記憶」以上に「明日」の価値を知ったとき、幸せな未来があるんだと分かったとき、それは命と同等の記憶さえも苦渋の覚悟で捨てられる。

 

でも、本当にいいの? このまま、いつまでもずっと騙され続けても?

騙してください。先輩は名女優なんですから、できるでしょう?
これからも……ずっと……?
ええ……これから、一生

(あさひ、修司)

 

なあ、舞。俺は……この島に戻ってきてよかったよ

あーちゃんを取り戻すことはできず、明日香を失った。それでも、今はそう思える。

「あーちゃんじゃなく、明日香に会えてよかった」

(舞、修司)

 

思い出を抱きしめていても、なにも始まらないんだ。リボンなんかにすがたって、なにも……!

(修司)

 

あたしの大事なものは、一つだって失いたくないよ

(明日香)

 

大好きな人が出来て、それが過去よりも大好きになったとき、人は「記憶」から固執しなくなる。

 


明日の君と遭うためにと―――そう未来を願うようになる。

 

 

 

 

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明日の君と逢うために―――止まった時計が動きはじめる。過去に固執するんではなく、明日を願って選んで決断していく。あの思い出を、あの夏の日々を、大事だった人との記憶を”やり直す"物語。

それは決して”取り戻す"ための物語じゃない。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

―――――――――

――

 

 

 

 

 

 

 

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*追記(言いたいことが伝わっていない気がしたのでぐにゃっと書いていきます)

私が『明日の君と逢うために』感じたものは、

「記憶」という過去に囚われず、『明日』に向かって歩んでいくということです。過去は大事だようん。けれど、それは明日以上の価値は持たない。

だから修司と彼女たちは明日を「願って」、未来を「選択」したんです。過去に囚われていたら、明日を願うことも、未来を選択することもできないはずです。

泉水小夜、夕霧瑠璃子は特に顕著です。

選択肢の後者を選ぶと、修司と女の子は記憶の全損失を受け止めるってことですから。もし記憶が、『明日』以上の価値を持っていたらそんな選択はできないでしょう。

『明日』のほうが大事だから、彼らはその選択を選び決断し受け止めることができた。

 

これは若宮明日香の場合も同じです。

 

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なぜ明日香のルートは、複数の選択肢がなかったんでしょうか? 小夜や瑠璃子みたく2つあってもおかしくなかったはずです。


例えば、あのEND以外にこういうENDがあったとします。

1、修司は「明日香」ではなく「あーちゃん」を選んだ。
2、若宮明日香は、「明日香」と「あーちゃん」記憶を一緒にし、半同一化の存在となった。

そんな2つのENDがあったとします。でも考えてみてください。これは「記憶」という過去に拘っているんです。明日を大事にしていません。

本来の若宮明日香の終わりは、記憶を全損失した別人の「あーちゃん」を受け入れる物語です。
それは修司が”7年前のあの日"より”ここにいる明日香"を選んだことの証左です。


八代修司は、もう「記憶」に拘っていない。過去に囚われていない。だから、記憶をすべて失って、そこから思い出を積み重ねてきた「明日香」を選ぶことができるんです。


そして若宮明日香も「失った記憶」に決着をつけます。

彼女は最後、自分のこちら側にきてからの一年間分の記憶を代償として、7年前の昔の記憶を取り戻そうとしました。自分の為ではなく、大好きなシュウ君のために。

けれどそれは違う。そんなのぜんぜん幸せでもなんでもない。俺は今の明日香にここにいて欲しいんだよ―――そう言って修司が引き止めたことで彼女も「失った記憶」に決着をつけます。

あたしの大事なものは、一つだって失いたくないよ

(明日香)


明日香ENDのラスト、彼女と修司は夜中、屋根の上で未来について語り合います。 そのとき、明日香が「リボン」を解いたのはそういうことです。

もう過去にも、記憶にも囚われていないよ。だって私は今から続く明日が大好きなんだもん! そういう決意の現れだと思います。

 

また、新しい思い出を作ろうね 
ずっと、ずっと続いていくんだよ

明日もきっといい日だよ!

 

どの物語もぜんぶ「記憶=過去」と決着して「明日」に向かって歩んでいるお話です。

 

だから、このゲームのタイトルが―――明日の君と逢うために。なんです。

 

そして「記憶=過去」をどう乗り越えるかも、充分に明日君は語ってくれています。それは「願う」ことと、自分の意志で「決断」することです。

上のずーっと上の文章でも言っていましたが、願う行為は本質的には「明日」を夢見る行為です。

明日を見つめて、未来に思いを馳せて、それを「願い事」として自分の口から吐き出し、強い意志によって未来を選んでいくこと、それこそが

 

―――止まった時間を動かすための、きっかけなんじゃないでしょうか。

若宮明日香の誕生日は「7月7日」。

その日は七夕の日、願いの日。

 

 

 

りんの携帯

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りんの持っていた携帯を修司は直す。そのシーンを覚えているでしょうか。

 

まあ、しょうがないよ。動いただけで良しとしておこう。 
ええ……。データが消えても、やり直せばいいんですよね


りんのおもちゃのケータイを修理しているときの、リコの言葉です。

これは修司の問題を的確に表していると思いませんか。若宮明日香はこちらに戻ってくるときに"全て”の記憶を失った。

でもそれは”取り戻すべき"ことなのでしょうか? 修司はたびたび「取り戻す」という言葉を口にしていますが、どうもそれは問題の解決になりません。

だって、明日香の記憶を取り戻しても、あの夏の日々を取り戻しても、修司はずっと「過去」の方を向いているだけですから。 


消えてしまったら、失くしてしまったら奇跡を用いて、修復する。そうじゃないと思います。

失ってしまったら、また新たに積み上げていけばいい。記憶も思い出も過去もまた0から始めればいい。そういう「明日」への価値に気づけたから、八代修司は「今」の若宮明日香を選べるんです。

 

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そして、りんの携帯がダンプカーによって壊れたとき、彼女はこう言います。

 

ありがとう、修司。でも……もういいの

どうせもう、りんは帰らないといけないから

 
あんなにも大事にしていたケータイ(ゲーム?)を、「もういい」とりんは言います。
あんなにも夢中になって、笑って、喜んで、嬉しそうにしていてとても気に入っていた―――ケータイを彼女は「もういい」と言ったんです。

ケータイ(=データが全損失)しても、別に取り戻さなくていい。だってその思い出は自分の中にあるんだよ。だから私は"取り戻さなくて”いい。ただ「持っている」だけでいいんだよ――――とりんは言っているように思えます。

記憶も過去も大事。

けれど、それは取り戻すべきものじゃない。失ってしまったら、なくしてしまったら、また積み上げていけばいいんだよと―――

 

―――

 

 

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はいー。ということで『明日の君と逢うために』終わりました。いやー長かったようで、短かった! 今なおプレイしてもぼろぼろに泣いてしまうなんて、これ本当にいい物語です。

あさひ先輩はちょっと残念だったけれど、他の明日香、小夜、リコ、舞はもうとーっても最高でした。とくに明日香の苦しみと、小夜のとの約束がもうね心に染みすぎておかしくなります。

この記事も合わせて、計5記事を書いてきたんですが、書いてる途中涙が出ちゃうって! まだやっていない人にお奨めするしかないなーなんて思いました。

うん、それくらいにいい作品でした。


音楽の「TIME―orgel ver―」がとっても好きで、明日君終わってから流し続けています。おるーごるってどうしてこう胸を抉ってくるんですかね? ふにゃー。

 

 

 

関連記事

 

 

 

 

心に残った言葉

 

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・明日香

ウソだろ、だって瑠璃ちゃん、あんなに元気だったじゃないか。一緒に勉強して、試験だって受けてたしっ

泣いちゃダメだよ、ナナちゃん。瑠璃ちゃんは―――治らないって決まったわけじゃない

だから、泣いちゃダメなんだ。それは、諦めたってことになるんだよ、ナナちゃん

 

「ごめんね。あたしにはシュウ君の気持ちはわからないよ」
「……そうだよな」

同情や、理解の無い同意はいらない。

「バイバイ、シュウ君」

 

 

・小夜

 

本当はわたしも、終わりにしたいんだ。もう、あれから10年……。
戻ってこないとわかっている人を待ち続けるには……あまりにも長すぎた。

わたしが寂しいかどうか、他人にわかるはずがないだろ

 

戻りたかったら一人でもどれ。わたしは、もう少しここにいる

自分に似合うものを買うのは当たり前だ。わざわざ似合ってる、なんて言われても嬉しくない。

誰にでも優しい奴なんて信用できるものか

 

 

 

・瑠璃子

わたしがほしいのは、先輩と一緒にいる『今』から繋がっている未来なんです

 

・シュウ

いや、俺は『向こう』には行かないよ

大事なものは全部こっちにあるんだよ。俺は、そう思う

 

「舞……俺は……」
「本当は明日香を追いかけたかったんだ」

凝れ落ちて行く涙をそのままに、俺は言った。

「世界のすべてを捨てても、それでも明日香と一緒に行きたかった」

「なあ、舞。俺は……この島に戻ってきてよかったよ」

あーちゃんを取り戻すことはできず、明日香を失った。それでも、今はそう思える。

あーちゃんじゃなく、明日香に会えてよかった

 

・七海

  他の人のことなんてどうでもいいんだ。
七海は、八代ちんが優しいなと思った。それだけのことなんだよ。

 

 

・りん

あなたの望みを聞かせて。自分で願わなければ叶えられない

 

 

雑感コーナー

 

 

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明日の君と逢うために』 若宮明日香

 

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明日香に会うために

 

 

「正直言って、わたしにはおまえがよくわからない」
「わからない?」
「若宮に会うために島に戻ってきたんだろう。なのに、若宮のことを真剣に考えているようには見えない」

瀬戸にも同じようなことを言われたっけな。
記憶がない以上、明日香はかつての『あーちゃん』とは違う。

昔に戻ろうとしても無駄だし、焦って明日香と距離を近づけても仕方ない。


若宮明日香とあーちゃんは違う。もう別々の存在なんだ。姿形は似ていても、似ているだけなんだ。

記憶を失った。それはもうあーちゃんじゃない。そんな明日香に過去を問い詰めても無駄だし、それに問い詰めるってことは、今の明日香はいらないっていう問題に結びついてしまう。たぶんそれがシュウは嫌なんだと思う。

お前が7年もの間、求めたものはすぐ近くにあるんだ。
なのに、八代。おまえはそこから目を逸らそうとしている。八代は、昔の若宮がどこにもいないことを認めたくないんだろう

 

あの日、あの夏を取り戻したかった。どうしても。その為だけの7年間だったし、その為にこの島に戻ってきたんだ。でも取り戻したかった人に会ったら会ったで、何をしたらいいかなんて分からなかった。

再会したあとのことなんて、考えていなかったんだ。シュウは今の明日香も、昔のあーちゃんもきっと好き。だからこそ、この問題はどんどん先送りにしてしまう。

だって、昔のあーちゃんを取り戻すってことは、今の明日香は要らないってことになるのだから。

メールも他のデータも一つも無いですね……
まあ、しょうがないよ。動いただけで良しとしておこう。
ええ……。データが消えても、やり直せばいいんですよね


りんのおもちゃのケータイを修理しているときの、リコの言葉。これはシュウの問題を的確に表していると思う。明日香は記憶を失った。でもそれは”取り戻すべき"ことなのか? ”やり直し"じゃダメなんだろうか?

失くしたら奇跡を用いて、修復する。そうじゃないと思う。失くしてしまったら、また新たに積み上げていけばいい。記憶も思い出も過去も0から始めればいい。

俺は、もう一度おまえに会うためにこの島に戻ってきた。
だけどまだ、本当の明日香に会っていない。やっと―――そのことがわかったよ。

シュウはこのあと、すべてを取り戻すんだと言う。今と過去を確かなものにするために。

やり直すのではなく、取り戻す。やっぱりあの日失った想いは、そう簡単に払拭できるものじゃないんだろう。どうしても過去にこだわってしまう。

あーちゃんが消えて、島を出てから―――何度も時間が戻ればいいと思った。だけど今は。
時間が止まってほしい―――ただ、そう願っている自分がいた。


明日香とキスをして、語り合って、Hをして、手をつないで、話て、笑って、泣いて、怒って、喧嘩して、また笑って―――そうやって今の時間を積み上げてきたんだ。

だからこの後にでてくる、あーちゃんを選ぶか、明日香を選ぶかっていう問いは本当に無意味で無価値な選択肢だと思う。いつだって2択にした時点で、それはもうダメなのだから。

「大事なものと引き換えに、大事なものをあげるよ」そんな選択に、そんな取引に一体なんの価値がある。

こちらと『向こう』は別の世界。ボクの身体と心は、『向こう』の世界に適応していたの。

だからボクは、りんにお願いしたんだよ。どんなことでもするから、帰らせてくれって。

りんが求めたものは、ボクのすべての記憶。
それはボクにとって一番大切なもの。だからこそ差し出さなければならない。


向こうにいたあーちゃんは、それを成した。記憶記憶記憶。それらをすべて投げ売って、こちらに戻ってきた。それはどれほどの覚悟と、どれほどの悲しみをもった選択だったんだろう。

だって、記憶をなくしてしまったら、帰るための動機さえ失ってしまう。シュウちゃんに会いたいがために、会うだけでいいなんてそんなことはなかったとおもう。

遠い思い出を取り戻すか、今の明日香を選ぶか。二つに一つだよ。

八代。今度は、おまえが選ぶ番だ。
選ばない、なんていう選択肢はないぞ

選ばなければ手にはいらない。願わなければ叶わない。明日香の誕生日は七月七日。

 

シュウちゃん、ボクにはね―――この世界はちょっと狭いと思うんだ

ずっと一緒にいたかったよ。だけど―――シュウちゃんは、ここにいるって決めてるんだよね?

 

思い出を抱きしめていても、なにも始まらないんだ。リボンなんかにすがたって、なにも……!

 

あたしの大事なものは、一つだって失いたくないよ

 

「バイバイ、シュウちゃん、それともう一人のボク」

人の世界と神の世界を繋ぐ扉が閉じようとしている。
その扉をあーちゃんが飛び越えたことから始まった俺の旅も……これで終わるんだ。

そして、今ここから―――明日へとつながっていく未来に出逢うんだ。

 

拾ってる間に扉が閉じちゃうなんて……あれは面白かったよね

 

みんなが幸せっていう、今の状況が奇跡みたいなものかも。
みんな、気づかないうちに小さいな代償を払って、シワせっていう名の奇跡を起こすんだよ、シュウちゃん。

(りん、あーちゃん)

 

また、新しい思い出を作ろうね
ずっと、ずっと続いていくんだよ

 

明日もきっといい日だよ!

 

 

 

 

 

明日の君と逢うために』 御風里佳

 

 

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里佳の話をするな

まあしかし、俺の周りはキツイ女の子が多いな
なにを感慨深そうに言ってる

昼休みに、みんなで里佳姉の話をしたんだけどさ。あの人もキツイ性格の割に―――

待て
な、なんだよ
(いきなり、ひときわ強い視線で睨まれて、俺は後ずさる)

里佳の話なんてするな
え? なんで?
簡単だ。わたしは、あいつが気に入らないからだ


会話の途中で、嫌な話題だからするなという泉水小夜。うんうんこういうところが彼女の強さなんだよなーと。そして「え? なんで?」と聞くシュウの凄さ。多分私なら黙ってああうんで終了な気がする。

やはり言葉は、積み重ねなくては。

 

 

 

 

咲は戻ってこない

 

咲に戻ってきてほしいと思ってるわけじゃないの
一度離れたら二度と会えなくなった人がいる―――そんなのは、当たり前になってるのよ


里佳姉は咲の選択を認めている。気持ちも至った経緯もおそらく全部。

でも認めているからって、納得できるわけじゃない。今なおそれはしこりのように心に残っているんじゃないだろうか。

直輝先生はそれがない。それはあの人の性格ゆえ……のことなんだろうか。それとも、里佳姉と咲の関係が強すぎたからこそ、里香姉は苦しんでいるのだろうか。

シュウとあーちゃんのように。

だとするなら、シュウの7年感と同じくらいの苦痛をこの人は負ってきていることになる。シュウと小夜ととてもよく似ている。

「修司が島を離れて……もう7年か」

「それだけあれば、あいつもとっくに新しい生活を送っているだろう」

「そうかもしれないわね。でもね」
「きっと、あの子には取り戻したいものがある。それに目を背けたままではいられない」

「……まるでおまえと同じだな」

 

 

 

シュウは『向こう』の世界の近くにいる

 

もっと、ずっと遠い世界へ行ってしまいたいと思ったことは?

俺は、どこにも行きたくなかった。ずっと、この島であーちゃんや里佳姉と一緒に。一緒にいたかったんだ。

君は、里佳に似てる。誰よりも『向こう』の世界の近くにいるのに、こちらに留まろうとしてる。

他のなによりも、大切な人との絆を大事にしてるんだね


どういうことだ? シュウが『向こう』側に近い? んん、りんが見えるからっていうことなのかな。確かに、今現在りんという神様が見えるのはシュウだけ……だよね。

けれどニュアンスが違うような気もする。

そもそも『向こう』とはなんだ。神様の世界。何があるのかわからない。戻ってきた人間は希有。遠い世界。ここじゃない世界。本当に望めば連れて行ってくれる場所。

ここに未練がないものには新天地。そういうイメージしかない。ああ……そうか? シュウは根本的には『向こう』に行きたいんだ。あーちゃんがいるから。それはきっと里佳姉も一緒。

けれど、欲しいのは『向こう』に行きたいんじゃなくて、”ここ"で大事な人と一緒にいたい……からかな。留まっているという言葉もそういう意味な気がする。

寂しいのなら、里佳も―――『向こう』に連れて行ってあげる。

いえ、私は行かない。
咲がいなくなったのは寂しい。寂しいけど、この痛みが大人になるってことだもの。
私は、大人になるの。この世界で、直輝やシュウたちと毎日を生きていくのよ


きっと里佳もシュウもここの世界が好きなんだ。咲とあーちゃんはこの世界はあまり好きじゃなかったのかもしれない。もしかしたら興味がなかったのかも。

 

 

里佳の願い

 

ねえ、りん。あなたに一つだけお願いがあるの。
なに?

これは神様にじゃなくて、友達のりんへのお願い。代償が必要だって言うなら、払うけど。……言ってみて。

叶わなくてもいい。
願いは必ず叶わなければならない―――そんな風には思わない。
願う気持ちがあれば、それで―――御風里佳は前に進める。

「あなたの世界と私たちの世界、二つの世界を繋ぐ絆でいてほしい」
「りんが、この世界にいられますように―――」

 

里佳姉のこの言葉は、シュウが行動してきたことに繋がるんじゃないかなと思う。いつだって彼は叶うかどうかじゃなく、願ってきた。自信の願いを口に出してきた。それはりんに向けての場合もあったし、直接本人に―――小夜、舞、あさひ―――に言う場合もあった。

願う気持ちがあれば、前へ進める。それは過去を持ち合わせつつも明日を夢見る行為なんだろうか。

 

 

りんがこの世界に留まっていたきっかけ

 

他のみんなが忘れていっても、私だけはりんのことを覚えている。ここにいてほしいと願う。

その願いが力になって、扉を開いておいてほしい。この小さな神様が、消えてしまわないでほしい……。

森を歩きながら、里佳姉とりんの二人が語った話―――
りんが、今日までこの世界に留まり続けたきっかけ―――

すべては咲さんが消えて、里佳姉が願いをかけたときから始まっていたのか……。

 

りんは自分の「意志」で里佳姉の「願い」を叶えた。そこに特別な力は必要ない。ほんとお人好しな神さまである。

他の神さまはいなくなった灰色のこの世界で、りんは一人で過ごしてきた。それは里佳姉だけの願いだけではなかったのかもしれない。ただ原因には、きっかけにはなったんだと思う。

たった一人残されたこの世界で、ずーっと一人で生きるのって苦痛でしかない。それはあさひ先輩を見ていればわかる。それを自分が好きな人のために、ギリギリまで残った神さま。ほんとお人好しだなーって。

  

そして、俺はこれからも里佳姉との時間を重ねていこう。
「シュウ、走ろうか」
「ああ、走ろう」
幸せを噛み締めながら、俺は誰よりも愛しい人に手を伸ばした―――

 

  

 

 

<参考>