猫箱ただひとつ

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舞台裏、制作背景、開発環境は「作品を評価」する上で何ら関係がない。無価値だ。

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以前、この一件が話題になった。

getnews.jp

内容は上記事を見て頂ければわかるが、イギリスの映画配給会社代表が日本の映画に苦言を呈し、それに反論した音楽プロデューサー福田氏のツイートに批判が集まったというものだ。

福田氏の主張は以下のツイートに集約されており、批判が出るのも分かるとは思う。ただ私は別に氏を攻め立てたいというわけじゃないことをひとつ。

 

だいたい「今の日本映画はつまらない」と「神目線」いう人間は、例えば予算のない現場で制作のスタッフがしょぼい弁当をリカバーするために必死で味噌汁作ってキャストやスタッフを盛り上げようとする矜持すら知らない。オレはそんなやつらは一切信じない。勝手にほざいてろ。

――【魚拓】福田裕彦 ほぼ8歳612ヶ月ですが?さんはTwitterを使っています: "だいたい「今の日本映画はつまらない」とか「神目線」言う人間は、例えば予算のない現場で制作のスタッフがしょぼい弁当をリカバーするために必死で味噌汁作ってキャストやスタッフを

 

私の立場は、本記事の表題どおり「制作背景は作品を評価する上で関係がない」ということになる。映画の制作現場でいくら味噌汁が振る舞われようと、それが制作費をカバーする方策だとしても、それは結果として出された作品に何ら影響を与えない。

むしろ作品を評価するときに、なぜ、視聴者が予算や開発環境を勘案しなければならないのか? ここが答えられないならばやはりこの主張は筋が通らないものだろう。そしてそれを勘案したところで作品の評価が変動するわけではないのも事実だ。ダメな映画はダメだし、つまらない映画はつまらないままで、面白い映画は面白いだけである。

100歩譲って、メイキング映像や作品を生み出すまでの苦節エピソードに価値があるとしよう。著名な監督であれば実際にそういうのを欲しがる視聴者もいるし、ありがたがる者もいるだろう。

しかし「制作背景」がお涙頂戴だからといってそれが「作品」の評価に繋がるのだろうか? 制作背景に価値があれば、生み出された作品にも制作背景の価値が宿るだろうか? 

分かり難いならば、質問の仕方を変えよう。 

開発環境がぼろぼろでとてもじゃないけどいい映画を作れない場所で出来上がった映画があるとしよう。あなたはそれを見て心の底からつまらないと思ったが、開発事情を知り「あの映画は、制作スタッフがしょぼい弁当をリカバーするために味噌汁をつくってスタッフを盛り上げようとしていた。頑張っていた。いい映画を作るために少ない開発リソースでやりくりし努力をしていた。だからこの映画はつまらなくない!」と判断するのだろうか?

もちろんしないだろう。

あるいは「いい映画を作るためにどん底の開発環境でも努力をしていた。だからこの映画はいい映画なんだ!」と評価するのだろうか?

もちろんしないだろう。

制作背景を評価することと、結果として出された作品を評価することは別々のレイヤーなのだ。だからこそ両者を一緒くたにしてしまった福田氏のツイートは納得を集められず、多くの人が否定に回ったのだと思う。

私としてはこの世間の反応は嬉しいものだった。というのも多くの人は未だに作品を判断する上で「作者の人格」「作者の意図」「制作背景」といったその作品とは何ら関わりのないものを指標としているのかな?と思っていたからだ。だがこの結果は、(無自覚だったとしても)「作品」と「舞台裏」を切り離して見ている人が多い事実になると考えられる。そしてそれは歓迎すべきものだろう。

逆に↑のような判断を視聴者がし始めたら、その市場は末期的なのかもしれない。

俳優の◯◯君が頑張っていたんだからこの映画はいい映画なんだ……味噌汁が振る舞われる制作環境なんだからあの雑なカットの数々への低評価は改めよう……監督は多大なボランティア活動をし社会的な評価が高い人物なのでこのドラマは傑作である……。(実際にしている人もいる気がしてきた)

またこなたま(CV:渡辺久美子)氏の反論ツイートも大変参考になったので取り上げておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ややキツめの主張だが、制作者側が制作現場を理由に視聴者の作品評価の変更を強いることのオカシさ、制作者側の宣伝において「こんなにも頑張りました!」をアピールするのはアリでもそれを理由に視聴者の作品評価の変更を強いることが誇りではなく恥であることが分かると思う。

またこれの私の意見だが、何も制作者側ではなく視聴者側の意見でも同様だと思う。

つまり視聴者が別の視聴者に対し「この作品はナァ!こんなにも頑張って作られたものなんだからつまんないって言うなよ!」に類する主張もナンセンスということになる。

制作側がその発言をするよりはまだ悲惨的ではないものの、先述したようにその主張は妥当ではない。むしろ制作背景を考慮し作品の評価が変わるのであれば、その者は「作品を見ていない」と言っていいだろう。

以前『Fate/stay night』のDEEN版とufo版のアニメ化について、こう語ったことがある。アニメ化というのはすべからく「原作を対象にしアニメ(映像媒体)で語る」ことの営為であり、またそれは作品批評といってなんら変わらないことであると。

そして

それは制作者が「原作を大事にしました」と言おうが言うまいが関係ないことだ。結果として出された作品がそれに見合わないのならば原作は大事にされていないと判断するしかないし、例え「原作なんて読み込んでいない」と言おうと原作の中心軸を把握して創られていると見て取れるならば「このアニメ化は原作を大事にしていた」と判断するものだ。大事なのは舞台裏の言などではなく、提示された作品から生まれたテクストを視聴者がどのように判断するかに他ならない。

 

――「アニメ化」とはつまり原作の批評行為なんじゃないか?(Fate/stay night)

 

私の意見はいつだって揺るがないが、いつだって大事なのは結果として出された作品から生まれたテクストを視聴者がどのように判断するかである。他作品の比較をする場合にしてもここが疎かになればそれは単なる我田引水にしかならないし、外在的文脈で語るとしてもこのことを忘れれば牽強付会にしかならない。

大事なのは作品の舞台裏でもないし、制作背景でも、開発環境でも、予算でも、監督がどんな人物かでもない。その「作品」なのだ。

そして「舞台裏、制作背景、開発環境の価値」と「作品の価値」を区別できず両者を同軸上で評価しようとする者を私は今後「味噌汁屋」「味噌汁購入者」ないし《味噌汁の矜持》を持つ者と称したい。

 

 

 

 

おわり

 

そういえば、先日『ランス03』のレビューに意見が寄せられたので見に行ったらこんなものがあった。

 

 

あ、味噌汁屋だ

 

 

 

 

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*せっかくなので続き

さて、ネットストーカーを常日頃しているよしき氏(名前を変えてブログを変えて匿名日記でルサンチマンを垂れ流し今はあさひと名乗っているそう。今度からは"あさげ"と名乗ってはいかがか)は何かと私に突っかかってくるわけだが、あなたの反論には説明の義務が生じているのでそれを果たしてくれ。

①なぜある作品に対して制作環境(&開発リソース)を考慮しなければならないのか? ②何故ゲームデザインにコメントしてはいけないのか? ③なぜプレイヤーは"物足りなくて残念だ"という枠組みで楽しまなければいけないのか? ④ランスらしさに不服があるならば具体的にどこがどう違うのか?

以上4つについてあなたは反論したわけだが、もちろんそれに伴う根拠提示をする必要がある。またあなたが支持する《味噌汁の矜持》についても是非語って欲しい。

あとこの人*1は逃げるようにすぐツイ消しする責任感がない人なのでSSを撮っておいた。

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本文中の「ランスらしさ」に対して反論があれば根拠を示して語ればいいのだが、しかしそれすらも彼ができないのは困惑する。ただただ「カチンときた」とし 感情で揶揄するだけに留まっているのは未熟としか言いようがない。

人をアホ呼ばわりしているが、なぜ根拠も示さない意見をこんなしたり顔で言えるのか。不思議だ。いや単純にアホなのだろう。またランスシリーズファンを代表した発言をしているが冗談はその破綻しきった人格だけにしてくれ。

某氏をTwitterで散々追いかけ回し自分の主張を押しつけて思い通りに行動しろと迫るもののそれが果たされなければ癇癪をおこす。ブログでもボロクソに攻撃するかと思えば「もう某氏には言及しません」と宣言した2週間後ちゃっかり某氏を再び貶すところはさすが約束を守る賞賛に値する人格だと思うが、まあこれは本件とは関わりがないので置いておこう。

またこの人はレビューも下手くそで常に作品の「舞台裏」「背景」でしか語れず、いつまでも"作者の意図"から抜け出せないのを見ているとこのままずっと国語教育をやっていればいいと思う。(だから紋切り型の誰でも出来る批評しか出来ないのだろう) あなたがそのどうしようもないスタイルを貫くのは構わないが、私のレビューに意見があるならせめて本ブログがテクスト論寄りなのを踏まえてからにするべきだ。

私からの要求は以上だが、当該レビューに反論する気があるならば(繰り返すが)根拠を示してくれ。

 

 

*追記

反論を読んでみたら、なにこれ? 自身の主張の説明を一切せず、話をはぐらかしてくるとは予想外だった。

Twitterで問いただしてみても「Twitterで応答する気はない」と拒否されたが、そもそも私のレビューに反論をし、その論拠を求めるのは当然の権利なのに何を言っているんだか。自分に拒否権があるとでも思っているのか。

まともな反論もコメントも出来ず、絶縁状を叩きつけブロックをしているのに尚も私に絡んでくる頭のオカシい人なので、こういう結末は予想通りといえば予想通りだったかも。