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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

〈harmony/〉御冷ミァハの外形と再読了メモ

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御冷ミァハとハーモニー

 

・御冷ミァハの「外形」は小説で具体的に描写されていなかったような気がする。気がするだけかもしれない。私はときどき小説の描写とは大分違うふうにキャラクターをイメージするときがあるのであてにならない。後で調べるが、今は読書中のイメージをか書き残そう。

ミァハは(やや青みがかった)白髪で軽めのボブカット(前髪はパッツンではない)。少し首を傾けたり、振り返っただけで髪の毛一本一本がさらさら動くらいの髪束感。瞳の色は(紫か青で悩むけど)全てを飲み込むような漆黒で、限りなく虹彩が見えなく、ハイライトも少なめ。四肢はほっそりとしており、皮膚は薄め、手の甲は近くでみれば静脈の浮き彫りがわかるように。生きている感じが希薄。

実はもう一つパターンがあって、髪の毛がさらさらじゃないくせっ毛な御冷ミァハ。髪の先がくるんと曲がっていてなんだか可愛らしい。彼女のミステリアスな雰囲気のギャップも相まって好きなヘアスタイル。

爪は伸ばさず短すぎず、適度に整えて面倒しそうにもしながらもちゃんとやすりをかけてぴかぴかにしているイメージ。サーモピンク。

 

・霧慧トァンは赤茶で長髪。序章でWarBird戦闘時、髪を縛り上げるシーンがある。両手で後頭部の髪をまとめ上げてきつく、きつく縛り上げる。そして右手で輪ゴムを器用に使って、束ねた髪を固定していく、このときのしっぽがくるりくるりと跳ね上がるイメージが好きだったりする。

 

・キアンのイメージは沸かなかった。空白。透明。なにもない。

 

・そういえば御冷ミァハは「みれいみぁは」だと思っていた。実際そう読んでいた。しかし実は「みひえみぁは」だということが発覚する。かっこわるいと思った。「ミレイミァハ」のほうがかっこいいと思った。

 

・昔に『ハーモニー』を読んだ御冷ミァハの印象は、霧慧トァンが思い描くようにイデオローグ的でカリスマに溢れた少女だった。ミァハに従っていればどこまでもいけそうな気がしたし、自分より上の存在に頼りたくなるような安心感があった。

でも、2016年に読みなおしたミァハの印象はすこし違っていた。私にはもう彼女をカリスマとは思えなくなっているようだった。カリスマ的存在でもなく、導き手でもなく、先導者でもなかった。

ただ苦しんでいる女の子だった。

仮初の言葉で仲間を増やし、薄い皮膜で覆われた理想を語る女の子だった。

観測者が変わればこうも当該人物のイメージががらりと変わってしまうのかとも思った。私が変われば、彼女に抱く気持ちも変わる。私が改まれば、彼女の見え方も切り替わっていく。当然だ。当然だけれどそれは実感するたびに新鮮なきもちを覚える。昔の私と今の私には同一性がないということだなとも思える。

 

・御冷ミァハは「記述」されることを拒んだ。永遠はいらないと。しかし『ハーモニー』は御冷ミァハを「記述」してしまっている。黒インクで紙にべったりと書き残してしまった。この小説が世界中から燃えでもしない限り、インターネット上のデータが破壊でもしない限り、彼女は永遠にメディアに拘束される。望んでもいない形で、望まれた形で、観劇者の視線に晒され続けることになる。それは……

 

・人間の内面を剥落させるENDを眺めていた――正直ハーモニーと関係ない――他作品のENDの解釈の仕方が唐突にひらめいてしまった。ああ……そうか……そういうことなんじゃないか……おお……と。どうでもいいな。(時計→森林→寝椅子→新星→理想郷)

 

・無駄がない小説とは、こういう小説を言うのかもしれない。読了後そう思った。あらゆる人や場面に無駄がない。それは美しいと思えた。また矮小化された作品にも思えてた。無駄を切り詰めた先にはノイズはなくなる。しかしそのノイズは時として作品の豊穣さとは縁が切ってもきれない部分でもある。これは悪い意味ではない。もちろん良い意味でもないけど。

 

 

(了)

 

 

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そういえば新装版のトァンはなんかイメージと違うと感じたのは、私だけだろうか。 そうでもない? fmfm