猫箱ただひとつ

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御園千莉_感想(6966文字)

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他人を変えることは出来ないんだっていうこと

 

「俺たちの手で、御園が真面目に音楽に取り組むようにしてくれってこと?」

「簡単に言ってしまえば」

――筧、芹沢

 基本的に他人を変えることなんてできない、性格、気質、嗜好、思想……そういったものに干渉するとどうなるか?戦争が起きるんだよ。本質的に相手は人の意見程度じゃ変えられないし、変えなくていい。けれどももしそれを"無理やり"変えさせようとすれば、恐怖と暴力でしかなくなる。

このことを理解できない人間と喋りたくないよね。いるんだよ「話し合えば自分の意見を汲んで貰える」と思っている阿呆が。おっとヘイトが滲みでてしまった。

「馬を水辺に導くことはできるが水を飲ませることはできない、って言うだろう」
(中略)

人にそこまで干渉する権利はあるのだろうか。
『この子を変えよう』って発想自体が、おこがましいような気がする。
――筧

 芹沢ちゃんは、自分ではもう御園を変えることが出来ないから、図書部に言ってきたんだろう。御園に最も近く、御園の心をどうにかできる勝率が一番高い彼らならば……と。

でももうその考え自体がすごい傲慢なんだよね。つまりこれはずっと言っているけど「才能=幸福」なんじゃないっていうこと。そして「人の本質=才能」でも無いということ。

「相変わらず授業には消極的で、特別レッスンも断ってる、才能の無駄遣い

――芹沢

 いったいどこの誰が、才能を、"無駄遣い"だと思っているんだろう? 御園? いや違う芹沢本人だ。御園自身、自分の才能をどう使おうが勝手だと思うし、それが「無駄」かどうかなんて本人が決めること。

……ちゅーかね……人は人のことを本質的どうこうする権利なんてないんだよ。だからもしその人を変えたければ(=その人がより良い未来に導く)ことがしたければ、「寄り添う」しかない。相手の心に自分を重ねて、相手の側に立つこと。それは相手の聖域を侵害することでも、ましてや変質させることでもない。

ただ一緒にいて、一緒に時間を共有して、一緒に協力していればいい。それだけしか出来ないんだよ。 

 


何度もいうけれど、それを忘れて相手の領域に足突っ込めば争うしかなくなる。

 

 

 

御園を信じること、信じないこと

 

「噂が事実なら、すでに事は我々と音楽科の先生、両者の問題では済まなくなってる」

「御園ひとりに背負わせるのは酷じゃないか?」

「うーん、まあ……」
佳奈すけが言い淀む。

「問題を放置すれば、図書部の活動にも影響が出かねない」

――佳奈すけ、桜庭

桜庭が何を言っているのかうまく理解できない。なんかこの子やっぱりいつも隠れ蓑のように、何かで誤魔化すんだよなあ…。問題を放置すれば図書部の活動に影響が出かねないってそりゃつまり、御園の心配しているんじゃなくて、図書部の心配しているんですねってなる。

別にどちらか片方しか心配しちゃいけないとか、言うわけじゃない。でも彼女の言葉の端々から「噂による図書部の被害」「迷惑」といったソロバンをはじき出されている音がする。パチンパチンって。

桜庭は御園を心配する体を装いながら、実はどうでもいいんじゃない?ってしか思えないのよ。

高峰「放っておけばいいんじゃねえの」
佳奈「投げやりですね」
高峰「違うって。一度信じるつったんだから、最後まで信じようってこった」
桜庭「御園と図書部の悪評が広まるまで待つのか?」

 
待てばいいじゃんと思うよ。もし待たないんだとしても、白崎のような「寄り添い方」じゃないと御園ちゃんすっげー悲しいでしょ。桜庭はなんか人の気持ちに寄り添うことが苦手で、いつも実利で物事を判断している感じがするんだよね……ため息でる。

「どうして歌に身が入らないのか理由を聞いて、悩んでることがあるなら一緒に考えてあげたい」

「お節介かもしれないけど、見ないふりはできないよ」

――白崎

 
例え「放置しない」という結論に桜庭と白崎両者が至るんだとしても、至り方が違うから、その後の結果が大きく違ってくるんだよね。つまり、桜庭の言い分は「いいから音楽の授業にでろ」で済むと思っているところに対し、白崎は「御園ちゃんが何を悩んでいるのか知りたい」という過程かスタートする。

自分だったらどっちに寄り添って貰いたい?って聞かれたら、そりゃ白崎でしょ。桜庭じゃない。人を論理で突き詰めていく死ぬんだよ。その好例。いや悪例。

 

後輩が道を外れたのなら、正すのも先輩の役目だと思う

「一時的には嫌がられるかもしれないが、将来を考えれば御園にとってプラスになるだろうし」

――桜庭 

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 すごい虫唾が走る。

彼女が言っている"正しい道"ってなんなの?なにそれどこにあんの?ん? 大衆の価値観の総意の方向性ってこと? じゃあその方向性に馴染めない人だったらどうするの? その人達にとって今歩いている道が"正しい"んだとしたら、それを桜庭が無理に捻じ曲げる必要はあるのかっていうお話。

こういう人間は本当に怖いよ。自分の「正しさ」で平気で人を傷つけるのだから。「正しい」ことが「1つ」しかないと思っている時点で、下の下。最悪といってもいい。社会的評価と正しさは別にイコールじゃないってことや、倫理観イコール正しさに繋がるわけじゃないことを知らないと、平気で人の領域を犯してしまって辛い。


 顔に表情が出る人、出ない人、あるいは特定の感情に見える人

 

「普通にしてるつもりなんですけど、周りからは不機嫌に見えるみたいで」

――御園

 この「感情が表情に出る人」「感情とは別の表情を作ってしまう人」というのはなんなんだろうなあと考えてみる。

前者は言い換えれば感情を「隠す」ことに価値を見出していないか、出来ないかなのかな。子どものときは皆だれしも泣いて笑ってを表情いっぱいで表現してきた、でもだんだん年齢を重ねるうちにしなくなるのは何故か。

いろいろ考えられるが1つは「表情を出すことは弱みになる」ということ。2つに「感情を曝けだすのは恥」という社会通念が蔓延っているからとか考えてみる。

では御園の状態はどう考えていけばいいんだろうか。思っていることと、表情がマッチしない―――となるともうそういう表情筋がクセになっている……ということなのかもしれない。笑っているほうが対人関係は上手くいきそうだが、御園がいる世界は競争社会、ならば笑っていたりにこやかにしているとそれはそれで何かしらの被害に会うのかもしれない?

不機嫌な表情だと他者を寄せ付けなく成るので、そういうコストを支払ってそういう状況を作りだしてしまっているとか、あるいは単純に人と関わるの面倒くさいので(嫉妬されるし)という理由とか考えてみたり。ここまで長々と書いたが正直どうでもいい話だった気がする。

 

 

 

 信じないでくださいよ

 

 「どうかな……」

「御園の害にならないって約束できるなら」

目を見て言う。
芹沢さんは、微笑みながら綺麗な髪を撫でた。

「そんな約束はできません」

 

「プラスにしかならない人間関係なんて、あると思います?」

――芹沢 

 いや無い。そんなものは無い。でもそうじゃないどうしてこのタイミングで「それを言う」必要があった?

だってこれは裏を返せば「御園に害をもたらすかもしれませんよ私」って自分で表明しているのと同じ。そして今は芹沢さんが自分から頼み事をしている場面で、何故、わざわざこれを言った!

たしかにプラスにしかならない人間関係なんてものはない。でも"ここ"で言うってことは、それを込みで私はあなたに頼み事をしているんですよ、ってことなのか。あるいはマイナスの言葉を突きつけることで、裏表のない性格をアピールしているんだろうか。いや考えすぎ?

 

 

音楽を聴くということ

 

 ガキの頃から、音楽を聴くという発想がなかった。
人がそれをどういう感情で消費するのかわからぬまま、ここまで来てしまったのだ。

――筧

何故人は音楽を聴くんだろ? なんで人は音楽を作ったんだろ?(=自然界に音楽は無い)

ある人は音楽というのは自分が形付けられない気持ちを引き出してくれると言っていた。また私は音楽は自分の気持ちをもう一段階高いクラスへ昇華してくれるものだと思う。

嬉しいをもっと嬉しいに、悲しいをもっと悲しいにし、心を調整していく……ものと言ってもいいかも。にゃるほどねー、紙の本と同じ効果を持っているのかもしれない。

 

「歌は万国共通の贈り物です」

「時代も言葉も超えるんです……それを楽しめないなんて」

――御園

 そうか、音楽は「時間」と「言語」を超越することが出来る媒体なのか。更に付け足すのなら「時代背景」なんか知らなくても感動できるものはごろごろある。

この媒体のリーチの長さは半端ないな。クラシックも全然知識なくても楽しめるものね。

言語を超越し、直接的な感情の塊とぶつかってくる

――筧

 

 

 

その道は呪い、羊飼いが指し示す方へ

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「好きだったんだね」

「でも……フラれたんですよ」

「仕方ないって。そういう選択だったんだから」

「そんな簡単に諦められませんって……」

魂の叫びだった。すっぱり割り切れるほどに、弱い感情ではなかった。

「大丈夫、あんたには才能がある」

 ――佳奈すけ、羊飼い(言葉のちょい抜けあるかもね)

 小太刀のこの言葉を祝福と見るか、呪いと見るかで大分見え方違ってくる。共通感想でも書いたとおり、羊飼いは「人類の奉仕者」であって「個人の奉仕者」ではない。私的にね。

だからこれは佳奈っぺには"才能がある"っていうだけで、その道に歩むのだとしたら「運命の奴隷」となんら変わらない。そこには自分"選んだ"という行為がスポイルされてしまうからだ。

「見返してやりゃいいじゃん」

「すっごいの書いて、その男をぎゃふんと言わせちゃいなよ」

「……ふふっ、面白いですね、それ」

「ま、考えてみて」

――羊飼い

 でも、どうも小太刀の様子は、そういったふうには見えないんだよね。「考えてみて」というあたりが、「私にはあなたの選択の道を示すことだけだから、あとは自分で選んでね」という意思がかいま見える。

ただだからといっても、いつもいつもこういうふうに「選択の提示」を羊飼いがしてくれているのかは分からない。今回だけだったのかもしれないし、毎回やっているのかもしれない。

……ちゅーか才能という言葉の魔力さよ。

これ簡単に何者から抜け出す手っ取り早い手段だものね、そりゃ喉から手が出る程欲しいものかもしれない。ただ◯◯になりたい!の危険性は、◯◯になったあとどうするか?になってくる。あるポジションについても、そこからやりたいことがなければその立場を必死に守ったりしがみつくことだけしかやらなくなってしまうのだから。

 

 

昔の御園とコンクールと、羊飼い

 

 「誰かが教えてくれたんです……『有名になれるのはコンクールで勝った方だけだ』って」

「それが誰だったのか……よく覚えていません」

「当時の私にとって、それが誰かなんてどうでもいいことでした」

「その人は『お友達が負けたら、あの子はきっと歌をやめてしまうだろう』とも教えてくれました」

――御園

 御園がいう誰かって、「羊飼い」なんじゃないのかなーとも思っている。
小さい頃だって御園は十分な才能と実力を兼ね備えていたのだから、羊飼いがなにかしらの導きや助言を与えていたとしても不思議じゃない。さらにその誰かを覚えていないというのもピッタリくるし。

で、気になるのがどうしてこんな助言を御園に言ったか?である。

 『有名になれるのはコンクールで勝った方だけだ』

 『お友達が負けたら、あの子はきっと歌をやめてしまうだろう』

これを言ったあと、御園がどういう行動を取っているのかは羊飼いはもちろん、分かっているのだろう。

ならば→「御園が手をぬいて優勝する」という結果に至らせるのが目的だったのかもしれない。あるいはもっと遠い未来を予測して、この結果にすることが必要だったんだろう。

そしてなぜ「御園が手をぬいて優勝する」ことが必要なのかは、未来を予測できない私たちじゃあノイズにしか映らない。つまりよく分からないってこと。


 歌×虚無感

  

「毎日焦っているうちに、いつの間にか『あの頃に戻りたい』って思うようになっていたんです」

「歌っていれば楽しかった、あの頃に」

「歌が勝負の世界だってことはわかっています」

「競争や厳しいレッスンが嫌だとか、そういうことじゃありません」

「ただ、歌っても歌っても、何もないのが嫌なんです

――御園 

 
これが才能があっても、その対象に楽しさを感じられないのであれば無意味になってしまうってことなんだよね。

「歌う」ことで何かしらの目的を人は達成できるから、そこに楽しみや喜びを見出すのだと仮定。すると今の彼女には歌っても何かしらの目的が達成されるわけじゃないていうことに繋がる。

目的レスの行為を続けるのは厳しいものね。歌うこと自体に楽しみを見出しているのならばいいのだけれど、その一歩先に何かしらの「目的」を設定していると尚良いみたいな。

筧は御園は人の承認か、人とのコミュニケーションを目的に持ってくればいいと言っている。確かにそうなのかもしれない。承認……というより、相手と繋がっている体感覚が御園ちゃんにはあればいいんだよね。「接続感覚」が。

 

 「戻る」ことは不可能なんですよ

「でも、友達に『戻る』ことはできませんよ。時間は前にしか進みませんから」

――芹沢

 芹沢さんが何を言いたいかというと、昔のような関係にはなれない。けれども、「新しい関係」なら私は作るつもりありますからね、って言っているんだと思う。

本質的に昔の関係なんて創りあげられないしね、再現することが出来たとしても、いずれどこかでほころびがでてしまう。だって「今」に生きているのだかし、変わり続けるのがここだから。

 

「言葉もないよ……すごかった」

「ねえ、水結」

「千莉に比べたら、私の歌なんて子供の遊びだね」

「友達になってよ」

「感想くらい言わせてよっ!?」

――御園、芹沢

 二人とも一番言いたいことが違っていて、かつ相手の話を受け取らないでまず私の話を聞いてよ!っていう組違いがなんかいいよね。

 

 

 内蔵を見られるのは嫌だけれど、でも肯定してくれる人は欲しい

 

「ねえ、佳奈」

「今まで、私のこと、子供っぽいとか、鈍くさいとか思ってたかもしれないけど……」

千莉が言うようなことを考えてたわけじゃない。
でも何故か、やられた、という感覚があった。
私は見透かされない、という変な自信があったのかもしれない。

「これからも、よろしくね」

千莉が微笑んでいる。
おかしい。
自分の中で、何かがどんどん崩れていくのがわかる。

「仮にの話しだけどさ」

「千莉が言っていることが当たってたとして、そんな奴と友達続けられるの?」

何故か、攻撃的な言葉をはいている自分がいた。
それでも千莉は微笑みを崩さない。
私なんかより、何倍も大人な気がする。

「友達は無理かも」

「だから、これからは親友にしてくれると嬉しいかな」

――御園、佳奈すけ

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 佳奈すけは基本的に自分の素顔を見せたくない。だから「見破られる」状況にひどく動揺してしまう。「あれ……おかしいな…私の"素"があるって千莉気づいてるんだ……」って動揺している。

だから「私がそういう裏表のある人間で、今まで仮面つけて千莉と付き合ってきたわけなんだけれども、千莉はそんな奴と友人でいられるわけ?」と攻撃的な質問をしてしまう。

でも本当は言って欲しいんだよね。

「うん」って。いいよそんな佳奈でも。そんな佳奈と親友になりたいよ―――って。

…… この人が親友か。
胸の中はまだモヤモヤとしている。
でも、時間と共に、全てがクリアになる予感がした。
そう、細かいことは全部後回しだ。
今は幸福な予感に身を任せていればいい。

――佳奈

 

 

 幸せにしないとな

あいつを幸せにしないとな。
自然にそう思えたことに、俺自身が驚いた。
まさか、こんなことを考える日が来るとは思わなかった。

もちろん、嬉しい変化だ。
GW前のあの日、図書部の活動に協力すると決めて本当によかった。

――筧

 誰かを幸せにしたいって思うのは、「誰かに自分の心を乗せる」ことね。ふむふむ。というか筧の中では、今まで誰か彼も本当に「等価値」なんだなって思い知らされる。

人間でその価値観を有するのはとっても危険だし、ってことを考えると羊飼いSystemは案外そんな人間の救済としての側面も在る気がしてくる。

 

(終)

 

→→【芹沢水結】

 

楽しい→→集中

「楽しんでやることが、何よりも集中力を高めるんだと思う」

――筧

まず課題を分解して最小化する。最小化したモジュールに「自主性・成長・目的」を与えていくと、おそらく「楽しく」なってくる。

自分の意志で、決断で何かを選んでゆくこと。
それを上達させてみようって思うきもち。気持ちがなくても上達させていくと楽しくなってくるものだ。
そして最後に、どういったゴールを設定しておくかがキモってわけね。

これあれだな……動機付けの教育学……引いては、ゲーム学に繋がってくるかんじだ。ちゅーかゲームは「動機付け」のSystemが半端なく素晴らしいんだよね。問題が出たら解決する、障害がでたら取り除く。これが「楽しく」出来るのって中々すげーことなんだよ。

 

(終)

 

 


<参考>