結城友奈は勇者である[最終回]。この冷たい世界を受け入れよう、そして(4057文字)
希望に待ち受けているのはいつだって絶望だった。
絶望の先にあるのは何もなかったしそれがこれまでの現状の世界認識だった。でももしかしたら絶望の先にあるのは「ありがとう」という言葉なのかもしれない。絶望の先にあったのは感謝なのかもしれない。これはいい発見だった。
ちなみにここの文章は最終回の本筋とあんまり関係ない。ごめんね。ちょっと夏凜の戦闘を見て思ったことを書き残したかっただけ。きっと数年後は忘れてしまうから。
んじゃ本筋の「最終回」の感想に行きますか。
結城友奈は勇者である・最終回
東郷さんは言った。もうこの世界を終わらせよう、と。
彼女の答えは誰もが行き着く答えだった。当たり前だった。議論の余地なんてなかった。きっと
―――こんな世界死んじゃえばいいんだ。
◆
この世界は神樹さまの力を得た「勇者」と呼ばれる存在が、敵バーテックスを倒すことでかろうじて安定と平和を得ていた。しかしそれは人類という大枠で見た場合に限ってのことで、勇者なる「少女」という枠組みで見たら嘘だった。大嘘だった。
少女たちはバーテックスと戦う度に――その戦闘が熾烈を極めれば極めるほどに――身体の一部を持っていかれた。視力、張力、右足、左足、声帯、記憶さまざまな機能が欠落していった。
それらは生涯回復することはない。
それらの欠損は戦う度に増えていく。
真実を知ったとき少女たちが愛していた日常は終わりを迎えた。
◆
東郷さんはみんなで死ぬことを選んだが、友奈はそれでも生きることを選ぶ。
でも友奈の答えはただの感情論で、気持ちで、問題を解決したわけじゃなかった。
「友奈ちゃんや皆のことだって忘れてしまう。それを仕方がないなんて割りきれない!一番大切なものを失くしてしまうくらいなら」
「忘れないよ」
「どうしてそう言えるの」
「私がそう思っているから!めっちゃくちゃ強く思っているから!!」
「……」
「……"私達"もきっとそう思ってた。今はただ悲しかったということしか覚えてない―――自分の涙の意味がわからないのっ!!」
「嫌だよ、怖いよ、きっと友奈ちゃんも私のこと忘れてしまう!!」
「だから!!!」
――東郷、友奈
やっぱり思ったよ。
結局、根性論なのかって。
この世界を殺さなければ勇者はこの先ずっと生き地獄を味わうことになる。そんな事実を踏まえてまで、それでも生き続けなきゃいけないなんて無理なんだよ。「私がそう思う」なんて答えじゃ到底生きる動機にならないよ……。
けれども友奈は繰り返し「忘れないよ」と言い続け、東郷さんは納得した。
「忘れない」
「うそ」
「嘘じゃない」
「うそ」
「嘘じゃない!!」「ほんと……」
「うん。私はずっと一緒にいる。そうすれば忘れない」
「友奈ちゃん忘れたくないよ、私を一人にしないで」
――東郷、結城友奈
友奈の答えは嘘だって分かるしそんなことないって当然思う。これからもバーテックスとの戦いは続くし、その際記憶が持っていかれるのは時間の問題なんだ。
東郷さんもそんなこと判ってる。なのに何故友奈の言葉は東郷さんの心を変えることができたのだろうか?……
私はね思うんだよ。
いくらそれが真実であろうと事実であろうと、それを「嘘だ!」って言ってもらいたいときがあるってことを。
この世界がどれほどに冷たく、壊れていたとしてもそれを「嘘」「違う」「大丈夫だよ」って言ってもらいたいときがあるんだよ。
この世界の成り立ちについて考えれば考えるほど、幸せなんてものはない。皆で笑った日常はもう来ないだろうし、頑張って頑張って戦ったとしてもその報酬は身体の欠損でありその障害は日常生活に支障をきたしクラスメイトからは特別な視線で見られることになる。
障害者っていうのは大勢と違う少数派だからこそ、例えそこに差別がなくても息苦しくて仕方がない。誰かと"違う"ってことは、首を真綿でゆっくりと絞め殺されるようなものだから。
そうして身体はぼろぼろ、守りたかったあの日々はもう戻ってこない。
幸せなんてぶら下がったニンジンのようなもので手を伸ばしても伸ばしてもそれが絶対に手に入ることはないし時間の矢は壊れる方向だけを指し示し世界は絶えず不幸を膨らませ続ける。これに異論なんて挟む余地なんてない。
でも、そんな冷たい事実を笑い飛ばしてくれる人がいたら本当にラッキーだよ。そんな世界の有り様を理解しつつ、それでも「絶対大丈夫だよ」「なんとかなるよ」「だって世界はなんとかなるように出来ているんだから」そう誰かが言ってくれるのなら、この世界はきっとそういうものだって思えるから。
「忘れない」
「うそ」
「嘘じゃない」
「うそ」
「嘘じゃない!!」
「ほんと……」
「うん。私はずっと一緒にいる。そうすれば忘れない」
――東郷、結城友奈
東郷さんのように世界に絶望してしまった人を救えるとしたら、この世界は大丈夫だってことを必死で訴えなければいけない。
どれほど破損しようと、どれほど狂っていようと、どれほど理不尽でも私達はなんとなかなるって!そう伝えなければいけない。大丈夫だよ、大丈夫。そのうちなんとかなるよ、東郷さんの足も、風先輩の左目も、樹ちゃんの声も、私の味覚だって、ううんそれだけじゃないいつか私達は神樹様から解放される日だって来るかもしれないバーテックスと戦わなくていい日がやってくるかも。ううん絶対くるんだよ―――
結城友奈はただの女の子だ。超越者でもなければ、他の人より何かが特別に強いわけではないし世界の冷たさだって理解してる。でも「なんとかなるよ」っていう世界認識を持っているからこそ、彼女は「勇者」なんじゃないか?
「がっはははは!! 結局世界は嫌なことだらけだろう!辛いことだらけだろう!! お前も見てみぬふりをして堕落してしまうがいい!!」
「嫌だ」
「あがくな!現実の冷たさに凍えろ!」
「そんなの気持ちの持ちようだ!」
「なに?!」
「大切だと思えば友達になれる」
「互いを思えば何倍でも強くなれる」
「無限に根性が湧いてくる」「世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある!!」
「だけど、大好きな人がいればくじけるわけがない。諦めるわけがない」
「大好きな人がいるのだから何度でも立ち上がる!」
「だから」
「勇者は負けないんだっ!!」
――勇者・友奈、魔王・風(演劇)
そうして最後の最後に、友奈と東郷の状況は入れ替わる。
バーテックスとの戦闘後友奈は目を覚まさなくなり、今度は東郷さんが「なんとかなる」という世界認識を持たざるをえなくなった。友奈のようにこのどうしようもな世界に対して希望を持って日々に挑まなければいけなくなった。
語りかけても、触れても、抱きしめても何の反応も返さない大好きな人がいつか必ず戻ってくると絶望と希望の間に揺れながら。
―――私は東郷さんのこと忘れない
そう友奈の言葉で自害を回避した東郷さん。
もしも友奈とあの会話をする前に、その前に"友奈が満開の繰り返しで昏睡状態に陥ったら"どうなっていただろう?
東郷さんは友奈が回復することを待つことはなく、やっぱり世界を殺そうとしたんじゃないかと思う。もうこんな世界いらないよ、そう嘯きながら。
けれどもラストで彼女は目を覚まさない友奈を待ち続けた。この事実は東郷さんもまた友奈と同じく「なんとかなる」という希望を持ち続けたからこそだと見られる。
そしてその結果として、友奈は目を覚ましたんじゃないだろうか。
最終回の東郷さんの言葉で印象的なのはここ。
友奈「私ももう無理だと思ってたんだけどね、そこはぁー……えーっと」
東郷「えーと?」
友奈「根性で!」
東郷「こんじょう?」
樹「神樹様が助けてくれたんでしょうか」
「……」
「……」
「……」
友奈「どうしたの」東郷「それはきっと違うよ」
東郷「友奈ちゃんはきっと自分の力で戻ったんだよ。奇跡や神の力なんかじゃない、友奈ちゃんは自分の強い意思で根性で帰ってきたのよ」
友奈「うん」
友奈「そうだね!」
友奈「ありがとう。私を待っていてくれて!」
友奈は奇跡によってではなく、自分の力で戻ってきたと東郷さんは言う。
これは友奈だけじゃなく、樹や、カリンにだって言える。
この2人もまた「未来はどうにかなる」「大丈夫だよ」と思っていたからこそ、その結果として声の回復・目の回復といったことに結びついたんじゃないだろうか。
神樹様の奇跡なんかではなく、明日を諦めなかったからこそそれに現実が応えてくれたんだと。そのしるしが「突然の身体的欠損の回復」として現れたと私は見たい。
なんとかなる
絶対大丈夫だよ
なるべく諦めない!
そんな心を持っているのが勇者なのかもね。
◆
最後に。
バーテックスとの戦いのあと手持ちの精霊は消失した。このとき精霊は、花びらとなり術者の身体のうえに積もった。
しかし友奈だけ花びらが積もっていない。
ここから考えられるのは、友奈の精霊だけ消えることはなかったということ。
そしてラストの演劇の立ちくらみも踏まえると彼女だけまだ「勇者」の責務を背負い今もなお身体が欠損してく日々の中にいるのかもしれない。
「世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある!!」
「だけど、大好きな人がいればくじけるわけがない。諦めるわけがない」
「大好きな人がいるのだから何度でも立ち上がる!」
「だから勇者は負けないんだっ!!」
――結城友奈は勇者である。了
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これは小さな勇者の物語。