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【冴えカノ】現実と物語をオーバラップさせ続けるこれは一体何なんだ?

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アニメ『冴えない彼女の育てかた』の加藤恵は“メインヒロイン”として抜擢され、安芸倫也がつくるギャルゲー制作に携わるようになる。

時に原画家のイメージを引き出すモデルとして、時にライターのアイディアを裏付けるモデルとして彼女は存在する。そしてディレクターは“メインヒロイン”がこの制作においてだと言わんばかりの振る舞いをするのだ。

傍から見れば加藤恵は「そこまで」役立っているようには思えない。確かにクリエイターのアシスト役として価値はあるかもしれないが……それだけと言えばそれだけだし、恵に対する倫理の態度はいささか…不思議な印象を受ける。

 

・・・メインヒロインって何? 

 

恵はゲームのキャラに成り切って会話をしたり、逆にゲームのキャラに成りきるよう外部から要請を受ける。

なぜそんなことをしなくてはいけないのか? アニメ版ではここに明確な光は差し込まれず(あるいは私が読み取れていないまま)最終回を迎えてしまった。

 

・・・ゲームのメインヒロインと、現実のメインヒロインを同時に存在させ、同期させようとする事にどんな意味があるの?

 

これは恵だけではなく、霞ヶ丘詩羽も近いことをやっている。

作ったキャラクターに自分を重ね合わせ、そのキャラクターを想い人に選んでもらえるか、そのENDを受け入れてくれるかで返事とする。そんな大変まどろっこしい自己完結型の告白をやってのけた。

もう……もう!この人はー!!(好き)

でもこれって、見方を変えれば有り触れている。

 

それは「劇」だ。

劇において自分の本当の気持ちと、役の気持ちを重ね合わせることで本来ならば面と向かって言えないことでも「劇中」では言えるし、その役に成り切って大告白をしてしまうなんて事もざらだ。

あるいは『この青空に約束を――』のように劇で役のまま相手を説得したり、逆にその説得に抗ってみせたりなんてこともある。役という立場を利用しながら、現実の相手に言葉を投げかけるわけだ。

 

・・・それは虚構と現実が双方向性を持ち、互いに影響している

 

中二病も同じこと。 創り上げたキャラクターを自分に重ね、現実の自分を塗り替えたらんとする。パパに会う為に、不可視境界線が"あ"る世界を前提とした彼女のように、現実ではできないことを物語の力を借りて成さんとするのである。

となれば冴えカノが行っていることも、理解できる。

加藤恵がメインヒロインとして抜擢されたのはその「現実の魅力」を物語に転換するためであり、また出来上がったヒロインの「物語上の魅力」を現実に転換するため。

その繰り返しによって、、、よりゲームのヒロインを可愛く、、、恵を地味な女の子からより脱却させていく、、、という事なのだろう。

このような「現実上で物語を“オーバーラップ”」させるのは、使用者が物語の力を借りたい時なのは間違いない。

しかしこれは“物語化”とは異なる概念なのは、あれは二つを「一つ」にさせる行為だからである。現実と物語をひとつにさせることで自他の認識を塗り替えようとする“物語化”と、主体が「現実の私」と「物語の私」の同時に存在させ双方向に影響を与える“オーバーラップ”は別ものだ。

ではこれは何のために存在し、どのような効果を及ぼすのか? それは自己の言葉に、行動に、力を宿すための方法であり、つまり実存を後押しする行為なのである。

(続く)

 

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