『あえて無視する君との未来』批判レビュー。最も重要な部分をスルーしてしまった本作

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*ネタバレ注意

 

あえて無視する君との未来の批判

 

主人公・沢渡拓郎は「未来視」を有しており、彼が見た未来は必ず実現してしまう。それはどんなに頑張っても、どんなに足掻いても、定められた未来は変えられなかった現実があるからこそ彼は「未来は変えられない」というスタンスを取る。

対して転校生・三咲爽花もまた未来視を有しているものの、未来は変えられるさと微笑む。彼女にとって決まった未来なんてなかったし、実際に未来視を覆す結果を何度も起こした。

そんな未来へのスタンスが異なる二人が出会い、拓郎が「爽花と付き合う未来」を見てしまうところを起点にして『あえて無視する君との未来』は動き始めた。

 

 

あんな夢を見た後だったから――


拓郎「おはよう」

教室の扉を開ける。

拓郎「――え」


また俺は息をするのを忘れそうになる。
そこには、彼女がいたから。


爽花「やあ、おはよう」


ずっと以前の記憶の再生ではなく、
今朝、俺が見た夢の少女が。


爽花「キミはいつも早いんだな」


微笑する。
形のいい唇を上品に曲げて。
俺は夢の中で、あの唇に触れた。


爽花「ん?」


拓郎「あ……」


俺はその時、ようやく気付く。


爽花「どうした? 沢渡くん」


今朝、視たのが夢ではなく、未来だったのだと。


爽花「顔が赤いぞ、そんなに外は暑いのか?」


未来は変えられない。
なら、あの未来視も実現する。


爽花「沢渡くん?」


近い将来、三咲と俺は――

 

 

――序章/あえて無視する君との未来

 

 

ここが本作において最も重要な部分だと言っていい。

なぜなら、沢渡拓郎が三咲爽花 "以外" の女の子に惹かれ・付き合い・想いを告げる場合、必ずこの《三咲爽花と付き合う未来》が脳裏を過ぎるはずだからだ。未来視でみた未来は(彼にとって)必ず実現するものだからこそ、「俺は七凪のこと好きだけど本当に付き合えるのか?」とか「爽花との未来視がある以上何をしても無駄なんだろうな」といった不安はどこまでも付きまとう。未来に縛られてしまう。

そして、では実際に沢渡拓郎はどうするのか。《三咲爽花と付き合う未来》も今までと同じく受け入れてしまうのか? それとも爽花に感化され未来を変えようともがくのか? そして実際に未来は変えられるのか?―――を描くのが『あえて無視する君との未来』という物語だったと思う。

 

しかし、いざ蓋を開けてみれば計、南、七凪の物語にそんなシーンは無い。[序章]で言及された《三咲爽花と付き合う未来》には全く触れずに沢渡拓郎は3人のヒロインと付き合うため、あの未来視は何だったのか? なぜ回避出来たのか? なぜ拓郎はそこに触れないのか? という疑問が生まれ困惑してしまう。

本来ならば、三咲爽花はどの√においても「中心」に位置する人物だったはずだ。未来視は絶対に実現する未来だからこそ、拓郎は確定される《三咲爽花と付き合う未来》に悩み、抵抗し、あるいは諦観することで――直接に三咲爽花が関わらずとも間接的に、しかし大きな影響を持って――計、南、七凪どの√でも爽花は交わることにならざるを得ないからだ。

繰り返すが、爽花以外のヒロインと付き合うならば[序章]で見た未来視は絶対に避けては通れない道なのである、……にも関わらず三咲爽花は中心から外れて、他ヒロインと同じくただの「1ヒロイン」に成り下がってしまったのは…もう言うまでもないだろう。

つまり本作は《三咲爽花と付き合う未来》を「無視」してしまったのだ。無かったことにしてしまった。

これにより『あえて無視する君との未来』が描きたかったテーマ(=確定された未来は変えられるのか?)がブレてしまい、 どこか "ぼやっ"  とした作品になってしまったように思う。

 

というのも「確定された未来を無視した」のって結局は三咲爽花だけだからだ。七凪√では「沢渡拓郎が沢渡の家を出る」という未来視は実際はちょっと施設へ日帰りしてくるだけのことだった(つまり未来を変えてはいない)、南√では「放送部から南が退部」という訪れる未来を引っくり返したもののこれは「現在から推測した訪れるであろう未来」なだけであって「未来視」の能力とは関係ないし、計√はそもそも重要な未来視は起きず現実に起きた「幼なじみとの別れ」といった未来は回避したくても回避できなかった。

 

  • 七凪―未来視を見間違える(解釈)こともあるんですよこの野郎
  • 計―未来、変えられなくてもいいじゃないですか沢渡さん
  • 南―現実で確定された(と思った)未来を変えらました

 

しかし爽花√だけは「未来視で確定されるはずだった未来を変える」ことに成功している。一つ目は鉄骨での事故死、二つ目は爽花の溺死について沢渡拓郎は変えられない(と思っていた)未来を変えることができた。それもこの時三咲爽花も「拓郎が自分を助けて死ぬ」という未来視を覆すことに成功した。

 

  • 爽花―未来視でみた未来は変えられるんだ!

 

すなわち、三咲爽花√のみ本作のテーマに合致しているものの、それ以外のヒロインはテーマに沿っていないことになる。「未来視の解釈性」「変えられない未来の肯定」「現在から推測できる未来の変更」といったバリエーションのある『未来』へのアンサーストーリーになっているものの、「未来視で見た未来は変えられるのか?」についてこの3つはどれも的外れだ。

これが本作の焦点が「ぼやっ」としてしまった原因だろう。

そしてもしも計、南、七凪の物語において《三咲爽花と付き合う未来》を拓郎が無視する過程が存在していたら? その上で彼女達と付き合う様子が描かれていたら? 未来視で見た未来を変えるシーンが表現されていたならば? 

本作はきっと「あえて・無視する・君との・未来」(=爽花と付き合う未来をあえて無視して他の女の子を選ぶ/爽花と付き合う未来を拓郎が能動的に選択するないし否定する)といったタイトル通りの作品になっただろうし、「未来視で見た未来は変えられるのか?」という問いにもピシっと形にすることが出来たのではないだろうか。

 

 

おわり

 

個人的には爽花が一ヒロインに成り下がってしまっている本作は、それはそれで悪くないと思っている。ただ今まで語ってきたことが本来のあえて無視する君との未来だったのではないか?と思うだけに、もったいないな……と感じてしまうのも事実だ。

そんなふうにこれが私の『あえての』批判であり―――きっと、もっと好きになっていた物語の可能性を提示して、終わりにしたいと思う。

(了)

 

関連→福音をもたらすブルマ師匠と(あえて無視する君との未来)

 

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