「別れさせ屋のアイロニー」感想_愛をささやくだけの埃を被った物語はもううんざり。じゃぶち壊しますか♪(20119文字)
「Sessions!!~少女を監禁する事情~」というノベルの第一部が、「別れさせ屋のアイロニー」になります。(全部で果たして何部かは内緒)
今回は第一部の感想をざざーっと書いてみました。
よろしければどうぞです。
埃のかぶった物語。
「…………お名前、教えていただけませんか?」
なんて。
そんなありきたりで下らない、今更見向きもされないような、埃の被った物語。少年と少女は恋をして、その果てに恐らく愛を紡ぐ。だから雲雀は一声嗤う。美しい声、愉しげに。
立木ひばりの底意地の悪さ。そんな愛の物語は完遂させたくないですか?それとも見たくはないのですか?
詰まらない、詰まらない。
そんなご都合主義の物語消えてしまえ。
潰れてしまえ。
一片の埃にすらも劣らぬ醜さ。
ああ、詰まらない、詰まらない。
三千世界の神が許せど、ナザレの大工の息子が許せど。創造主だろるが、世界そのものが緩そうと。
私だけは、赦さない。
足蹴にして唾棄し、汚い言葉を浴びせかけ、存在価値を陥れよう。そんな下らないものが許される、世界を私は赦さない。
雲雀は笑う、愉しげに。それは雀の忘れた恋の歌。それは、穢い彼女の負け惜しみ。少年と少女は其処で出会って、いつか二人で歩き行く。
ねえそんな話し。一体どこのどなたがお望みですか?
余りの詰まらさなに嘔吐しそうになるけれど、私が吐くのは歌だけだから。だから私は唄いましょう。誰もかれもが言わないならば、代わりに私が唄いましょう。
これは、一つの恋の歌。
手を伸ばして、手を伸ばして。
届かないから、唄を吐く。そんな彼女の、恋の詩―――
愛を唾棄するのは愛に囚われているからこそ。
愛を嗤うのは愛故に笑われたくないからこそ。
まるでそれは好きと嫌いが対等のような対立しているような決して無関心じゃないみたいなそんな感じだよね。
不細工と美少女ひばり
「ひひひ、ほら、見ろよ獅童、窓。…………何だあのでかいぬいぐるみぶら下げたブサイクは。……あーあ、ブスって奴らは大変だな、重り背負ってまで自分の顔面から他人の意識を逸らさなきゃいけないんだから」
~
「全く、気が付かないかねえ。目を引く服を着れば着るほど、最終的には顔に意識が行くんだ。んで、その落差に絶望される。……あのブサイク女は街中に絶望をまき散らしてんだ。よくやるよ」
―――ひばり
ひばりのこう言う歯に衣着せぬことをすらすらと言えるところはすごいと思うけどね、性根がひん曲がっているよねまったく。
「発情するなら余所でやれ。出会い系に写真載せれば、お前幾らでも相手ができるだろ」
「いやぁ、そこが美少女の大変な所でね。余りにも可愛すぎるから、サクラだと思って相手にされない。全く、夜のブサイクどもを初めて羨んでしまったよ」
「…………………………」
{どんな角度から撮っても凄まじい美少女なんだぜ?……全く、アフロディーテもこんな感じだったのか……いや、あいつは下ぶくれが酷いからな……」
――ひばり、獅童
整形×刀
「整形に走る奴らの気持ちも分かるぜ。親から貰った体なんて言えば聞こえは良いが、別に貰ったものを削って見栄えを良くしても悪いという道理は可笑しいだろう?刀は研ぐものさ。或る意味では投資だ。中国語講座に出るよりは有意義かもしれないな」
――ひばり
その道理はたしかに正しいな。個人的に懸念材料は、「維持費」と「損壊可能性」というリスクが整形にはあることかな。あと整形の怖いところは、自分のアイデンティティを破壊するところでもある。自分自身を気に入っているならもちろん出来ないわけだが、自分のことが嫌いならば容易に手を下せるかんじ最高にくーる。
「………………ま、だからこそ。……社会的に優位にあるからこそ。内面の内面はスカスカの奴が多いのもまた事実だけどね。葛藤は情緒を育む。優越感は慢心に沈むよ」
――ひばり
"葛藤は情緒を生む" たしかにそのとおりかもしれない。感情が豊か、というのは言い換えれば、どの程度心を刺激してきたかにつながる。他者がいない環境では、人間味溢れる心を獲得するのは不可能なことと同じように。
逆に苦悩と痛みの中で、内在世界を拡張してきたものは感受性が高いものなのかもしれない、ただあるラインを超えるとそれは「慣れ」に繋がり摩耗していくものなので気をつけないといけないんだろうね。
それって愛ジャン?
「それに、ボクはちんぽだったら何でも良いわけでは無いのさ。
お前のペニスがいいんだよ。分かるか?それが愛だ」
――ひばり
ハイ。
子供とひばり
「それにしても獅童、教えてくれるか? 何で子どもって生むんだろうな? 食糧難に備えるためか?食うのか?」
――ひばり
これをガチで言っているなら、ある意味でひばりという人間はすごい。すごく捻った存在だ、ぞうきんを絞ったような脳みそをしているに違いない。
労働力という答えならば、答えとして機能するが、食料かー……。
散琉きた!!
「話が分かるね。相棒。咲耶ちゃんのパンツ討ってあげようか。一枚2000円で良いよ」
――散琉
『強盗、娼婦のヒモになる』の妹ズこと散琉がまさかここで出てくるとはっ。大きくなったね。あれからどれくらい経っているんだろうか……5年?以上?ふむん。
非難と過剰
「マスコミとかって、無罪なのに裁判に掛けられたりすると過剰に取り上げる傾向がありますからね、冤罪でどうの、とにかく警察は最低だ!って。だから絶対に勝てる裁判じゃないと起訴しないんです」
佐藤「……一度でも何かを間違えるとそれを許そうとしないんだ。法律じゃなくて『人』が。それが当たり前で、葛藤があって、煩悶があった事さえ、事実の前ではまるで無関係のように振る舞う。嫌な話しだよ」
椎名「表層しか知り得ないんだ。仕方がないのだけれど。でも、だから、雁字搦めなのかもしれないですね。政治家然り、医者然り、警察然り。間違いが許されない人なんて居ちゃあいけないのに」
彼らの話しを聞いても思ったことは、だからと言って非難を止めてはいけないのだと言うこと。それは或る意味、義務ですら在る。
けれどそうなると、どうしたって過剰非難になるのだ。人の揚げ足を取るのが大好きっていう特殊な人種が居て、そいつらはまるで正義を掲げているかのように誰かを非難する。
それは様々な想いを事実という平面的な正論で踏みにじって、下らないと吐き捨てる。非難するのは簡単で、擁護するのは難しい。勝ち馬に乗りたいと思うのは当然だけれど。
――椎名、佐藤、獅童
テレビでネットで得た情報というのは椎名がいうように表層的で表面的なものでしかないのだろう。たったほんの一部を見て「良いか」「悪いか」を判断していくそんな視聴者。
そいつの懊悩も苦渋も分からないまま、ただ与えられた情報だけで義憤の声を上げ続ける。それはなんて滑稽なのだろう、しかし他人の人生なんてそんなもんだしいつだって観劇気分なのだ。
想像力を働かせることさえなく、ガヤの外で他者を断罪し続ける観客。それはもちろん私のことでもあるのだけれど。
運命 fortune
別れさせ屋の最も信用していない言葉が運命である。
理由は簡単。
俺たちのしごとは、それを恰も存在するかのように見せかけるためのものだからだ。
「運命」とはなにか?
それは理屈を告げられない事象に対し、それでもなんとか理屈を与えたい時に発生するものだ。出会うはずもなかった二人が出会ったのはなぜか? 自分の理想通りの異性に偶然出逢ったのはなぜか? なぜ落盤事故で一人だけ命を落とさなかったのか? この世界には"説明がつかない"ものが沢山ある。
そして人はなんにでも理屈と理由をつげたがる。だからこそ説明できない部分に「運命」というアリもしない概念の入り込む余地があるし、自分たちで理由をでっちあげることが可能になるんだ。―――二人が出逢ったのは運命なんだから仕方ない、運命なのだから当然だ、運命万々歳!!!そう思い込ませる力が「運命」なのだ。
運命という言葉に人々が惑わされるのは、絶対的な価値が与えられているからだ。特別な価値と言い換えてもいい。自分が選択したわけでもない未来が予め決められていた、運命という荒唐無稽な概念によって生きる意味を、人生を、未来が定められている。それが自分自信にとって良い物であるのならば、よけいに信仰したくなるものだ。信じて信じて信じてやまぬ恋心のように。
にゃるほどね、運命に恋していると。運命に運命かんじちゃってると☆
運命を演出するのに、そんな派手にする必要はない。木から降りられない猫を助ける?不良から助ける?ああ、結構だが現実にはそんな事は起きやしない。
現実的な運命は、ほんのすこしだけの幸運だけで構わない。例えば出逢った人間に、何度もどこかで『偶然』出会えたら? それはボランティアの参加者で、馴染みの見せでバッタリ出会って、趣味や、考えもピッタリで、自分ことを理解してくれたら? それだけで良い。簡単だ。
運命をストーキングだと思われない方法は、先回りすることだ。爽やかな笑顔でパスタ食ってる好青年が、犯罪者と思われることは余りない。
――獅童
接触回数による好意の上昇と、運命が入り込む余地を相手に与えることで好感の掛け算になるのだろう。
これも所詮、運命の演出だ。『偶々』道を教えてあげて、『偶々』同じボランティアで、『偶々』目が悪くて支えになってあげて、『偶々』好きな小説家が同じニッチな小説家だった
顔学と第一印象
人は、見かけで人を判断する。顔額なんて分野では顔の第一印象で大凡性格を把握できるだなんて言っているし、それは大体の場合で間違いではない。
――獅童
椎名と同じく獅童もまた、統計型か。
障害者
統計でも出ていることだが、障害者って奴は信頼されやすい。俺の友人……まあ、椎名だが。あいつは障害者を見ると念入りに身構えるようにしているそうな。
――獅童
にゃるほどね。
隣の芝生は青い
獅童「辻さんは良い子だね。初めて出会えたメンバーが君で良かった」
辻「そ、そうですか」
獅童「可愛いしね」
辻「か、かわ…………っ」
獅童「安心してくれ、下心は無いよ。ボクには彼女が居るしね」
辻「わ、私だって居ますよっ」
獅童「彼女が?」
辻「彼氏がっ!」
隣の芝は青いし、隣家のバラは赤いもんだ。
他人の物はいつだって美味そうに見える。
んで、これで不細工な女の写真でも見せれば完璧だ。
隣の芝生は青い―――これは他人の人生はなんとも良さそうに映るのと同じなんだろう。自分より悩み事が少なさそうで、多幸感に満ちている、そんな感じ?
しかし、なぜそう"見え"てしまうんだろうか。他者の感情なぞ分かることなんてない、それは"おおよそ"の範囲でしか把握できないというのに。
……おそらくそれは「未知」だからじゃないか? 自分のことはよく自分が知っている、家庭、生活、知識、教養、スキル、持ち物、財産、幸福感、痛み、辛み、悩みは高い精度で把握している。
しかし他人のことは知るわけがない全然分からない。この全然分からないところに、想像の余地が残されてしまう、分からないからこそ他人の物が良い物だと決めつけてしまうんじゃないか?
実際、それらを手にしてみると自分と同じだったり、あるいは悪いものだったり少し良い物だったりする程度だ。にゃるほど。
釣り合わない選択肢
獅童「今日は一日お世話になったからね。奢るよ」
辻「そ、そんなっ。いえ、悪いですよ」
獅童「お礼の気持ちだよ。受け取ってもらえないと、僕は困るんだけどな」
辻「あ、あの……」
獅童「そこのファミレスと、高級ホテルのレストラン。どっちが良い?」
辻「え、ええ………!?」
目の前に選択肢を差し出して、それが余りに釣り合わないものだと人間は妥協してしまう傾向がある。拒否する、という選択肢を放っておいて、だ。
この場合は俺のお礼を無碍には出来ないという意味合いも含まれているだろうし、俺には彼女が居ると言っているから罪悪感も薄まっているだろうからそれだけでは無いのだけれど。
ゲロ以下の存在であること
正義「いやあ、善良な人を騙すというのは胸が痛むものですねぇ」
獅童「全くだ。申し訳ねえ」
ひばり「どんなに悔やんでも悔みきれないね」
「「「あっはっは!!」」」他人の気持ちとかにとっくに麻痺した俺たちには、本当に肌寒い台詞なのだった。俺たちは結局、ゲロ以下の屑三人組なのである。
思わず笑ってしまった、ほんとゲロ以下の三人組である。獅童の卓越しているところは自分を「ゲロ以下」だと認められることだと思うんだよ。
他人の幸せをぶち壊して。泡沫の幸福だとしても、握りつぶして。そんな俺らは、少なくとも屑だと自覚しておかなくてはならないのだ。
どれだけの理由があっても、信念がっても、屑は屑だ。罪悪感を勝手に持つほど身勝手でも無ければ、むしろ楽しむ姿勢で居る。
何をしたって屑は屑。だったらせめて、楽しまなければ損だろう。
――獅童
つまるところはそれは「倫理に縛られない」ことを意味する。ゲロ以下、屑の屑だという評価を下しているの結局のところこの世の倫理観だ。大衆の総意によって形成された価値観に照らし合わされ、「獅童は屑」という評価になっている。獅童はそれを踏まえ、「屑でいい」と自覚しているように見える。
つまりさ、獅童にとって自分を屑とかゲロとか認めることになんの抵抗もないこと。だからこそ屑な自分を楽しめるし、屑であることの罪悪感に囚われることも無い。
倫理観を踏まえる、というのはそういうこと。
自分したいふうにすればいい
→「自分のしたい風にしたらいい」
→「止めた方が良い」
獅童「自分のしたい風にしたらいい」
辻「…………そう、ですか?」
これは、最低の答えだ。
結局の所解答から逃げている。良い人を装って、干渉することを避けている。毒にも薬にもならない、だから当然意味もない答えだ。
この答えを選んだあと「最低の答えだ」と指摘されドキっ!としたのはいい思い出。
なんちゅーか獅童がやっているのは、人間関係をスキルに落としこんでいる方法だよね。これは別れさせ屋、あるいは人間関係に利潤が絡んだときには必要な技術だとは思う。
でもね、ふつうの人間関係、友だちとか恋人とか家族とかに使うと段々はまっていっちゃってヤバイと思うんだよね。ほら優位に立てるじゃん?スキルをうまく使うとさ、そうするとそういう雰囲気や仕草って相手に伝わっちゃうし、なにより自分が他人のことを「物」として観ていることに気づくことになると思うんだよね。
いつまで経っても、スキル上での上辺関係しか築けられない―――そんなのはまっぴらごめんだよ。
勿論、それで終わるはずもなく。
獅童「少し、聞いて貰えるかな」意志は直線だ。真っ向から曲げてみようとしても、届かない。説得しようとするならば、曲げるんじゃ無い。誘導するように直線を湾曲させていく。
意志は直線では無い。平面だ。同時に複数の思考を平行して、束ねて、それで形作られるもの。彼女の中の思考も、『彼と一緒にいたい』『進学したい』という二つの思考が存在する筈だ。
相手を否定してはいけない。肯定、疑問、例題、推奨。俺のすべき選択肢はそれだけだ。
獅童「君は、彼のことをどれぐらいに好きなんだい?」
辻「…………わかりました。とにかく、大好きではあるんです」
獅童「全てを捨てても良いぐらいに?」
辻「全てって…………例えば?」
獅童「親、友人、自分」辻「それは、……無理です。きっとどんなに好きがあったとしても、私が選べるものじゃ無いです」
獅童「……だとしたら、自分と彼、どっちが好きかな」
辻「…………割り切って、考えられませんよ。決して、そう言う風には」
結論を口にするのが俺であってはいけない。他人の意見にはケチを付けたくなる物だ。彼女が、その結論に気が付くだけで今は良い。
獅童「彼はどのぐらい君が好きなのかな」
辻「………ずっと私と一緒に居たいって思う程度には?」
獅童「彼にとって、君と彼自身はどちらが大切なのかな」
辻「それは………………きっと、私じゃ無いです」
投影か、それともモラルの天秤のせいなのか。彼女はそう言って、俺は笑った。
獅童「はは、自信を持って良いよ。君は魅力的な女性さ。彼もきっと、自分より君の方が大事にきまっている」
ここで、応用だ。ここで、敢えて断言する。反感を抱かせる。
辻「そう、ですかね……」
煮え切らない顔だ。そうであるとは願っては居ても、どこかでそうじゃ無いんだろうと確信している。
イデアの住人
愛って云うのは、イデアの世界の住人だ。そのスケールの大きさを聞けば、普通の奴ならドン引きする。そんな奴に挑戦出来るほどに強い奴なら、こんな風に悩みはしない。
――獅童
この時私は答えを得た。そうかそうだったんだと首を縦に降っていた。嘘。無動だったがそれくらいに興奮したということなのだよ。
この世に愛は存在するか? するとも。愛は存在する。
しかし「愛」は現実に形を持てない。それは見るものじゃない"感じ"るものだからだ。愛は不定形だからこそ、誰も手に取ることはできない、ただ感じるだけなんだ。
だから、永遠の愛なんてものは存在しない。いや存在するけどね「愛」は永遠に存在する。しかし一体と一体の人間の愛は存在しない。愛はイデアにある一次元的な情報だ。だからそれを"感じ"ることはあっても、他者との繋がりに「愛」は関与しない。
だから平気で浮気をするし、取っ替え引っ替えに彼氏を漁るし、女を食うことが蔓延るわけだ。「愛」は一人の人間に感じるものじゃなく、イデアという世界に片手を突っ込み引きぬいた時に愛を感じるだけ。つまり誰でもいいのだ。愛は存在するが、愛する対象は誰でもいい。これが愛の正体だ。
運命の恋も所詮は、そんなものだ。だれでも良かった恋。君じゃなくて構わなかった愛。つまりね、つまりつまりつまりつまり!!! 人は愛を愛しているだけだったんだ。目の前にいる人間を好きなわけじゃない、愛という概念を"愛"している、それだけだくっくっく、笑いが止まらないぞこれはww
とうとうここまで行き着いてしまった、という想いが拭えないがそれはどうでもいいだろう。
愛と記憶は似ている。どちらも現実世界にない、自分の頭を捻ったときに発生する観念だ。
記憶を思い出しているとき私たちは、現実の体を置き去りにして過去世界の旅しているし、愛を心で感じるとき現実世界ではなくイデア界に身を委ねているのだろう。流石人間、観念と実体を同時に見ることが出来るからこその力だと言っていいだろう。
ガールズトーク
「フォローに入るのが少し早いですよ。もっと一緒に獅童さんの悪口で盛り上がりましょうよ。ガールズトークの半分は悪口で出来ているんですよ?」
「もう半分は?」
「愛想笑い」――正義、兎子
仲いい人でやる場合はまた違うんだろうけど、場を支配するに長けた他人が一緒のガールズトークは苦痛でしかない……いやこれはどこでも一緒か。
最適解と人間的行動について祈ちゃん語る
祈「彼は、家庭を護ろうとしたんですよ。在る意味では」
「彼は、過去を精算しようとしたんです。自分の過ちに、家族を巻き込むわけにはいかなかった。人を殺したい人間なんて居るはず無いんだ。それは相当苦しい事だったでしょう」
兎子「でも、それにしたって浮気相手の女の人、かわいそうじゃないですか?」
祈「いや、だってよく考えて欲しいのだけれど、その女の人だって元々浮気は承知だったんだ。その男の人が好きだった。―――<けれど>彼の家庭をぶち壊そうとした」
「これは、最適解じゃ無いんですよ」
兎子「……最適解?」
祈「本来、自己の得、他者の得、そう言う物を功利的に計算したときに取るべき最も最善な対応。―――それを、彼女はしなかった。」
「彼女は言ってしまえばただ、<恨み>と言う物に支配されていたんです。これは合理的じゃ無いどころか極めて獣的で下劣な感情だ」
兎子「でも、それって当たり前っちゃあ当たり前の事じゃないですか?恣意的な物があるからこその人間というか」
祈「でも、意志は無い。怒りの感情なんて犬でも持っていますよ。彼女は好きだから、男を脅迫したんじゃない。―――<負けた>から。もうどうしようもなくて何も無いから、ただ八つ当たりみたく脅迫したんです」
祈が言っている「最適解」という言葉を、自分なりに理解しやすくデザインしてみる。
"本来、自己の得、他者の得、そう言う物を功利的に計算したときに取るべき最も最善な対応"
つまり一個人の感情で行動を決めるのではなく、自分の現在/未来をより幸福にできる行動を「合理的に」判断し選び続けることを「最適解」と呼ぶんだろう。
最適解行動は、自分の感情を重視しない。実利目線ですべてを勘案していくんだろう。利益、効率重視。人間らしくはないけれども、「最適解」。
「他方、男の方は最適解を選んだ。一度間違いを犯したからこそ、次は本当に大事な物を護ろうとした。"浮気相手"と"家族" その二つを較べてみれば、まあ彼は当然の……しかし、最低の方法に手を染めたわけだ」
「最低最悪卑怯卑劣鬼畜の外道。―――とは言え、最適。彼が取ったのはそういう行為だった」
兎子「最適、……そうかな?」
祈「金は無かった。――浮気相手が子を産めば、養育費が取られるでしょう。浮気の話は一度夫婦の間で完結しており、それを蒸し返したくは無かった」
「それに、彼女が産んだとして、彼女も相当に金は無かったし、身よりも無かった。――子供を育てられる環境じゃあ無かったんだ」
でも、それは。
……何というか、余りに非道徳的な考えだと思うのです。確かに合理的であっても、正義は無いというか。
兎子が感じる「非道徳的感」というのは、なくてはいけないものなんだろう。これを無くしてしまった場合、人間は常に合理的な選択を選び続けることになる、それでは機械と一緒だ、それが人間であってはたまらない、なぜならそれは動物と一緒だから、人間はノイズで満ちているからこそ人なのだ。
祈「話を続けるとね、その後。
浮気相手殺しが、妻にバレたんです」
兎子「うんうん」
祈「すると、妻は言った。―――自首して下さいってね」
兎子「まぁ、……そうだよね」
祈「そうかな?」
兎子「だって人殺しだもん」
祈「でもそれは、<最適>じゃない。自首した所で彼女が生き返るわけでもな無し、夫と言う収入源は絶たれ、妻は生後間もない子供を抱えて路頭に迷う。ただ、そうなるだけさ」
「けれど、秘匿には望みが在った。それは罪に塗れた最低の望みだったけれど、……けれど、たった一縷の望みだった。だから、最適」
うむにゃるほど。この男が取った行動はあくまで「自分にとって」の最適解だったわけだ。妻でも浮気相手でも社会でも国でも、全部自分の為にやった合理的行動。
男が妻を殺した事実を見ると、もう"殺す"しかない場面だったのだろう。説得不能、言葉の伝達不可能、妻が自分の想い【犯罪の秘匿】を承諾してくれないのならば、殺すしかない。なぜなら家庭が壊れるから。
家庭を壊しながら家庭を守る。
いやもうすでに壊れていたのだ。なら最後の赤ん坊の未来を守ろうとして……。
これはあれだな、祈ちゃんが言っているこれは「倫理観を欠落させた人間」の話しか。ははーん、にゃるほどねー。
倫理は自分が必要ないと感じたら―――
兎子「そうなのかもしれないけれど、……でも、もにゃもにゃする」
祈「…そうですね。その感情はよく分かりますよ。でもそれは、道徳的観念……一般的常識から来るものです。――――一般的常識って言うのは、あくまでも合理性から来るものだと私は思いますから従う必要がないと思うんです」
兎子「どういう事?」
祈「この前椎名さんが言っていたんですけどね。『ありがとう』って、言葉の端々に付ける人は、基本的に『ありがとう』って言って欲しい人なんですって」
兎子「相手に求めているからこそ、自分がするって言うこと?」<老人に席を譲る>のは、老人になった時に席を譲ってもらう為であり、<ゴミを捨てない>のは誰にもゴミを捨てさせず街を衛生に保つため。……って言う事かな?
祈「法も道徳も、結局は人のために在る物ですからね。人は群だが……でも同時に、個だ。だから実は守る必要なんて無いんです。自分が必要ないと感じたら」
祈ちゃん最高にクール。
倫理観に自覚的になれ。じゃないと自分がなぜそれを大事に守っているかが分からなくなるぞ。無意識の価値観はすべて倫理観だ、大衆の総意の価値観が幼少期に自分にインストールされた結果だ。
そして倫理に自覚的になったら、次は自分がそれを「守る」かどうか自分で決めろ。老人に席を譲るのも、タバコのポイ捨ても、朝のゴミ出しも、自分でそうするべきかを判断して選べ。
要らないと思ったルールなら唾棄して構わない。だって自分にとって必要ないのだから。
ここでもちろん注意点がある。倫理観を破るということは、世間から白い目で見られるし、やり過ぎれば集団からハブにされる。さらに言うならば自分が要らないと感じたルールに、後にしっぺ返しをくらったとしても怒んなよ、ということになる。ダブルスタンダードはかっこ悪いでしょ?
でもね倫理観を踏み越えたものは、この【俺はやっても良いが他人がやるのは気に食わねえ】という超絶にカッコ悪い倫理的価値観さえ超えていく。
他者のホワイトアイは免れないだろう。あいつクソダブスタ野郎じゃねえかファック!!!と言われるのがオチだ、でもそれすらも超えていく。
倫理に縛られないというそういうこと。でもそれはそれで自由なのだけれども生きづらそうだよね。
祈「だから<道徳的に間違っている><法律で禁止されているから>それを『行なってはいけない』と言う理論はおかしいんです。<それは自分にとって不利益だから>。そう言う風に考えるべきだと思うんです」
兎子「でもその理論だと、人の見ていない所でゴミを捨てて良いことに……」
祈「まぁ、最悪そうではあるのですけれど、けれど、その『規範を存在させるため』と言うか、『モラル』っていう潤滑油は、絶対的に必要なものですからね。それを乱している言う罪悪感はありますし、不必要で世故い真似はしませんよ」
祈ちゃんはほんと正しい。倫理も法も所詮は生きやすくするためのツールでしかない。善も悪もこの世には存在しないのだけれど、あえて設定するのはそのほうが生活しやすいから。
ある日いきなり殺されるのは嫌でしょ? だから殺しを悪とする、ただそれだけ。<自分にとって不利益だから>自分はしない。この言い分が一番しっくりくるのは当然といえば当然だよね。
馬鹿が大好物な知識人
兎子「でもそんなの、どこでも教わりませんでしたよ?」
祈「ふふ、そりゃそうですよ。知性在る奴は馬鹿が好きだ。愛していると言っても過言じゃあない。モラルは蔓延してこそなんぼ。守らなくても良いだなんて口が避けても言えないです」
ほんとね。
理想と現実、理想的行動と摩擦
昔々、最初に私達は別れさせ屋の仕事をレクチャーして下さった方は、言っていました。『それは、理想のせいなんだ』って。
彼氏は、夫は、彼女は、妻は現実です。―――けれど、私たちが成るのは理想。到底有り得るはずもない、空想上の生き物に成る。だから、現実ではかなわない。そう言うことを言っていました。
祈「ほんの少しの摩擦があって、それは当然生じる物で。そのせいで、普通、私達みたいにさ。好きな人は一人っきりで、その人に一生ついていく、みたいなの、あり得ないレベルだと思うんです」
――兎子、祈
理想というのその国のその時代のその民族が設定していく。
たった一人を生涯愛すだとか、
男は優しくカッコよく高収入で
女は清楚でお淑やかに
みたいなね、そういうの。
そういう理想に憧れ目指していくものだけれど、でも到達できない人が多いだろう。理想なのだから当然だ、簡単に叶ってしまえばそれは「普通」のものと化す。
兎子と祈が言っているのは、理想を追い求めるからこそ摩擦が発生してしまい自分自身に雁字搦めになる―――という言葉に聞こえる。
ならば理想を捨てた先にはなにがあるのだろう?
現実主義で実利主義。効率主義で功利的。そんな感じの人間になりそうだわね。理想を切り捨てた先の世界は、なんだか詰まらなさそうだよ、冷たそうだし。
しりとり×顔の視線
会話しているように見せかけながら誰かの会話を聞こうとするなら、しりとりをすると効果的である。
――獅童
しりとりで脳のリソース使い果たしちゃいそうな私達は―――うぐぅ。
時折頷く、息を吐く。目線は相手の目を見つつ、けれどじいっと見過ぎる事もなく。具合が分からないならば、口元と右目、左目、額。順番に視線をそらせば間違いは無いだろう。
これやってみるとわかると、ジグザク軌跡だよね。読んでいるときは円上の軌跡を描くかと思っていたんだけどどうも勝手が違った。
辻「……私は、……彼が好きなんですけど。……一緒にいたい、けれど……」
獅童「…………」
辻「…………」
獅童「……悩んでいることは何?」
辻「……え、えと。……」
会話を促すときに断定せずに疑問形で問いかけるのは、とあるカウンセリングでの常套手段だ。『悩んでいるんだね』でも意味は同じだったのだけれど、あくまで主導権は相手に持たせないと円滑に本音は聞き出せない。
会話はチェスによく似ている。最初に言ったほんのすこしの行動の差異が、後々大きく影響してくるのだ。
ね。
心のままに……行っていいんだろうか?
姉「あのねぇ、美代子」
お姉ちゃんが言います。
姉「後悔はしちゃあいけないよ」
「それだけは、ダメだ」
その後、近況やら何やらを長々と話して、それでも何のかんのとオチを付けて、また今度会おうねと電話を切りました。
辻「…………」
―――お風呂、入ってこようかな。
そんな事を思います。
今は。
お姉ちゃんが言っていることも分かる。後悔だけはしてはいけない。たとえ間違っていたとしても誰かに迷惑がかかったとしても"心のまま"に行くということ。
答えが出ないときなんかいっぱいある、それでも確かな指標があるんだとすればそれは自分の内側にしかない。心が指し示す方向に向かえばいいと思う。
けれども、今回の場合は明らかに指し示す方向が、倫理的違反を犯している。
最低な女ですね。
つきあっている人居るのに、私、こんなに浮かれて居ます。
テレビとかドラマ見て、一度だって浮気なんてする人に共感したこと無いのになぁ。何でそんな事するんだろうって思っていました。
……だって、好きな人なんですよ?その人を裏切るって、何でだろうって。……………でも。それが『何故』なのか、それだけは決して言葉にしてはならないと思うのですけれど。――辻
心のままに行ったら、浮気をすることになる。大好きだった人が好きだった人に格下げられ、一週間前に出逢った人が自分の心を占領する。
でもいいんだろうね。間違っちゃいけないことなんて無いのだから。いつだってファジーに感情的に。
Happy Endを迎える
兎子を喪えば、俺は終わる。
死ぬとかじゃない。別に、鬱だとかになるわけでもない。
―――けれど、確かに何かが終わる。
俺も、俺の殺した『彼』が迎えたように、『ハッピーエンド』を迎えてしまう。
――獅童
獅童が行っている『彼』とは、『ジン』のことか。
それにしても「ハッピーエンドを迎える」とは何のことを言っているんだ?
一般的にあるいは私の感覚として「ハッピーエンド」に到達することは、幸せの象徴であり不幸の反対を意味するものだ。でも獅童はそれに怯えている、ハッピーエンドという事象を避けようとしている。
幸せが終わる=ハッピーエンド。
そう捉えているのだろうか。……ふむありえる。幸せはずっと続いて欲しいものだ。けれどもハッピーでエンドになってしまえば、そこで幸せは途切れる、打ち止めだ。
それは嫌だろう、嫌だろうな。
別れさせ屋のirony
彼女の捻子を外してしまったのは俺だ。
俺の捻子を繋ぎ止めてくれるのは彼女だ。
互いが、互い無しでは生きられない。
俺たちはもう、そう言う生き物なんだから。
『愛してる』『はい、私もですっ』
俺は、彼女を愛しているんだ。―――それだけがこの不確定な世界の中で、唯一揺るぎない事実なんだから。
(獅童、兎子)
別れさせ屋という職業をしている獅童。彼は愛だの恋だの運命だのを最も軽いものと観ている立場でありながらも、兎子を愛している。なんていう皮肉なんだろうか。
利害相反ってだけジャン?
散琉「……そう言えばって。兎子さんはないんですか?そう言う、罪悪感みたいなの」
兎子「無いよ?うん。一切無い。」
言ってて何だけど、散琉ちゃん幻滅とかしてないよね?……うーん、迂闊だったかも。そう思って、何だか言い訳がましい言葉が続きます。
兎子「だって、利害相反ってだけじゃない?」
散琉「どう言うことですか?」
兎子「……うーん、何て言うか。―――大事で、小事をもみ消すわけでも無いんだけどさ。私が何かをしてお金を稼ぎたくて、他の人がそれをしてほしくない。……こう言うのって、誰もがやっていることだよね」
「企業は、ライバル会社を蹴落とそうとするだろうし、主婦は他人より良い服を買いたがる。私達は、恋人を破局させる。何て言うか、他人称が一つだから、相手への害が明確になるのだけれど」
散琉「……石油採掘のせいで、石炭業の人たちの利得げ現象した、みたいな事ですか?路頭に迷った人も居るでしょうし」
兎子「まぁ、それもそうかも。みんながやっているから、自分もやっていいっていう理論じゃなくてさ。ただ、それはとても当たり前の事だと思うの。余りにそれが酷ければ、法って言う措置が取られるのだろうし」
んーと、自分がある利益を求めてなにかしらの行動を取る、しかしその行動は誰かにとっては不利益に繋がる。もしその誰かの不利益ばかりを考えていたら、結局なにも行動できなくなってしまう。
それは当たり前のことで、気に留める必要もないような当然のこと。そういいたいんだろうか?
宇佐美兎子は別れさせ屋。ご飯を食べる(=自己利益)為にこの仕事をしている。需要があるからね応えている。そして仕事を完遂させると結果、誰かが傷つく、それは目に見える形で恋人を破局させる結末に至った。
でもそれは「目に見えた」から、罪悪感やいけないことをしたという気持ちを芽生えさせるだけであって、極論をいえば人は生きている(=自己利益)だけで、誰かに迷惑(=他者不利益)をかけている。
で、兎子ちゃん的に目に見える他者の不利益があったとしても、気にしないよと。だってそれはそういうものなんだからさ、みたいなね。
相手の事情を斟酌しまくっていれば、申し訳無さで別れさせ屋なんて出来ない。卵かニワトリか、どちらか先かは分からないけれど、少なくとも他者に鈍くなければこの仕事は務まらない。
サイコパスとは違うんだよ
ひばり「ボクたちは別に、他人の感情にむとんちゃくな訳じゃない。サイコパスとは違うんだ。十分、相手に共感してる。相手の苦しみを知っている。―――だからこそ、やらざるを得ない。そう言う人種さ」
獅童「そうだよ。随分と今更じゃねえか。それがどうした」
ひばり「いいじゃないか。最後なんだろう?だったら私も少しは血迷うさ。……だって。だってさ。そう言う、お前と私みたいな悪徳漢を、世間で何って言うか知っているか?」
獅童「クズ」
ひばり「ゴミ」
獅童「カスだ」
ひばり「そうさ。――――私達はそう言うもんで。とてもじゃないけれど、それは嫌なことなのだけれど、普通って奴が、些か遠くて」
獅童「……」
ひばり「浮くんだよ、本当に。――――なあ、理解出来るかい?興味もない会社に就職して、特に意味もなく安定を求めて、ぬるま湯みたいな家族を作りたがる奴の気持ちをさ」獅童「時々、思うよ。それを俺も、求めたい気がする。でも大抵は、気のせいだ」
立木ひばりは他者に共感できる。相手の気持ちを理解できる。けれども普通が遠い人物。ああそうかそういうことね。
倫理観(大衆の価値観)とは違うからこそ、"普通"に与することができない。
ひばりは大勢が定めた価値観(=興味もない会社に就職したり)に、意味を感じ取れない。つまり彼女は大衆とは違うルールで動いているということ。
だから今の日本で是とされているものを、うまく理解できないのね……。 多様化多様化。
ひばり「そして、他人を傷つける事で、そんなちっぽけな優越感で自分を満たして、安定を保つんだ。余りにも遠すぎるんだよ。だって、手の届く場所にないんだぜ、幸福って奴が」
ゆえに「安定」の求め方も、大勢の人間と異なってくる。他人を傷つけ愛につばをかけなければ不安定な自分を支えきれない。
幸せの在処と、幸せの具現化
ひばり「ボクたちが幸せになるのは、――――いや、それは多くの人がそうなのかもしれないけれど。――――きっと、とっても難しいなだぜ。幸せって奴が、ボクには二枚舌のペテン師に見えるのさ」
ひばりは幸せとはペテン師だという、それは 「幸せ」という概念の具現化。
普段は意識することのない言葉をイメージ化するということに、ちょっとドキっとした。なんだろうね恋?
ひばり「―――じゃあな、獅童。達者で暮らせよ。……幸せになろうぜ。ボクたちにはどう考えたって不可能な事だけれど、何か出来ないことが一つあるってのは、どうしてもボクには我慢できないんだ」
獅童「くくっ、ああ、そうだな。俺たちには、出来ねえ事なんて在るはずねえんだ。予言してやるよ。俺もお前も、幸せになる」
ひばり「あぁ、受け取った―――」
出来ないことに挑戦し続けること。
いや? 幸せは挑み続けなければいけないものなのか。
もし「幸せ」になること諦めてしまったとき、そこでそいつはストップする、停止してしまうんだ。
人をやめない限り「幸せ探求」は一生ついてまわる。逃れることは不可能な無理ゲー。特に獅童やひばりに関しては、幸せになることが不可能だと自覚しているにも関わらず、望み続けなければいけない。
なんて片思い。
なんて恋。
幸せは言葉にしちゃダメだったんだよ
幸せって言葉を最初に考えた奴は、本当に、心の其処から愚か者だと私は思う。
それは、言葉にしてはならないモノだ。
求めようとしてはならないモノだ。
そうでないと、この世界は余りに空虚だ。だって、この手に収まるモノでは無いだから。目の前に吊り下げられた人参だ。追っても追っても抱けない。それは取ろうにしか過ぎない事だ。
――ひばり
これ『CARNIVAL』じゃないかい、人参の部分が、まさしく・みたいなではなくまさにCARNIVALじゃんか。
言葉にしてはいけないものがある、というのはなんとなく分かる。 それを「形」にしようとした時点で本来の意味が失われてしまうっていう感じ。ほんとうはもっともっと複雑で膨大な意味を、口にするとちっぽけな価値に成り下がっちゃうような感じ。
人は形ないものに形を与え過ぎちゃうんだよね、考えものだよまったく。あと分からないものを分からないままにしておくのも一つの才能なんだなと思った。
自分が持っていないものを持っている人を見ると憎んじゃいますか?
幸せな奴が憎い。
私に手に入らない物を持っているお前達が、憎くて憎くて仕方がない。私だって、幸せになりたいに決まって居るのに。
――ひばり
私は恋をしようとしても直ぐに冷めてしまうのに、ずうっと幸せそうに笑っている人間一般が気に入らなかった。だから、この仕事をして居るのだろう。
その人がまるで大切な宝石を見るかのように愛でている物を足蹴にすることで、私は本当に安心するのだ。良かった、恋は、愛はこんなに下らない。脆く、醜く、安っぽい。私が手に入れられなくても構わないさ。なあ、そうだろう?首肯しろう。
ひばりが他人の幸せを憎んでいるのは、本当は自分だって欲しいのに手に入らないこの事実が最悪なのだろう。欲しいのに手に入らない、感じたいのに感じられない。
大切なものに見えれば見えるほど、愛を感じられない自分に嫌気が射すのだろう。
私は思うよ、ああわたしは幸せも愛も恋も感じられて本当に良かったとね。もし全人類の大半が感じている共通概念が感じられなかったら、ひばりみたいに底意地悪い笑みを浮かべながら、他者を蹴落としているという未来は想像に難くない。
そんな気がする。
世界から"弾かれた"感覚というのはいつだって辛い。苦しい。なぜ自分だけが理解できないんだ?!その疑問は、"感じ"られるまで解決しない。
そう愛は不定形。見たり触れたりできるものじゃない。自分の脳がおかしければ一生お目にかかることのできない観念物。おかしいというのは語弊があるな、世界の大半と共通している規格とでもいえばいいか?
ふっっざけんなあああああ!!!!
道化だって!!分かっていたよ!!!お前を振り向かせるのに必死で!変なゲームを持ちかけた!!元々ボクが悪かったんだ!!分かって、居たんだ!!
……
…………
でもお前、乗ったじゃないか!いつもみたいにゲーム気分で乗ってくれたじゃないか!!何でだよ……!何で、今更……!!負けたら、諦められるから……なのに……!
……どうしたら、良いんだよ。ボクはどうしたら、お前に振り向いて貰えるんだよ。いつもみたいに遊びみたいな口じゃダメなのかよ。…………本気じゃないと、いけないのかよ
……
…………
好きだ。大好きだ。死ぬほど好きだ。一目惚れだよ悪いかよ。会った瞬間に恋に落ちたよ。初めて人を好きになったんだ。…………責任、取れよ
……
…………
そんな、……三文、芝居で…………ッ!!ボクが、諦めると……!!傷ついて、立ち上がれなくなると……ッ、思ったのかーーー!!
そんなわけーーー無いだろッ!!あんなみっともないことをしたんだぞッ!!必死扱いて、負けたらセックスしろとまで言ったんだぞッ!!体でつなぎ止めようとしたんだ……ッ、そんな、ダサいボクが…あんな下らない言で傷つくかよ、今更ッ!
だったら向き合えよ!!せめて、そう言ってくれよ!!私にはきっと未練が残るけれどッ!!お前に執着するよ、きっとずっと、ずっと続けるよ、けれど……ッ!!
そっちの方が、マシだろう!!?お前に気を遣われたくないんだ、気持ち悪いんだよ勘違いしてんじゃねえ!!ボクはお前が好きなんだ、その気持ちを消してくれって誰が頼んだんだよッ!!
ざけんな!!ざけんな!!ざっけんなぁあ!!愛してくれとは言わないよ、分かってたんだよ!!お前にはあの人しかいないって!分かってた!!けれど、…けれど、さあ!!ボクにだって、偶には向き合ってくれたって、良いじゃんか…!!
好きじゃなくて良いよ!!愛してくれなくて良いよ!!でも、無かった事にしてんじゃねえよッ!!こっちは惨め上棟なんだよ、自己嫌悪で一杯なんだよッ!!!分かってんだよフザケんな!!
ちゃんと、私を、見ろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
ひばりの慟哭。
やっぱり胸に突き刺さる。
だって人間の悲鳴なのだから。
軋む心を抑えながらも叫び続けることに、私はとてつもなく価値を感じる。
幸せになれない予感、でも掴めそう
俺は、幸せになれない気がする。
そんな予感がずっとある。けれど彼女と居れば、もしかしたら。それは、本当に、期待程度の物なのだけれど。予感には到底及ばないのだけれど。
―――そいつを掴める、気がするのだ。
分かっているのは、そいつがどうしようもない性格破綻者だって事ぐらいだ。一緒に居ると想ったら、何時の間にか消えていて、求めようとしても、その方法は誰も知らなくて。
秘密主義者で、移り気で、浮気症。きっと、幸せってのはそう言う奴だ。だから抱きしめる程度じゃ捕まらない。
羽交い締めにして、手足を捻って関節外して、ぐったりしたらブレーンバスター。そのぐらしはしないとだおる?そんな事を想って笑う。
そしたら彼女が手錠と縄でそいつを縛って、降りに閉じ込め鍵を閉め、俺たち二人で乾杯するのさ。
――獅童
幸せの擬人化。とてもいいね、ロマンがある。
性格破綻者で浮気症で秘密主義者。誰も居場所を知らなくて、ふと気づいたらふらふらと玄関から飛び出ているそんな感じ。
少女を連想した。
白い髪の天使のような人間を想像してみた。
うん可愛い。
なら監禁しないとね、逃げ出さないように。もうどこにも行かないように。"幸せを掴む"ってそういうことなんだろうねふにゃ。
幸せは人参?
それもあり。
幸せは不定形?
それもあり。
幸せは少女?
もちろん大あり。
「そーやさんっ」
――――彼女の吐息が、空に溶ける。俺はぎりぎりまで視線を外して、鈴みたいな声が響くと同時に、ああ、来てたのかみたいな顔をする。
すると彼女は、ええ、実は来てたんですとでも言うように悪戯っぽく笑って、ぴょんと俺の隣に立ち、その細腕で俺の腕をぎゅっと抱くと、頬を肩にぎゅうぎゅうと押し付けて、たんぽぽが咲いたみたいな笑顔を俺に向けた。
「男の子でしたっ」
――獅童、兎子
ハッピーえn……じゃなかったハッピー続行!
コーヒーと天使
獅童「なぁ、ひばり。……お前、コーヒーはブラックだっけ?」
ひばり「そうだけど……それが、どうかしたか?」
獅童「そうか。兎子の奴はな、佐藤とミルクをたっぷり入れるんだよ」
ひばり「………………?」
獅童「知らないか?」
ひばり「なんのことさ」
獅童「…くっく。知らないなら良いのさ」
未だ未だ、下火だなと笑う。
これあれか天使の「ジンクス」か笑。ブラックコーヒーは行き遅れますよ?にゃっは
兎子と獅童の依存関係。あるいは他者に自分を全て託すことについて
あいつは強い。頭おかしいぐらいに強い女だけれど。
それは、俺に依存しているからだった。根本は俺に在った。泣きじゃくるあいつを撫でながら、なんだ、と息を吐いた事を覚えている。
俺も、依存すれば良いだけか。
『人』っていう漢字みたいに、相方に全てを預ければ良いだけなのかと。そんな事に、今更気が付いた。
~
「これはノロケだけど。俺と兎子は、恋とか愛とか、もうそんなレベルじゃ無いんだよ。お互いに、お互いが居ないと生きていけない。……決して良いことじゃ無いけどさ。感覚としては、心臓だ」
――獅童
自分の存在を、全部全部他人に預ける。
価値も意義も人生も未来も、他者に託す。
だから自分が傷ついても平気、強くもなれる、けれども、相手が傷つくのは許せないみたいなね。
半身でありながら半音。
氷細工のバラを探し続けるよ
ひばり「お前と、友だちの儘付き合い続ける事も、きっと出来るよ。それはきっと楽しいんだろうけれど。……けれど、ボクは探さなきゃいけないんだろうさ。だって、ここに『在った』んだ。……二つとない理由は無いだろう?」
獅童「何を探すんだよ」
ひばり「言ったら笑うよ。馬鹿げた物さ。ボクみたいにやさぐれた奴には似合わない物だ。……だけどね、獅童。在ったんだ。きっと、在った筈なんだ。今のボクには確信は出来ないけれど。皺だらけになって、お前と酒を呑むその日に、きっとそれは証明される」
獅童「気の長い話しだな」
ひばり「勿論、それだけを待つつもりは無いよ。氷細工の溶けないバラを、ボクはずっと探し続ける。嫉妬しちゃあダメだぜ。ボクを選べないお前が悪いんだ」
ひばりの探しものは、「愛」か「幸せ」だろう。そしておそらく前者の意味合いが強いはず。
愛はきっと在った。獅童を介してひばりは愛を感じられた。なら他にもどこにでもあるだろう。愛は遍在する、そして愛はイデアに満ちているのだから―――片手を突っ込んで引っ張るだけだ。
きっと在るよ。愛は1つじゃない。それはひばりが一番よく知っているんじゃないのか。"別れさせ屋"なんだしねふふ。
氷細工の溶けないバラを探すと彼女は言う。有り得るはずのないものを探す旅。兎子√にいけばひばりは幸せを探す旅にに出て、ひばり√にいけばひばりは愛を探す旅に出る。
幸せも愛もきっとどこかに在る。だってここに在ったんだから二つとない理由はないだろう?……
いいね、うんいいと思う。
獅童の倫理観
負けてから言うなんて最低だけれど、或る意味心の底から合理的だ。勝ったら勝利。負けたら有耶無耶。
――獅童
ほんとね獅童は最低だけど、倫理を重視しないというのはこういう事なんだろう。生きやすそうで実は生きにくい。やっぱり中庸が一番か。
奇跡という文字
奇跡は未来に起こらない。
その漢字は本当に的確な物で、いつだって振り返ったときにそれが理解する。
「奇跡」という文字をあらためて見ると、にゃるほど、たしかにそんな気がするよね。奇妙な跡、でいいのかな?
足跡は振り返ったときにしか存在できない。
前には絶対に無い。
……。獅童が言っている「奇跡」とは、観測によって意味が変わることを言っているんじゃないか?
過去を振り返ったときに曖昧だった風景が、明晰なものへと変わる。理解できるみたいなねバニー!
rururu,rururu
rururu,rururu,rururu,―――――
―――留守かな?
ru,――――pi
(辻)
この擬音いいね rururu,rururu――pipi
<参考>