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幼女戦記のターニャ、好きですか?(最終回感想)

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――幼女の皮をかぶった化物

と称されるようにターニャは可愛らしい女の子だけど、内面は社会的情緒が欠けた男性である。

他者へ共感せず、人の痛みが自分事のように感じられない、そのある種の「異物」さを周囲は感じ取るが故に自分たちとは違う者――化物――とラベリングされてしまう。

同様に、視聴者である我々にとってもターニャは「好かれにくい」人物ではないだろうか・・・?

 

(1)情緒と人間らしさ

 

ターニャの世界認識はシンプルだ。

いかに自己利益を上げるかに注視されるので、プレイヤーは自己内部の「情緒面-他者共感」を切り落せば彼の見ている景色に近づける。*1そういう意味では理解しやすいが、彼に好意を持てるかはまた別だと思う。

私達は「完璧な人間」と「人間らしさを持たない者」には何故か好意を持ちにくいのだと思うのだよね。それはひとえに「情緒的な面」が垣間見れないからではないだろうか。

「人間らしさ」というのは(現社会では)「情緒を有するもの」と捉えられていて、合理性や実利を指していない。だから先天的に人の心を解さないサイコパスを我々は忌み嫌うし、情緒を伺える者を人は愛すことができる。

もしも「合理性」こそが人間的、それこそが手に入れるべき資質だと考えるならば、サイコパスもソシオパスも人々は受け入れるしこうも否定的な捉えられ方はしない筈だ。

私達の行動の根本にあるのはまず情動ありきなので、その情動に対して、後付で、自分と他者が納得できる論理や合理をもってきて正当化する。このパターンがとても多い。逆にまず理性がきて情動がくる、なんてのは殆どない。

こういう“実感”が自分はいかなるもので、ひいては人間らしさを考えた時に情緒面こそが人間的……と押し出そうとするし、自分と同じもの(=人間らしさ)を持っているものに好意を覚えるのではないだろうか。

――この意味でターニャは好感を得にくい人物だと思う。

先述したように彼は情緒が欠けているため、彼を“自分と同じ心を有している者”として我々は認めにくいのが一つ。

さらに彼はこれぽっちも失敗はしないし、例え失敗はしてもポイント・オブ・ノーリターン並の損失は出さずせいぜい予測が外れた程度で後でいくらでも挽回できるケースばかり。

腕がなくなる、眼が見なくなる、昇進が危うい、部下を失ってしまった……そういう「取り戻せない失敗」が本当に本作にはない。終盤では戦争を終結させられたにも関わらず出来なかった・・・と描かれるが、これもまだ「戦争に勝つ(=終結)」という余地が残されているので致命的とは言い難いだろう。

つまり『幼女戦記』は致命的な失敗・損失を描かず、ターニャ・デグレチャフの(一点の曇りもない)成功を積み重ねるため、弱さがない存在(=非情緒的な人間)という印象を彼に覚えてしまう。と考える。

人間らしさを持つ者「だけ」が好意を独り占めするわけではないが、人間らしさを持つ者は好かれやすく、逆は嫌われやすいとは言えるかもしれない。

 

 

(2)肉体と精神の性差

上記も十分ターニャは「好かれやすくない」理由だと思うのだけれど、まだ理由があるとしたらこういうのは如何か。

ターニャは肉体は女性、精神は男性―――という二つの性をひとつの身体に収めているので、肉体と精神が共通された性性で生活してきた人は、そういう状態がよく分からず→異物感を覚え→嫌い。そんなケースもあるえるのかもしれない。

でもこれ「男の娘」や「雄んなの子」と対して変わらなかったりするのだけど、あれは一応精神面は肉体とのリンクを保っているのに対し、ターニャの状況はそこがもう断絶している所が拒絶感に繋がることもあるのかな?と思う。実際どうか分からないけど、そういう可能性もあるのではないかと。

――あなたは幼女戦記のターニャ、好き? それとも嫌い?

 

 

おわり

 

ちなみに私は嫌いでもないけれど、好きでもない。そして普通でもない。というかどうでもいい・・・みたいな感想を覚えてしまっている人である。

「どうでもいい」って関心すらない状態なので、普通より、嫌いよりも良くないような……。まいっか。

ちなみに最終回で、神に屈服せず、復讐を誓わんとするターニャは合理性を突き詰めたものではなく、彼もまた獣の皮をかぶった人間という転換図はなかなかに面白かった。

神に忠誠を誓えば妨害行為はされなくなるのだから、"合理的に"考えれば反抗なんてしないだろう。けれどそうはしないのはひとえに彼もまた合理で全てを判断しているわけではないのだ。

そして、本作は、人は人に「尊敬」と「情愛」だけは強制できないことを強く見せてくれた作品であったとも思う。恐怖を植え付けることは可能だが、誰かを敬うこと愛することは我々の内面の発露であり、誰にも支配されることのない感情なのだと。(ここでは人ではなく神だけれど)

(了)

 

幼女戦記の神様がめっちゃ「俗物」なのはある意味新鮮かもしれない(感想)

 

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*1:ただこれずっとやってると"そっち"側に引きずりこまれそうで怖くはなるけれども…