猫箱ただひとつ

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作品をリッチにするアニメーションが逆に質を下げているまじこいS感想 #7

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本作は戦闘中に「アニメーション」を挿入する。

ADV形式から→アニメ、という表現シフトはその落差により面白みを生み出すし、単純に見ていて楽しいものだと思う。

しかしそのアニメの質があんまりにもよろしくないので、正直微妙だ。これならばADV独特のscript演出で戦闘を魅せた方がずっとよく、逆にあのアニメを入れることでバトルが陳腐になってしまった。

「そこまでひどいの?」と思う人はぜひプレイしてみてね。

アニメ化は必ずしも良いものとは限らない(まじこいS)

 

まじこいのように「立ち絵を動かすタイプ」は具象化する世界観寄りのADVと言えるものの、それでも拳の抜き、足さばき、立ち振舞いは我々の想像力が補完しているのも確かだ。

問題はその補完より上回っていない動作のオンパレードが当該アニメということ。キャラの表情は死んでいるし、止絵を動かすばかりで流礼な闘いはひとつ足りとてない。黛由紀江の刀さばきは大ぶり、かつ雑、なのはチンピラ振り回す木刀のようではないか。

……あれが剣聖の娘、四天王である彼女の"動き"とでも? あっそう。

 (関連)

「アニメ化」とはつまり原作の批評行為なんじゃないか?(Fate/stay night)

 

ラノベとアニメの情報量の差はどこにあるのか?

 

さらに問題なのは、アニメ化してしまったことでその戦闘が確定してしまったことだ。

ラノベとアニメの情報量の差はどこにあるのか?でも語ったように、テキストで表現されたものは個々人が自由に受け取り、思うがままにイメージすることになる。つまり万人による万人のための理想がそこには存在しはじめる。

しかしアニメといった「曖昧だったものを具体化」せしめてしまう媒体は、当然、個々人が思い描いていた理想と食い違うことが多くなる。そういう姿ではない、そういう声ではない、そんな仕草ではない、といったように。

もちろんその具体化が高品質ならば、反発は少なくなるだろうし読者の想像を超えるほどのものであれば喜ばれもするだろう。

・・・しかしそうではない場合、逆に作品の足を引っ張ってしまうわけだ。

script演出で(そこそこ)見応えのあったバトルは、突如挿入されるぐだぐだアニメによってそれまでの緊張感が霧散する燕VS百代、燕VS西楚戦はつまるところ川神百代の、燕の、西楚の―――まじこいのバトルってこんなにもちゃっちいんだ……ということを作品全体で描いてしまった。見せてしまったのである。

リッチにするアニメーションが、逆に作品の質を下げてしまった現状がここにはあるし、アニメ化はそれだけで価値あるものではないことを本作は体を張って教えてくれたと思う。

(3Dモデリングによる「クッキーダイナミック」も同様に(燕√))

了.

 

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