猫箱ただひとつ

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自分の為に怒ってくれる、自分の為に泣いてくれる、という代償行為。

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代償行為とは「欲求を満たすための本来の目標/行為が、別の物に置き換わりながらも充足すること」とここでは定義する。

隣人を殴りたいが我慢して壁ドン、炭酸水を飲みたいが水道水で唇を湿らせ、初恋の人に似ているのであなたを好きになりましたといったものが分かりやすい。

変則的なのは、自分を侮辱した相手に同僚が代わりに怒ってくれた、自分のかわりに涙を流してくれる友人がいた―――そんな時、本来励起していたはずの自分の「怒り/悲しみ」が掻き消えてしまう場合がある。

つまり他者の行為によって自己欲求が満たされてしまうケースであり、この場合も代償行為となり得る。

アイドルを応援するファンはアイドルの成功を我が事のように喜び、アイドルが障害を乗り越えれば自分の「なにか」が満たされたように感じ始める。それは親が子に夢を託し。子が親の夢を叶えれば、親の願いが成就されたと思う心理状況とよく似ている。

もちろんこの2つに限らずスポーツ観戦でも、ドラマでも、映画でも同じこと。それで乾いた心が満たされるのならば全ては代償行為に過ぎない。

この言葉はあまり良い意味で使われないが、私は悪いものだと考えていない。むしろこれが無ければ私達は「いつまで経っても満たされない」ままになってしまうので、心の機能としてよく出来ているなと感心することさえある。

 

――でも、それって本分は満たされてるのかな? という疑問も最もだ。

 

「そしたらね、形じゃなくて味が似てるんだって。お肉が食べたくても食べられない僧侶さんが、精進料理として開発したのががんもどきなんだって」

「私思うんだ。お肉を食べられないから、お豆腐で我慢するっていうのは、なんだかいじらしいようで違和感もあるんだ」

 

「お肉を食べたいと望んで、かなわないから肉もどきで我慢をする。それで、満たされたとしても、本分は果たされてるのかな」

 

――玉樹桜(はつゆきさくら)

 

本来のもので満たされる方がそりゃその方が良いのだろう。だがそう簡単に叶わないからこそ、有り合わせのもので、近場にあるもので補おうとするしかなくなる。

それでも「ある程度」は満たされて、ぐーぐー鳴っていたお腹が止んでくれるのなら十分なんじゃないかな。本物で満たすことが全てではないし、それはそれでいいのかなって思うんだ。はむはむとがんもを食べながら。

(了)

 

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