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おめでとう!おめでとうパトリック!!!!!(THE MENTALIST第70話感想)

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"終わらぬ物語はない。
 終わらせてこそ物語。"

古き大木がそう語ったように、ネバーエンディングストーリーなんてクソ食らえだ。本来あるべき物語の形は歪められ、真実は遠ざけられ、引き伸ばされた時間の中で同じような毎日を送り続ける登場人物たち。

毎話、複雑に絡まった『殺人事件』という舞台を与えられCBI捜査官のリズボンとそのコンサルタントであるパトリックは事件の謎を解き明かし、そして忘れた頃に連続殺人鬼レッド・ジョンの話を展開するもののなかなか尻尾が掴めない。掴めた!と思っても多くの場合は空振りで、進展したと思っても結局は振り出しに戻るばかり。

果たすべき使命を胸に抱え、妻と娘を殺したレッドジョンに復讐を誓ったパトリックの想いは69話を迎えても到達することはできなかった。

何故そうなるかと言えば、人気がでると物語は『終わる』ことを否定されるからだ。安々と『終わる』ことは許されず、粛々と『続く』ことだけを望まれてしまう。その願望が物語の骨子に"軋み"をあがらせようとも、"壊れ"かかろうとも、限界まで引き伸ばされてゆくのだ。それが物語を――老いた羊の四肢をいっせいに引っ張って肉が裂けるかのように――ぼろぼろにしたとしても彼らは構いやしない。

だからシーズン3が終わる頃になっても「どうせシーズン4に続くんでしょ?」と私は思っていた。どうせ引き伸ばすのでしょ?と疑っていた。

もちろん『メンタリスト』は好きな番組だし、出来れば長く続いて欲しい、ずっと見続けたい。でもこれ以上物語の中心軸にある"レッドジョン"から遠ざけることに関しては否定的だったのだ。

しかしシーズン3・最終話(通算70話目)『ストロベリークリーム: パート2』でその予感は裏切られる。この回でようやくレッドジョンは姿を現し(それまで女性か男性かまでも表現されることはなかった)、パトリック・ジェーンは彼を射殺した。

「まさか」

そのまさかである。パトリックがあの状況でレッドジョンを殺すとは思えない雰囲気だったし、どうせ取り逃がしてしまうものばかりと高をくくっていたせいか自然とその言葉が口をついていた。まさか、本当に、終わった?……。終わったのだ。

復讐は成就した。
願いは叶えられた。
殺人犯になったパトリックは警官に銃を突きつけられ、閉幕した。

清々しかった。最高だった。気持ちがすっとした。パトリック・ジェーンの気持ちが報われたこともそうだが物語が終わるべき時に終わることが何よりも嬉しかった。

先述したように私はこの回で"レッドジョン事件"が終わるとは思わなかったものの、振り返ってみると「終わるべき時」だったのだなと思える。彼の気持ちが収まるべき時は今回だったのだなと。それくらいすんなりと納得がいく描き方であり、Endingだった。

そしてこうも思った。ずっと続くものよりも、いつか終わってしまうもののほうが美しいのだと。花は枯れゆくからこそ綺麗だし、造花は朽ちることがないからこそ美しくないのだ。

物語は終わらなくてはならない。ううん、終わらせてこそ物語。

例えこの後「パトリックが殺した人間はレッドジョンではなかった」とか、「レッドジョンは一人ではなく複数人の総称」だとか「レッドジョンは死んだけど今度はブルー・ジョンが出てきた」ということになっても全然構わない。

(パトリックは「嘘を見破れる」人間だし、目の前の人間がレッドジョンであるかどうか確かめる為に何度も質問をし、慎重に行動していた。そして最後にヤツしか知り得ない情報を知っていたからこそ撃ち殺したのである。このため「パトリックが殺したのはレッドジョンではなかった」という分岐世界になるのは可能性としては低いし、もしそうなったらかなり興ざめである。だから、多分、続くとしてもレッドジョンの事件が終わった後の『メンタリスト』世界を描くのではないかなあと思う。本作は独立した"殺人事件"を発見・解決するものなのでそれでも十分成り立つとは思うのだが果たして)

続いたとしても――実はシーズン7まであるんですけどね――私の中で確実に『THE MENTALIST』という作品は70話で終わった。そしてその終わり方がとても良かったなぁ……という気持ちでいっぱいである。

 

――やった!!!やったねパトリック!!!!!おめでとう!!おめでとう!!いやっふううううううううううう!!!

  

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