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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

『お前がそう思うんならそうなんだろ』の使いドコロ

思考の種子
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お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな

 

元ネタはどうであれこのフレーズは今では至るところで見かけるし、主に相手の主張を封じる煽りとして、はたまた答えは人それぞれなのさてめーは黙ってろという文脈で使用されることが多いように思う。

「神はいます」

「お前がそう思うんならそうなんだろうな」

「◯◯はプロパガンダです」

「お前がそう思うんならそうなんだろうな」

「『響け!ユーフォニアム』は☓根を象徴している」

「お前がそう思うんならそうなんだろうな」

 

といったような使い方がぱっと思い浮かぶ。

ただ私自身あまりこのフレーズを使ったことがなく、使ったとしても身内内での冗談として使用するくらいに留まりそれは何故かというと使い所が難しいなあと感じるからだ。

例えば相手が「Aだと思う。なぜならこうこう、こういう理由だからだ」と言ったとしよう。その応答として「お前がそう思うんならそうなんだろうな。お前の中ではな」と返したら、相手の主張にまともな反論ができず、根拠を示しているのにも関わらずそこに触れることもなく、このフレーズを使うことで相手の主張を覆せてると思っている者という誹りは免れないだろう。

正直、話し合いから逃げていると思われても仕方ない。

だからこのフレーズを使う場合一体どういうときが使い時なのか? どういう場面が適切なのか? と前々から考えていたのだけど先日ようやく答えが出た。

すなわち――言葉の妥当性をきっちり求めない日常会話や話し合いにおいては別だろうが――議論等において「主張に根拠が伴っていないもの」に対してこのフレーズは有効だろう。

例えばこんな感じを想定してもらえれば分かりやすいと思う。

「神はいると思う」

「なぜですか?」

「何故って言われても……ボクが神はいると思うから神はいるんだ」

「……えーとじゃあ神はいると思う根拠は何かあるんですか」

「そんなものはない」

……そうか

f:id:bern-kaste:20160927120331j:plain

 

あるいはこういうケース。

「Aだと思う。こうこうこういう理由だからだ」

「ボクはAではないと思う。Bだ」

「……」

「……」

「えーと?」

「?」

「『Aではない』とする理由は何かあるの?」

「ない」

「OK。『Aではない』理由を説明できないことは分かった。じゃあ『Bだ』とする理由はあるの?」

「Bである理由はこうこうこういうものだ」

「OK。『Bだ』とする理由は分かった。だたそれは『Aではない』とする主張にどう繋がるの? 君が『Bだ』とする根拠を示してもそれは『Aだ』とする主張を否定する理由にはなっていないのだけど」

「……ん……いや、それはボクには分からないけどAではなくBであることは確かなんだ。だからお前のAという主張は間違っているしBが正しい」

……そうか

お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな

――――――

――

こういったシーンにおいて、このフレーズは適したものになると思う。

そりゃ自分の主張の根拠すら言えない人に、その主張の成り立ちを求めても全て感情論に終始してしまうものね。その人の中ではいくら利があって、正しくても、それを客観的な妥当性でもって示せないのであれば「お前の中では正しいのだろうね」という応答で十分だろう。

また「Aだと思う。こうこうこういう理由だからだ」という主張に対して反論は「Aではないと思う。こうこうこういう理由だからだ」というのは当然として、そこから互いの根拠の妥当性を探っていくものだけど、なぜかAの根拠の検証なしにBという主張を始める人がいたりする。たまに。

もちろん「こういう理由でAではないと思う。むしろこういう理由でBである」と主張する分にはいいのだけど、A・Bどちらの根拠も示せないのであれば相手の主張に応答するものではないのは明白だ。

他にも主張がイコールで根拠を示すことだと思っている人、主張に立証責任が課せられることを理解できない人に対しても同様にこのフレーズで処理すれば無駄な時間を省けていいかもしれない。(そんな人いるのかなと思うでしょ?いるんです)

参照→@ddrdaisukiは自身の主張の理由も提示できない人でした。ダメだこりゃ

逆に先述したように相手が根拠を示している時にこのフレーズを使ってしまえば、今度は自分が根拠を言えない人だと宣言しているようなものなので注意が必要になる。やはり『お前がそう思うなら(以下略)』の使いドコロは限定的で、そうバンバン乱用できるものではないと思う。

というよりこれは「使わないからこそ」いいのかもしれない。伝家の宝刀的な感じで抜くのではなく「抜く用意が出来ている」とチラつかせておくことで、根拠が提示できない主張の抑止力となるし、それすらも理解できず自分の主張の成り立ちすらも言えないようであれば恥をかくのはその人だものね。結句抜かなくて何ら問題はないのかも。

他には「(キリッ)」系の煽りテンプレはおそらくどんな場面でも使えない、というか使ったらその時点で「ボクはその主張に反論できません」と宣言しているようなもなので適した使用ケースが全く思い浮かばない。何かあるんだろうか。煽りだけに終始するならいいのかもしれないが…。

 

 

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