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【MBTI考察②】8機能のセオリーを理解したい【INFJ.ソシオニクス】

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前回4万文字ほど書きましたが、まだまだ続きます。

MBTIとソシオニクスの理論はところどころ違いますが、使える部分は使えばいいというスタンスで複合していきますね。

(関連)

【INFJ考察】タイプ論と物語論を接続する実験の下準備【MBTI.ソシオニクス】

 

段落SKIP

 

 

 (1)8機能の世界観

 

を知りたいので、自分なりに再構築する。

 

Se(外向的感覚)

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外界のクオリアに適応する力。

Se主導は、物事が現れては消え、現れては消える一瞬の世界で生きているので常にその経験を「掴も」うとする。彼らにとってここは流動的な場所、だからこそ行動主義だし"反射"で生きるのを是とする。

それゆえ先を見通すことは難しく、刹那的だ。

この機能が弱いと、五感を楽しませることに疎く、意志を見せることを避け、何事も実践が遅くなってしまう。

 

「ガキが出来たなら、父親になれ! 戦を始めたなら、終わらせろ! 河に入ったなら、渡り切れ!」

「たったそれだけの単純で当たり前のことだよ!」

「なのに、果たせそうにないから逃げるのか? アンタがやろうとしたことは、出来ることだけなのかい!?」

「いや、出来そうだと信じたことだけなのかい!?」

「なら、そんな覚悟はいらないよ! 結構だ! 尻尾を巻いて戦場から消えろ!」

「覚悟とは、恐怖に立ち向かうことじゃないのかい? 出来るかどうかわからないことに挑むことじゃないのかい?」

「あやふやな未来を、どんなことをしてでも掴み取ることじゃないのかい?」

(中略)

「真っ暗になったから立ち止まるなんて、とんだ腰抜けだね!」

 

――アイラ/果つることなき未来ヨリ(アイラ√)

 

 

SI(内向的感覚)

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内界のクオリアを管理する力。

Si主導は、膨大で、緻密な、経験記憶のバンクを使い「事実」と「実証済み」の手法を採用する。過去に生きる人であり、過去がこれからもずっと続くという世界観を持つ。安定した日々こそ至高。

そのゆえ新奇的な方法を採用することは難しく、非効率でも伝統や慣習にしがみつきがち。

この機能が弱いと、自身の体内感覚に疎いため健康管理はずさん、過去を軽視し、こつこつ真面目に取り組むことが難しい。

 

(前略)気持ちよい風が吹き、食べ物があって、休める家があれば、そこで死ぬまで暮らそう。それでいいじゃないか。本質はそれだけの事でしかない。

――釣り竿説明/SCE_2

 

 

Ne(外向的直感)

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物事のポテンシャル、共通項を知覚する力。

Ne主導は、常に物事の枝葉が伸びては、リンクし、ひらめき続けるブレインストーミング的な世界観。その枝葉はすべて「平等」であるため、すべて「探索」する意志を掻き立てられる。彼らにとってここは可能性に満ちたワクワクドキドキが止まらない場所。

それゆえ多動的だし、飽きっぽい。

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――ススメ→トゥモロウ(ラブライブ)

  

この機能が弱いと、複数の提案を検討することはできず、ありきたりな意見に終始してしまう。発想が弱い。また類推・比喩表現を感覚的に理解しにくく、ネーミングセンスにも自信がないかもしれない。

 

 

Ni(内向的直感)

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あらゆるものを統合・収斂させる力。

Ni主導は、本質を抜き取り、因果関係を見極め、予測を是とした世界観。未来に生きる人であり、未来から逆算して行動する。(詳しくはこちらで)

それゆえ現実感がなくなりがちで、つねづね腰が重い。

 

思考に気をつけなさい  それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい  それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい  それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい  それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい  それはいつか運命になるから

――マザーテレサ

 

この機能が弱いと、因・縁・果における「」を本質的に理解できないため物事の見通しが甘く、失敗を多発させる要因となる。

 

 

Te(外向的思考)

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社会的合理性に従う力。

Te主導は外界で確立されたルールを是とし、用い、実現を目指す成果主義的世界観。人、時間、関係性あらゆるものをリソースと捉え、最大限効果を発揮させるために組織立とうとしては、「社会」で成功するための戦略を練っている。彼らが見ているのは具体的で、測定可能な世界。

それゆえ自身の価値観はすべて「社会」に委託されるので、どんなに成功を収めても心は満たされず伽藍堂になりがちだ。 

 

我斉「 報復が悪とは限らない。
報復は行為だ、復讐は感情だ」

許すばかりでは、つけ込まれる。
過剰であれば孤立する。

暁人「報復は善だって言うわけ?」

我斉「正しさに善悪を問うな。それはただ有るだけだ」

我斉「力と、論理と、それを行使する意思。
それがなければ生き残れない。
それは思想でも信念でもない――ただの事実だ」

 

――コミュ - 黒い竜と優しい王国 - (暁WORKS)

 

この機能が弱いと、成果にたいして無頓着なため社会的地位の見込みが難しくなるし、なにごとも非効率な選択をしてしまう。

 

 

Ti(内向的思考)

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主観的合理性をたぐる力。

Ti主導はあらゆるものに疑問を投げかけ、矛盾を検証する、ロジカルフィルタリング世界観。外的ソースに頼らず「論理」でもって物事を詳らかにする真実の探求者である。

それゆえ実証済みの方法を軽視し、なにより現実たったひとつの真理なんてものはないので、その思索はメビウスの輪と化す。

 

大切なのは、疑問を持ち続けることだ。
神聖な好奇心を失ってはならない。

 

――アルベルト・アインシュタイン

 

この機能が弱いと、物事を一貫性のあるシステム化、体系化することは難しく、また自分の考えを表明するさい著しく説得力が欠けてしまう。

 

 

Fe(外向的感情)

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みんなと仲良くする力。

Fe主導は、社会様式、倫理という名のプロトコルをぶちこみ、周囲を規定化させ、あるいはそれに則って振る舞うことを是とする。感情レベルで他者と繋がり、参加しているすべての人間を水平方向にならしながら、双方向性の送受信をめざすharmony世界観。

それゆえに必要な争いすらなかったことにしようとするし、個人の感情を無視しがちだ。

 

エリオ「こんなこと何の意味があったの」

丹羽「理由とか動機とか必要か?」

エリオ「とぅ……ぜん」

丹羽「みんななかよく!」

エリオ「ぇ」

丹羽「人間の理想だよ。とりあえずこれ目指すといろいろ迷わず済む」

エリオ「うそくさー……」


――『電波女と青春男』アニメ第3話

 

この機能が弱いと、人々に馴染むことは難しく、自己中心的な態度をとってしまい(例え本心そうではなくともそう見られ)がち。

 

 

Fi(内向的感情)

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主観的真正性をみちびく力。

Fi主導は、自己感情を精査し「とても個人的な信」をうみだすスタンドアローンな世界観。なにが信じるに値するもので、どれが最も美しいかを熟知し、同調圧力(=全体)によって飲み込まれるのを防がんとする。真善美の追求者。

それゆえ、一般的モラルへの関心は(本質的には)ないので、ひどいと独善的になりがち。

 

『大切な事は全て私達の想いの中にある
 私達を立ち上がらせるものは
 そこからやってくるのであって
 満たすすべのない場所や
 時によってあるものではない
 故に想う事を忘れずに

 そこにこそ、あるべきすがたがある』

 

――ブレーズ・パスカル

 

この機能が弱いと、「美しさ」「感情」そういったものの理解度は低く、また自分の価値観をよそに任せてしまうため人生の満足度は下がってしまう。

   ◆

そんなふうに捉えてみた。

ようやく8機能の世界観を自己内でエミュレートできるようになったのでひじょうに満足。言葉で理解し、感情で編み上げ、視点を構築することはいいね。

この前はFeを「他者感情の読み取り」程度にしか使っていなかったけど、これは調和機能なので他者感情の読み取りとはまた違うのだなと想った次第。そういった側面もあるとは思うけどあくまで機能の一部でしかない。

Se、Si、Ne、Ni、Te、Ti、Fe、Fi。

あとはここに各タイプの第二機能をもってくれば、タイプ毎それぞれの世界認識、行動、反応の理解度をあげられると思われる。

ちなみに引用文の人物が「その機能持ちか」は斟酌していないので注意。

 

 

SI考察+etc

 

あまり魅力的に語れなかったので補足。

Siの魅力は過去がずっと続く世界観、つまり「この世界に対する絶大な信頼感」とも言える。

昔があるから今がある。昔が今へと続くから自分がいる。だからこそ実存の問題に悩まされたりしないし、責任感はひといちばいで、地味な反復作業でもこつこつとこなせてしまう。

問題が起これば嵐が過ぎ去るまでじっと耐え忍ぶ、耐えて耐えて耐えつづけるのが彼らの美学。それはいつか必ず快適な日々がもどってくると信じられるから。なぜって? なぜなら「過去にそれを経験したから」である。

――根性、という言葉がこれほど似合う力もないだろう。真人のような感じ。日常の守護者。そう捉えるとSiって私たちの周りに無くてはならないものだって理解できるはず。

逆にいえばトラウマ・大きな失敗にとても弱い世界観なのかもしれない。過去に"それ"が起きたのなら、今から続くこの先も"それ"は起こると信じられるから。

またSiと対になるNeは薄氷をスキップする感じだと思うんだよね。彼らは現時点から様々な、数多の、可能性を見ることができるので足元はもろく、曖昧で、不確かのように感じるのではないか。

だからこそNe主導は盲点であるSiへと接続することを、重要だとされるのだろうけど。

 

「ですから、すべては現在という瞬間から始まっていますの。未来が自分より前のもので、過去が自分より後ろ、ではありません……現在以外の事象はすべて、未だ来ぬ時、という意味では、すべてが未来と捉えるべきでしょうね」

 

――那波(水月)

 

ちなみにこれが(極限的な)Se世界観。Se主導の人って過去のこと全然気にしないよね? それってこういう感覚から成り立っているからだと思うんだ。もちろんそれは過去を軽視しているという意味ではない。

そしてTeは本質的に社会が定めたルールを内面に取り込むことなので、社会が「太っている方がステータス」であれば太ろうと努力するだろうし、「ミニ四駆を分解できる早さ」によってトップに立てるならばミニ四駆の分解技術を学ぶだろう。ピンクユニコーンを信じろ!幸せになれるぜ!とされるならばピンクユニコーンを信じるのが彼ら。Teが知識蒐集の面があるのは「現社会は知識があったほうが成功しやすい」というルールに基づいてのことでしかない。

恋人をアクセサリーのように付け替えるのもそういうこと。いかに自分と釣り合うか、いかに自分の価値を(社会的に)上げてくれるかという基準で選んでいる。恋人はステータス。

だから価値観を「委託」してるという解釈を私はしてるんだよね。Teに。社会が多化すればするほどTeはそのことに気づきやすくなるので、後50年もすればもっと生きやすくなるはず。

いや逆か?……。

 

 

第二機能はおもったよりも強くない?


周囲のISFPの方を眺めると運動が「好き」でも、決して「得意ではない」ように見える。

苦手というわけでもないけど、数ヶ月教えられてもフォームを何度もミスしたり、走る、投げるといった基本動作はぎこちなく、身体を上手く使いこなせている印象は正直ない。もちろんこれは狭い観測範囲内の出来事だし全てのISFPの方がそうであるというわけではないだろう。

ただ思ったのは「案外第二機能って強くないんじゃね?」ってことだ。

私の第②機能Feも①にくるESFJと比べると、そこまで調和したい!する!って感じではないし、空気が悪くなったら必要な争いだったら争わせて、そうではないなら動向を伺いつつという感じ。オンオフがある。

必要ならば周囲と仲良くなるし、その努力はできるけど、不必要だと思ったら本当にやる気がない人なのでそういうのを踏まえると「②ってそこまでの力なさそうだ」と思えてしまう。

もちろん私の機能度合いも関係しているので一概には言えないかもしれない。ただENTJのNiがそこまで強そうに見えないのもこの考えを後押ししてる。

MBTIでは第二機能は「auxiliary Function」と銘打たれていることから、やはり補助程度のものなのだろう。

  • ①>② 

ではなく 

  • ①>>>②

くらいの差があるのではないか。①機能は強いし使い勝手いいし使いこなせるけど、②はそれを補佐する程度のもの。いいや違うな。

①の文脈によって②の効果が変わるのならば、①というのは全機能に対して "こちらが" 補助として働いていると考えるほうが納得できる。

INFJの⑤Seを①Niがカバーするから運動機能にさして支障はないように、どのタイプも①の恩恵をそれぞれのFunctionは受けているのかもしれない。

逆にいえば①以外は、①を主導に持つ他タイプとくらべると雲泥の差があると言える。鍛えれば伸ばせるけどその成長速度は遅いし、あるいは天井がちゃんと決まっているのかもしれない。

①と⑤の機能はその差、そのポテンシャルの上限ははっきりとしている。そしてそれは①と②の関係でも――⑤よりは強いとしても――同じことが言えるのではないか? ということだ。

 

xNxJタイプの場合、Niは知覚の深さと洞察を与えます。

しかし、Niは本質的に無意識であり、ESFPにとっては未開発であるため、その働きから同じアクセスまたは恩恵を得ることはできません。

それにもかかわらず、彼女らのinferior function Niは依然として非常に魅力的で蠱惑的です。

このため、ESFPは深い洞察力があり、賢者やカウンセラーとして機能する資格があると信じ込んでしまいます。

――http://mbti.jp/esfp-pj/

 

実際、Seタイプのように、アイデアの創出者やアドバイス提供者として機能するように配線されていません。(機能を持っていません)

ESFPがNiの賢人であると自慢するとき、彼女らは自分の自我によって知らずに欺かれています。

――ESFP型の性格 byPJ – MBTI×パーソナリティー

 
辛辣やね……。まさに中辻のおっちゃんや……。(誰)

ESFPにおけるNiは妄想でしかないと指摘されているけど、でもそれはESFPにおける①Seについても、INJに対して同じことが言えるはず。

①主導機能以外のFunctionは、①を主導に持つタイプと比べ10歩譲る」くらいに見積もっておきたいところ。そして②でも①には全然追いつけないのではないかという考えを置いておきたい。

 

 

 各タイプの他者読解は主導機能からなる考察

 

①機能は、他者読解時使用されるものと仮定する。

例えばFiは一見自分のことしか考えていないように思われるが、しかしそれは違う。ISFP,INFPをみれば分かるように、彼らは周囲とよく馴染んでいるし、調和を保とうとする努力が見えるはずだ。

それはFi(=自己感情精査)でえた知見を、他者に置き換えた結果、生まれたものと推測する。またどのタイプも①機能を用いて他者読解をおこない、そこに②を使っていくと考える。

つまり「ST」は基本的に他者感情は読めないし、「NT」は直感を使いこなせれば疑似代用可能だと思われる。

以下は「個人の読解精度」を考えており、読み取った結果「どのように振る舞うか」は考慮してない。感情を読み取れても他人の気持ちを無視するタイプもいるので、それとは区別している。

各機能は①にくるとその力強さ全く変わるので、私自身捉えきれていないものは多いし、というか独断と偏見なので指摘お待ちしてます。

同情と共感に優劣はつけてないことを一応。

 

SFタイプ

ISFP:(①Fi+②Se)相手の声・表情を見て、妥当な感情を当てはめ同情する

ISFJ:(①Si+②Fe)経験記憶を用いて、適した感情をあてはめ共感する。

ESFP:(①Se+②Fi)相手の表情を見て感情を識別し、同情する。

ESFJ:(①Fe+②Si)雰囲気で相手の感情を読み取る。

 

NFタイプ

INFP:(①Fi+②Ne)さまざまな感情を検討し、妥当なものを順次当てはめ同情する。

INFJ:(①Ni+②Fe)他者感情を洞察で得て、共感する。

ENFP:(①Ne+②Fi) 感情をパターン化で読み、適したものを当てはめ同情する。

ENFJ:(①Fe+②Ni)相手と同化する。

 

STタイプ

ISTP:(①Ti+②Se)論理的な見解に至る。(感情読めない)

ISTJ:(①Si+②Te)過去にあった自己感情を相手に当てはめる。妥当かどうかの判断はない。

ESTP:(①Se+②Ti)相手の振る舞いを見て、感情を識別。

ESTJ:(①Te+②Si)→社会的なアドバイスをする。

 

NTタイプ

INTP:(①Ti+②Ne)論理的な見解に至る。(感情読めない)

INTJ:(①NI+②Te)洞察で他者感情を得る。

ENTP:(①Ne+②Ti)感情をパターン化で読む。

ENTJ:(①Te+②Ni)→洞察によってほんのりと理解できる。(ほんのりと)

 

■感想

Neを扱えるENPは、パターン化で感情を読めるものの、それに迎合しないと思われる。つまりENTPだと相手の感情を読めるけど心ない言葉を投げつけ、ENFPだと自分本位に動くのではないかと思うがいかがか。

TJは感情を読むとかどうとかどうでもいい感じ。そんなことより有益な意見をぶちかましたいのではないか。基本的にTタイプは他者感情、精神について興味なさそう。

INTJは①NIを持っているので、他者読解に関しては高い精度を持っているものの、INFJとの違いはそれを「どう表現するか」だろう。共感(Fe)するか、それとも建設的な意見(Te)を言うかどうか。

 相談を求めるならばIF、ENFJの5タイプに相談すると親身になってお話を聞いてくれるので安からな気持ちになれるはず。逆に現実的なアドバイスが欲しければTJ、アイディアが欲しければTP、の8タイプに相談するとよさそう。EFPは一緒に遊ぶお友達としてこれ以上ないと思います。

 

 

INFJと夢

このタイプは夢を見ることがデフォ――と書かれるイメージがあるんだけど、私の場合だと見ない。一年に10回見れればいいね?というくらいに365日ほぼ夢は見ない。

INFJの夢は独創的だったり、予知夢、正夢の形をとるらしいが、同時に「悪夢」にも悩まされると聞くので幼い頃からこれに付きあわされ夢と現実の境界線がなくなり、精神疲労のコンボがくるとしたら本当ハードモードって感じだ……。

現社会では「夢と現実は違う」という社会的規範をもってきてるが、もしもこの常識がなかったら人間って夢と現実は区別しない。だって夢もまた現実で起きたものだから。

ピダハンやら狩猟採集民族の本を読めばわかるように、こういう人達って大抵夢を現実の一部と考えて行動している。でも現代的な価値観だと相容れないので――ってそんな話をしたいんじゃなかった。

なんで私は夢を見ないのかなあ? Niが自動的に見せないようにしているとか? 実際は単なる生理学的な問題なんだと思うけど。夢を見ないケースもあるよということでひとつ。

 

 

 INFJとサブタイプ

 

 ソシオニクスでは「サブタイプ」という概念があり、第一機能が強いタイプ、第二機能が強いタイプという考え方によって同タイプでも印象が違うことを乗り越えようとしている。

本当はこれもっと複雑化しているものの、今回は①②どちらが強いか程度で考える。

IEI subtypes - Wikisocion

上のサイトではサブタイプ毎の外観をあらわしているので、自分はどちらがその評価に近いか? を考えれば簡単に判別できると思う。

ちなみにINFJはというと

  • Ni「落ち着いていて、巧妙で、寂しさがあり、孤独な印象を人に与え
  • Fe「柔らかく、魅力的で、ユーモアがあり感情的な印象を与える

とのこと。

あくまでもそう見えるよ?ってことですね。前者は静謐であり、後者は活発。

サブタイプが違うだけでここまで印象が様変わりするのも、それだけ①、②の機能の強さが出ているのだと思う。そして私はサブタイプNi。うーん孤独な印象は確かに与えちゃうかもね。

Fe-INFJは、内向的なENFJという感じ。こちらのほうが社交的な場ではガンガン攻めていけそうなんで生きやすそうな気が。

あとFe強いということは自分の感情(Fi)を出しながら共感できると思うのでサブタイプNiよりは感情を隠さないのかな?と思うんだけどどうだろ。

 

サブタイプNi考

上記サイトでは、Niタイプは過去にあった出来事・経験を詳細に思い出せるとされるんだけど、これってNiでSiを底上げしているんだと思う。

SIって「コーヒーにマーマレードジャム入れるのハマっててさ」というだれかの何気ない一言を記憶して、必要な時に取り出せるとされる。数年経とうとも「以前◯◯さんこういう食べ方したから今でもマーマレードジャム好きかも?お土産に買っていこうかな」と旅行中に思い出せる、そんな正確な記憶構造を持てるのがSi。

INFJのSIってそこまで強くない筈なんだけど、Niが強ければSiをその領域にまで引っ張れるのだと思う。私自身他者の発言・行動を細かに記憶していて簡単に思い出せるからこそ、当初Siが低い位置にあるINFJとは思えなかったんだよね。

ただ暗記・反復・単純作業に適正があるかと言われればないので、「Niが適応できる領域」ならばそのFunctionの力を底上げできると考える。

以前、「SeをNiでカバーするからこそ運動能力に支障はないんじゃ?」という仮説を立てたが、となるとNiは全機能をカバーしてくれてるのかもしれない。

  • Fe→調和の最善行動を見出す
  • Si→詳細な経験記憶の読み出し
  • Ti→矛盾をさっと見つけ出す
  • Te→戦略の最適化
  • Se→現実の予測/運動機能の補助
  • Fi→???

 Fiはこれが美だ!という確信に至るのが早いとか? あるいは確信の強さに関わる?……ああそうか。INFJの「確信」はFiまんまじゃないか。Ni+Fiで「洞察への真正性」になっているのだな。

そしてNeは⑦にあるのでその効果は底上げされない。サブタイプNiの場合、より強くこのFunctionを「無視」するとのことで、Neを使おうとしてもNiに切り替わってしまう感じだ。可能性を感じても一つのラインに収束してしまうと言えばいいのかな。

参考:第7機能、無視された機能 - ブログ

かーなーり意識的に使おうとしない限りはこれが表にでてくることはないので、Niでの底上げ感覚は私にはよくわからない。というよりこの2つって水と油の関係なので、補助できないんじゃないかな。

Neを強制的に使っているときはNi全然表に出てこないので。それにしてもNi、ういやつだ。

さて。おそらくNe主導も同様のことが起こっているはず。

  • Fe→調和のいろんな仕方を見つける
  • Si→可能性分岐で詳細に思い出せない
  • Ti→いろいろな矛盾を見つけ、数多の論理的見解を見い出す
  • Te→さまざまな戦略が思い浮かぶ
  • Se→???
  • Fi→感情カオス!

Neを脳内エミュしてみたけど、なんというか物事の分岐が多すぎてとてもじゃないけど絞りきれない世界だねこれ……。これを毎日毎日見ているとしたらある意味すごい。というかこれが彼らを駆り立てる原動力なのか。

 

 

サブタイプFe考

Feが強いINFJ――ってすごい魅力的!

とはいえ、ここを(IEI subtypes - Wikisocion)見る限りだと、①ではなくやはり②のFunctionに則った上での強機能という感じなのだと思う。

つまり②は機能的にその行為に見返りを求めてしまうので、Feだったら人々と仲良くすることになんらかの報酬がないとやる気がでなくなってしまう。

もしもこれが①Feだったらそんなことは思わず、自然にやれて、見返りは求めない。それが主導機能でありサブタイプ創造機能との違い。

サブタイプFeは、とても多くの賞賛と励ましが必要と書かれているのはそういう事なのだろう。そしてどうもこのタイプは「③Si、⑤Se、⑧Fi」の3つがサブタイプNiより強い印象を受ける。審美的な味や服装を好み、(いい意味で)皮肉屋というのはこの3つが強くなければ出てこない要素だと思うからだ。

 そして非常に傷つきやすいとされるのは、「④Te、⑥Ti」がサブタイプNiよりも弱くなっている事の裏返しかもしれない。

逆にいえば

  • Ni-INFJは「①Ni、④Te、⑥Ti、⑦Ne
  • Fe-INFJは「②Fe、③Si、⑤Se、⑧Fi

のほうが機能は強いし、その逆側は弱くなっていると考えられる。(ん?なんかそういうお話どこかにあったな)

これらを踏まえると、こういう違いがあるかも。

例えば個人をタイプ診断するときだったら

  • NI-INFJ「あの人は(外向型である事実が抽出され)なのでE、(社会の大きな枠組みを話す事実が抽出され)N、……そういえば高圧的で他者感情を読み取れず空気も読めない人だな……ああENTJか。」
  • Fe-INFJ「あの人とはどうも距離が縮められないけど、別に嫌って感じではないしグループで遊んでいると楽しい。相手も私に好意を持っているのはわかる。でもたまに無神経な発言にはイラっとするよなあ……ああESFPか。」

Niは洞察、Feは関係性によって相手のタイプを見極めようとするかもしれない。 もちろんどちらも機能的に同じものを持っているのでその傾向がどちらが多いか、と考えるといいはず。

例えば誰それとケンカしてしまった!とすると

  • Ni-INFJ「ここは私が謝るべき場面ではない。下手にでるとつけあがらせるだけ(そういう結果がわかる)」
    • →相手「上から目線むかつく!」:
  • Fe-INFJ「とりあえず謝っていつもの関係に戻すか(この状態を続けても長期的な観点からして無意味)」
    • →相手「その謝罪に誠意を感じられない!」

こういう違いがあるかも?(笑

 

 

機能を伸ばすためには?

 

第二,第三機能を鍛えろとのこと

 

ほとんどの場合、auxiliaryの助けを借りずにdominantとinferiorを統合しようとすると、共生的なものではなく、 「どちらか」または 「綱引き」の状況が生じます。

それにもかかわらず、タイプ開発の最も重要な目標は、4つの機能をすべて健全かつ持続可能な方法で開発し、統合することです。

そして、inferior functionが過度の力と意識を日常的に与えられている限り、橋梁機能としてのauxiliary functionの恩恵は未だ実現されず、パーソナリティはより偏っている可能性が高いでしょう。

――http://mbti.jp/type-develop/

 

 このサイトでは4番目の機能inferior(ソシオニクスでは5番目)を個別に鍛えたり、力をもたせるのではなく、第一機能と第四機能の橋渡しである第2,3機能を鍛えたほうがうまくいくそうだ。

なぜ――それがうまくいくのかの説明は具体的ではないのだが、自己経験的に正しいことのように思えた。

INFJの場合第二機能Fe、第三機能Ti(ソシオニクスでは⑥)を使用することは、つまり人間関係の政治に集約される。

調和させるためには周囲の感情を読み(Fe)、読んだ上で、納得のいく説明(Ti)をして個人のニーズを整えなければならない。時には社会的合理性(Te)に則った意見で納得してもらうこともあるだろう。

それはイコールで自分の意志(Se)を見せることにも繋がるので、②Fe⑥Tiを意識することは結果的に苦手な機能④Te⑤Seを使う状況に追い込まれる。すると全部の機能が循環している感じを自分は覚えたりもする。

こういことをもっと積極的にやったほうがいいよ、と先述した記事は言っているのかな?と解釈する。

③と⑥

ただ私としてはソシオニクスでいう③、⑥を重点的に鍛えたほうがいいと思う。というのも②は人と交われば否応もなく使われるけど③と⑥は意識しないとそこまで使わないから。

だから意識しないとなかなか育たないのだと思われる。

そして⑥Tiを鍛えていくと、どうも反対の④Teを少しづつ扱えるようになってきた実感が私にはあるので、ならば③もまた鍛えればその対である⑤も育っていくのかもしれないと考えている。これが近道なのではないか?と。(本当にすこしづつだけど)

 

 

各機能の鍛え方

を考えてみた。以下、個人的な意見。

 

Se:レジャー、武術、ダンスといった「身体的」なものや、サマタ瞑想、ヴィパッサナー瞑想のような「純粋観察」も理にかなっているはず。というかINFJであろうブッダが(過程的に)ここに行き着くのはほんと感慨深いことだよね。サマタ瞑想はES☓P世界観を感じ取れるので好きだけど、Ni持ちからするとヴィパッサナー瞑想のほうが松葉杖感あるので取り掛かりやすい。同様にデッサン(素描)もあり。

SI:これは「習慣化」「ルーチンワーク」を意識的にやるのがいいのかな。こつこつ真面目に、一歩ずつ、何かに取り組むことを課す。一日(=Micro)のプランを立てそれを遂行することが訓練になるはず。また1-2時間毎に自分のしたことを書いていきその作業効率・結果を評価していく認知行動療法的なやり方もありなはず。健康管理がずさんな場合はそこもチェック。

Ne:「ブレインストーミング」の有効性は実はないというのが今日の常識だが、一人ブレインストーミングはありかもしれない。なにか一つを見て可能な限り類似点を書きだす、ある問題に対して解決策を大量に書き出していく。マインドマップはNeの世界観まんまなのであれも訓練としてアリなはず。

  • ここにTiをプラスして「自分が信じていない正反対の意見を組み立てる」ことも有効なはず。スパゲティモンスターを信じていなくても、なぜこれが信じるに値するかを書いていく。ぶら下がった人参を追いかけるだけの人生が真実に見えなくても、なぜそれが真実足り得るかを組み立てる。それは「自分ではない誰かの人生」というIf(もしも)を考える訓練になる。自己の枠組みから逃れようとする試みこそNeをガンガン使うわけさ。

Ni:チェス、囲碁、将棋といった「大局観」を養うもの、シムシティなんかも分かりやすいし楽しくていいかも。ああいう「ひとつ動かして」→「次どうなるか」を意識的に考える訓練。因縁果。

同時にNiが弱い人は「つまり」「要は」という言語体系がないので意識的にこの接続詞を使っていけばいいと思う。本を読んだら「つまりこの本は◯◯を言い表したものなのだ」とか「つまりキルフェボンのケーキはうまい」とかそういう難しいものから簡単なものまで「本質を抜き出す」ことをやっていく。短ければ短いほどいい。一文でさっと表す。長々と語ってはだめ。

Te:社会的地位・年収をあげていったり、副業を持ったり、政治や法律に詳しくなることが訓練となるはず。SIと組み合わせて仕事と生活の合理化、生産性を高める。PCDAをぶん回せ。

Tiロジカルシンキングの本を読みつつ、自分の考え、気持ちを、ひたすら「人に伝わるよう」記述し、実際に読んでもらって意見を聞く。伝わってなければ論理化不十分と見做せるので改良していく。論文を解体してどのような構造をとっているのか、そしてより読みやすくなるように手を入れていく訓練もアリ。

Fe:これどうすればいいのかわからん。人と会えばいいのかな?と思うものの、人と会っても調和できないからこそ④⑤Fe勢は悩むはずなので微妙だ。「空気を読み、整える」は違う言い方をすれば相手のニーズを読み、そして満たすとも言える。これに必要なのは「他者読解」とその「解決方法」であり、これらをパターン学習すればいいのだとすると、どうも経験則からしか学べないような気がする……どうすればトレーニングに落とし込めるのだろう。

Fi:自分の好き!を見つけて、「表現」していけばいいのかな。Fi劣等の方は「感情を表すとか無理ゲー」みたいなお話をきくので、ポエムを書くの良さそう。リリック?イェイイェイ。

 

 

Fe:空気を調和させるにはどうすればいい?

 

INFJはNi+Feでまわりを調和させるので、そこまで苦手意識はないしむしろ得意領域なはず(長時間やりすぎると疲れますけど)。なのでその視点からFe訓練を考えてみる。

先述したけど空気を読むのに最も必要なのは「一人単位の他者読解」である。これが出来なければそもそも空気を読むことは無理。なぜならその他者読解を一気に複数人こなし、かつ最適な言動をとるのがFe機能だと思うから。

だからまずは小さなステップとして「一人の気持ちを高い精度で読む」ことを目標にする。

以下、訓練方法。

  • 自分の気持ち(楽しかったこと、イヤなこと、好きなこと)を言語化する時間を作る。一日に数分でもいいから割り当て、最終的には正確かつ緻密に描写することを目指す。(日記とかいいね!)
  • ヴィパッサナー瞑想(=脳内実況)は、自分の気持ちが湧いた瞬間に「怒り」「喜び」と脳内音声でラベリングするので、自分の気持ちに意識的になれる方法の一つ。
  • 信頼できる人に「今あなたが感じている気持ちはこうだろうか?」と聞いてみてその反応を元に他者の感情パターンを学習していく。(相手が素直な気持ちを言ってくれる関係でなければ意味がない)
  • 「人の気持ち」に焦点をあわしながら物語を読む。キャラの感情を読みながら、「この時もしも自分だったらどのような返答をするだろうか?」「なぜ彼はこの言い方で傷ついたのだろう?」と考えながら読み進める。読了後、それについて友達と話し合いフィードバックを得る。

 

つまり「自己感情の観察」と「感情パターンの学習」を目指している。これらを回していくとFi持ちのミラーリングのようなものがそこそこ出来るのではないかなー?と思うがいかに。こういうの考えるのなんか好きなんだよね。

感情というのは秩序立ちながら、非合理で、矛盾するもの。相反しながら一貫し融解しているもの。体系化された水と考えると理解しやすいはず。

そして「個人の他者読解」をクリアできたならば、「複数の他者読解」を行いつつ「調和」をしていく。前者も後者も場数を踏まえるしかない気がするので、、、いやもっと他に効率的な訓練方法あるとは思うんだけど、まだ思い浮かばないので終了。(うーん何だろうな)

 

 

④⑤は客観視できない

 

INFJはFe、Fi、Si、Ti的な客観視はわりと得意でも、「Te」「Se」的な客観視は大の苦手だと思われる。

だから自分の力がどれくらいのランクなのか検討をつけられないので、変に謙遜する。あるいは理想が高すぎるせいで満足できないだけなのか……。

そういう意味ではMBTI&ソシオニクスは「てめーのいいところはここだ!」と教えてくれるので、なるほどねこれは強みなんだと客観的な視点で理解できるのでいいのかもしれない。

ただ④⑤Functionは経験によってでしかそのセオリーを理解できないとのことで、自分の力を過信して大きな失敗をするくらいじゃないとダメなのかも。 

となると、どのタイプの④⑤は客観視はとても苦手なのかも。

ESFPだったら自分のNi,Tiの力を見極められない。どれくらい先を見通すことができて、どれくらい自分に論理的判断を有しているか分からない。

INTPだったら他者から見える自分、他者がどのように自分を評価するか分からない。Se.Fe

的な。

 

 

思考速度と中身

 

リアルのESFP,ISFPと紛争状態に入り、お互いの主張をぶつかりあわせている時、相手の思考速度があまりにも遅すぎてイライラしてしまう。

自分の主張が、自分に対して跳ね返ってくるいうことに気づくことなく、斟酌することなく、なぜか相手を糾弾するのにだけその論法は用いられる。それを一つ一つ指摘し崩していくと、泣くか、ヒステリックな声をあげるか、灼熱にペイントされた顔でこちらを睨みはじめる。

正直いってその思考形態にうんざり。どうしてその「逆」を考えられないんだろ。彼彼女らは自身の言動を客観視できないのだろうか。あるいはそれが自分に対して有効になる、という発想はないのだろうか。(脆弱なNe+逐次処理)

なんだか知らないけど私の思考速度もチマチマとしか進まなくて窮屈だし、争ったところで本当これ無意味でしかない。それをわかってて受けてしまう私も私だけど。

後日。このことを巡らしていると、もしかして感情じゃなくて思考も同期しているのかな?……と思い至る。

 

天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)

天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)

 

 『天才と発達障害』(著:岡南)では映像記憶の母親が、子どもが何もいわなくても今日食べたい夕ご飯のことを知覚できるというエピソードがある。子どもが考えていることを自然と読み取れてしまうのだそうで、「そんな不思議なこともあんなんだ」と当時は思っていたけど、まさかこれか。

他者感情を読み取れる人には知的変容型というタイプもいるらしいので、INFJの文脈を持ってくるなら全然不思議ではないのかもしれない。

いやでも原理的に説明できない――科学的根拠が不明な――ものを信じるのに私はものすごい抵抗あるので、うーん……となってしまう。ソシオニクスは一応実績ありますからね。

じゃあ事実を集めればいいんじゃね?ということで、仲直りしたISFPに「リンゴを思い浮かべてみて」とお願いしてみた。意識的に思考を読んでみるテスト。

ISFP「思い浮かべたよ」

(なんで?って質問しないところ好きです)

INFJ「そのリンゴを飴玉みたいに小さくできる?」

ISFP「うんできる。乙女リンゴみたいな感じかな」

(もうすこし突飛なほうがいいのかも)

INFJ「じゃあそれを太陽にするのはどうかな」

ISFP「…うーん、ちょっとそれは難しいねー。太陽かあ」

INFJ「ちょっと聞きたいんだけど、今ISFPが思い浮かべたリンゴとか太陽ってざらざらした画用紙ようなものにクレヨンっぽい、子どもが書くようなタッチだったりする?こうファンシーというかメルヘンチックな」

ISFP「うん、よくわかったね」

INFJ「そっか。ありがとう」(ISFPの心象風景って可愛すぎじゃない?!!!これ!!これか!!!!!)

   ◆

ということを確認。

イメージするリンゴが写実的だったり、ダリのようなカオスなものでも全然不思議じゃないなのに、それを細かく言い当てられるというか、私が思い浮かべているのとISFPが思い浮かべているのが一致するということがどうなってなんだこれという感想しか覚えない。正直びびる。

また認知がSの人とお話してると思考が遅くなり、認知Nの人と喋ると開放感を覚えるのはこれが原因だったかー(?)とか、認知Sの人に私はあまり持論をながながと語らないのは順序的思考だと負担かけてしまうと分かっていたから?とか、逆に認知Nの人だと饒舌に喋るのは相手の思考速度を読み取って信頼しているからなんだなとか、行動ひとつで相手の動機や思惑、どういう意図で私に接しようとしているのか分かるのとか、誰ソレの共感・感情表現は人をコントロールするための思惑だと透けて見えるのでだから近づきたくないんよねと思ってしまうのとか、

そういうことかと腑に落ちる。(いやでもどうなんだ?…)

 

 

素直さ

 

前回、INFJについて語ったけど、彼らは複雑すぎる。

けれどそれに反して「素直に聞き、表現する」といったイメージで語られることも多いのは何でだろ?と思っていた。

おそらく先述したようにINFJは相手を読めることがキーになっている。

  • 相手の動機・思惑が読める
  • ならば相手もまたこちらの心を読めるに違いない
  • ウソを言ってもバレるので本心を言う

 こういう意識があるからではないか? 

だからこそ彼らはウソをつくことを嫌がるし、可能なかぎり、出来るならば本心からの言葉で接したい。そういった所作がINFJの外観として語られているのかもしれない。

私自身、お世辞はできるならば言いたくない。好きでもないのに好きとか、趣味が悪いのに趣味がいいですねとか、そんなことは可能な限り言いたくはない。だってそれは相手をコントロールしようとしてるみたいで最悪だよね。

 

 

幼少期

 

INFJの子供の困難さ – MBTI×パーソナリティー

 

これを読んでて思ったのは、幼少期の自分は毎日毎日、毎週毎週友達とどこか遊びに行き、とても外向的だったこと。公園、ゲーム、町中探索、スポーツ……一見すればESFPみたいに見えていたらしくて、内向的だとはあまり思われなかったらしい。(聞き込み)

Seがグリップ状態だったんだろうか?……それともINFJの幼少期ってだいたいこんなものなんだろうか。

一つ思い当たるとすれば、NiをつかうにはSeが必要なので、そのSe経験を大量に欲していた時期だったのかなくらい。

あと8歳頃の私は「相手の感情がわかるものの」自分の意見を通すことに手慣れていて、ESTPに見える。相手の感情をわかりつつなだめて、自分がしたいことをする。そこにF的観点はあまりない。いやあるけど希薄って感じなのかな。

おそらくSiが未発達な幼少期はNi→Fe→Seとなって、相手の意向を尊重する意識がないのかもしれない。無意識下の欲求である⑥Ti⑤Seの「するべき/したい」が如実にあらわれている気がするよ。

こう考えると、Feが邪魔なんじゃなくてSiが邪魔なのか?……。 いや違うな。「Fe-SI」という流れが窮屈なんだ。だから「Fi-Si」の流れになると気持ち的に楽なのだな。

 

 

アタマの中を図像化したもの

 

f:id:bern-kaste:20180303162149j:plain

――出典不明の拾い物

 

これ作った人すごい。ざっくりだけどわりと当たっていると思うし、そしてINFJはどれだけ自分のこと蔑ろにする気なんだろ…。

さて。

下の薄紫のボックスにこうある。

"I'M SO UNIQUE THAT NOBODY UNDERSTANDS ME"

一見するとなんて傲慢なんだろう? と思えるけど、おそらくそうじゃない。ただ実感として、世界からの疎外感があると考えるととても納得できる。

そういった疑惑が潜在的な部分――脳の下部――に配置されているのはいいね。ぐっとくる。

 

人と違っているということは、人の尊厳みたいなものを、真綿で締め上げるように傷つけてゆく。

 

――時守叶/ギャングスタ・リパブリカ

 

つまりは時守叶が感じている苦しさは、まんまINFJの苦しさと言っていいし、黒桐幹也が"普通"に憧れるのもそういうことだし、九条理紗が世界を愛したいでも片思いだねって零してしまうのもそういうこと。なんか全部繋がってしまって興奮している。

 

 

ソシオニクス≒MBTIは本当に他者理解を促すの?

 

MBTI――特にソシオニクスは理解するほど素晴らしいタイプ理論だ。正直悪用されたらひとたまりもないし、知らなければ自衛すら出来ないだろう。

それくらい性能のいい他者読解ツールである。個人の内面の6割はこれで紐解けるとさえ思う。

しかして、これを「他者理解」として使える者はどれくらいいるのだろう?

 

Nの発想

そもそもMBTIやソシオニクスは「N」の世界観で構築され、体系化された理論ののように思える。ならば、認知Sの人は上手く理解できないのではないか。 知識としては把握できるが、それを実感として、他者理解をうながすものとして利用するには敷居が高い。

なぜなら☓N☓☓は、大なり小なり自己の枠組みから外れることをできるからだ。Ne.Niは「もしも~だったら」という発想が自然にできるし、それを実感として感じ取れる。

自分ではない他人の人生を創造し、想像できるのではないか。

しかしSの人の多くは④⑤⑥にNe、Niがくるため、物事を順序的にしか把握できない、123456……という継次処理のため「もしも~だったら」という発想がなかなか出てこないし、出来たとしても輪郭すらまともに形成できないだろう。

ならば自己の枠組みを「外れ」ようとすら出来ないのに、どうやって他者を理解するというのか? 自分ではない、自分のことではない――本質的な――異物をどのように把握するというのか?

自分の視点だけで他者を見るというのならば、そもそもそんなのは他者理解でもなんでもない。他者を理解しようという試みですらない。そしておそらくこの文面を読んでも言っていることが全く分からないだろう。

もちろん原理的に我々は『自己の枠組み』から逃れられない。けれどそんな当たり前の話をここでしているわけではないし、それを踏まえた上での話をしている。

 

悪用

次の問題はタイプ理論を「他者を害す」ために使うようになるんじゃないの? ということだ。

INTP、INTJはFeが弱いので生存戦略としてソシオニクスは大変有効だろう。ENTJも人々を支配下におくために周囲の弱点・強みを理解することは有意義だろう。INFP、INFJ、ENFJも他者を理解するならば惜しげもなくその労力を払うに違いない。

道具とは生活を豊かにするために存在する。ならば自己利益のために使用することになんら躊躇いはないだろう。

しかし一転すれば、それは凶器となりうる。相手を害すため、つぶすため、利用するために使われるのは想像に難くない。本当の意味で「他者理解」をしようとする人間なんて極々一部で、それも善意で、人のためにする者なんて限られている。

ENTJなんか絶対しないでしょ? そういうことだよ。(レッテル貼り)

もちろん道具は道具というだけで、使用者の問題なんだということも分かっている。けれどソシオニクスは正直使い勝手がよすぎる。MBTIの半端で、洗練されていないモデルのほうがまだよかった。

 

最後の問題は「レッテル貼り」。

「◯◯タイプだからこうだ、こうなんだ」というラベリングであり、理論をもってきてその人をみない。タイプを見てタイプを理解することになんの意味があるのか?

タイプ毎の知能の統計をもってきて「◯◯はIQが低いから頭がガチガチなんだね」とか「☓☓がクズいのはFunction的に他者の感情を理解できないから」とか言えてしまう。そしてそれは私が見てきたなかだと全く持って事実に近いことばかりなので、その傾向があるとは確かに言えてしまう。

傾向はある。事実もある。ならばそれらを統括した「タイプ」がどうだとかああだとか、言うことも納得はできるし私もしている。

でもそれは他者理解ではなく、「タイプ理解」に還元されてしまっているんじゃないか?

確かにその通りだと思う。ただ私はタイプを理解して、理解した次に「その人を見れる」という流れがあるのではないかと考えている。人は複雑だ。だからこそその複雑さを一度矮小化してコンパクトにする。そこからまた複雑さを享受していくことがタイプ理論が目指すものなのかな? とさえ思っている。

ただこういう前提がなければ、タイプ理論はやはり他者を理解するものとしては機能しないのではないだろうか。

 

 

つづく。

 

 

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