猫箱ただひとつ

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ふと「あの感覚」を思い出せなくて歯がゆい思いをするなど(本好きの下克上#2)

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*ネタバレ注意

 

「グルトリスハイト」

 シュタープがメスティオノーラの書の形を作る。メスティオノーラの像が持っていたグルトリスハイトよりかなり小さめだ。成長したわたしの片手で持てなくはない単行本サイズで、検索を重視したタブレット型である。

 

――ローゼマイン(本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ - メスティオノーラの書)

 

これはローゼマインがグルトリスハイトを出した時のものであり、同様の手順でフェルディナンドも知の書物を出現させた。

特に彼のものはハードカバーというに相応しい大きさであり、形であり――古の書物のごとく――描写されているので私はなんどかとても懐かしい思い出に浸ってしまったのだ。

あれ? 

でも、それってなんだっけ? 

あの本の肌ざわり、黄ばんだ紙の質感、重さ、現出時の空気の振動・・・それらは「なにか」に似ていて、でもそれは本好きの下克上ではなくて、けれど私の遠い記憶のなかに埋まっているのは確かだった。

――思い出せない。

必死に検索する。なんだっけなんだっけ。煙。ぼわん。手から本がでる。頭上に円錐上の死角があり敵がそこを狙っくる。いやこれはNARUTOのネジのイメージだ違う。指輪・・・。

映像は思い出せるのに、その映像に伴う五感を覚えているのに、なぜかその作品名は出てこない。別に思い出せなくても支障はないのだけど、あともう少しで思い出せるという状況は中々に歯がゆいものだ。

後日、再び思索してみると「HUNTERXHUNTERのGI編だ・・・」とあっさりと解決。そう、GI編の初期装備である指輪とその呪文である「ブック」による本の現出イメージを私は本好きのグリトリスハイトの現出イメージと重ねていたのだ。

どおりで、フェルディナンドのグリトリスハイトは――私の中で――ぼわんとした煙を伴った状態で手に収まるのだなと納得。すっきり。

 

 

(1)映像に五感が埋め込まれている

 

五感と連動させると物事は覚えやすいという話があり、それは実生活でよく分かる経験則だとも思う。

ただそれは実際の出来事ではなくとも、物語という仮想で虚構の場であったとしても違わないのかもしれない。

私は「物語上の五感」をけっこう覚えていて、今回の本好きのように「この感覚は覚えているんだけど何の作品だっけな・・・」と頭を悩ませることは少なからずある。

空の境界で(両儀式の)左腕がバキバキに拗じられて血まみれの痛覚とか、衛宮士郎が持つ干将莫耶の重さだとか、鋼の錬金術師の内臓がまるごと持っていかれた損失感だとか、そういうの。

感覚という「点」は思い出せるんだけど、それらがつなぎ合わされた「線」(=物語)をまず真っ先に浮かび上がらないのは、なんだか面白い。

思い出すとき――もしかしたら優先順位が高いのは五感なのだろうか。

いや人によるのだろうけど、私の場合は「映像+五感」のことが多く、鮮明に覚えている時は(おそらく)一発でHUNTERXHUNTERのゴンの姿が見えたはずだが、もう16年以上前のお話なので抽象化された挙句、頼りない(誰かわからない)イメージ映像とその五感だけが想起できたんだろうなと思う。

そして、この時、NARUTOのサスケ奪還任務(2004~)のネジVS鬼童丸の戦闘映像がひっぱり出されたのは時期的に近かったせいなのだろう。(これも最初はなんの映像かわからなくて黒背景に人間(白色)の後頭部に円錐が浮かんでいるというなんとも奇妙なものだったが、思い出すと一瞬のうちにネジが出現するという具合であった)

とかく、物語上の五感、というのは重要なキーワードな気がする。というよりこれが鮮明にイメージできる作品は良質な場合が多い・・・ような?

   ◆

マインちゃんは基本的に物事をよく観察するので、その観察結果がイメージ(映像)しやすい作品につながっているようにも思える。ただレベルでいうと本作はそこまでではなくて、やや、そこそこ、イメージしやすい物語描写かなという感じでしょうか。私的に。

(了)

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