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【INFJ考察】タイプ論と物語論を接続する実験の下準備【MBTI.ソシオニクス】

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(作:@nekobako_) 

 

2行要約

  • INFJの判断ポイントは「他者読み取り」の違いから
  • INFJの考察をガリガリ書いていき物語と接続していく

 

 段落SKIP

 

 

(1)INFJと判断するまでの経緯

以前、こんな記事をかいた。

 

eroge-pc.hatenablog.jp

これはユングの心理学的類型論をもとに開発された「MBTI」――をベースにしたネット診断で――人間を16のタイプに分け、自己理解を促すもの。

ネット診断なので「甘い」とは思うものの、内容はとても納得感あるものだし、ワークショップやらなにやらで有資格者に判断してもらうとなると諭吉2枚は飛ぶのでMBTIの最初の一歩としてとっ付きやすいと思う。

ただ、当然のようにオンライン診断はタイプミスは起こりえるので、自分は本当はどのタイプなのか?を確定するには先述した方法か、セルフ診断するしかないと思われる。

ちなみに私は『16personalities』では1回目INFJ、2回目はINFPと判定され、その三年後(つまり最近ですね)INFJ、INTJとタイプされた。

タイプ毎の記述を読むかぎりでは「INFP」だと思えたので、2015年の記事ではそこを基本線にして組み立てている。

 

1-1 INFP?かどうかを判断するために

 

調べてみると両タイプは「理想主義、道徳的、共感的」と似通っていて誤診断はよくあるみたい。

そこで各タイプの機能と順番をみていくことで、自分がどちらかを判断できるとのこと。 

 

INFJ
1.Introverted intuition (内向的直観)
2.Extroverted feeling (外向的感情)
3.Introverted thinking (内向的思考)
4.Extroverted sensing (外交的感覚)


INFP

1.Introverted feeling (内向的感情)
2.Extroverted intuition (外向的直観)
3.Introverted sensing (内向的感覚)
4.Extroverted thinking (外向的思考)

 ――INFJとINFPの判断の仕方の違い – MBTI×パーソナリティー

 

くわしくは引用先に譲るが、簡単にいうと上から順番に機能が強く、①の文脈で下位機能は意味をなしていく。つまり内向的直感が①の場合と、②の場合とでは意味合いが異なるということ。

そしてINFJとINFPははひとつも認知機能が被っていない!にも関わらず、そのあり方が近似するので姉妹タイプとも呼ばれているそうな。機能も経路もばらばらなのに、外形的に、あるいは内面的にも近くみえる(しかしやはり異なる)っていうのはおもしろい。 

 さてこからは私の独断と偏見とかじった知識によるINFJの理解、一般化、および考察をしていきます。誤りもあると思いますのでお気づきの場合は指摘してくださると助かります。

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さて判断するポイントとしては、INFJは一番目の主要機能「内向的直感」を利用して物事の全体像をつかみ、隠された意味に気づき、見通す力に長けていることが挙げられる。

あたまの中でカチカチとパズルのピースが組み立てられ「EUREKA!(わかった!)という感覚がたびたび起こり、彼らに深い興奮をもたらすこの認知機能によってときどき論理ベースでは説明できないことを体験する人が多いみたい。

おそらく、それは「予感(=虫のしらせ、サイコロの出目をあたる、思いつきが現実になる)という言葉に集約されるのかもしれない。

この順番を越えたひらめきに彼らはつよい確信を覚えるので、これがINFJにとって価値観の指針や基準となる。彼らが理想主義者とよばれる所以は、この明確で、研ぎ澄まされた、ビジョンによるところが大きい。

ただし、おわかりの通りそこには論理性がないのでストレートに外界で表現すれば「なんでそんなものを信じられるの?」と他者から思われてしまう。だから彼らはその直感は胸にしまい込むし、わざわざ口には出さない。

だが地道に検証していくとその直感は「正解」だったことを彼らは経験的によく知っている。

INFPは主要機能「内向的感情」を利用し、自分の感情にひじょうに優れ、熟知し管理する。彼らの価値観はそこに依拠しており、なにかを決定・判断するさい「自分はどう思うか?」がとても重要だ。

つまり彼らにとって確信づけるものは自分自身となる。ただしおわかりの通りそこに合理性はなくストレートに外界で表現してしまえば「なんでそんなものを信じられる?」と他者から思われてしまう。だが彼らはそれが(自分にとって)とても正しいことだとよく知っている。

この物事を確信する「場所」が2タイプは違うので、自分がどちらなのか判断するポイントになる。予感か、感情か。

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またINFJはその見通す力に加え、第二機能「外向的感情」も合わさり、おそらしいくらいに他者の心を読めるようだ。

INFPもまた自分の感情をおそろしいくらいに熟知する「内向的感情」に第二機能「外向的直感」(探索)と、三番目の機能「内向的感覚」(メモリー)が合わさり、今まで生きてきた自分の全ての感情をマッピングして保存、参照、活用し、可能性を見出すため "魔法のように" (どのサイトもこの比喩を使い2タイプを説明するんだけどほんとにー?) 他者の心を読み取れる。

ただし、INFJはその心を「吸収」し、INFPは「ミラーリング」という方法を取るのだそうだ。

 

INFJは感情を吸収する

あなたがINFJなら、あなたは他人の感情的なエネルギーを吸収するスポンジのように感じるかもしれません。
共感は「あなたの痛みは私の心の中」と言われています。
INFJについては、この記述はより真実ではありません。

あなたがレストランで遭遇する、または通りを歩いている間に、友人、敵、または見知らぬ人であろうと、あなたは他人の感情を感知し共感する神秘的な能力があります。

時々あなたは他人の感情を非常に強く感じ、自分の体のように体の中でそれらを体験します。
あなたは自身がこれをやっていることを理解していないかもしれません。

INFJは、他の人の視点を理解するために、dominant functionである内向的直観を使用します。
(パーソナリティタイプの「dominant function」とは、思考、情報収集、外の世界とのやりとりなどを行うための各タイプが好む方法です)

INFJの第2機能(2番目に好まれる方法)は、他の人の感情をいつも注意を払う外向的感情です。

INFJはしばしば、このスーパーパワーをオフにすることができないと報告します。

(中略)

一方、あなたがINFPなら、あなたのdominant function、内向的感情のためにあなた自身の気持ちに非常に触れています。

あなたはINFJのような他人の感情を吸収するのではなく、代わりに他人の立場に立ち、同様の状況でどのように感じるか想像します。

成熟したINFPは信じられないほどの正確さでこれを行います。

なぜなら彼らは全人生で自分自身の中に自分の感情をマッピングしているからです。
他人の感情を自身の内部に映す(ミラーリング)のはINFPにとりとても簡単なことなので、他の人々が自分のやることに近づけないと分かると驚くかもしれません。

さらに、INFPは、その第3機能である内向的感覚のために、感情的な経験が非常に個人的で神聖なものであると信じて、自分の感情や反応についてより個人主義的です。

――INFJとINFPの感情への対処の方法の違い – MBTI×パーソナリティー

 

(後述するが、INFJの他者読解は「吸収」なんて感覚ではないし、この表現はINFJが自身をINFJだと見極めることを遠ざけてしまう。実際の表現は同期がいちばん近いと思われる。感情同期。)

この他者読解の「方法」の違いでも自分がどのタイプかはっきりするんじゃないだろうか。

ちなみに私はミラーリングの感覚はあるし、自分の感情は大切で、その奔流がだいすきでだいきらいだと思っている人でもある。INFPと迷ったが、この「他者の感情に常に注意を向けてしまい、それをOFFにできない」という記述でようやく自分をINFJと判断できた。怒っている時も、笑っている時も、つねに他者の温度をチェックし自分が取るべき行動を取っている意識があるから。

またINFPは「他者の心を読めるのに、外界に無頓着でマナーに欠いてしまう」という説明がいくつかのサイトにあって、私はむしろ気にしすぎなほど注意を払うのでそれはなんか違うかな…と思ったところもある。

マナーそのものについて知らなかったならば、それは仕方のないことだ。しかしその状況で取るべき行動を知っているのに取らない……というのは私にはピンとこなかった。

 

1-2 しかし解せない部分もある

 

http://mbti.jp/』では認知機能を8つの順番であらわし、順番がくだるほどその機能は弱く、未発達だとされる。

つまりINFJの場合は、

1.Introverted intuition (内向的直観)
2.Extroverted feeling (外向的感情)
3.Introverted thinking (内向的思考)
4.Extroverted sensing (外交的感覚)

5.Extroverted intuition (外向的直観)
6.Introverted feeling (内向的感情)
7.Extroverted thinking (外向的思考)
8.Introverted sensing (内向的感覚)

 となる。

1~4は「Primary」、5~8「Shadow」という枠組みで語られ、ただ単に上から順に劣位になるわけではなくブロック毎の役割を持っている。例えば④ならば熱望、⑧ならば悪魔、といったように。

 

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 ――認知機能一覧 – MBTI×パーソナリティー

 
とはいえ、基本的にShadow Functionはネガティブに語られているのも事実。

ならば私は⑧に位置する内向的感覚(Si)がうまく扱えないのだろうか。Siは経験記憶の保持、参照をつかさどり――①②の文脈にもよるが――体内感覚の鋭さ、規範や習慣、暗記や反復の強さとしてあらわれる。

しかし私は「自分の過去記憶」(Si)にアクセスする感覚が頻繁にあるし、思い出したいことがあればその情報は映像・体感覚としてすぐに抽出され、思考や計画の材料となるため、うまく扱えている実感さえある。

もしもこれが未発達であるならば今までに出会ったほぼ全ての人のを覚えているのはどういうことなのだろう? 日々の雑事や作業を事細かに記憶し、物の位置がかわればすぐ分かり、ちいさな味や匂いに気づき、時間を感覚的に把握して「あれから何分経ったか」を言い当てられる事にどういった説明がつけられるのか。運動だって鈍くはない。

また内向的感情(Fi)も6番目というのが解せない。自分の感情をチェックし、人間関係を見分け、美しいものをみちびくFIが主要機能にないことに困惑してしまう。

そしてもしもINFJならば、第一機能「内向的直感」をとてもよく使っているはずだ。けれど説明をよんでもよくわからない。直感?予感? 宇宙に接続するオールドソウルで世界に足跡を残す人口2%の存在?……意味不明だよ。

「やっぱりINFPなのでは?だったらSe、Fiが主要機能に位置するので納得できるんだけどなあ……」

とそんなことばかり考えてばかりいられないので思考は中断。そして翌日気づいてしまう。「やばい!人と応対するとき自分の感情めっちゃでない!」ことに気づいてしまった。

雰囲気はとても大事で、他人ばかり優先で、自分本位の言動が最善だとは思えなくて自分の感情すら押し込めて場を "回そう" としてしまうそれがイヤイヤでたまらないんだけど中々抵抗出来ない。いや楽しい時もあるよ気心が知れた人とのウェーイな雰囲気すきですぜ。

けれどこのあり方が私自身に貢献していないとどこか思えて、「自分の為に生きるべきだ」と強く思っている。

他人の感情に左右されて、いらいらしている人が自分に寄ってくればなぜか私もいらいらしてしまうし、泣いている人がいればその情動にあてられてしまう。いやでもこれって皆そうだよね?普通のことだよね? と思っていたから全くわからなかった。

逆に、他者がいない、ゆっくりと一人になれる環境では自己感情が優位になって、自分の感情にいろいろ気づいて大切にできる人なんだ!と唐突に理解に至る。

つまり「外界認識」と「内界認識」がINFJはあべこべなので、セルフ診断だと――おそらくその時は一人の時間なので――INFPだと思えてしまうのだ。

 

 

1-3 ソシオニクスに出会う

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(ネット上の)MBTI情報では、私の感覚を導いてくれそうになかったので、違う視点からMBTIにアプローチしたものを利用することにした。

 ソシオニクスである。

 ソシオニクスは、70年代から80年代、リトアニアの心理学者、社会学者であるAušra Augustinavičiūtė(1927-2005)によって発明された性格理論で、精神の構造と人間関係の構造を独自のモデルを用いて説明しています。理論的には、ユングタイプ論と、ポーランド精神科医Antoni Kępiński(1918-1972)による「情報代謝information metabolism」という理論の2つを混ぜたものになっています。

 ――ソシオニクス入門①~MBTI相性論の正体~ - ブログ

 

これは「意識、無意識」の枠組みに、「自我、超自我(意識)」「イド、超イド(無意識)」二つの区切りをつくってタイプ論を説明するものになっていてる。

機能の順番と役割はこうなっていて↓、MBTIとはやや場所が異なっているのがわかるだろうか。くわしくはこちらのサイトを読んでいただければなと思う。

 

①leading ②creative
④vulnerable ③role

⑥mobilizing ⑤suggestive
⑦ignoring ⑧demonstrative

 

 1~4が自分が意識できる機能で、5~8が無意識の機能となっており、INFJであれば以下になる。

 

  INFJ

    <意識>
<自我> ①内向N ②外向F
超自我④外向T ③内向S

    <無意識>
<超イド>⑥内向T ⑤外向S
<イド> ⑦外向N ⑧内向F

 

で、これを元に自分の認知の流れを追いかけ、観察していくうちに正しいと分かったので、ソシオニクスの理論と自己経験をどのように結び合わせ、導くかを、考えてみた。

結果が以下である。

 

 

(2)INFJの機能スタック・個人的解釈

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Functionの役割はこのように捉えた。とはいえほぼ直訳と借り物。

 

1主導 (最も強い機能で下位機能に影響を与える) 
2創造 (生み出すもの)
3任務 (遂行せねばと訴えるもの)
4脆弱 (弱すぎてうまく扱えないもの)
5熱望 (期待し、求めるもの)
6支援 (③を支えようとするもの)
7背景 (強い機能だが優先されず空気)
8証明 (「この機能の正しさを証明する欲求」)

 

 機能の強さはこちらを参考(最高星4)

1,★★★★(主要) 2,★★★(創造)

4.★(脆弱)  3.★★(任務)

 

6.★★(支援)  5.★(熱望)

7.★★★(背景) 8.★★★★(証明) 

 

2-1 機能の流れ

  • background:⑦背景
  • 基本線:①主導→②創造→③任務(+⑥支援)→④脆弱
  • verification :⑧→②
    ↓ ⑤熱望が成功!
  • harmony:①→②⇔⑧→③…→
    ↓ ⑤の暴走 or ②を使う必要がない環境
  • high priority:①→→③…→

 

つまり、

  • ⑦は裏面で①の機能を底上げする働きをする。つまり「①(⑦)」であり、「①(⑦)」の文脈によって下位機能は影響を受ける。ユーザーは⑦を認識できるものの①よりは優先する必要がないと思ってしまう。
    • INFJであれば「①Ni(②Ne)」となり、物事のポテンシャル、可能性を見極め、発展性を広げに広げるもののやがて一点に収束することになる。人間をみれば様々な思惑を想像できるが実際には「ひとつの」思惑を持っていると分かる感じだ。つまり可能性→蓋然性に至るのが彼ら。また直感が外れたとき、⑦Neで外れた可能性を考え⑥Tiで無理やり論理化することもあるかもしれない。
  • なぜ③を使えば使うほど疲労感を覚えるのかといえば、⑧が抑圧されているからである。⑧は「オレが正しい!」と常に訴えかけている。解放されたい⑧、しかし②を優先してしまう超自我③、これにより「本当は⑧を優先したいんだけど②をしてしまう」という綱引き状態が作られる。⑧をすこし(全てではない)優先してあげると、②と協調し、とてもいいバランスを保てるのだが、しかしこれには⑤熱望が実行されなくてはならないという大きな問題を抱える。
    • INFJであれば「本当は自分の気持ち(⑧Fi)を優先したいんだけど、周囲の気持ち(②Fe)を汲んで行動してしまう!」となる。このとき「⑤Se」が働くと、自分の感情、価値観優先で動けるようになる。つまり②Feはなりを潜めるので他者を傷つける選択を取れるようになり、それこそがINFJにとって最も希求するもの「闘争」(Se)である。
  • どのタイプも⑤を激しく求めている。切実に。熱く。しかしこれが"希薄"だからこそその人の美徳になっている部分もあるし、希薄だからこそ中々⑧と②はよい関係を結べないのである。これを適切に運用することこそが全タイプの課題であり、当人にとってとても大事なこと。
    • INFJであれば周りのことを慮りながら行動する善人となるが、当人はそんな自分に疑いを向けている。もしも「自分の気持ちと他者の気持ち」を上手に両立させて行動できるならば、彼らはとても満足するだろう。
  • ⑤は暴走すると、⑧が②を喰らってしまうため注意が必要である。
    • INFJであれば自己利益のために他者を操るようになるかもしれない。しかしこの状態はふつうは長くは続かない。続けられない。なぜなら⑤は最弱の機能だし、逆にいえばここが弱いからこそINFJは平和主義的なのだ。ゆえに⑤の暴走がおさまればINFJは我々が期待するINFJに戻ってくれるのだが、けれど本当は自分の為に動いたほうがいいのでは?という意識もある。

 

2-2 外界での活動

言っていることは上と同じだが、書き方を変えてみると分かりやすいかもしれない。

  •  ③任務(①(⑦)+②+⑥+Se)

まずどのタイプも――強弱はあるが――五感(Se)、そして①②いずれかの外向化された機能で外界の情報収集を行う。つぎに①②いずれかの内向化された機能であつめた集めた情報を判断し、それを元に③を実現させようと試みる。この時⑥に手伝ってもらえたとしても弱い働きだ。

⑥は無意識下にあるので中々気づけないし、気づけないと鍛えられない。厄介だねー。もしもここを鍛えてこなかった場合、⑥を過剰に使用する状況はストレスがたまると思われる。

ここまではどのタイプも無理なくできると思う。

  • INFJであれば②Feと五感Seで他者感情と周囲を把握、次に①NIで情報の統合・合成を行い、「ここから先どうなるか」「自分の行動はどんな影響を与えるか」「他者はこう思っている」という像を描き出す。この文脈でつぎに③Siをつかうので内界記憶が加えられ精度は高まり、結果「こうすればいいんだろうね」となんとなく分かる。ここまでは一瞬で処理。そしてSiは③にくると規範・倫理の面を強くするので「調和を優先」し行動、⑥TIの論理化が働くので "直感" という不可思議な感覚を絶対基準にすることはなくなる(だってその確信には根拠がないから他者にに伝えれば変に思われる→空気悪くなるという展開が見えるので)。同様に⑦Neの機能である「可能性」によって、「あの子はこう思っているけど、気のせいかもしれない」「この子が喋ると雰囲気最悪になる、実際どうなるかわからないけど」という具合に思考に保険がかけられやすい。Niでどうなるか分かるが、Neでそうではないかもしれない。じゃあTiで証拠集めていこうぜという思考に彼らはなりやすいのはこの為だろう。つまり過信が起きにくい構造だ。これならば社会的に間違いをおかしにくいし、その直感を少しづつ確かめてから、「あなたはこう思っているんだよね。私はこうすればいいと思う」と行動しはじめるだろう。もちろん「自分が行動した後の影響」を考慮(=見通し)てYesと出るならば。

難しいのはここから行動が→⑤に発展すること。

  • INFJであれば自己利益を求めようとするとき、⑤Se「闘え」「意志をみせろ」という機能が弱いため表面化しない。結果、なかなか思うことは言えないが場の空気は良いという展開になる。あるいはそう努めようとするし、逆にいえば彼らは自分より他者の為ならば動けるのだ。

 

2-3 第二機能を使う必要がないとき(≒ひとり静かにすごす時間)

 INFJ

<意識>
①内向N ②外向F
④外向T ③内向S

<無意識>
⑥内向T ⑤外向S
⑦外向N ⑧内向F

 

ひとりのとき、あるいは特定の条件下では、②を使う必要性がさがるので⑧が優位になる。

  • ①(⑦)→⑧→③(+⑥)→④
    • INFJならば、自分の価値観(⑧Fi)を基準として動くことになる。興味あるもの、これだと想える美しさ、タスク、雑事、それらの情報を収集し、③Si(過去記憶)を元にして①NI(統合)をくりかえし独創的な考えを思いつくかもしれない。そして⑥Tiの論理化を使えるならば力強い思索へと発展していくだろう。

つまり精神的活動が許される場ならば、②は⑧にすげかわり、⑧の文脈によって③の機能は変化する。

ここでは⑤熱望を使わずして ⑧は優位になる。この状況を「快」とかんじるか、「不快」と感じるかはタイプによって異なるかもしれない。INFJだと気分がとても楽だし、ひとりの時間のほうが――普段抑圧されている分――自分らしく感じるかもしれない。

 ESFPの場合、①外向S(⑦内向S)→⑧外向F→③外向N(+⑥外向T)→④内向T、となるのでひとりの時は「他人のことをよく考え(Fe)、あの時自分ばかり押し通す(Fi)のではなくこうすればよかった、ああすればよかった(Ne)」と考えこんでしまうかもしれない。このタイプにとってそれは憂鬱なことなので――普段の自分の身勝手さを突きつけられる――一人の時間は好きじゃないと思うのだがどうだろうか。

逆に彼らは社会的な場で⑤Niを扱えるようになると②Fiと⑧Feが協調するので、人望がより高まると考えられる。

 

 

2-4 熱望は脆弱だと錯覚される

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④脆弱は意識できる機能であり、⑤熱望は無意識の機能である。

それも無意識下のなかで特に認知することが難しいと言われており、多くの人はその機能が劣位だと気づけないし、指摘されても気づけないだろう。かくいう私もぜんぜん分からなかった。

なぜなら⑤による焦燥感は、自分の弱点として意識できる④だと錯覚してしまうからである。

INFJの場合、「誰かの為に生きるのはやめろ!」と思ってしまうのは④Teのせいで、本当は⑤Se「闘わなきゃ!」と思うことが重要である。けれどこれは無意識かつ最弱な機能なのでなかなか認識できない。

INFPの場合、「頑張れ……がんばれわたしいい!!!(戦ええええ!!)」と思ってしまうのは④Seのせいで、本当は⑤Te「合理的に生きろ!」と捉えるほうが重要である。しかし中々意識できないため④はじりじりとした焦燥感として表れる。

ESFPの場合、「ひとつづつ積み重ねていかなきゃ!(衝動的に動くのはもうやめだぜ)」と思うのは④Tiのせいで、本当は⑤Ni「この先を見通せ!」と捉えるほうが重要である。しかしなかなか(ry

 といった具合になるだろうか。

つまりこの文脈でとらえるならばエヴァンゲリオン碇シンジは「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ(Se)」と唱えるのではなく「人類なんかどうでもいい!自分のために生きなきゃ!!(Te)」と思ったほうが良かったのかもしれない。

ミサトさん、僕は降りるよ」

エヴァに乗るのを拒否した時、彼の人生ははじまる――。(そういう未来もあっていいよね……というか彼のような心優しい人間を無理やりとか……怒りが湧いてくる)

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2-5 第一機能はエネルギーと確信をもたらす

 

と解釈するとすんなり納得する。

INFJであれば①主導にくるのはNiなので、Niを使えば使うほどエネルギーを充填できるし、その洞察によって確信をもたらされる。

ISFPであれば①Fiを使えば使うほどエネルギーは充填され、その自己感情の観察によって確信がもたらされる。

ENFJであれば人々と一緒にいる(①Fe)時間にエネルギーは充填され、人々の利益になることに確信がもたらされる。

ESFPであれば①Seなので、外界に触れれば触れるほどエネルギーは充填され、その体験こそが人生の確信となる。

つまり①主導機能はそのタイプの「人生哲学」の基盤を作るとも言える。ESFPは体験こそ絶対!だし、ISFJであれば安定した日々こそ絶対!

逆にいえばそこを"突ける"ならば、その確信はいとも簡単に変わる。自己感情が確信を導くのならば、その感情を変えてあげればいいし、経験が確信を導くのならば疑いを持っていたものを実際に見せてあげればいい。宗教活動とかさ。

だからISFPとESFPはころりと騙されてしまうことが多いのだなと思った次第。前者は同情を誘えばいいし、後者はその目で現場を見せればいい。というとすっごい腹黒いけど自分の弱点を知っておくことは大切だと思うんだよ。

ちなみに最もその確信を「変えづらい」のはINTJとINFJなんじゃないかな。

彼らは自分の洞察にもとづいた価値観が第一なので、通俗的なもの、世間とか、経済とか、社会とか、事実とか、他者とか、同情とか、そういうもので意見を変えることはない。"なあなあ"で、その場限りで、そう振る舞うことはあるかもしれないが、確信に至ったものに関してはその限りではなかろう。

――だから最も頑固であり、最も騙されにくいと言える。だって他者から干渉できないものね。逆に他タイプは「外部から干渉可能」なんじゃないかな。

 

 

 

(3)INFJの内向的直感(Ni)ってどんなもの?

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■第六 内向的直観 (Ni) (Introverted iNtuition)

複数の事象や現象、概念の共通性や関連性を捉え、ひとつの象徴的なイメージに集約します。

そのイメージはシンプルですが、そこから派生する解釈や可能性は多様です。 しかし、内向的直観は、その多様性よりも、イメージの収束性に重きを置きます。

これによって、一見複雑に見える世界を前にしても、根源的な要素を捉え、深遠な理解に到達することができます。

特定の物事についての枠組みやモデルが繰り返し洗練されてゆきます。

この過程は無意識のうちに起こり、突然にひらめきが生じます。 意識的な努力によって導かれる類のものではありません。

――infp型の解説 – INFP型のブログ

 

私は最初、これが何を指しているのかわからなかった。

内向的直感の説明を読んでもビジョン、インスピレーション、リーディング、予知、虫の知らせ、というあやふやな事が書かれていて、自分の記憶をさらってもHITするものがなかったからだ。

そもそも私は夢見ない人だしさ……正直スピリチュアルのようにしか思えてならない。

けれど複雑な事象を一点に集約することはよくやっているし、映像思考だし、「EUREKA」の体験も知っている。あれは頻繁に起こるし、起こるたびにそうかそうだったんだと興奮する。

けれどINFJの場合、他のタイプとちがい内向的直感が主機能①にくるせいか、どこも「本物の予感」「人の心をがちで読める」かのようにかかれていることが多い。私は人の気持ちを理解しようと努めてはいるが……そこまでではないのではないか……。

判断するには情報が足りないと思って、とにかくネット上のMBTI情報を読み漁った。(本当は書籍がいいんですけどね)

 

 

この3サイトは非常に有益で――INFP型のブログはスピ入ってるの玉に瑕だが――読み込んでいくうちに段々分かってくる。

INFJは①Ni②Feをナチュラルに使っているので、そもそも "使ってる" 意識はないのである。使っているか使ってないかではなく、単純な「認識」であり「読み取り」でしかない。

人の感情がわかるのは当たり前で、ここから先どうなるかのあたりを付けられるのも当たり前。できなければ情報が足りないだけだし、むしろこれくらい誰もができるとさえ思っている。もしも出来なければ「そう振る舞っている」と見做すのが彼らである。

どういうことか? 

例えばAがBをいじめているとする。このときINFJはAが暴力を快楽的にふるうのは「AはBの恐怖と痛みを理解しつつもそれを無視しているのだ」と判断する。

そしてAがBをいじめていたことでBによる報復が起きたとしても、そりゃ当然そうなるよと思ってしまう。Aが「なぜこんなことになったんだ」と暗い顔をしていたら「わかるでしょ普通?」と感じてしまう。それがINFJの思考なのではないか。

余談だが、もしもAが差し迫った理由で、自己防衛として、暴力を振るうのならばINFJは自分と同じだとみなすだろう。降り掛かった火の粉は払わなくてはならない、でなければ(最終的に)自分が損すると分かっているからだ。しかし意味もなく他者を害そうとは思えない。

先述したように、INFJは①Niが優位に働くものの⑥Tiと⑦Neによって「根拠がない。じゃあ気のせい」と打ち消しがちなのである。これによって他の人よりも予測できるのに、ぞうじゃないと思い込む構造になっている。

見通せない人がいたら「そういうものかな?」「この人はそういうだけかも」と人の多様性を持ってきてまた打ち消してしまう。

さらに厄介なのは彼らは謙遜がすぎるので――威張ったところで社会的に得るものはない、不満を買うだけ――自分の力をあまり高く見積もらない。なにか事をなしても「運がよかった」と思いがちだし、他者から褒められても「本当にそうか?」と疑惑を自分に向けてしまう。

もちろん褒められたら嬉しいが、まずは相手が本心でそう言っているのか見極めようとするし、そして本心で言っていても①Ni+⑦Neで「自分のポテンシャル」を見極めようとするため、中々素直に喜べない。

他者「◯◯さんってすごいね」

自分「まさか、私なんて大したことないですよ」(この人本心で言っているのかな?あ、言ってるんだ。でも私ってすごいかな?うーん……)

こんな感じに。

えっと自慢?なにそれ?

 

――――言っとくがこいつは昔の手際の自慢じゃないぞ。

お前なら分かるだろうが、自慢行為ってのは人間が取る行動の中でもっとも下劣だ。

悪事を自慢するヤツなんて最低の二乗だね。

 

クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識 (講談社文庫)

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 ――零崎人識(クビシメロマンチスト)

 

もしもソシオニクスが記述するようにINFJは本質を見抜く気質があるのならば、彼らは自分が「どれくらい発展性のある人間か」を他の人より知っているのかもしれない。

INFJにとってこれらはあまりにも当たり前な認識手続きなので、指摘されてもなかなか気づけないが、気づいてしまえば後はトントン拍子ですべてが繋がっていく。

 

3-1 確信をもたらすもの

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意識できれば認識できるもので、ここずっとNiによる「直感」を他の人に説明するにはどうすればいいか考えていた。

結論からいえば、ひぐらしのなく頃』罪滅し編を思い出してほしい。この章では圭一はレナたちと遊び、一息いれるために水飲み場に向かう。あの時、あの瞬間、圭一は唐突に理解した。

自分はレナを■■■まったんだ(ネタバレ配慮)

と。

それは本来ありえないことだった。本当ならば彼が気付けることではないし、傍から見ればただの妄想だろう。けれど圭一は確信した。自分は、それを、してしまったんだと。

だから彼は泣き叫ぶ。泣いて泣いて泣いて……後悔を吐き出し続けるのだ。

圭一が自分の感じていることを教師である知恵留美子に相談としたとしても、「ナイーブな少年」「情緒不安定」「妄想癖がある」「カウンセリングを受けさせねば」と彼女は思うかもしれない。他者からは全くそれは理解できないからだ。

そしてなぜ圭一がその思い込みを「確信」できるのかも分からないだろう。

――けれど私たちプレイヤーは知っている。圭一は真実に至ったと。そしてそれを理解したことでこの袋小路を打破する可能性が見えてきたと。小さな魔女の祈りがようやく芽を出そうとしている、希望の嵐が吹きすさび、天使のラッパが背中を押してくれるこの瞬間に立ち会えたことを誇らしく思えるかもしれない。

けれどもしも……私たちがプレイヤーではあらず、世界を俯瞰できなかったならば、先に想定した教師と同じように圭一のことを思うだろう。

――なぜ、そんなものを信じられるの? と。

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全てのINFJがそう感じるかは分からないが、突然「そのビジョンが見える」かつ「確信に至る」これこそが、私が感じている (強い) (受動的な) 直感に近い。そしてそこには順番が剥奪されているので「なぜそこ(映像)に到れるか」を説明するのは難しいことが多い。

圭一はそれを真だとわかるものの、どう説明すれば仲間に納得してもらえるか四苦八苦したように。

私が(現時点で)思い出せる最古の直感は、7歳のとき、家で友達と遊ぶところだ。夕方5時をまわる頃にはお開きになり、友達は思い思いに帰っていった。

問題が起きたのはその後である。当時、私が大切にしていた玩具が消えてなくなっていたのだ。だれが盗んだのか分かっていたので、仕事から帰ってきた父に現状をはなし、父はその子の家に電話をして盗ったものを返すように話してくれた。少ししたらその子があらわれ「両親には内緒にしてほしい」と言って、私の玩具を返してくれたのをよく覚えている。

今までこれはなんでもない事のように思っていたが、今振り返ると「なんでその子だと特定できたの?」と思ってしまう。家に遊びに来ていたのはその子以外にもあと3、4人いて、私は盗む現場を見ていないにも関わらず、どうしてその子が犯人だと分かったのだろうか。

また当時の私は「これを翌日に回してはだめだ」と思っていた。翌日に回してしまえばもうどうすることも出来ないという焦りが生まれていた。

つまり

  • 後日、私その子を問いただす
  • その子「やってない」とウソをつく
  • 証拠がない
  • じゃあ玩具は戻ってこない

という映像が浮かんだので、どうにかして今日中になんとかしなければとそわそわしていた。自分一人では解決できないと思ったのか、父に相談し、万事うまくいく。

しかしその子が「嘘つき」というファクトはどこにあったのだろう?……それを判断するまでにはその子と私は浅い関係しかなかったのに……(ちなみに当時その子は11歳でその年齢で何故か低学年の子と遊ぶ、よくいる学校で問題児扱いされているようなお人だったたと知るのはもう少し後)。そして父はよく私のことを信じる気になったよね。客観的にみれば思い込みが強いこどもにしか見えなかっただろうに。

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あともう一つは、母親に「あなたを尊敬できません」と伝えるところだ。社会的に親を尊敬するのは当たり前とされているけど自分はそう思えないこと、もちろん育ててもらっているのは分かるので親ではなく人として尊敬できないことを伝えても、彼女はなんとも思わないと思ったので打ち明けてみた。

笑って「そういうこともあるよ。大人になったら変わってくると思うよ?」本当に何事もなかった。

当時これは別になんともないことのように思っていたが、今振り返るとちょっと私何してるの?って感じだ。これ家庭によっては最悪の結末に至りそう。

ひぐらし』の古手梨花はこれを予感できなかったから、お母さんとの関係がぎくしゃくしてしまったんだろう。自分のふるまいを彼女がどう思うか。子供らしくない意見をすれば母にどう思われるか。

そこから生じるお母さんの行動が分からなかったからこそ、取り戻せない所まで来てしまって、取り戻せない事に、梨花は心残りを覚える原因になっている。古手梨花の「見通す力」は後天的に■■によって得たもので、"あの" 雛見沢だけに適用されるものなのだ。

だからそこからの先の時間――つまり『ひぐらしのなく頃に 礼』では梨花は間違えてしまう。深く、致命的に。

そして■■は梨花に諭すのだ。

戦いなさいと。元のあなたはそうではなかったでしょう?たまたま不幸の輪廻に囚われてしまっただけで、本当のあなたは毎日毎日を精一杯生きていたでしょう? いつまで魔女を気取っているんですか、梨花……。と。

 

 

3-2 受動的、映像的、感覚的な、直感

 

先述したのが未来の直感ならば、過去へ向かう直感もある。

例えば人を見て「この人はこうなるかも?」と、「この人小さい頃の家庭環境は劣悪っぽい?」の違いと言えばいいだろうか。

また私の場合、映像と感覚のどちらかで「あれ?こういうこと?」って思うことが多い。音はない。そして直感にも強弱があるし、それが毎回当たるわけでもない。

ちなみに映像的な直感は、↓みたいな感じ。

 

 

www.nicovideo.jp

【MAD】 快速特急 瞬間のシネマ号 【VISITOR/Resistance第6期MAD総集編】 by ぐんま エンターテイメント/動画 - ニコニコ動画

 

 3分辺りからはじまる『そして明日の世界より――』の部分、画像がバババッバって切り替わるじゃない? あれを5倍速して映像ががーって頭に流れる感じが映像直感に近い。

あるいはアニメ『鋼の錬金術師』のエドが真理に到達したときの、映像情報の奔流を思い出してみてほしい。頭のなかにあらゆるイメージが一気に流れ込むあの感じ。

またこの映像が、「情報が一点に収斂しひらめく」のをわかりやすく表しているかもしれない。

 

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――アニメ・Fate/stay night[UBW]

 

 

3-3 能動的な直感

 

いままでのが受動的なものだとすれば、主体的に使用する場合「物事の本質を抜き取る」ないし「俯瞰する」感覚を覚えやすい。

前者は対象物にたいして腕をつっこみ、中から<核>をガッと抜き取る感覚であり、後者はその対象物を上から見下ろしているような感じ。

また計画を立てるときは、「こうして、こうなって、ああるなるから、えーと、こうだよね?」みたいに現時点から順序的に映像を見出していく。

これは、羊飼いのOPを見てもらえればよいと思う。

 ↓

youtu.be

一応時間指定しているが、1分4秒あたりから「さーっ、ぐにゃぐにゃ」っていう線の映像が流れるでしょ? 

あれが現時点から未来への像を結ぶ感覚に近いと思っていて、ただ私の場合はあそこまでぬるぬるしてなくてスナップショット的にバババっって見出す感じ。

そして「線」――現在と未来を結ぶもの――ができあがったら次にその線を「俯瞰」してムダがないか?あるいは最適化するにはどうするか?を①Niが見当をつけ(自動)、⑥Tiで順序を入れ替えたり、足りないものを持ってきたり、③Siで体内感覚と照らし合わせて微調整する。(ここは意識的)

たとえば旅行では、一日毎にどこのお店にいくか、どこで観光し、なにを食べるかを30分感覚できっちり決めて、全8時間で全て回りきれるか、回りきれないならばどの順番でいったらロスがないか、計画通りにいかないことを見越して2時間のロスタイムを見積もり、あれまてよこの距離を歩ける? 車のほうがいい? でもゆっくり歩いて見て回りたいから歩けないのならば歩ける体にすればいい。よし鍛えよう→毎日数キロ走る――といった感じになる。別に旅行じゃなくてもなにかしらの計画は準備に準備を重ねた上で実行することが私は多い。

そしてイレギュラーがなければそのまま――予定調和のように――物事が進むので、EN☓P、INFPの人にとっては苦行のような旅行だと思われる。だってそこには胸がはちきれんばかりの可能性はないものね。

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そしてこの直感を人にむければ、「こいつ雰囲気やばすぎ関わっちゃだめだ」とか「この方と仲良くできそう」あるいは「すこし不安を感じるので波風立ったとき私が我慢しなきゃ」ということになる。これは映像より感覚のほうが私は強くかんじる。

ちなみにこれを無視して突っ込むと「ああ、やっぱり……」ってなることが今までの経験からして多かった。

だからか「こんな人だとは思わなかった」というのは少ない、というか全然思い出せない。ないんじゃないかな。

 

「人が変わった、とか そんな人じゃなかった、とか」

「よくあるけど……」

「そんな風に思ってなかった、私の思い上がりだった……」

「そういう自己の欺瞞に対する嫌悪が普通は先なんじゃないかな?」

――女の子(SCE_2)

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3-4 内向的直感の処理

Niが働くとき、こういった処理をされる。

  • キーワード→Ni→出力

「キーワード」というのは言葉、感覚、感情、映像……なんでもいいがキーになる概念であり、それを思い浮かべたり、問いかけたり、無意識に模索した時、Niが働き、それに見合う結果が出力される。

例えば、「今まで何人のINFJに出会ってきた?」と想像すれば→NI→「あの人と、この人と、ああそうかこの人もか」と結果がわかる。

Google検索のようなものだと考えればいい。検索ワードを打ち込むと――何十個もの候補は出ず――適切なページがさっと目の前に現れる感じ。

このとき何も出力されなければ、情報が足りないか、Niの処理が長引いていると考えられる。そして処理が終われば、数日後にザッと結果がもたらされることもある。

ちなみに私の「NI処理」は映像とか音とか意味とかそういうのはない。全然ない。ただ「どこか」にアクセスしているような感覚はある。

ザッ。

観察していると気づくのは、この「どこかにアクセスしている感覚」とはイコールで現実への遊離を引き起こすことだ。五感のリソース全てをNiに持っていかれると言えばいいか?

だからNiを使えば使うほど、現実感覚はなくなりあっという間に時間が経っていることもある。何かひとつの物事に打ち込むのならばそれは集中力として評価されるが、そうではない場合「飛んでいる」と評価されるだろう。

INFJのSeが劣等たるゆえんはこういうことか……と理解した。

しかし不思議なことにINFJはそういった説明をされない。なぜか? どうやら①Niは知覚機能でありながら判断機能のような働きもすることと、②Feの外界判断の両輪によって「他者がいる場合」はそういった事態は起こらないみたいだ。

INFJは常に他者感情を把握し、それが意識的にOFFに出来ないのであれば、「人前で飛ぶ」ことはないのも頷ける。だが他者がいない時、ひとりのときはその限りではないかもしれない。

同時に思ったのは、INFPがマナーに欠いてしまうのは①Fi+②Ne+③Ti処理で――外界判断機能がこの中にはない――他者がいる場合でもこの現実との遊離を引き起こしてしまうからではないか?

映画『The Secret Life of Walter Mitty』のミティが度々空想をめぐらせ現実から離れてしまうように、そして「ねえちょっと、ねえってば」と外部から引き戻されるハッ!として今この瞬間に目を向けるように。

ミティは人と喋ってる時でも、気になった(Fi)可能性を(Ne)ふくらませて(Ti)しまう様子は、もしかしたらINFPが見ている世界と近いのかも?なんて思ったりもした。邦題はLIFE。
 

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(話し戻って)

出力されたものは、次にTiで論理化がはじまる。

  • キーワード→Ni→出力論理化

それまでは映像や概念だったりしても、この段階においては「脳内音声」によって紡がれていく。

  • 検索「INFJの特徴」→NI→概念が出力→論理化「つまりINFJの特徴はその大きな瞳、きらきらした目の印象、透きとおった視線におだやかな雰囲気が挙げられ女性の場合はウィスパーボイスとハスキーの中間あたりの声質をさらさらとした口調で話す?じゃあ男性は?→Ni→概念出力→そうかつまり……」(脳内音声)

といった処理をされる。

論理化は人に説明するときなくてはならないものだし、特にINFJは映像記憶にたよっている所があるため、⑥Tiを鍛えたほうがいいと言われるのはこの為かもしれない。

 

 

3-5 決定的瞬間

Niは見通す力のせいか、

  • 「ここで対応を間違えたらやばい」
  • 「こうすればよさそう」

 といった危機回避と最善行動、2つの直感を得られることがある。今まで全く気にしたことなかったので分からなかったけど、INFJの文脈で記憶をさらってみると結構見つかる。

(随分前のことなのに思い出せるのは映像記憶だから?)

  ◆

たとえば、学校で私によく話しかけてきた男子がいた。その子は私をからかい、優しさとは正反対の言葉を投げてくることが多かった。だけど私はそれが悪意あるものではなく、そういう方法でしか人とコミュニケーションを取れない事の裏返しだと分かっていたので、スルーか不機嫌な表情をつくって「怒ってるよ?」と表現することが多かった。

(今思えば私は自分の他者読解を基準としていて、多くの人もその力があると思っていたからこそ、これくらいのサインでも気付けるだろうと思ってしまうんだろうなあと)

けれど私はまあ……話しかけられたら普通に応対するし、相談をもちかけられたら自分なりに最善だと思える意見を言っていたので、なんか好かれてしまった。でも私の感情としては「こいつ嫌い」なわけだ。でもそれを明確に表現することは躊躇われ何もいわず…………数年後の成人式。その子から電話がかかってくるわけさ。式が終わったら酒場をかりて当時の同級で飲むからお前こいよ、と。

「うーん、いかないかも」(よくわたしを誘えるね?)

という返答になるのは至極当然。といいつつなんだかんだあって友達4,5人もそこに行くことになったのと、行っても問題なさそう。むしろ行ったほうが楽しくなりそう?という気分を覚えたので行きました。

入り口で飲み代を払う中

「おーい!◯◯ー!」

と私が呼ぶ声が聞こえてくるわけですね。視線を動かさなくても、何年も会っていないにも関わらず、その男子だとわかった私はまるで気づいていないかのように先に到着していた友達のところにいっていっぱいお喋りして楽しかったです。はい。

その後、その男子主導のもと(彼は幹事なので)別の場所で二次会が行われるわけですが、なんとなく行っても不愉快なことにはならなさそうと思えた私は行きました。自分の性格を考えると「よく行けたね?」って感じなんだけど、行ってみるとやっぱり楽しかった。めちゃくちゃお酒飲んで今まで話したことなかった人とも親しくなっていつの間にか意識失って、友達が介抱してくれて、家まで送ってもらいぐっすり寝ました。自分も疲れているだろうにわざわざ全然近くない私の家まで面倒見てくれたT本当にありがとう……。そして熱燗はやばいと肝に銘じます。

 

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そういえば、その男子(仮にAとしよう)が私の前の席になったことがあった。

あるときクラス委員がみんなの意見を収集し黒板に書いている中、Aはふりむきながら「あいつって性格最悪じゃね?」と言いはじめる。つまり今注目されている委員長がクソッタレだと私に同意して欲しいらしい。(いやいやお前のほうが性格最悪だし委員長ふつうにいい人だし君の右斜めと前方の席にいるPとKさんその子の友達なのにわざわざ聞こえるように話すのが意味不明だしPとKさん気付かないようにしているけど実際聞こえていることにAは気付かないのどういうことだというかここで返答ミスったらなんかやばい)

「いや委員長はいい人でしょ。というかそういう事を私に同意を求めるなよ、だからお前は友達が少ないんだ(イラッ)」

このとき私は委員長を侮辱されたことにイラっとしたことで、今まで言いたかったことを言えたのだなと思う。また「ここで返答をミスったらやばい」と思ったのは危機回避であり、もしも私がAの意見に同意したり、あるいははっきりとせず、消極的な態度をとっていたらその会話を聞いていたPとKさんのコミュニティから陰口をいわれたり、何らかの阻害を受けていたかもしれない。いやわからないけどさ。ちなみにくだんの委員長とはそのあと席が隣になって好意的に話しかけて頂けたり本とか貸してもらえました。今思えば、あの返答が影響していたのだろうか。

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これは別のお話なんだけど、成人式のときたまたま会った、そして当時よく遊んでいて今でも好意的に思っている子が「あの頃ほんとごめん。いろいろふざけてぶったりしてさ……」と謝ってくれたことがありました。出会って開口一番に。

それもかなり勇気を要としているように見えたので、「全然!ぜんぜん気にしてないよ!」と私はちょっと大げさに返答します。そうした方がよさそうに思えたので。

私としては確かにあれは痛かったと思うものの、そういうのありありでその子との関係を楽しんでいたから別に気にしてなかった。というかぶたれることに繋がるある言葉――つまりその子がとても気にしていることを――言っている自覚はあったので「ぶたれても仕方ないね」と思っていたから。

でも私はその言葉をいいたくて言ってるわけじゃなくて、こちらを執拗にからかってきたときの抑止力として使っていただけなので罪悪感とかはなかった。

そしておそらく彼女は過去記憶がループして度々思い出しては、自己内省してしまっていたんでしょう。その度に「謝りたい」という気持ちが芽生えて、でも言えなくて、今更電話して言うほどの事でもないし個人的な後悔を突然話しかけられても相手は困るのではないかと考えてしまいなにもしない。けれどとうとうその言える日が来た、私に出会ってしまった、ならば謝るしかない。勇気を出せ。だからそんな決意をともなった自分の謝罪が受け入れてもらえないと感じれば、それはまた彼女にとって尾を引くものになるので私は明確に「気にしていないよ。大丈夫だよ」という必要性があったんじゃないかな。実際気にしてなかったですし。

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そしてまた話飛んで、男子Aが修学旅行中にクラス全員の前で謝罪していたことを思い出します。当時彼は生徒会長でありながら生徒会長としてはしてはいけないことをしたために、頭を下げなければいけないような出来事ですね。彼にとっては羞恥にまみれた出来事だったことでしょう。で、私はなぜこのシーン思い出すんだろうなー?と考えてたんですけど、よくよく考えてみるとこの事態のきっかけを作ったのは私だったことにさっき気づきました。

修学旅行中に手に入れた情報があって、それを使う気はなかったんですけど、たまたま適切なタイミングで適切な人に伝えたところこうなったという。(詳しく書くのは控えたい)

私が伝えることでこうなるのは予想できたものの、「別に私が伝えようが伝えまいが既に多くの人が知っているしそのうちだれかが詳らかにするだろう」と考えていたこともあって、自分がドミノだおしの最初の一枚を倒していることに気づかなかったな……。もしも私が行動しなかったら「修学旅行」というイベントにて彼が大勢の前で謝罪することはなかったかもしれない。

でも彼はナチュラルに(私からすれば)私以外のみんなにも無遠慮で意地悪な態度をとりつづけていたので、その場は苦笑と失笑で満ちてしまったのはむべなるかなと。全部自業自得ですしね。そのあと――なにが原因でそうなったか分からないけど、少なくとも修学旅行の件ではないはず……――Aの友達はAから離れていき、Aはどことなくクラスからも孤立していくようになるんですけど、これって私が願った状況そのものだなーと今にしては思います。だからといって嬉しいわけでも満足感があるわけでもないんだけど、ただ当時は「やっぱりそうなるよね」という感想を持ってた。その意地悪い性格じゃそうなるよ、みたいな。そういう意味ではあれは(私にとって)最善の行動だったのかも。(のちに時間がたってAの状況は回復するものの)

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すこし前にあったのが、好感度がひくい知人(=理屈としては嫌いなんだけどうまくその感情が沸き立ってくれない状態)から相談事をされて話を聞いていたら相手が泣いてしまうことがありました。どうも私と話しているうちに、彼女は自分の今置かれている状況や、取り戻せない時間の中で生きていることに気づいたらしくセンチメンタルになってしまったという。

知人「もうこんな素敵な時間ないんだよね…(涙)」

私「そうだねー」(そういう話だっけ……)

でこの時、「ここで背中をさすってあげると相手は落ち着くと思う、ん、だ、け、どこれ以上仲良くなったらまずい気がする」と思ってしまったのですね。これは危機回避にあたりそうです。多分背中をさすってしまえば相手はより慕ってくれるでしょうが、そうなるとより私のプライベートな時間が奪われる分岐に入ってしまうと。いやわからないけどさ。というか私は善人ではないなとしみじみ思う。

 

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そしてこういった大きな分岐点(であろう)ものを、「決定的瞬間」と呼んでいて、自分にプラスになる選択をその都度予感したINFJは自動的に選んでいるのかもしれない。

あんまりにも無意識で行われていると思うので、指摘されても気付かない人が多いかも。私も指摘されて気づいた。

(でもこういう感覚って他の人もあるよね?……INFJのバイアスがかかっている可能性も考慮したいところ)

もしもこれを体験するならば、ノベルゲーム全般に搭載される「√分岐」「選択肢」といった概念がわかりやすい。

 

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 ――少女たちは荒野を目指す(みなとそふと)

 

それも二択三択ではなく "最善であろう" 選択肢がドンと一つ置かれる感じではなかろうか。

選ばないことは出来るけど、大抵は選んだ方がいいと分かってるので選んでしまうみたいな。

 

 

3-6 効果の予測、波及、見積もり

 

おそらくINFJは「自分の言動」をちくいちチェックしており、その一挙手一投足で起きる結果を常に考えている。

見積もっている。

そしてそれが当人にとっては最早当たり前の世界観なので、それが出来ない人がいると、その世界観を持っていないこと自体わからなくなってしまう。

特に衝動的な人にはよく感じるかもしれない。

  • 「そういう単語をチョイスしたら相手が怒るのは当たり前なのに……」
  • 「低所得なのにFGOに30万課金すれば火の車になるのは分かるでしょ……」
  • 「私物を他人のデスクに置いたら嫌がられるのは当然……」

そういう「こうすれば、こうなる」という予測が自然と身につくタイプであり

また「自分は相手にどの情報を、どこまで伝えたか」「相手はどんな情報を持っており、あるいは持っていると推測できるか」「それによる行動はどうなるか」を管理する傾向に彼らはあるかもしれない。先を見通すというのは、つまりはそういうことだろう。

プロのサッカー選手で「自分はフィールドを俯瞰視していて"ここ"にボールを蹴り込めばいいというのが分かる」という意見を耳にするのは、これもまた一瞬で様変わりするゲームの行方(=何十人ものの動き)を読んでいるといえるし、

別にそんなたいそうな事じゃなくても、「あの人がこう動いたらこういう事だからじゃあ私はこういうふうに動いたほうがいいね」とか「こうなったらこういう事だから今のうちにこれを準備しておくかな」みたいなことだ。

 

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――漫画『NARUTO』26巻

 
NARUTOの写輪眼のイメージは分かりやすくて、このように他人の動きを「こうなるなら」と予測し、自分は「こうする」と動く感じ。

もちろん彼のように鮮明で、予知に近い、的確なヴィジョンというわけではないだろうが「ふわっ」と程度にはINFJは意識しているのではないだろうか。

このため(変に?)気が利く人、といった評価を得やすいかもしれない。

 

 

3-7 (現実的な処理で)答えを導くのがNiでは?

 

これらを統合してみると、INFJの内向的直感って「現実的なアンサートーカー」と考えるとしっくりくる。

 

アンサートーカーとは、マンガ「金色のガッシュ!!」に登場する架空の能力。「答えを出す者」とも表記される。

(中略)

どんな状況や疑問、謎でも、瞬時に「答え」を出せる能力。戦闘中ならば、どのようにしたら相手に攻撃を当てられるか、どのようにしたら相手の攻撃をよけられるかなどの「答え」が出せる。

ただし、出せる「答え」には状況や実力にもよるが限界はあり、例えば本人を見ないで予想として答えを出す場合は完全には正解が出せず、またあらゆる手段を用いても状況が打破できない場合は「答え」が出ない。(10mあるビルの屋上間を飛び越え逃走しないと助からない等、本人の体力的に不可能な場合など)

――アンサートーカー (あんさーとーかー)とは【ピクシブ百科事典】

 

ガッシュでは勉強していなくても東大入試で満点をとれる――というチートすぎる能力だが、INFJの場合は「五感、他者、記憶」の3つの情報を元にして答えを出すものだと思う。

だから知識がなければ当然「わからない」し、情報不足であれば「見えない」「感じられない」となる。それはとても現実的な気質であり、他の人よりすこし精度がいいというだけ。

それは時々お守りのように働いてユーザーを守ってくれもするし、意識的につかえばひらめき続けられるのだろう。

だがINFJにとって「向的直観(Ni)の働きは、かなりの精神的なエネルギーを消耗する」と言われていることから、長時間の運用、または "瞬間的に" こう思う、こう感じる、多分それ、という連続使用は難しいんじゃないかと思われる。現場がつぎつぎに様変わりする流動性の高い場所では、特に分かりやすいもしれない。私も心当たりはある。 

ずっと使ってると知恵熱のように頭が熱くなって、ぼーっとする。とくに自分にとって複雑な問題を解いているときはそうなりがちで、けど脳機能が落ちているというよりはオーバーヒートしている感覚と言えばいいか。

  ◆

で、今まで語ったことは、やっぱり誰にでも出来るのでは?という感想しかない。それくらいふつうのことに思えてならないし*1、バイアスをかければこんなふうに思えるだけではないのか。

これを踏まえつつ、それでももう少し考えてみようと思う。

 

 

(4)INFJ考察

 

4-1 INFJの他者読解は「吸収」ではない

 

先述したが、これは表現が悪い。

吸収というのはなにかを吸い取り、そこにあったものは減少し、他の場所にて減少したぶん増加するということ。

つまり「他者の怒りを吸い取り、吸い取った分だけ他者は怒りを感じなくなり、吸い取った分だけINFJは怒っていく」という表現がこれには当てはまる。

しかしINFJは「その比喩表現が的確か」どうかの感覚に優れているので(NI+Si)、他者の感情を吸収するという感覚を自分が持っているかどうか問われたら「ない」と答えるしかない。

INFJの感情を読み取る力は「同期」のほうが適切である。

他者が怒っていたら、その感情をリアルタイムで整合性を取り、自分の心で再現されるため、「別に私は怒ってないんだけどこいつが怒っているせいでなんかむかついてきた」となる。

ゆえに感情同期。

(関連)

私が愛用している物語の「読み方」のいくつか(5815文字) - 猫箱ただひとつ

 

彼らが人を害すことを嫌うのは、害した人間の「感情」が自分と同期をとりはじめるからである。

テレビの芸能人にタメ口ではなす人々、コンビニのスタッフに横柄な態度をとる人々、他人の不幸を笑ってメシウマとか言っている人間、それが例えTwitterの「RT」のような間接的なものであったとしても、RTした人間に嫌悪感を覚えることだろう。

このように彼らの倫理意識の高さは、INFPとは異なる経路によって形成されるものの、外から判断する分には見分けがつかないかもしれない。

INFPは主機能Fiによって「自分のあるべき姿」から外れないようにするが、INFJは感情同期がオートで行われるため攻撃を受けている側の「笑われている人間」「横柄な態度に困っている人間」の気持ちが分かり、かつそのクオリアを自身も体験してしまうので――自分のことではないにも関わらず――当事者意識が出てきてしまう。

(これ人によってはかなり辛いと思われる)

 

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だからよっぽどのことがなければ、彼らは暴力的態度・行動を振るうことはしないだろう。

しかしその「よっぽど」のときは、INFJは⑤Seが活性化しているし、Niでその行動によって「最善の未来」を確信できているので、容赦なく他者を壊す。そこには憐憫も同情も共感もない。ただただ――必要性がある分だけ――殴るし壊す。

普段はやさしい口調だったとしても、一度モードがかわれば凶暴で、乱暴で、刺々しい単語を選択し、声の調子をコントロールし、相手に嫌悪と威圧を与えることもするだろう。どうやれば他者がその感情を励起させられるかを知っているので、INFJにとってなんなく実行できる。

――それが必要だと思えるならば

相手のコンプレックスを引きずりだし、何点何点何点と評価しては「なんて汚い人間なんだろう」と抉ることにすら躊躇いはない。

 

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おそらくこれが周りから過剰で、予防的な攻撃、あるいは二面性といわれる所以なのだろう。

逆にいえば、「どこまでやれば十分か」つまりどこまで行えば自分が思い描く先――基本的には平和でおだやかな空間だと思われる――になるかも分かっているので、倫理的な一線を超えることはまずない。

なぜなら「あまりにも行き過ぎた行動(=目を抉るとかね)」による影響・未来像を彼らは知っているし、そこまでやれば信頼している人すらはなれ、穏やかな時間を得ることはできなくなってしまうからだ。

例えまわりから衝動的な怒りに見えたとしても、INFJにとっては冷静な――ひぐらしのなく頃のレナのように青い炎で――現状を打破しているにすぎない。おそらく彼らはこのことで後悔したことはないと思う。多くの場合、彼らは自身が望んだものを手に入れているはずだ。

逆にいえば倫理的な一線を超えるのならば、それはもうそれをするしかないほどの状況であり、そうしたほうがいいと確信を得られた場合だけだろう。

そしてINFJがこういった行動を取る場合、暴力が「有効」な状況といえる。 暴力が最適解なシーンだからこそ暴力を使うのであって、それでは状況を打破するに至らない、つまり機能的に果たせないならば使えたとしても使わないかもしれない。違う別の手を考えるのではないか?

――つまりINFJはストレス下にある時、うじうじしない。その状況を変えるべく唐突に動き始めると思われる。

 

(前略)

そうするとね、電車を乗り換えるみたいに運命を乗り換えることができるの」

 
――荻野目桃果(輪るピングドラム)

 

4-2 INFJは怒りを持続できないのでは?

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「感情同期」を考えると、彼らはなかなか怒らないし、怒ってもすぐ沈静化してしまうのではないか。

翌日には「あいつを赦してはいけない」と理性は訴えるのだけど、感情が追いついてこない。なあなあで会話し、なあなあで場を回そうとしてしまう。復讐の動機がなかなか得られないことに困ってしまうといった人も多いのかもしれない。

繰り返すが、これは社会的な場では「外向的感情(②Fe)」が優先されてしまい「内向的感情⑧Fi」が抑圧されてしまうからである。おそらくISFJの方もこの「自分を出せない」辛さを経験しているように思われる。

 

 

4-3 思考のクセ

 

外界:①(⑦)→→③…→

内界:①(⑦)→→③…→④

 

であるならば、INFJは「他者を考えている」ときは丁寧語、あるいはそれに準じる口調を選択し、少なくとも不快にさせるような言い方はしないのではなかろうか。

逆にいえば、「他者を考えていない」時はだ・ある調を選び、ぶっきらなぼうな、場合によっては攻撃的な言葉もいとわない傾向にあるかもしれない。

例えば一人の時間であっても、日記の場合は「だ・ある調」であっても、その内容を特定の誰かに向けて書いてているときは「ですます調」になる変化があるのではと。

 

 

 

4-4 infjとinfjが出会うとき、会話が止まるような 

 

自分がこのタイプだと確信したあと、今まで何人のINFJの方に出会ってきたのだろう? と過去をさらってみた。

するとおそらく4人、それもそのうちの2人とは良好な関係を築けていてたことと、出会うと「会話がとまる」ことに気づく。

最初はいろいろ喋っているんだけど、突然、ふっと声が消えてしまう。1…2…4…秒ほどお互いに目をじっと見つめて「あれ、なんで会話止まったんだろ?」と考える。相手もそう思っている気がする。そして相手を見てみるものの相手もこちらを見ていて何も言わない。そして微笑んでみたりする。

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それは雰囲気が悪いわけでも、相手を嫌っているわけでもないんだけど――むしろ私自身は全員に好意を抱いている――なぜか止まってしまう。

でもそれでもいいかと思っておだやかな空気が流れたり(同じ空間で一緒に本を読んだり)、あるいは思い出したように話題を投げかけてみたり、あるいはふわっとどちらともなく立ち去ってしまうかもしれない。

どうしてこうなるのか?

おそらくINFJ同士が出会うと、「相手がどんな話をして欲しいか」わからなくなってしまうんだと思う。彼らは社会的な場では自己感情を出そうとしないし(出しにくい)、常に相手に集中しているので、相手も同じタイプだと心の羅針盤が静止してしまう。

次に何をすればいいか見えないので、"見る" ためにより相手を見つめるということになるんじゃないだろうか。

逆にいえば、おそらくこれは他タイプが会話に感じる暗闇なのかもしれない。

相手は何を考えている?分からない。興味あること?わからない。自分の話でもすればいいのかよえーと・・・そんな感じにずーっっと自分語りしてしまう人はこういう沈黙(=閉鎖感)が耐えられないから、自分主導で話はじめるのかも。

にしてもINFJの視線って独特だよね? 力強いわけではないけど中身を貫いてくるような、感じというか。

 

 

4-5 永遠のデジャヴ、それは生き飽きることに繋がるかもね

 

内向的直感は「予測、見積もり」の面があるので、INFJにとっては何千何万回と「こうして、こうなる」を繰り返してきた人生といえる。

それは蓋然性のある予測なので「やっぱりそうなるよね」という感想も何千何万回と呟いてきたということ。

現在のコースがそのまま続けば予測できる――それは使えば使うほど生き飽きる感覚に繋がるかもしれない。ループした人生ではないのに、人生がループ的感覚に陥っている。

 

彼女らの直観の強さ(そして物理的現実からの相応の分離)のために、多くのINFJは自身を世界の部外者のように感じています。

あるINFJは自身の経験を「デジャヴュの永遠の感覚」と表現しています。
また他のINFJは、現実感のない感情と報告しています。

 

――http://mbti.jp/infj-pj/

 

ここで言われる「デジャヴュの永遠の感覚」ってまさにそういうことなのではないのか。そしてそれは古賀ゆとりの心象風景であり、シジフォス症候群と近似していることはおもしろい発見だ。

つまり『ギャングスタ・リパブリカ』INFJ的世界観で構築された物語といっても過言ではない。(後述する)

 

 

4-6 外向的感覚(Se)は運動にどう響くの?

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Seは「現実に対する瞬間処理」として大きな役割を果たしていると私は解釈する。

生き物が逃げれば追いかけ、攻撃してくれば避け、あるいは逆に殴り殺す……といった「反射」に長けた機能であり、これが第一機能にくれば瞬間瞬間に物事が変わるスポーツなんかには適していると言える。

ESFPは運動が得意と記述されるのも、ここが大きいのではないか。

そしてそれはつまり「考えない」ということでもある。現実に意識が向けられるので、考えている暇などないし、思考せず、パパパっと反射的に行動する気質でもあろう。

ではSeが第5機能にくるINFJは運動ができないということなるのだろうか? そうかもしれない。ただ私個人だと運動が苦手だと思ったことはないし、客観的な評価でもそういった判断をくだされたことはない。とはいえ中の中くらい。

他のINFJの方も運動できる人もいれば出来ない人もいるみたいで、サンプル数が少ないのでなんとも言えないが、もしかしてINFJは「内向的直感で運動能力をカバーしてるんじゃ?」という仮説を立ててみる。

  ◆

よくスキップできない人がいるが、あれは自分の「体内感覚」をうまく認識できず、扱えず、どこの部位を、どう動かせばいいかを感覚的に分からないのだろう。自己身体に対する感覚が鈍いと言えるかもしれない。

しかしここで内向的直感を使えるならば、感覚にたいする「あたり」をつけられるようになるかもしれない。腕を "こう" 動かせばボールは籠にはいる――といった基本動作や、この場面なら自分は "この位置" にいたほうがいい――といった俯瞰的な視点でのゲーム進行に対してもむりなく介入できるだろう。

INFJのサプタイプがNiならば、より運動において苦労したことはないんじゃないか? 少なくとも人並み以上にはできると思われるがいかがか。 

 

4-7 Se劣等はどう考えればいいのか

 

機能スタックが未発達であることは能力に関わりがある、と考えていいのだろうか。外向的感覚(Se)であれば、運動の不得意さ苦手さに繋がるのだと。

Ni補助を受けられる場合、それが相殺されると考えるのであれば当然Niを①にもつINTJも運動を苦手だと(客観的にも)思ったことはない可能性が高い。逆にNe優位でかつ④脆弱にSeがくるINTP、INFPは運動が苦手な方々が多いと推測できるのだろうか? 

 またSeが未発達な場合「五感を楽しむこと」にも影響があるかもしれない。例えば卒なくこなせる身体能力があったとしても、そういった活動に積極的に関わろうとか、トレーニングして能力を伸ばそうとか、そういった考えには至らないかもしれない。

逆にSeが発達している場合、そこに興味を持ち、従事する可能性が高いと。なるほどね、つまり「楽しむことの素養」「興味」といった軸を機能スタックに与えると、よさそうな気がするがさて。

 

 

4-8 他者読解の差―共感性羞恥はたんなる同情

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以下、個人的な雑感。

INFPはFiで微細に観察した自己感情を記憶(Si)からもってきて、その感情に幅(Ne)を持たせることで的確に相手の感情を読み解く。

ISFPもこれに近いけど、彼らはNeが脆弱なので対象の感情の「可能性」を考えられない。このため「自分が知っている感情」でしか他者の読み取りができないので、わりと一辺倒だし、断定的になりがち。

ISFJは、Fe+Siで他者の感情を読みつつ今まで生きてきた経験上「妥当な」ものを当てはめようとする。⑧にFiがあるので(ひとりの時は)自己感情の管理経験もあわさり他者読解の精度は高いというのが私見だ。ただ⑤にNeがくるのでそれ以外の可能性を見積もれない、つまりISFPと同様にその読解は一辺倒になちがちかもしれない。

 

つまり

「あなたは怒っているんだよね?」

「違う、私は君に反省して欲しいだけ」

「???(怒ってないのに反省して欲しいってどういうこと?やっぱり怒ってる?)」:

「やっぱり怒ってるじゃん」

「なんでそう考えるの?」

「……え、だって……(それ以外どう考えろと?)」

 

といった想定外の感情には対処が出来ないのではないか。

他者読解の精度の高さは

  • INFP>ISFP≒ISFJ

と考えてみる。INFP・ISFPはよく俎上にあがるが、ISFJも同様のポテンシャルを持っていると思われるんだけど……あまり注目されないのはなぜなんだろ。

そんなに①にFiがくるというのはスゴイことなんだろうか? 私は⑧のFiは理解できるけど①にくると一体どうなるのか興味がある。

   ◆

この3タイプは、ミラーリング――感情をうつしかえる変換行程――によって他者読解を行っていると考える。自己を一旦「経由」して相手を読む感覚があるのではないかと。

これは他タイプもできるが弱い働き、あるいは苦手なので知識・理論でカバーすると思われる。

そして気づいたのは、これって「共感性羞恥」が起こる理屈とよく似ていることだ。

 

だとするならば、『共感性羞恥』とは登場人物の感情を読み取りそれを我が事のように感じるものではなく、単なる自分の感情を優先した自己投影に過ぎないのではないかということ。

普段私たちは何気なく他者の気持ちに寄り添い、その気持ちを読み取ろうとしている。そこに必要なのは他者に共感するだけではダメで「自己感情」を「抑制」し、その上で相手の気持ちを斟酌しなければならないということだ。

でなければ「私がこう思っているんだから相手もそう思っているに違いない」という発想になりかねない。「自己」と「他者」の区別をつけず、「自己」と「他者」がイコールであると見做すならば、自分が思う相手の気持ちが食い違ったときどう処理するのか?

 

――共感性羞恥は物語読みに必要なスキル? - 猫箱ただひとつ

 

だからキャラと自己感情が「ずれ」るのか、と納得がいった。自己経由するならばそうなるのも当然かもしれない。なるほどね。

共感性羞恥ではなく、"同情性"羞恥と考えると分かりやすいと思う。

逆にINTJ、ENTJ、INTPは共感や同情で物語は読まない?のかな。どちらかといえば構造の美しさ、マルクス主義批評に焦点をあわせる気がする。

じゃあINFjはどうなのかと言われれば、自己経由はしない。"感じ"る。だけだろう。

これはミラーリングのように自己感情を"入れ込む"のではなく、自動的に感情を"同期"させる読み方の違いと考えられる。だからリゼロで意味のわからない感情移入(?)を経験したのだなと思った次第。

 

そんな2人の2つの心的状態がロビンソン症候群のように鬩ぎ合い、かち合いながら、行ったり来たりする――二人の「気持ち」が「交互」に私自身の中で「励起」していくのは――異様な体験だった。(中略)

何度もやられるとこちらの身がもたないやつで、おそらく半ば自動的に視点が切り替わり続けたせいだろう。この体験が何かしら与したものがあるかは正直分からないが、おー、こんなふうに視点が切り替わることもあるのかーと驚いた。

ただ、これは『Reゼロ』18話がすごいだけなのかもしれない。

 

――物語における『視点取得限界』を考える(24463文字)

 

Feが強い人はこれが日常的に起こるのであれば、かなり辛いだろうね……。

いやそれとも②Feが強いことはこの機能が発達しているということなので、耐性がある、へっちゃらだよって事なのかもしれない。むしろこの体験に翻弄されるのはNiが強いINFJってことかい?

 

 

4-9 認知S、認知Nの世界観

 

認知Sは順序的な世界観であり、1を知って1を知り、自分で試して行動して、失敗から学ぶことを是とする。

 ①

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――Rance Ⅵ(アリスソフト)

 

ランス6であらわせば上のように、行動!行動!でありどんどん歩みを進める感じ。最適解?んなもんわかるわけねーだろ、やるしかねーんだよ!

認知Nの場合、周囲の状況から全体像をつくり、見通しては、最適な道を模索しようとする俯瞰的な世界観。Ne優位は√の見切りが早く、Ni優位は最適な√を導くのが早い傾向にあるかもしれない。

 ②

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――Rance Ⅵ(アリスソフト)

 

ランス6であらわせば上のように、つど「俯瞰図」(MAP)を確認してどこから行こうかな?こっちが早いかな?と考える感じ。自分の現在地と目的地点がある程度見積もれるものの、実践が遅い。

認知Sは1,2,3…と順序的に物事を把握するならば、認知Nは全体像をみた上で物事を見るので1,4,7…といったようにジャンプして把握する。

「俯瞰図」を確認するさいは現実世界での動きは止まり、彼らは時間から切り離されるので、短期作業なら認知Sのほうが得意だし、長期的な計画立案ならば認知Nのほうが得意。

この認知のありかたが、彼らの日常生活の興味、話の仕方に密接に関わってくる。

認知Sはとりあえず喋る。その喋りがどこに向かうかを考慮するよりとにかく喋るほうが楽しい。順序的に突き進むので右往左往し、とぐろを巻き、結局何を話したかったのか忘れてしまうこともある。また喋った結果を予測するのは苦手かもしれない。

 

用件に入る前にダイエットの話が始まり、新しい化粧品の話へと続く。

それからメディアで話題の芸能人へと話題は移り、ブームとなるスイーツへ、そして定番の恋愛話を経てダイエットの話へと戻っていく。

用件は乱雑なトピックに紛れて行方不明になり、
二度と発見されることなく「また明日」で終わってしまう。

あるいは最初から用件なんてものは、彼女たちの中に存在していないのかもしれない。

 

――風見雄二(グリザイアの果実)

  

認知Nは考えてから喋る。その喋りがどこに向かうかを把握して話すものの、順序的に伝えることはジレッタイので過程を省いて結論を言う。あるいは恐ろしいほどの緻密さで終点に向かおうとするのでこれまた理解しづらいケースが多い。

 

 わたしたちは現在、「存在している」(ザイエント)という言葉で、そもそも何を言おうとしているのかという問いに、何らかの答えをもっているだろうか。いかなる答えも、もっていない。だからこそ存在の意味への問いを、新たに設定する必要がある。

 それではわたしたちは現在、「存在」(ザイエント)という言葉を理解できないことに、せめて<困惑して>でもいるだろうか。いや、まったく困惑すらしていない。だからこそ何よりも、この問いの意味についての了解を、ふたたび目覚めさせる必要があるのである。


――存在と時間ハイデガー / 中山元/光文社古典新訳文庫

 

といったふうに考えてみる。

 

 

4-10 二項対立を超えて

 

合理的な心には、2つの矛盾した主張が同時に存在することはできません。

そのうちの1つを虚偽にする必要があります。

しかし、ユングによれば、無意識は、それが生まれつき創造性を持っているので、逆説を和解させ、パラドックスを超越することに熟達しています。

(中略)

これは飲み込むのが難しいことがあります。

しかし、Niのツールを使って扱うと、パラドックスがより理解しやすくなるかもしれません。

――http://mbti.jp/ni-pj/


 どうやらNiはパラドックスを理解し、超越することが出来るとのこと。

私にもこれは心当たりあって、おそらく、「意見」を組み立てた瞬間に「その逆」が分かってしまうことを言っているのかなと思う。

そこを突かれたらもうどうしようもないなあ……と思い結局何も言わなかったり、言ったとしても相手はその部分に手を付けず納得してしまう事もある。「なぜこの部分を突かないのだろ?」と思うことが度々あるものの、言及してくれない方が自分の意見を押し通せるので都合はよい。

 また論戦になったとき、相手と自分、双方の意見の脆弱な部分、ここをこのように突いたら(突かれたら)その意見は瓦解する――そんなマップがふわっと分かるので「悟られる前に盲点を刺」していくと、上手くいくことが多いので不思議だなと思ったことさえある。

これがNiの影響ならば、どのようなメカニズムで成り立っているのだろう? 状況から最適な意見を導く(Ni)ものの、それと同価値の意見があった場合、それも一緒に表示するということか。

Niって基本的には「一つ」に収斂される機能だけど、現実そんな単純ではないゆえに正と負それぞれの意見が出力されるのだろうと思う。というかそれってまんま陰陽思想で太極図で脱構築批評だよね?ジャック・デリダだよね? じゃあ彼はIN☓Jってことか。

 (関連)

 フロレアール考察―我々は二項対立を超越せねばならない―

 

じゃあブッダもNiが主導にくるIN☓Jで、彼は道観的なのでINFJってこと? 納得。どおりで洞察がすごすぎるわけね。あそこまでいくとなんかもう人としてのランクが違いすぎるし、普通の人はあそこまでやらんよ。

あと「予言」を託されたり、「夢」をみて行動しはじめるイエス・キリストとか一連の宗教家はINFJっていう?……。彼らの行動の「確信」の度合いおかしすぎるなあ、なんで夢でそこまで行動できるのかなあと思ってたんだけどそゆこと。

  ◆

逆にいえば、「一貫性を求める」人間はパラドックスを理解できていないと言える。だから矛盾を咎めるし、矛盾はいけないことだと思うようになる。

しかしじつは自分自身が矛盾のカタマリであることに気づいていないので、そのチグハグさを笑われていることに気づけない。NIを持っている人からすればそのあり方は滑稽に映るのではないか? 

(関連)

eroge-pc.hatenablog.jp

 

4-11 他者読解を普遍化させてしまう弊害

 

INFJの「他者読解」が他タイプと大きく異なるものであれば、そこには大きな齟齬が生まれるかもしれない。

というのも、彼らは他人のちょっとした仕草、微表情、声の調子、目線……といったものをNiで統合し相手がいだいている感情を導き出す。それも可能性ではなく、蓋然性のある感情だ。

そしてその力を「他の人も持っている」と考えるようになれば――自分が出来るのだから誰でもできる――自分自身のささいな言動もまた他者に読み取られると思うようになるし、ちょっとした言動で自身の感情をあらわそうとするかもしれない。

けれど他タイプからすればそんなのは「全く読み取れない」わけだ。

そんな全く読み取れないサインを読み取ってくれない相手に不満を感じたり、憤ったりするし、例え読み取ってくれたとしても彼らにとって最早それは「当然」のことなのである。

INFJの他者読解のコストが1だとしたら、ESTJやINTPにおける他者読解は10となりその精度はガタ落ちするだろう。そんなタイプに何も言わず、表明せず、ただ感情を表しても伝わることは決してない。これは他者読解にかぎらず「予測」においても同じことだと思われる。

つまり自分と同じ水準の力を一般化させてしまうことは、INFJにとってあまりよろしくないのではないか。自分にも相手にも。これはどのタイプにも言えることだけど。 

 

 

(5)第三者からINFJってどう見えるの?

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INFJにも①Niが強いタイプ、②Feが強いタイプがいるし、全機能の発達度合いによってもその印象は変わる。そもそも人をタイプに押し込めていいのか?という問題もある。

(抵抗あるんだよね実は……)

その前提を踏まえつつ、この記事だけは無視する。

さて。簡単に理解できるのが物語であり、ここからいろいろ具体例を出しつつINFJがどのように見えるか探っていきたい。

ネタバレには配慮しないので注意。

 

 

 ① 理想を追求する者

ギャングスタ・リパブリカ

ADV『ギャングスタ・リパブリカ』に登場するヒロイン・凛堂禊は救世主をめざす。理想のために邁進する様子は、戦いの意志をともなった者だとわかるはずだ。

しかしそれは他者よりも自分を優先するということであり、コミュニティの意向を無視するということでもある。これはINFJの文脈を持ちこむのなら、②Feが劣位となり⑧Fiが優位になっている状況と思われる。

 

high priority:①(⑦)→⑧→③(+⑥)→④

 

この状態では、彼女たちはこういう言動をしてしまいがち。

 

希「今、おまえはたまたま問題が解ける。
けど、原理的思考にもとづかない結果は、偶然でしかない」

禊「そうかもしれない。けど、それでいい。私は、偶然をずっと続ける」

希「そんなことが可能であるという根拠はない」

禊「ある」

希「どこに」

禊「私は偶然を続けてきた。ならば、これからも続けられるはず」

希「その根拠はない」

希「1人の直感は、たとえそれがどれだけ高水準だとしても。しょせんは有限だ」

――ギャングスタ・リパブリカ(WHITE SOFT)

  

ゆとり「その真理が正しいって、誰が決めるの?」

 

禊「誰かが決めるものではない。誰もが到達できるもの」

 

ゆとり「どうやって?」

 

禊「直感によって」

 

禊「直感に支えられた思考によって」
禊「思考が導き出す確信によって」
禊「衆生の幸福を思うならば、到達できる」

 

――ギャングスタ・リパブリカ(WHITESOFT)

 

 

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禊「私は救世主。みずから幸福になろうとは思わない」


希「……幸福どころか、その道は、他人に忌避されるぞ」


禊「あえて他人に好まれようとは思わない。
衆生を救うためなら、嫌われ者になることを拒むものでもない」

 

――ギャングスタ・リパブリカ(WHITE SOFT)

 

⑧Fiが優位だと、「他者の意向?そんなもの関係ない。論理?結果を出せば十分」という思考になってしまう。自分の直感が最適解だと分かっているので、この道を選んだ者は孤独を是とするし、孤立しなければ自身の望みは叶えられないとさえ思うだろう。

それくらいINFJにとっては②Feとは邪魔くさいものだ。他者を傷つける覚悟がなければ、自己を全面に出さなければ―――願いは叶えられない。未来とイマを結びつけるため、彼女たちは着実に結果を出していく。

しかし辛くないわけではない。一人はやはり苦しいものだ。でも理想を叶えるためならその痛みを受け入れてしまうのが、おそらく、⑧Fi優位の⑤Seが活性化したINFJなのだろう。

――だから彼女たちは闘争をいとわない。

 

叶「禊も、もうちょっと人の話聞いてやってくれないか? そんな冷たい対応だと、こおりだってめげるだろ?」

禊「ほんとうに不要なものは、拒絶する以外ない」

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――ギャングスタ・リパブリカ(WHITE SOFT)

 

こおり「あとは、話しかけられたら、即拒絶するんじゃなくて、もうちょっと考えて」

禊「考えている」

こおり「考えていない」

禊「考えている。私の内面を推し量ることなど、不可能なはず」

 
――ギャングスタ・リパブリカ(WHITE SOFT)

 

禊「叶のことがわかるなんて、とても傲慢」

禊「そもそも、長い時間いっしょにいたからといって、わかるものじゃない」

禊「私は救世主として生きてきた。叶は悪として生きてきた。だから共鳴するところがある」


禊「だけど、こおりは違う」

禊「学生の鑑として、優等生として、一般人として、ふつうの人として、常識人として生きてきた」

禊「……私たちとは、生き方が違う」

禊「生き方が違う人間にはわからないことがある。
同じ生き方をする人間にしかわかりあえないことがある」

こおり「……あんた、ほんとに傲慢ね! 他人のこと見下して、自分だけ救世主面で」

 

――ギャングスタ・リパブリカ

 

禊「おそらく傲慢とは、立場の違いの同義語。よって、こおりにとって、私は傲慢であらざるをえない。これは宿命」

 

――ギャングスタ・リパブリカ

 

こおり「宿命って? あらかじめ決まってるわけ? 歩み寄るつもりもなしね」


禊「そう? 私には、こおりこそがそう見える」

禊「こおりこそが、歩み寄るつもりがないようにみえる」

 

禊「衆生の立場から自分を大切にしろとだけ言って、
自分からはこちらに来ない。
私が見ているものを見ようとしない」

 

――ギャングスタ・リパブリカ(WHITESOFT)

 

認知がSの水柿こおりと、認知がNの凛堂禊は歩みよることが難しい。

Sはとりわけ目の前にある現実しか見えないので、「世の中の枠組みを俯瞰」する感覚が分かりにくい。認知がNの場合、ただ下りてくればいいだけなのでSの思考もある程度は理解できる。

理解できるからこそ、「自分は現実的思考を理解しようとしているのに、こおりは全体的思考を理解しようとさえしてくれない」という不満につながってしまうわけだ。

しかしこおりからすれば、いつも上から目線で皆の気持ちを考えなず自分の主張ばかり押し通す禊にイライラしてしまう。理解したいけどあまりにも「見ているもの」が違うので理解できない。

そういう隔たりが二人にはある。

 

卓越を見せると、人は自分も卓越したかのように錯覚してしまう。

そうでなくても、統治者がそこにいるという感覚を与えるだけで、人は浮き足だつ。それによって、衆生の視線を引き上げてしまう。

一介の民のものだった視線が、統治者のものになってしまう。

自分だけが世界の深層に気づいていると思ってしまう。 分不相応に自分の頭で考え、判断しようとしてしまう。

他者との差異や優越を、誤った論理で正当化してしまう。

覚悟や能力や分別のない者が、視線だけ引き上げられると、浅薄な優越感に溺れて舞い上がるだけ。

……私が卓越を見せたせいで、悲劇が起こった

 

――凛堂禊(ギャングスタ・リパブリカ)

 

とくに禊の夢は自分のためじゃない。誰かのためだ。奥遷宮の民を救うというその一点で動いているし、その動機も「自分のせいで民の視線が引き上げられ不幸になった」というもの。

正直、時守叶以外は共感さえ出来ないだろう。「視線を引き上げるって何?」「どうしてそれが君の責任になるの?」という疑問は必至だ。

前者はただの人間(古手梨花)が俯瞰視点(ループ)を得てしまい魔女を気取るようなもので、後者は他人が自分事のように感じられるINFJにとって至極当然なこと、なんて言ってもムダだろ?

しかしその気付き(=確信)を説明するには⑥Tiが未発達なため思うようにはいかない。「じゃあ分かってくれなくていいよ、私はそうだと思う(⑧Fi)から」という態度になってしまい断絶は進んでいく。

しかし「確信」というのは本来そういう類のものだ。他者には近づくことさえ難しいものだ。

凛堂禊は夢を見てしまったのだろう。誰も溺れることのない世界を、そしてその願いは正しく、実現できると理解したからこそ彼女はここまでひたむきなのだ。

だがその確信を体験できない者からすれば、頑固で、独善的で、自身を特権的に思っている態度にイライラするかもしれない。理解不能な存在にしか映らないかもしれない。

それに、その祈りは次第に膨れ上がり、膨れ上がった「祈り」は他者の「祈り」を踏み潰していくことは容易に想像できる。奥遷宮の民を救うためならば、それが他の民を弾圧することが最も効果的だと確信したならば、彼女は迷わず実行するかもしれない。

そんな危うさがある。

もちろん凛堂禊は最後の一線をこえるような人間ではない、が、その可能性が絶対にないとは言い切れない。現に他人の感情を無視し、自己優先で動いているのだから。

そうさ、あらゆる祈りは尊い。だれの、どんな祈りも、価値あるもの。だから自分の祈りと相反するならばぶっ潰すしかなくなるんだよ。

麗「珠璃、渡せ」


珠璃「………………………………。

……………………そうだね、もう、いいや」

 

――‘&’-空の向こうで咲きますように-

 

 

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遷宮の民にとって彼女ほど頼れる者はいない。内向きのコミュニティからすれば彼女はメシア、外向きのコミュニティからすれば悪魔にだってなれる。

ヒトラー ~最期の12日間~』を見れば分かるようにあれが "偶然を続けられなくなった" INFJ(Type:理想を追求する者)の末路。Feは劣位のため部下を怒鳴り散らすばかりで有効な策も案も提案できず、じりじりと死期が迫り、孤独で、孤立で、もうどうしようもない袋小路に収斂してしまった世界。今まで結果をだしてきたから周囲は言いなりだけど陰では錯乱したと言われ最後は自死

ヒトラー ~最期の12日間~ Blu-ray

ヒトラー ~最期の12日間~ Blu-ray

 

 凛堂禊にとっての幸運は、自分を理解してくれる者がいたこと。時守叶という同種の存在がいたこと。

けれどもしも叶と出会わなかったら、彼女は行くところまで行っていたかもしれない。

―― 『ギャングスタ・リパブリカ』は水柿こおりの視点を借りることで、Fi優位のINFJがどのように見えるか分かるだろうし、理想を夢見たINFJの特徴をつかむことになるだろう。

 

 

②導く者

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逆に『鉄血のオルフェンズ』のオルガは②Fe優位なINFJ。それもSeをちゃんと扱えているリーダーだ。

 

harmony:①(⑦)→②⇔⑧→③(+⑥)→

 

高等教育を受けていないにも関わらずその聡明さでタービンズに取り入り、最終的にはテイワズにまで迫る。加え仲間たちからの人望があついのは仲間の声をよく聞き、よく話し、汲んでいる姿勢を見せているからだろう。

鉄華団がいたるべき未来(Ni)にむけ、次々と指示をだし(⑤Se)、かつ結果も出す―――けれどオルガはやりたくてやっているわけじゃない。

自分の決定で仲間が死んでいくことに耐えられないし、自分の力でどこまで仲間を導いていけるのか不安を抱く。本当ならば降りてしまいたい。けれど降りられない。頼ってくれてんだから頑張るしかないし、士気に影響するから弱音なんか吐けない。一見外向的に見える彼だが、その悩みを誰とも共有せず一人抱える姿はまさに孤独なINFJ。

そして一番の理解者であるミカは、ISTPなので共感さえしてくれない。つらすぎ。

 

オルガ「(前略)だとしたら、アイツは俺に殺されたってことだよな」

三日月「オルガ、次俺はどうすればいい」

オルガ「……勘弁してくれよ、ミカ」

  「俺は」「ダメだよオルガ」

三日月「俺はまだ止まれない」

オルガ「まってろよ」

三日月「教えてくれよオルガ」

オルガ「待てっていってるだろうがッ!」

三日月「ここが俺たちの場所なの?」

三日月「そこに着くまで俺は止まらない、止まれない。決めたんだ、あの日に、決まったんだ」

三日月「ねえ何人殺せばいい? あと何人殺せばそこへ着ける? 教えてくれオルガ、オルガ・イツカ。連れて行ってくれるんだろ 俺は 次 どうすればいいんだ」

 

オルガ「放しやがれっ!」

 

オルガ「ああ、分かったよ連れて行ってやるよ!!」

オルガ「どうせ後戻りは出来ねえんだ、連れてきゃあいいんだろ!?」

オルガ「途中にどんな地獄が待っていようと、お前を、お前らを俺が連れて行ってやるよ!!」

三日月「ああそうだよ 連れていってくれ」

 

――鉄血のオルフェンズ22話

eroge-pc.hatenablog.jp

 

 

③調停者

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ひぐらしのなく頃に竜宮レナのように、みんなを楽しい気持ちにさせようと場を盛り上げ、時には『かぁいいモード』でおどけつつも誰かが暗い顔をしてればこっそり「大丈夫?圭一くん」と声かけをする。そんな、常に他者に気を配るのが『調停者』である。

それはあまりにもナチュラルなので"気を利かせている"といった印象を覚えさせないかもしれない。

彼女たちは明るいし、人付き合いを躊躇わないので、一見外向的に見えるかもものの、じつは一人の時間はなくてはならないもので、宝探しや料理といった趣味をとても大事にしている。

時に強情になり、だれも手を付けられない頑固な一面を見せる。これは「本当に譲れないもの」を持っているからであり、その為ならば人との調和を無視する姿は、第三者からみればその行動基準が分からなくて困惑してしまうかもしれない。

 「お前、あの竜宮レナなのか?……」と圭一が疑問を抱いたように。

おそらくこのタイプが、現実に存在するINFJに最も近いと思われる。孤高を穿けば凛堂禊、組織だてばオルガ、一般人ならば竜宮レナと捉えると分かりやすい。

 

basic:①(⑦)→②→③(+⑥)→④


基本的には友好的だけれど、ひとたび「障害」と認識されれば容赦ないのも『調停者』INFJの一面であろう。

彼女たちが調停するのはあくまでも"身内"や"内界"なので、そこを乱すものには冷たいと推測できる。レナの大石さんを見るあの目を思い出してくれればよい。

 

 

つづく

 

※追記。続きました。

 

【MBTI考察②】8機能のセオリーを理解したい【INFJ.ソシオニクス】

 

 

 

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eroge-pc.hatenablog.jp

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*1:たとえば六角支柱=カザミドリ=熊本隼雄であることとか、fee=にいがきって分かっていることはすごいことなんだろうか? feeは自分の創作物をだれかから評価されるのが怖くて怖くてたまらないので本アカウントでは見せず(←けれど自分は小説を書いていると匂わしながら)別アカウントにいがきを作ってほそぼそと活動する現状とか、私に拒絶されながらもこそこそと近づいてきたことや今「どうしてわかってるのに普通の応対をしたのか?」と疑問が渦巻き心臓がバクバクしているかもしれないがあなたの無様で見苦しい姿を開陳させるためであり、数年前に水月ファンさんと私の話し合いに突如介入してきた(自分の意見をたれ流したかっただけの)通りすがりマルセイだってことも分かってるし、マルセイが増田に入り浸っているのも知っているしここで登場する筋の悪い増田が実はマルセイだってことも分かりつつあえて一緒くたにすることで遠回しに彼ら二人の頭の出来をあげつらっているとかなんとかそういうのは気のせいだと思うんだ。