『Aster』それでも、彼らは歩みを止めない
*『Aster』のネタバレを記述している為、未プレイ者はご遠慮ください
大好きな妹が亡くなった。
生まれてからずっと一緒だった妹が、あの日、この世界から失われた。流星が瞬き、夜空へとすーっと落ちては光るのを止めたように―――沙耶の命はかき消えた。もう戻らない。奇跡は起こらない。
…現実はやさしくなかった。
どこまでも非情で、偉そうで、欲張りで、そして泣いちゃうくらいに冷たかった。…冷たかったんだ。
彼らはどこにいても沙耶の死を、私に突きけてきた。家にいても両親の暗くおちこんだ表情がそれを雄弁に語ってくるし、学校にいても友達の仕草、遠慮がちな振る舞い、気遣い、そしてアイツの言葉が沙耶がすこし前まで生きていきたことを思い出せてしまう。教室にある沙耶の机は周りからぽつんと浮いていて、でも人間ひとり分の欠落を示威しているようでいて、どこか持ち主の帰りを待っているようだった。
……こんな世界で、一体何をどうすればいいのかな。願えばいいのかな。大好きな妹が帰ってきますように……って。神さまにでも……。
……
…………
神さまの存在を笑い飛ばせる人は幸せだと思う。だって、どうしようもない現実に立ち会ったことがないってことだから。夜空を見上げて泣き腫らしたことがないってことだから。
この願いが、絶対に叶うことがないって、知らないってことだから。
沙希「あたしが笑っているのが苛つく……?」
沙希「じゃあ、どうしろって言うの……?」
沙希「ずっと泣いて哀しんでいろとでも言うの……?」
沙希「…………」
沙希「ずっと……泣いていたって……」
沙希「何度帰って来てって願い続けていたって……」
沙希「沙耶は、帰って来ないの……」
沙希「帰って来ないのよ……!」
沙希「そんな奇跡、起こらないのよぉっ……!!」
沙希「…………」
沙希「……ねえ、ヒロ。答えて……」沙希「奇跡が起こらないなら、あたしたちはどうすればいいと思う……?」
沙希「それでも奇跡を信じて、泣いて、哀しんで、願い続ければいいの……?」
沙希「それとも、アンタのように沙耶が死んだことから目を逸らして、周りの人たちを心配させていればいいの……?」
――『Aster』.榊宏√
『Aster』の世界はどこまでも「奇跡は、起こらない」と繰り返される。
取り返しのつかない事が起きても都合よく救済なんてされないし、誰かの願いを神様が聞き届けてくれることもない。そういう世界だ。
そういう世界で柚月沙耶の命、山吹美幸の罪、小田巻雛の視力、萩原睦月の母が失われたのなら、やはりそれはそのままで、これから先も永遠に失われたままなのだ。
だからこそ周囲の人間は悲しみの深淵へと落ち込むし、"どうして、どうしてこんな事に!!" と嘆かずにはいられない。
手からこぼれ落ちてしまったものが、もう元に戻らないと知った時、現実が現実であることを私達は強く理解するようになる。
――そう、奇跡が起こらない世界に自分たちはいるのだと。
そうしてある者は過去を繰り返し、またある者は自害しようとし、またある者は自己の殻へと閉じこもった。
けれどみんな最後には、このどうしようもない状況を受け止めて、歩いて行くのだ。
"あった"はずの可能性を夢見ることを終えて、"なくなった"現在を基準点にしてそこから新しい未来を思い描いていく。
榊宏は最愛の恋人である沙耶を失うもそこから柚月沙希との未来を求めた。小田巻雛は目が見えなくなり人生が闇に閉ざされてもそこから柳京次と幸せな家庭を築こうとした。山吹美幸は自分の過失によって多くの人を不幸にした現実に耐え切れなくなり自殺しようとするもののそこから贖罪し続けた。萩原睦月は家族が亡くなったの悲しみに暮れるもそこからはるなという少女と新しい家族になろうとする。
忘れてはいけないのが、彼らは一人だけでこの辛い現実に立ち向かったのではなく、誰かに支えてもらってここまでこれたという事だ。
こんなにも、重い慟哭をひとりで抱えて生きるなんて無理なんだと思う。誰かが、そばにいる人が、一緒にいてあげて、支えてくれないと立ち上がれない。前を向いて進むことなんて出来ない。
ヒロを支え続けた沙希。彼女もまた竹本、かなで、高杉若菜を筆頭にいろいろな人に支えられてきたし、雛を絶望から救った柳京次もまた桜庭夫妻によって支えられてきた。そんなふうに多くの人間が、多くの人間に、誰かが、誰かに、寄り添っている。
そうやってはじめて人はこの剥き出しの"現実"を受け止めて、氷のように固まった足を前へと押し進める事ができるのではないか。
――幾千万の星々が、真っ暗な夜空の中で掻き消えてしまわぬよう、隣り合った星々と線を結んで星座になるように――
人は一人で生きているわけじゃない。
Aster。それは星をあらわす言葉。
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