猫箱ただひとつ

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小説『風の歌を聴け』のメモ感想

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風の歌を聴け (1979年)

 (最近ブログの下書きをひっくりかえしているのだが――整理整頓はだいじ(遠い目)――どうやらこれは2014年11月17日にメモしたもののようだ。腐らせるのももったいないので半端だが投稿だけはしておこうかなと思う。*2017/09) 

 以下、メモ感想

 

 伝達

医者の言ったことは正しい。文明とは伝達である。伝達すべきことが失くなった時、文明は終わる。パチン……OFF。


――僕(風の歌を聴け)P31

人間は共有したがる生き物だ。情報を言葉を表情を文章を想いを―――なんでもいい。ただ"それ"を相手に知ってほしくてコミュニケーションを図る。

周りで話題だからといってそのドラマを見るように、それがあまりに詰まらなくて眠気を催すものでも、周囲の人間と接続するために視聴するのだ。

トレンドは大事だからね。これさえ押さえておけばだいたい話に乗れるよ。そう嘯きながら。

そして「伝達するべきことがない」という状況とはどんなものだろうか。人と人との接続をみんなが諦めたという世界なんじゃないだろうか。人類は隣人とコミュニケーションすることを諦めたそんな世界。

共有すべき事柄なんてものはないし、意思疎通を図りたいという動機もない。孤独という概念が滅び去り誰かと繋がりたいという欲求自体が消失したのかもしれない。

ならば知識も教訓も教養もすべては一個体が持ったまま終わる。

ならば文明なんてものは無くなってしまうだろう。

いやそもそも、人と接続しない世界なのだから既に終わっているのか。

 

 

なぜ話さなくてはいけないの?

「両親は何処に居る?」

「話したくないわ。」

「どうして?」

「立派な人間は自分の家のゴタゴタなんて他人に話したりしないわ。そうでしょ?」

「君は立派な人間?」

15秒間、彼女は考えた。

「そうなりたいとは思ってるわ。かなり真剣にね。誰だってそうでしょ?」

僕はそれには答えないことにした。

「でも、話した方がいい。」僕はそう言った。

「何故?」

「第一に、どうせいつかは誰かに話すことになるし、第二に僕ならそのことについて誰にもしゃべらない。」

――僕、女。(風の歌を聴け)P80

 "でも話した方がいい"

"どうせいつかは誰かに話すことになるし、第二に僕ならそのことについて誰にもしゃべらない"

ここ好き。

相手に話して欲しいことがあって、でも相手はそれを拒んでいる中だと私自身は「そう」と言ってもう聞かなくなってしまう。それよりはダメ押しで"でも話してよ"と言えるようになりたいねー。

 

 

意味なんてないさ

「復讐したい?」

「まさか。」と僕は言った。

「何故? 私があなただったら、そのオマワリをみつけだして金槌で歯を何本か叩き折ってやるわ。」

「僕は僕だし、それにもうみんな終わったことさ。だいいち機動隊員なんてみんな同じような顔してるからとても見つけだせやしないよ。」

「じゃあ、意味なんてないじゃない?」

「意味?」

「歯まで折られた意味よ。」

「ないさ。」と僕は言った。


――僕、女(風の歌を聴け

 

誰かに「あなたがやったことは意味なんてなかった」と言われたとき、脊髄反射で「いやそんなことはない」と言いたくなってしまう。実際に言うだろう。

なぜか分からないけれど、"無意味"という現象はとても怖いものだと思っている節がある。できれば忌避したい、そう思っている。でもなんでだろ? なぜ「無意味」を許容できないのだろう。

自分が支払ったものが0だったと気づきたくないからだろうか。あんなにも苦労したのに、それは徒労だったんだね、なんてことは知りたくない。世界が無意味なのは耐えられる。けれども0だったなんてことは耐えられない。

なぜ? 

自分の中にあまねく「平等」や「等価」の価値観が根強いのかもしれない、のだろうか。

+++

そして"僕"は「どこに意味があったの?」といわれ、なんでもないように「意味なんてないさ」と言う。

こんなふうにさらりと生きられればいいとは思う。けれども行き過ぎると生への希薄が剥がれ落ちそうな気もする。

 

 

 

鼠が紹介したかった人

「頼みがあるんだ。」と鼠は言った。

「どんな?」

「人に会ってほしいんだ。」

「……女?」

少し迷ってから鼠は肯いた。

「何故僕に頼む?」

「他に誰が居る?」鼠は早口でそう言うと6杯目のウィスキーの最初の一口を飲んだ。

「スーツとネクタイ持ってるかい?」

「持ってるさ。でも……」

――鼠、僕。(風の歌を聴け)P98 

鼠と女と僕。

この三人は「関係ない」見方と、「関係していた」という見方がある。

私は 関係ない派だったんだけれども、ここの鼠が「他に誰が居る?」の部分がこれはもう三人は関係しているんだなとは思わずにはいられなくなる。

僕は鼠が紹介する女性を知らない。けれども鼠は暗に「お前の他に誰が居るんだ?」と言っている。これは普通に考えておかしい。

でもその女性が、僕が介抱した女性だったとするならば合点がいく。

鼠は女と僕の介抱でのいきさつや、僕が女をご飯に誘って断れたこと、2人が部屋で飲むくらいに親密になっていることを知っているからゆえの「他に誰が居る?」という発言になるのだろう。

ここで疑問は2つある。

1、鼠は女と僕をあわせて何がしたかったのか?

2、なぜスーツとネクタイを持っているかい?と聞いたのか(それは暗に着て来いと言っているようなものだ)


(1)は鼠と女、2人の関係を明らかにしたかったのかもしれない。それを"僕"に開示することで何かしらの結末へと行き着きたかったと推測する。

その結末は正直わからない。鼠と女2人の関係を壊し(=別れる)たかったのかもしれないし、はたまた何か相談したかったのかも。

鼠の行動動機、価値観、思想といったものは微々たるものしか知り得ないから、彼って正直よくわからないんだよね。何を愛し何を好むのかよくわからんし。(金持ちと貧乏、コーラとパンケーキとかそういうことではなくもっと深いところのお話)

だからどういうことを望んでいるのか不明瞭なんだよ。

  ◆

ちなみになぜ鼠と女が関係していない、と思ったのかというと、

鼠は"僕"に即興で作り話をする場面がある。船が沈没して海面にただようビールを女と飲んだというあれだ。

そして次の場面で、その女と鼠が後日談を話すかのように当時のことを振り返っている。

この場面が私には鼠の小説の一環だとは思っていたんだけれど、読み返してみるとどうも違うなって気になってくる。

鼠は僕に語るところで、最後には「山の手の飲み屋でその女と再会するんだ」という趣旨の発言をしている。

ああつまり、鼠が"僕"に語ったのは作り話じゃなくて実話だった可能性だ。女は島を探し、鼠は海面に揺られて救助を待った。あれは本当のことだったのかもしれない。

あまりにも荒唐無稽すぎて虚構を疑いたくなるけれども。

でも実話だとすると道理がつく。なるほどね。と。

 

  

 

天の啓示とティッシュペーパー

彼女は真剣に(冗談ではなく)、私が大学に入ったのは天の啓示を受けるためよ、と言った。

それは朝の4時前で、僕たちは裸でベッドの中にいた。僕は天の啓示とはどんなものなのかと訊ねてみた。

「わかるわけないでしょ。」と彼女は言ったが、少し後でこうつけ加えた。「でもそれは天使の羽根みたいに空から降りてくるの。」

僕は天使の羽根が大学の中庭に降りてくる光景を想像してみたが、遠くから見るとそれはまるでティッシュ・ペーパーのように見えた。


――僕 P102

 

単純にここの表現が好きで、すきで。

まるで天の啓示がちんちくりんなように見えてとてもいい。

 

 

 火星にいた"風"と"青年"

 

そしてある時、彼は突然の日の光を感じた。横穴は別の井戸に結ばれていたのだ。彼は井戸をよじのぼり、再び地上に出た。彼は井戸の縁に腰を下ろし、何ひとつ遮るものもない荒野を眺め、そして太陽を眺めた。何かが違っていた。風の匂い、太陽……太陽は中空にありながら、まるで夕陽のようにオレンジ色の巨大な塊りと化していたのだ。

「あと25万年で太陽は爆発するよ。パチン……OFFさ。25万年。たいした時間じゃないがね。」

風が彼に向かってそう囁いた。

「私のことは気にしなくていい。ただの風さ。もし君がそう呼びたければ火星人と呼んでもいい。悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんて私には意味はないがね。」

「でも、しゃべってる。」

「私が? しゃべってるのは君さ。私は君の心にヒントを与えているだけだよ。」

「太陽はどうしたんだ、一体?」

「年老いたんだ。死にかけてる。私にも君にもどうしようもないさ。」

「何故急に……?」

「急にじゃないよ。君が井戸を抜ける間に約15億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られている んだ。つまり我々は時のあいだを彷徨っているわけさ。宇宙の創世から死までをね。だから我々には生もなければ死もない。風だ。」

「ひとつ質問していいかい?」

「喜んで。」

「君は何を学んだ?」

大気が微かに揺れ、風が笑った。そして再び永遠の静寂が火星の地表を被った。若者はポケットから拳銃を取り出し、銃口をこめかみにつけ、そっと引き金を引いた。


――風、僕(風の歌を聴け)P126-127

 

このなんともいえない、空気感、が個人的にの本作のハイライト。うまく言葉にならないけど、なんだかとても……この応酬と密度と背景がいいのである……。

 

 

 

 

宇宙とか蝉とか風とか

「(中略)俺は黙って古墳を眺め、水面を渡る風に耳を澄ませた。その時に俺が感じた気持ちはね、とても言葉じゃ言えない。いや、気持ちなんてものじゃないね。まるですっぱりと包みこまれちまうような感覚さ。つまりね、蝉や蛙や蜘蛛や風、みんなが一体になって宇宙を流れていくんだ。」

鼠はそう言うと、もう泡の抜けてしまったコーラの最後の一口を飲んだ。

「文章を書くたびにね、俺はその夏の午後と木の生い茂った古墳を思い出すんだ。そしてこう思う。蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね」


――(風の歌を聴け)P118-119

 

鼠がいう「蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために」というのは私にはまるで世界そのもののことを言っている気がしてならない。イメージ感覚としては「全と一」の感覚。

巨大な古墳と、虫や、風たちに小説を書くというのは、世界と繋がる行為に等しいと思うんだよね。

ここで疑問が浮かび上がる。

じゃあ世界(風)と繋がり、なにをしたいのか?

1、世界と会話したい

2、世界の真理へと到達したい


1は火星の井戸の"風"と会話した青年みたく、あんな風に喋ってみたいんじゃないだろうか。 

 

ーー左目の裏に痛みを感じた。起き上がってエクササイズのローイングマシンに乗って運動しようとしたが、まるで自分の手が怪獣のかぎ爪のように見える。身体を見下ろしてみると、奇妙な恰好に思えた。身体はマシンの上にあるというのに、意識は現実認識から離れ、どこか遠くからエクササイズしている自分を見下ろしているようだ。

 マシンを降りて浴室に向かい、シャワーを浴びようとすると、自分の身体の境界がわからなくなっていることに気づいた。自分がどこから始まり、どこで終わるのかという境界がわからない。壁に手を突くと、壁の原子や分子と自分が混じりあっていると感じた。

 左脳から声が聞こえる。「おい、これはトラブルだ。誰かに助けてもらわなきゃ。たいへんたいへん!」

 声が聞こえなくなると、自分がいる世界は素晴らしいところだった。この空間の中では、ストレスがすべて消えている。身体が軽くなった。外界すべての関係とそれに関わるストレスのもとがなくなり、平安で満ち足りた気分になった。37年間の人生、その感情の重荷から解放されている。幸福だった。世界は平和で美しく、思いやりに満ちている。

 読み書きもしゃべることもできなくなっていたが、しかし情報は論理としてではなく、エネルギーとしてすべての感覚器官からいっせいに流れ込んでいるように感じた。においや味、指先の感覚、見えるもの、それらがすべて巨大なコラージュとして目の前にある。自分は大いなるシステムの中にいると感じ、いまこの場所、いまこの瞬間しか存在しなかった。

――100年後の「本」|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

 

こんなかんじ?

 

 

 

おわり

 

3年前に書いたこれを読み返し、てみたが内容をほとんど忘れているので、再読したいなと思うこの頃。(*2017/09/04 )

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

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