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斑目に萌える。オタクとジェンダー。彼氏持ちヒロイン落とすギャルゲーかもん!(げんしけん10-19巻感想)

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斑目ってこんなに可愛かったけ?……

咲さんのコスプレ写真を(未だに)持っていたり、笹原妹に恋話突っつかれて動揺し、家に帰ってからもあーもー!って叫ぶ。昔好きだった人は今でも好きで中々忘れられない、そんな彼に萌えてしまった。

へたれ男子の可愛さってこういう事か。と一人で頷く。なるほどなるほど。

別に恋愛絡みじゃなくても、オタ話している時の手の仕草とか、ツッコミのリズムとか(13巻における咲との会話等)、照れ焦っている表情なんかも実に好きである。

げんしけん1-9巻(一代目)読んでいる時は、斑目のことはそういう目線で見たことはなく――いや昔の事なのでどんな気持ちを抱いていたか正直忘れているけど――今はそういう感受が養われたのか「これは斑目に萌える作品かッ!」と天啓る。

13巻では「斑目にモテ期到来?」と言われはじめるのだけど、個人的にはスーとくっついてくれると……いやでも波戸君も捨てがたい……となんだか楽しい。

スーは人と人の境界線かなり分かってる子で「そこは踏み込んじゃいけない」ところは絶対に怒る。あんまりしつこいようだと蹴る。みたいなのが私は好きにならざるを得ないというか。好きなのだ。瞳が綺麗なのも惹かれてしまう。

ただあまりスーの内面は描かれないので「どんなこと考えてるのかな?」とたまに思う。それを想像するのも楽しいけど。

波戸くんは斑目とは違うヘタレさがいいよね……ではなくではなく、心根が素直なのがポイント高い。笹原妹が嫌う部分もわかるけどね。いやでも私は好きだよ。

 

 

彼氏持ちヒロイン

二代目読むと――荻上さん彼氏出来る前と後では(ウル覚えだけど)服装が可愛くなったり、ちょんまげヘアスタイルの頻度が下がっていて「ぐはっ///」ってなる。

彼氏できて身なり変わるの、めっちゃ可愛いと思うんだ。

彼氏持ちヒロインってギャルゲーだとご法度だけど――なんでだろうね?――そういうジャンルもあればいいなと思ってしまった。彼氏持ちヒロインを眺め、愛で、攻略するというのはきっと堪らない。

(そして寝取られてしまった側の気持ちも想像できるのでお得感すごい……!)

でも、これ逆ネトラレになってしまうんかね? そうならば既にそういう作品はあるのかも。探してみよう。

いやそうじゃないんだ! 

恋×シンアイ彼女』や『ToHeart2』のようなゆったりとした日々の中で――ギャルゲー的空気感で――彼氏持ちヒロインの攻略ゲーが欲しいわけなので「寝取られゲー」とはまた違う気がする……。

 

 

ジェンダーに纏わる……というか中心にまで位置し始めるげんしけん

 

男の娘であり、腐男子であり、異性愛者な波戸くん

彼のジェンダーはとても複雑でステレオタイプな「男/女」で割り切れるものではない。女装するからと言って女性になりたいわけではないし、BLが好きだからといって男性を恋愛対象にするわけでもない。

男/女という2つの性区分しか知らない人は、彼の状況はどういうことなのかさっぱり解らないだろうし、辛うじて知っている同性愛者という視点を持ってこようともそれは否定されるので理解は暗礁に乗り上げる。

なので、本作は多くのページを割いて「波戸賢二郎」を丁寧に描写するのだろうし―――ひいては『げんしけん』がジェンダー観を養う作品にもなってきているなと思う。

でも何でげんしけんジェンダー要素をここまで取り扱うのだろう? と考えてみるとそういえば「オタク」も「腐女子」も当時は(今も?)マイノリティで、理解されづらい存在である。

それらを取り扱ってきた『げんしけん』に同様の境遇である男の娘や腐男子を一手に引き受ける波戸くんがいても何ら不思議ではないし、実際違和感なんてまるでない。

14巻では斑目と一緒にいるだけで真っ赤になる波戸もいて、「同性愛者ではないけれど斑目に好意を寄せている」っていう状況が描かれる。

もうねここまでいくと男とか女とか異性愛者だとか同性愛者だとかという「性区分」がなんら意味を成さないもので、それは対象を簡単に理解するための道具でしかないんだと分かる筈。

それでも私たちは「わかりやすい」ものが好きだし、物事を「わかりやすく」しようとする悪癖を持っているけど――言葉っつーのはそういう性質を持つ――それを自覚させてくれる本作はいいなあ……って思う。

 

 

男性の友情さえもすべからく単一視線で捉える腐女子

紆余曲折あってのこのシーン。

「……僕だって 斑目さん好きなんですよ」

「だからもう少し 何とかしてあげたいんです」

――高坂/げんしけん14巻

きっちり失恋させる――かはともかく、そうだよねなんとかしてあげたいよね…。こういうことをさらっと言えちゃう高坂やっぱ好きだなあ。

ってところに前のめりになる大野と荻上。彼の言葉を腐女子的視点で捉え興奮しているのを見ていると「はぁ……こいつらは」という感想しか覚えない。(彼女達の「!!!」って気持ちも分からなくは…ないですけどね。でも

ちょっぴりうんざりした。

なんだろうな。

腐女子は(と一般化していいのか分からないけど)解釈がほぼ「ソレ」に直結するのが、視野狭窄というかその経路しか持ってないんかね?となってしまう。毎度毎度だぜ。彼女らのこういったシーンにおいて同じ反応なのは。

解釈は自由?解釈に真偽はない? 正しい。でもね、あらゆる場面で同型の解釈しか出来ないならば見方が貧しいし私は唾棄したい部類の視座だよ。

あるいはその人が、心情が、関係性がなんてのはどうでもよく「自分が興奮できる解釈を最大限に行う」という事なんだろうか。

他者の心情を慮ろうとするのではなく、自分が最大限に気持ちよくなりたいから、そこにファクトがなくとも、自分本位に「対象の心情を塗り替え」ようとする。なるほど。その視点は今までなかった。

快楽追求の立場ならそれも悪くはないのでしょうね。

『ぼくの一人戦争』にて「人間は他者を自己内で監禁したり殺したりしている」みたいな表現があったと思うんだけど、これはそれに通ずる話だなと思う。*1

もちろんそういった単一(に見える)解釈が全般的にイヤってわけではなく、今回のような高坂の気持ちとかどうでもいいよ!的な解釈が私的に引っかかったわけで。

 

 

笹原妹の強引さ

 

笹原妹は自分本位で、ずかずかと他人のプライベートに乗り込んでいくし、言葉のひとつひとつに歯を着せぬ感じで容赦がない。斑目に失恋させる状況を作り出したのは彼女なのだけど、そのやり方はすこし強引だったとも思う。

で、それら諸々を鑑みるとどうしても「無責任な人」の印象を強く受けてしまう。

状況を進展させるために荒っぽい方法を取ったけど、その後のフォローは何もなしで、斑目が傷ついたとしても、げんしけんに致命的な打撃(=サークル崩壊)を与えようとも、「私知らないって」「結局自分たちの責任でしょ」とかいって追求を逃れようとするかもしくは「はははごめーん」で済まそうとする(よくいるあれである)人に思えて仕方がないわけで。

確かに結果から言えばそうはならなかったし、実際彼女は類似する行動は(たしか)今までに取ったことがないので私の完全なる偏見でしかないことはよく分かっている。

笹原妹の言葉にも一理も二理もあるし、斑目は失恋したほうがいいよって正直思うものね。でもやっぱ、自分勝手な人だなあという感想は覚えてしまうのは何でだろ…。

んー、他者を思いやっている感じが彼女からは見て取れないので、そこらへん影響しているのかな。彼女も彼女なりに考えているのは分かるのだけど、やっぱり自己・中心な感じが強い。

タイプとしては咲さんに近いんだけど、咲さんは厳しさにも優しさが垣間見たりする人なので印象が真逆になるんだろうな。いや、嫌いじゃないけどね笹原妹。

(……19巻読了)

笹原妹に「あそこ」まで言わせておいて、らめ先輩、保留するの本当ありえないでしょ……。思わず心の中で「は?」と疑問符が踊りだし、これ笹原妹怒るだろうなあと思ったら案の定「…何で即答しねーの?」「私がワタナベに振られるとかありえなくない?普通逆だろ」(意訳)と。

怒るっていうか、彼女の自尊心を傷つける形になっているのでさもありなん。ヘタレた返事をしてしまうのがラメ先輩の魅力といえば魅力なんですけど、今回は中々に……ヘタレでしたね。

それも「否定」するのではなく「保留」という選択が色々酷い。

今まで私の笹原妹の好感度って「嫌いじゃないぜ」だったのが、ここで「結構好き」にランクアップしてしまった。なるほどなるほど。

 

新装版 げんしけん(1) (KCデラックス アフタヌーン)

旧版は手元にあるものの、新装版も欲しいなと悩んでいるこの頃。問題は置く場所がもう遠き理想郷状態なことなのだ…。

 

漫画・記事

『結界師』最終巻・感想。7年間有難うございました!!(2379文字)

『3月のライオン』人の想いは思わぬ方向からキミを救ってくれることがある(2628文字) -

 

*1:原理的に我々は例えそうだったとしても、程度問題はやはりあるでしょう。私が提起したいのはそっちかな