「歌詞非認識」という音楽との接し方(3925文字)

Key Sounds Label Love Song


「歌詞非認識」っていうのは、歌詞の意味を認識解出来ないこと。

別に耳が悪くて言葉自体が聞き取れないとかじゃなくて、音楽を聞いてるとき歌の"意味"がうまく知覚できないことを言っています。

外国語だとわかりやすいですかね? 例えば「Alea jacta est」っていう言葉を見てこの意味が分かるでしょうか。読み方は「アーレア・ヤクタ・エスト」です。これは古典ラテン語で賽は投げられたという意味を持つ言葉なんだそうですが、知らないとどういう"意味"か分かりませんよね。

これは知らない外国の歌を聴くのと同じで、英語を勉強していなければ英語の歌の意味は分からないですし、ロシア語を学んでない場合はロシア語で歌われてもさっぱりです。


しかし自分が慣れ親しんだ母国語でも同じことが起こるのが「歌詞非認識」という現象です。歌手が日本語で歌っても、言葉の"意味"がうまく理解できない。

ちなみに私がそれです。歌を聞いてても全く歌詞が覚えられないし、全く歌詞の意味が汲み取れない。歌という言葉はただの"曲"にすぎず、"メロディ"にすぎず、"音"にすぎません。

ゆえに歌詞なんてものがそもそも存在していない状態で、音楽を聞いている状態って言えば分かりやすいでしょうか。

「5(ファイブ)」SoundAlbum 「yukar(ユーカラ)」

「5(ファイブ)」SoundAlbum 「yukar(ユーカラ)」

 

 正直これ不思議なんですよね。


何故なら私は「言葉」を大事に扱いたいと思っている人なので、「言葉」に関係するものならば(それも自分が気に入っている曲ならば尚の事)歌詞の意味を突き詰めようも思ってもおかしくない。

なのに! 

歌に限っては全く持って気にかけていないし、言葉を蒐集する率もエ口ゲやアニメや小説に比べれば圧倒的に低い!もう全然集めていない!!なにこれ驚天動地だよ!!!

いくら歌詞が汲み取れないからといっても、歌に感動できないわけじゃあありません。

でもその感動は「歌詞の素晴らしさ」「言葉の素晴らしさ」じゃなくて、歌っている人の「感情の熱」と「メロディ」2つの素晴らしさ故にグッときてるんでしょう。

言葉の意味によって感動しているのではなく、"音"そのものにうるっとくるわけです。
 

……でこの「歌詞非認識」の原因ってなんだろうなと思うと、たぶん音楽的能力が低いからじゃないの? っていう結論になりました。(あくまで自分だけという限定付きですが)

一例をあげると、このフリゲーを最近やってみたんですよ


フリーゲーム「Rhythm Panic Generation! 3rd × burst」で人生初の音ゲーブームが来た - とある青二才の斜方前進

 

やってみたら序盤でつまずくつまずく……汗 
いやー3曲目から全然進まないのこれ…泣
泣いていいと思う。うん。

キーボードとかパッドの操作性の問題とか、音ゲーに不慣れだとかそういうのもあると思うんですが、一番の原因は明らかにリズム系の能力が低いってこと。

そこで(?)この音の能力について調べてみると、「聴覚優位」「視覚優位」っていう言葉があるみたいなんですよね。

世の中には大別すると「聴覚優位」と「視覚優位」の人間がいて、概ねそれは8:2の割合である(ただし、たまに「触覚優位」のようなさらに珍しい感覚の持ち主もいる)。

わたしや友人は「聴覚優位」で、世界を「言葉」で認識し、「言葉」で思考しイメージする。一方「視覚優位」の人は文字通り、ビジュアルが一番にくる。映像で記憶し思考する。だから彼らは、人の顔や、洋服の色柄や、そういった映像的なことについてはとてもよく覚えている反面、イメージを適切に言語化することが苦手な場合が多い。

――2012-11-22 - メトロガール

 

【視覚優位の特徴】

・空間認知が得意、何かを図で認知するのが得意

・人の顔を覚えるのが得意

・ざっと見ただけで、全体の関係性を理解できる

・フレーズや歌詞を覚えるのが苦手

・ごちゃごちゃしている部屋が苦手

・頭のなかで、言語ではなく映像を使って思考する(映像思考)

・識字障害(ディスレクシア)がある、記憶に問題がある 

 

【聴覚優位の特徴】

・人の顔を認知できない(相貌失認)、記憶するのが苦手

・人の顔を認知できないため、コミュニケーションが苦手

・時間を追って、段階的に理解するのが得意(経次処理)

・全体よりも細かいことに関心を示す

・フレーズや歌詞を覚えるのが得意

・リスニングが得意

・BGMを思わず聴いてしまい、集中できない

――あなたは聴覚優位?視覚優位?特徴をまとめてみた


この2つの記事を見てあー……って感じに納得でした。おそらく私は視覚優位なんでしょう。たぶん。

私自身「言葉」を思い出すときって、音・声じゃないんですよね。どちらかというと「文字記号」で言葉を思い出したり、イメージで想起することがかなり多い。さらに言えば人の顔を覚えるのに困ったことは無いですし……これは視覚優位の特徴そのまんまだなと。

だからCDの感想を書いて? 表現してみようよ? と言われても「音領域」のことを語れませんし、なんだか「映像領域」の話になってしまうんですね。だからCDレビューとかうまく出来なくてしょげちゃうという……。

あと文章が読みにくく「言葉の意味が圧縮」されるきらいが自分にはあると思っているんですけど、それも「映像」がまず最初にあってそれを文字に変換しようとするからそうなっているのかな?とか。

んーと……もう1つ。

わたしゃあやたら「人の話した内容」を覚えているんですが(とはいってもそれが世間的に普通じゃん?っていう精度と量なのもかもしれませんが)、これも聴覚優位と視覚優位の話に関係あるのかな?

でもそれならば視覚ではなく、これは聴覚優位の人の特徴だよなー……。よく分からんです。

視覚優位/聴覚優位はキッチリ2分できるものじゃなくて、「パーセンテージバー」みたいな無段階式のものなのかも?

 *

CDの感想を書くよ! と言ってから一ヶ月半。一個も記事を書いていないこの現状(汗)

一応挑戦はしてみたんですよ。 『はつゆきさくら』の『メリーゴーランドをぶっ壊せ』という歌はどういう意味をもったものなのかと。

でも書いてみるとハッキリするんですよ。あの感想は絶対「音」の感想じゃあない笑。ただただ「世界」の話になっちゃうという。

はつゆきさくら コンプリートサウンドトラック

はつゆきさくら コンプリートサウンドトラック

 

 でもそれでもいいと思うんですけどね。私が歌に感じているのは、音というより、音をトリガーとした『多彩な世界』の直視ですから。

いやっつーかですね、「音楽」って表現することが言葉の限界を軽く超えているっていうか、そもそも無理ゲーじゃないの?って思ってはいるんです。

音楽で感じたものって、言葉に格納できなくて(溢れてしまったり、格納したら意味が変質してしまったり)うにゃー!って悶絶ですよ。ほんとまったく!


もう音楽に愛されたい!

 TARI TARI_音楽はきっと私たちと共にある(5737文字)

あとは未熟でもいいから書いて投稿しようねって思ってます。あれだねー、これ誰かとCDの感想比較できれば、モチベーション高くなってやる気起きそうな気がします。

読書会ならぬCD会みたいな。

『circle of fifth』を所有しているので、これの感想書いてある方の感想と比較して楽しもうかなと思ってたんですけど――――その型のブログの記事がなくなっていることに気づいて!!Σ(゚Д゚)なにー!!みたいな感じでしたorz(ちょっと悲しくなってしまったり)

どどどうしましょう。そうですね……とりあえずもう自分で書けって感じですねはい(`・ω・´)

ではでは、
またね。



<参考>