そこの貴方は幸せですか?
そこの貴女は幸せですか?
1999年ボストン・冬。
私はきっと
幸せです。
*
「別れさせ屋のアイロニー」に引き続き、2つ目の物語『Happy End Story』の感想をがっつり書いてみました。
今度は、ボストンと拳銃のラブストーリーですねどうぞ。
あなたの願いはなんですか?
「私が叶えられるのは、あなたの唯一無二の望みだけ」
~
「あのね、ジン。本当に何かを願っている人って、そんなに沢山居ないんです。本当の願いを持っている人。死んででも叶えたいという望み」
――こころ
ジンが叶えたい望みってなんだったんだろう。
ジュリアを探すことではない。ジュリアを追いかけ壊すことが願い……ではないんだと思う。
んー……あとで考える。
他者の命なんてどうだっていい
こころ「……それは違います。幾らでも居るんです、他人の命をどうとも思っていない人々は。だって、それは当たり前ですよ。関係ないんですから」
ジン「…………そんな」
こころ「ジン……、現に、例えばあなたがチョコレートを欲しいとするでしょう?……そうして、スーパーでそれを買ったとする。……その一ドルを、もしもあなたがアフリカの恵まれない子供に寄付したら?」
ジン「………………それは、違うだろ」
こころ「…いいえ、同じですよ。実際、飢餓に苦しむ彼等は、あなた方にチョコレートを買う金があるなら、ワクチンの足しにしてくれと思っているんです。…………でも、あなたたちはそうしない」
ジン「……………………」
こころ「他人の命なんて、どうでも良いんですよ。……でもね?それが近しい人だったり、同じ国籍の若い子供だったり、……彼の過去を知っていたりすると、彼女の見らを知っていたりすると、あなたたちは即座に悲しみ始める」
自分と他人は絶対的な距離がある。隔たりがある、分かり合えることなんて絶対にない。
けれども時に、自分の命と他者の命を連結させてしまったり、関係あると思ったり、錯覚してしまうことがある。"私のせいであいつが死んだ" これは大きな誤りだ。
そいつはあんたがいなくても死んでいたし、死んでいなかったかもしれない。あんたは関係ないんだよ。そいつは一人で勝手に死んだだけ。ただそれだけなんだ。
関係ある生命と、関係ない命の分水嶺は一体なんだ?
こころはこう答える。
こころ「そういう矛盾。…本当はちゃんとした理由があるんだけど、一見したらただの矛盾。……物凄く捻れていて、訳わかんなくて、でも、……綺麗な矛盾」
ジン「……綺麗……なんて、…………だよ」
こころ「言い換えてあげようか。……皆ね、自分が愛した人なら、助けたいと思うの」
ジン「……………………」
こころ「愛って言う感情の証明なんですよ、これは。……あなたたちは、誰かを特別に考えて、誰かを全く考えないことが出来る。愛によっては命さえも投げ打って、とても綺麗な涙を流す」
自分と本質的に交わることのない他者を「助け」る。それは他者を助けているというよりは、自分を助けていると言ってもいい。
いやちょっと語弊があるね。ようは人間には他者の気持ちを読解する力がある。相手の気持ちになって考え、相手の痛みを自分の痛みのように感じられるテレパシーにも似た能力がみな備わっている。
相手が痛そうだから、相手を助ける。
それは自分が相手の"痛み"を感じるから、助けてしまうのだ。その気持ちが分かるからこそ、その状況をなんとかしたい。だって【自分がその立場ならそうして欲しい】から。
他者を読解することは、自己を拡大化していくことと同じだ。
人間はみな自分が一番大切だ。そしてその"自分"を広げていった先に、他者がいる。他者が大切になるということは、自己を相手に付加させていくものと同じだと言いたい。
こころ風にいうなら「愛したならば」ってことになる。
誰かを愛したならば、その人が大切になる。
愛ゆえに愛ゆえに。
"あなたたちは、誰かを特別に考えて、誰かを全く考えないことが出来る"
他者読解はリソースが限られている。天使のように全人類に対し「誰かの気持ちになって考える」なんてことは出来ない。ゆえに読解しない、したくない人物が存在するようになる。
愛したくない人間がいること。
それは考えたことがなかったけれど、きっととても大切なことなんだろう。
愛せる人間と、愛せない人間がいること。
どうでもいい人間と、どうでもよくない人間が自分の中にいること。
男女の差は埋められる、そう拳銃でね♪
「女の子を侮っちゃあいけませんよ? 男女の違いなんて、肉体的な差ぐらいなものなんです。そうしてそれは、銃で容易に埋められる。獅童さんはあなたを傷付けはしないでしょうが、宇佐美さんはあなたを簡単に殺しますよ」
――こころ
人間を「性能」という視点でとらえた場合、エンハンスメントという概念によってその差は無くなっていく。どんなに強い格闘家もボクサーも、拳銃によってその差はゼロになる。
死の弾丸が彼等の肉を食い破れば、たちまち再起不能になる。ほんと拳銃は恐ろしいねまったくさ。
足りない部分は武器で補えばいい。最終的にはパワードスーツ(薄さ0.1mm)みたいな防攻具が出てくるんじゃないのかな。なんてロマンチック。
人を愛すことと、個人を愛すことは違う
こころ「天使なんです。人じゃ、無い。……私は、人を愛しているのですけれど。……誰かを愛さない事が、出来ない」
ジン「……それは、」
無意味だ。
価値が相対的な物であるのなら、彼女の愛は愛じゃない。愛は好意の集まりだ。上下する数値にも出来るものかもしれない。彼女のそれは……言ってしまえば、本能だ。
男が女に感じる性欲と同じだ。裸体を見れば、無条件で反応する。
こころ「だから、私はあなた達の愛が羨ましい」
本能で全人類を愛してしまうことは、愛じゃないと切り捨てるジン。
分かるよ。
たった一人を特別に愛せないのなら、それは私達人間が考える『愛』ではない。愛せないものがいるからこその『愛』。価値と無価値があるからこそ、愛することに意義が生まれるんだと思う。
こころが観ている世界はどんなものなんだろうか? 全人類を愛せるとは? 人殺しもギャングも実存主義も功利主義者も、みんなみんな愛せるってなんなんだろうね。
うまく想像できない。
うまく想像できないな……。
……世界に好きがいっぱいあるってことなのかな? 好きっていう感情がどこもかしこも溢れかえっている満ち満ちている感じ?
私が知っている戀するあの感情が、世界に偏在していると?―――それはなんだか気が狂っちゃいそうだよ。あの感情は一瞬で一時で、ある対象者にしか感じられないからこそ保てるもの。もしそれが常時続くのであれば、精神が壊れてしまうんじゃないのかな。
人間と天使の違いはまずそこだろう。精神構造が圧倒的に違う。人間よりもタフで壊れない。あるいは人間からすれば"狂人"なんだろうけど。
―――でもそんな世界を肌で感じてはみたいよね。心が融けちゃうと思うけどさ。
こころ「……私は、凡てを愛せる歓びを知っています。凡てが平等な世界を。…それを手放すのは、少し怖い。けれどね。だからこそ。違うから。私はあなた達が羨ましいんだと思うんだ」
ジン「…………少し、分かるかもしれない」
凡てを愛せる。怒りや憎しみが無く、歓びと哀れみしか無い。そんな世界。―――ああ、確かに羨ましい。その世界は平和で、完成されている。怠惰で、柔らかいのだろう。けれど、そうなりたいとは思わない。
俺は愛さない事の大切さを知っているから。
不完全さの美しさを知っているから。
同じように、彼女も凡てを愛す大切さを知って居るのだろう。
愛さないことの大切さ―――というのは、愛さないもの(無価値な存在)があるからこそより一層、愛が煌めくという感じ。あるいは人間の限界なんだと思う、愛する人間を「増やし」ていくことが。
愛している人間が1人でも、自分の人生が大きく左右されるというのに、それが2、5、11,20人……となっていったら多分パンクしてしまう。なにも出来なくなってしまう。体は1つだし、時間は有限なんだ。
それに私は「愛」は等分不可能だと思っている。
つまり、個人に愛という総量が予め決められているっていうこと。愛という液体をどれくらい持てているのかは、先天的にそして後天的に決まってくるという考え方。
生涯たった一人しか愛せない人間もいるだろう。2人までなら愛せる人間もいる、また誰も愛せない人間もいるし、半分ほどしか一人を愛せないヤツもいると―――そういう愛の総量という考え方。
子供と旦那さん二人がいる。人によってどちらも愛せる人もいる。でも一人しか愛すことが出来ない妻は、どちらかを選ぶしかないときが絶対にやってくる―――そういう考え方。
獅童と天使の相談
獅童「―――俺は、帰れるのか?」
こころ「……帰れる、と思います。その方法は分かりませんけれど」
獅童「そうか……」
宇佐美「……私達、ここ数年空振り続きで。何かアドバイスみたいのってありませんか?」
こころ「そうですね……、残滓を探すと良いと思います」
獅童「残滓?」
こころ「ルールが……いやあなたみたいに精神的なルールではなく。…もっと、環境のルールが違う人が居るはずです。……きっとルーツを辿っていけば」
獅童「具体的にはどういう事だよ?」
こころ「……例えば、周りでどうしようもなくハプニングの起こる人。例えば、居場所が悉く壊れる人。例えば、凡ての手に入る人」
獅童「……そう言う奴が居るのか」
こころ「数人、見ました。……けれど、それだけです。彼等は確かに特異点ではあるのですけれど、それがどう繋がるかは……」
宇佐美「そう、………ですか」
獅童「……参考になったよ。ありがとう」
獅童とこころが話していることはよく分からない。
彼が帰れる方法? なんだそれは。帰れる……ってなんだ……。獅童がやたら「起源」に拘っているのは分かるけれど、その起源を打ち砕く方法とかそういうこと?
さっぱりわからん。
ロブスターと幸いと
ジュリア「ねえ、ジン。私は思うの。
―――皆がハッピーになるには、もっとロブスターが必要だって」
ジュリアはいい女だなあ……。こういう子大好き。ハグハグしたい、ううんもふもふしたい。いい女ってうまく定義することは難しいのだけれど、直感的にでいいならばジュリアはいい女だよ。ほんとうに。
ほんとうにさ。
Happy Endを目指すことについて
ジュリア「ふふ、その時は私がいい子いい子してあげるから。安心してね」
ジン「……父ちゃん、形無しだな」
ジュリア「かかあ天下だもの。ひれ伏しなさい?」
ジン「……ああ、そうだな。這い蹲って足でもなめて、我が息子にはこう言うんだよ。『俺は母さんの元使用人で、厩の中でお前を孕ませたんだ』ってな」ジュリア「あはは、さんせ~!」
ジン「性的に相当ひねくれた息子になりそうだな」
止めろって。
止めろって、俺の中の何かがそう叫んでいた。
後悔する、絶対に。
だって俺は、ハッピーエンドを目指しているのだから。
俺は人間だから。このままで居たいから
ジンがなぜここまで戸惑っているのか分からない。ジュリアの子供を生むのは彼にとって幸せな出来事だろう。けれども止めようとする、後悔するとジンは語る。なぜなら「ハッピーエンドを目指している」・「俺は人間でこのままで居たいから」だそうだ。
ジンがいう「ハッピーエンドを目指す」とは、ジュリアとの結婚が含まれないということになる。ジュリアと幸せになることは、彼にとってハッピーエンドではないし人間では居続けられないこと。
それはジュリアと幸せになれば、その「幸せ」を自分の手で破壊しないといけなくなるからか。ジンはもうこの時から、そういう心的構造を獲得してしまっていた……のか。「嘆く」という贖罪の仕方。それを実行しなくてはいけない、実行するべきだと思ってしまうのが彼の弱さか。
ジュリアと幸せになることで、後にジンは「嘆く」。となれば彼はハッピーでい続けることは出来なくなる。だからこその「ハッピーエンドを目指している」という言葉だと思う。
ジンは「幸せ」を手に取ることがなければ、最悪BADENDは回避できるのだから。どちらにしてもHappy Endにはなることが出来ない、それがジンという男の本質。
――――――だからこそ、こころという天使がやってきた。
・幸せを獲得して幸せを破壊する。
・幸せを掴めないでそのまま残り滓のような人生を送ること
そのどちらも回避する為に。彼女がいる。
せめて最小の幸せを掴める未来へ、ジンを導く為に。
結婚しようジュリア
ジン「――――――結婚しよう、ジュリア」
~
だって、愛していたんだよ。
凡てを捨てても護りたいぐらいに、愛していたんだ。
彼女も俺も、一滴だけ涙を流して、すぐに笑って抱き合った。
胸の中に、幸せを一杯抱き締めて。
ジンは自分の本当の名前をあかして、彼女に愛を囁く。
ジンは自分の本質をよく分かっていただろう。幸せを「嘆く」ようにしか行動できない自分のことを知っていただろう。
でも愛せずにはいられない。好きな人に愛を囁くことを躊躇うことはとっても難しいことなんだと思う。だから「結婚しよう」とジンは言ってしまう。
ジュリアは死んだ。死んでいた。
「………………」
とあるメキシカンギャングに、強盗されて、乱暴されて、死んでいた。口座番号を聞き出され、レイプされそうになって抵抗して、その拍子に死んだ。死姦の趣味は無いそうだ。
……別に、救いにもなりはしない。
口座の中身を全部上に送って、航空券のチケットも買った。
ロスからさっさと逃げるために。
~
さてなにをしようか。
復讐でもするべきなのか。
けれどなんでも、実行犯はあのバーにいた男の一人らしく、そいつは昨晩病院で死んだらしい。なんて今更。……元より、復讐なんかする気はなかったのだけれど。
あいつらは駒だ。動かしている人間なんか存在はしない誰もが何かに動かされている受容者なんだ。俺が憎む意味もない。
「…………ァ、…………ァ」
こぼれているのは涙だった。
幸せになりたい。幸せになりたかったんだ。
……愛されたかった。愛したかった。それだけで
~
「……ぇ、ぁあ……ぁ、……ぅぐっ、……おれ、俺は、……どうしたら……いいん、だよ……?」
寄辺を求める子供のように。俺は泣いて。
子供を宥める母親のように。天使は笑った。
「幸せに、なりましょう?」
ぎゅっ、と、掌に力がこもる。それは確かな温もりで、俺は、一つ、答えてしまっていた。
「――――――――――――」
うん、と。答えていたんだ。
愛しているものを愛さないことは難しい。
そして愛されないことを望むことも、また難しい。
人間は愛を求めてしまう。探してしまう。そういう生き物なんだろう。
愛を見つけては囁き、愛をなくしては哀しみ続ける、そんなものなんだろう。
彼女と一緒だったら幸せになれるんじゃ無いかって。
彼女なら愛せるんじゃないかって。そんな、風に。
――ジン
ケロイド状の真っ黒な手
ジン「………………」
あいつがみていた。
ジン「…………よぅ」
真っ黒の穴が俺を観ている。
悲しげな目で一つ、呟く。
やぁ、同類。
ケロイド状の腕が俺に纏わりついて、キスされそうな距離まで近づく。真っ黒な顔が、俺の真ん前に広がった。
来いよ、とそいつが言う。
ジン「…………………………行かねえよ」
どうせ来るさ
ジン「……………………」
酒を飲みながら、そいつを見つめた。
今までのことを考える。
そいつが言った。
――――――彼女が死んだな。
そうだな。
――――――絶望している。
そうさ。――――――でも、足りないよな。
………………。
――――――事故さ。人災だ。あぁ一緒に焼け爛れよう。
愛して欲しい。
――――――そうだな。
…………………………。
この「ケロイド状」の物体は、ジンが今まで殺してきたモノが生み出した幻なんだろう。彼が言う「こっちに来いよ」というのは、私が認識している地獄とかああいう煉獄の世界のように考えてしまう。
こう考えてもいい、ケロイド状の物体とは、ジンの倫理的意識が生み出す罪悪感情だと。
今まで殺してきた人間たちに対する申し訳無さと罪悪感でいっぱいなのが、ジンという男だ。彼が願うのはその罪悪感情に赦してもらうこと。どうすれば罪の意識を取り払えるかを考えた時に、
―――少年時代の母の言葉を思い出したんだろう。
「間違えるのはね。良いんだ。どんな人だって、間違えるんだ」
「……」
「でもね。……それを、悔い改めなくて、間違いを正さない。それがいけない事なんだよ」
「……どうしたら、てんごくにいけるの?」
「大切なものを盗んだら、大切なものを盗まれたのと同じくらい嘆くことさ。大切なものを壊したら、大切なものを壊されるぐらいに悲しむことさ」
人を殺すっていうのは、最大の倫理的違反だ。道徳的教育を受けた者が、殺人を犯せば罪の意志に耐えられない。人間を殺すことは、自分を殺すことに近くなっているからだ。そういう教育を受けているし、そういう概念がインストールされている。
だから辛いんだよ。
だから懊悩してしまう。
苦しい。
そこで母親の「嘆く」ことこそが、ジンにとって一つの救いとなる。間違ってもいい、でもそれを悔い改めるという嘆きの行為が、贖罪するために必要なものだと思ってしまった。
「なげくって……なに?」
「分からない」
「わからないの?」
「きっと、いろんな方法があるんだと思う。それぞれ、違うんだと思う。本当は、全部間違っているのかもしれない。ただ、それを探さなきゃいけない。それが嘆くって事なのさ」
「……わからない」
「今は、それでいいんだよ。でも、いつか見つけなきゃならないよ」
「みつかる?」
「そうさ。だって、私の可愛い息子だもの。きっと見つかる。きっと。きっとさ」
ジンが見つけた「嘆く」という行動は、大切なものを壊されたら、自分の大切なものを"壊す"。そういう方法に行き着いてしまった。
誰かの幸せを奪ってしまったなら、自分の幸せを奪う。
それが彼のルールになった。
俺は家を走り去って、彼らに拾われて、沢山、沢山間違ってきた。もしかしたら、今だってまちがえているのかもしれない。
そう思う。
けれど。
けれどだ。
俺は、それでも嘆かなくちゃいけないんだよ。
沢山の人々の、大切な人を奪ってきたんだ。
沢山の人々の、幸福を終わらせてきたんだ。
だったら俺は。
だったら、俺も。
―――最も大切で愛している人間を、失わなければならない
それも、自分の手で。壊さなければならない。
それは、俺の罪だから。俺が手を下さなければならない。
それは、幸せであるなら、あるほど良い。
ケロイド状の手が伸びる。
早く壊せと俺を急かす。
ケロイド状の皮膚がめくれる。
一瞬それは真白に染まって、刹那、母の表情が覗く。
それは、誰のためなのだろう?それは彼女のためなのだろうか。
ふふ。
これも一つの幸せの形か……。
ジンはこのままだと……いやもう精神が圧迫されていて、もう少しで本当に壊れてしまうんだろうね……。だからなんとしても「嘆」かなければならない。
【キスしたい】
【抱きしめたい】
ジン「ありがとう」
そう言って、俺は笑って。
そうしたら、彼女も照れくさそうに笑って。
俺は彼女に、精一杯の愛を込めて。
――――――――――――拳銃を向けた。
こころ「…………何、してるんですか、…………ジン」
ジン「―――俺さ、やっと分かったんだ」
こころ「何、…………を?」ケロイド状の腕が俺の腕を掴む。やるのかいと一つ尋ねる。
残念だ、こっちに墜ちてこないつもりか。そう言った。
ジン「―――俺は、このままじゃ墜ちてしまう」
こころ「……どこに?」
ジン「深いところに。ここよりも、もっともっと、深く。……足がからめ取られて、腕がもがれて、……死ぬこともなく、焼け爛れる」
こころ「…………なんで、私にそれを向けているの?」
ジン「愛しているから」
手放したくないから。
こころ「あなたは………………謝りたいの?」
ジン「……………………」
こころ「後悔がしたいの?悲しみたいの?……自分の手で、終わらせたいの?」ジン「俺はこうしなきゃいけないんだ。……こうしないと人であることが終わってしまう。……自分でね、……自分の、愛したものをさ。壊さないと、いけないんだよ」
こころ「誰のために!」
ジン「俺の為さ!……わかんねえ……いや、そうじゃないのかもしれない……、けれど、……やらなきゃいけねえ、それは、確かだ」
やれよ、とケロイド状のそいつが笑う。
憎しみを、怒りを、哀しみを込めて、俺に贖罪しろよと笑いかける。きっと。そう思った。
やれば初めて俺は、解き放たれる。
俺はきっと人になれる。
こころ「ジンは…………だから、ジュリアを追っていたの?」
ジン「…………」
こころ「壊すために?…………その、ために…………?」
穢い感情だ。
失わせた物と、同じだけの物を喪うから。赦してくれ。もう、見ないでくれ。そうして、俺も消えるから。
……今のままじゃ、消える権利すら、俺には無いから。
ジュリアを追って探していたのも、彼女を壊す(殺す)為。
こころを愛し拳銃を向けたのも、幸せを壊す(殺す)為。
こころ「そん、……そんな、の……っ、ダメだよ……っ」
ジン「こうしないとさ。俺は、……終われないんだよ」
こころ「ダメ……っ、ダメ……っ、ダメ……っ!!!ダメ!!……そ、そんな幸せ、あっちゃ、……ダメなんだよぉ!!」
ジン「あるんだよ、こころ。……せっつかれるんだ。耳元で、ずうっと言うんだ。誰かが。……払えよって。対価を、払えって。……俺の手で、……愛を……幸せを……壊せって」
こころ「止めて……っ、止めてよ、ジン……!!……そんな、幸せ、……私は、知りたくない…………っ」
ジン「こころ、愛してるよ」
こころ「言わないで!!言わないでぇ!!」
思えばジュリアと会ったその日から、俺はあいつと約束していた。
この幸せの花を育てるからさ。何よりも美しく咲かせてみせるから。
花弁を引きちぎったその時は、俺を静かに終わらせて欲しい。
自分の手で、壊さなきゃいけなかった。精一杯の後悔が必要だった。
……それが俺の最初っからの望みだった。
……ああああああ!!!そうかそうか!!!そうだよ!!!
ジンは愛したんだ!!
今まで殺してきたものを愛したんだよ!!
だから彼らに償うんだ、彼等の気持ちを考え、慮り、想像し、感じ、痛みを受け取る。自分が殺してきた者たちの境遇を想ってしまうから、彼等をある意味で愛してしまっているから、彼は贖罪するんだよ。
もし殺したものをどうでもいいと思っているのならそんなことはしない。だって言ったじゃないかこころは。
「あなたたちは、誰かを特別に考えて、誰かを全く考えないことが出来る」と。
ジンは殺してきた者たちを特別に考えている。だから嘆くし、狂うしかなかったんだ。人間に耐えられるわけがない、人間はそんな強くない。
―――人間は多くの誰かを愛せない
こころみたく、大勢を愛すことなんて出来ないんだよ……。
拳銃の音一つ、響いた
ジン「……ジュリアの代わりって訳でも無くてさ。お前に、純粋に俺は惹かれていたよ。……きっと、一緒にいたら、もっともっと愛してた。……でも、ごめんな、時間、無いからさ。俺、もう、狂いそうなんだ」
こころ「やだぁ……、やだよぅ………っ、ジン、……やめてよぅ」
ジン「堕ちるんだ、こころ。焼け爛れてしまうんだよ。……それはもう、人じゃないんだ。……俺は、幸せだよ」
こころ「違うっ!それを、それを選んだら、あなたは……っ」
ジン「選ばなきゃ、いけないんだ」
かちゃり、と拳銃を音を鳴らす。
――――――急かすなよ、約束は、護るから。
だからお願いだ。赦してくれ。
奪ってしまってごめんなさい。
壊してしまってごめんなさい。
――――殺してしまってごめんなさい。
俺のせいで喪われた全ての人。赦して下さい。御願いします。
俺の一番大事な愛を、打ち砕くから。
こころ「……一緒に、幸せになろうよぉ。……ずっと、ずっと、一緒に居るから……っ、ほかの幸せ、探そうよ……!」
ジン「……ありがとう。本当に。……俺なんかの為に、そこまでしてくれてさ。……でもな、お前は行かなきゃいけない。ケロイド状の腕に引きずられて、共に墜ちちゃあいけないんだよ」
こころ「ジンーーーー!!ジンーーーーー!!!」
どうして撃ったんですか?とハッピーは続けばいいのに
獅童「……君は、死なないんだろう?だったら、ジンに撃たせたって、良かったんじゃないのか」
こころ「……そう思うなら、どうして獅童さんは撃ったんですか?」
獅童「…………何故だが、そうしないといけない気がしたんだ。絶対に、あいつをそっち側に行かせてはならない気がした」
こころ「……私も、そう思います。
……幸せに終わりがあるなんて。ハッピーエンドなんて、……寂しすぎますよ。ずっと……ずうっと、続けばいいのに」
さすが上位存在は、言うことが違う。時間の制約、終わりのない世界を生きているからこその「幸せはずーっと続けばいいのに」なんて言えてしまう。
そうだね。私もそう思うよ。
でも無理だよ。ボクたちじゃそこには辿りつけない。
全てが移ろいゆくこの世界で悠久なる幸いなんてどこにもない。
あったら良かったのにね?
あったらよかった。
幸せもまたイデアの住人というだけだったってことに違いない。やつらは絶対こっちの世界には降りてこない。絶対にね。……くっく。
でも一つだけこの世界で「幸せ」を具現化する方法がある。目に見える形で、でも触れない方法で形にできる。
それはね―――
■■■■■だよ。
こころという存在がいること。
こころ「きっとね。……彼は私を撃っていたら、多分、すごく後悔した。哀しくて苦して仕方が無くて、きっと、その果てに彼は涙を枯らして、命も涸らして。……そう言う風になって、いた」
こころ「でもね。……彼は私を撃っていなかったら、多分、ただの残滓になっていた。……逃げるだけ。目を背けるだけの、人以外の何かに、なっていた」
獅童「以外……か」
こころ「理由が無いと、幸せさえも目指せないんですよ。
……誰かを踏みにじった今に現実味は無くて、罪悪感でいっぱいで。……それを棄てられない、可哀想な人。……いつの間にか、それが重くて動けない」
ジンがこころを撃ったら、彼は生涯傷跡にのこるほど嘆くことになるのだろう。殺してきた人達の無念と同量の"奪われた"気持ちを抱え続けることになる。
反対にジンが銃の引き金を引かなかったら、彼は愛ゆえに壊れることになる。殺してきた者の痛みに耐え切れなくなり、残り滓となって生涯を閉じる。
そしてこころがいたことで、ジンが叶えたい願いを、叶える手前で人生の幕を引かせることが出来た。ジンが選ぼうとしていた2つより、ずっともっとマシなハッピーエンド。
きっと、私はこのエンディングのためにここに来たのでしょう。
そんなことを考えます。
彼に望みの輪郭を捉えさせ、叶えさせ……その一歩手前で、獅童さんに止めて貰うために。
――こころ
死者に対してできること
獅童「…………俺たちが死者に出来る事なんて、何にも無いのに。どうして、ジンは贖罪なんか考えたんだろうな」
こころ「……彼は、弱い人ですから。決して優しくはなれなかった、かわいそうな人だから」
ジンは弱かったろうさ、でも決して可哀想なヤツなんかじゃない。こころはジンが優しくないというが、私は彼が優しすぎる人間ゆえに、こういう結末しか迎えられなかったんだと思うよ。
もっともっとマシな職業だったら__人殺しをしないでいい世界__だったら彼が狂うことは無かったはずだから。
死は幸福になりえるか
獅童「死は幸福に成り得るか」
こころ「それが終わるための手段じゃ無くて、変えるための手段なら」
獅童「俺は……認めねえよ。そんなの」
こころ「はい。あなたなら、きっとそう言うと思ってましたよ」
死ぬことは幸いを得られるか? こころがいう「終わる為の手段」というのは、死にたくないけど死ぬしかないとか。現実に未練を残して死ぬことを言っているんだと思う。
対して「変える為の手段」とは、ジンのように生の延長線上の世界……みたいな感じなんじゃないかな。
彼は2つの方法どちらを選んでも不幸だった。けれども彼の人生の意味を変えるには、死ぬことでしか無かった。
でそれはやっぱりなんというか不可解というか認めたくないんだろうね、獅童は。私は…………。どうだろうな……どちらでもアリだとは思う。死して幸いを得られることもきっとあるし、それを否定する気持ちも分かる。
何千年生きてきて。……友のために死ぬ人が居て、恋のために死ぬ人が居て、神のために死ぬ人が居て。
……生のために、死ぬ人が居た。
私は幾度もそれを見て、……終わってしまう事が哀しくて。……けれど、それは別に終わってしまうだけでは無くて。
確かに、何かが変わる音がした。祝福の鐘が鳴り響いた。
私はそれを、聴いたから
――こころ
死ぬことで何かの「変革」を引き起こせるのかもしれない。いやま、そんなことで死ぬのはまっぴらごめんだけれども、人間は死んで死んで死んでを繰り返して、世界を変えてきた、改革してきた。
ならばその鐘の音はきっと意味あるものだと、思うのだよ。
獅童「…………俺は、初めて人を殺した」
こころ「……それでも、一人救われた」
獅童「…救われたのか?……本当に?……俺は、奪っただけじゃあないのか」
こころ「いいえ。…………ジンは、最期、あんなに笑っていました。銃で撃たれて、死ぬんだって分かって。……そうして、笑っていましたよ」
Happy End STORY
ハッピーエンドだ。
ハッピーが終わるのでは無くて、ハッピーで終わった。…………何となく、そう思った。私を愛してくれた人。……あのひとは、幸せだったと私は思う。
――こころ
ハッピーで打ち止め。Happy End。それがハッピーで終わったことなんだろう。はっぴーえんどかあ……。
幸せで終わりたい、っていうのはよく分かるよ、なんてたって人間ちゃんは幸せ探求者なんだしさ。
昔昔あるところに天使が―――
昔昔、天使が居ました。
その子は小さくて、弱くて、皆を幸せにしたいって、それだけをずうっと考えていました。
彼女は世界が大好きで、彼女は人が大好きで、
守りたいモノがあって、慈しみたいモノがあったから。
その意味がどんなに希薄でも。
……彼女はしなきゃいけなかったのです。
だから天使は今日も、誰かに幸せを押し歩きます。
それが、どんなに歪でも。
それが、どんなに哀しくても。
それが、どんなに罪深くても。
沢山の傷を背負って、沢山の笑顔を忘れて、沢山の人に出会って。
天使は行きます。ずうっと、一人で。
彼はきっと、幸せでしたか。
彼女はきっと、幸せでしたか。
彼女はそんな事ばかりを考えてしまう、どうしようもないお人好しだから。
――――――だから、たーんっ、と銃声一つ。
一面の花畑の中、そんな音が鳴り響くのでした。
おわり
・「別れさせ屋のアイロニー」感想_愛をささやくだけの埃を被った物語はもううんざり。じゃぶち壊しますか♪(20119文字)
<参考>