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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

ゲーム民族のように、物語ユーザーも物語に対するアプローチがそれぞれ違うはずなのである。だから「物語民族」の分類が欲しくてたまらない

思考の種子
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1)ゲーム民族

 

以下、スパ帝国氏の記事が大変興味深かった。

 

ゲームが強くなる100の知恵++ | スパ帝国


 

この記事は、ゲーマーを「意思決定」「研究」「管理」「軍人」「操作」「ロボット」「消費者」7つのタイプを民族と呼びならし、ゲームに対するアプローチの仕方を説明している。

例えば消費者民族ならばこんなふうに。

 

#107 消費者民族

消費者民族は広義の買い物を楽しむゲーマーである。MMORPGでレベル90まで到達したい。その為には時間なり金なりを投じなくてはならない。では何を買ってどの狩り場でレベルを上げるのが最も効率良く欲しい物を手に入れる道筋なのだろうか……とあれこれ思案する事に喜びを見出す人々である。

これも戦略ゲームとはだいぶ居住地が離れている。消費者民族はしばしばアイテム課金制ゲームに逗留しているが、これは戦略ゲームと非常に相性が悪い。恣意的に難易度を上下させられると戦略のバランスそのものが崩壊するからだ。

消費者民族の当て込み、というより世界観は「コストと欲しい物」の二分法である。例えば格闘ゲームのコンボを練習するのであれば、練習時間がコストでそれによって得られる勝率が欲しい物である。これはしばしば過程を楽しむ障害になる。練習を「本当のゲーム体験を始める前のコスト」と見なしてできるだけ圧縮しようと考えると、結局苦行の長さに飽き果てて放り出す事になる。上手いプレイヤーの多くは練習過程も含めて楽しんでいる。「すぐ勝てるキャラはいますか?」と聞くのは一番不毛だ。

 

――ゲームが強くなる100の知恵++ | スパ帝国

 

 

このように7つの民族それぞれ説明しており、ピンとくるものが自分が併せ持つ民族であり、ピンとこないものが併せ持っていない民族なのだと思う。

「ゲームをどのように自分は捉えているか?」を知れば、その分上達の目安がつくし、好みのゲームを引き当てることも容易くなるに違いない。

ちなみに私は「意思決定民族」「ロボット民族」のようで、ゲームを綻びのない完成されたものと最初から決めつけて遊んでいるし、正解が完全に分からない判断を迫られるゲームや、黙々と与えられた指示をこなすゲームを楽しむ傾向にある。

前者は探索の駆け引きが際立つ『Ruina』であり、後者は『SCE_2』の穴掘って穴掘ってアイテム作成し続ける事が当てはまるだろうか。そして『あんずちゃんのとつげき!大冒険』を完全裏ワザなしで正面切って戦い勝とうとするのも、このゲームは敵に勝てるよう出来ていると当て込んでいるからだ。

 

 

▼参照

eroge-pc.hatenablog.jp

eroge-pc.hatenablog.jp

 

逆に私が苦手とするのは「自由度の高すぎるゲーム」だ。自由度が高くても「次にするべきこと」が明確になっているのならいいのだが、大抵の自由度の高すぎるゲームは何をしたらいいか決まっていないことが多い。それは『elona』のようにチュートリアルどころか何を目的に遊べばいいのか定義されず、『魔王物語物語』のように次にどこに行けばいいか分からず、『イストワール』のように複数あるダンジョンのうちどこを探索すればいいか指示されないゲーム――ああいうのはストレスに感じるのである。

 

そうそう、興味深かったのは研究民族だろうか。意思決定民族とは逆で、ゲームが綻びあるものと当て込み遊ぶのだそうだ。だから明白な解法には手を伸ばさず、裏をかく方法を常に探し求め続けるというのは「なるほど。そういうゲーマーもいるのか」と知見が広がった。

さて、そんなゲームに対するアプローチが分かったように、これは物語にも当てはめられるんじゃないかという妄想が働く。

 

 

 

2)物語だって「民族」に分類できるはず

 

物語構造を31に分類したフロップのように、あるいは神話批評のように、先述したゲーム民族のように、物語を読む人間も(多種多様であるものの)一定の傾向があり分類できるはずだ。

そして「自分はどのように物語を捉えているか?」を理解できれば、好みの物語を引き当てることに役立つし、「読み」にも大きく貢献してくれるに違いない。もしくは否定した物語が実は「否定すべきことではなかった」と判断を改めることだってあるだろう。

どなたか(できれば専門家が)分類して私のような凡人に分かりやすく説明して欲しい所だったりする。ただそういった話を寡聞にしてなので私なりに試行錯誤してみようかなというのが本記事だ。

 

 

MBTI診断を物語に置き換える

 

世の中にMBTI診断という俗にいう性格診断がある。概要は以下のとおりだ。

 

 (注) MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)とは
E(Extravert:外向的)かI(Introvert:内向的)
S(Sensational:直感的)かN(Intuitive:直観的)
T(Thinking:論理的)かF(Feeling:感情的)
J(Judgmental:断定的)かP(Perceiving:決めない)

の4つの軸により、人間を16種類に分けるという、まあ性格診断に毛が生えたようなものだが、
一緒に働いたり、暮らしたりする上で起こるいざこざや、リーダーシップのスタイルなどを旨く説明できるため、
米国ではMBAとかリーダー養成講座などで頻繁に使われる。

――世の中にはSとNの二種類の人がいる - My Life After MIT Sloan

 

 

  • 1つ目の軸は「どこからエネルギー・モチベーションをもらうか」で分かれる。元気がない時に誰かに会いに行く人はEで、一人だけの時間を確保し読書をするといった人はIになる。
  • 2つ目の軸は「現実主義者・ファクトを重視する・不確かなものよりは具体的なものを・帰納法で現実を理解する」傾向にある人はSで、「理想主義者・大局的思考・仮説やアナロジーが好き・ひらめきを大事にする」傾向のある人がNになる。
  • 3つ目の軸は物事を合理的に判断する人はTで、感情・感覚的に判断する人はFになる。
  • 4つ目は何事も決断したがりがJで、決断しなたがりがPになる。

 

簡単にいうとこんな感じで、本当はもっと沢山の付随した情報がそれぞれの軸にある。

で、これがどのように物語に対するアプローチに役立つかというと――あくまでもこの診断は「傾向」「どちらかといえばそっちが強い」程度でしかないが――自分がどのような傾向の人間だと知れば、自ずと物語に対するアプローチが分かるのではないだろうか。

 

このSかNか、というのは思考方法の好みの問題であって、能力のことではない。
世の中には、性向としてはN的でも、ちゃんとファクトから積み上げでも物を考える、S的な能力のある人は多い。
ただ、どっちが好きか、と言われたら、仮説思考で考えるのが圧倒的に好き、というのがNだ。
Sがいい、とか、Nがいい、というのもない。
能力としては両方あるのが理想。

世の中のほとんどの人は、SとNの両面性を持っていて、どちらかが強い、という感じ。

 

――世の中にはSとNの二種類の人がいる - My Life After MIT Sloan

 ここは重要な部分だと思うので押さえておきたい。

 

そんなふうに推し進めてみると

 

 

他のタイプはこんな感じだろうか?

 

  • Eであることは「多人数と触れ合う」傾向のある、『ラブライブ』『鬼畜王ランス』『世界で一番NGな恋』のような物語を好むかもしれない。
  • Sであることは「綻びのない(論理的な)世界観」「事実を積み上げていく物語展開」「ディティールが加えられた(=写実的)」傾向にある、『群青の空を越えて』『EVER17』『ノンフィクション全般』のような物語を好むかもしれない。
  • Tであることは「合理的な判断を下す」傾向にある、『ジョーカー・ゲーム』『Phantom』のような物語を好むかもしれない。
  • Jであることは「決断を即座に下す(=悩まない?)」傾向にある、『グリザイアの果実』『ざくざくアクターズ』のような物語を好むかもしれない。

 

そしてこれらを「裏っ返せば」苦手な作品も見えてくると思う。

例えば「綻びのない(論理的な)世界観」を重視する場合、主人公の引きこもり要素はどこにいったの『アウトブレイク・カンパニー』や、個別√浅井さん診断のあれはどうなの『G戦上の魔王』と気になっちゃうかもしれない

「決断を即座に下す」を重視する場合ずーっとくよくよ悩んでいる優柔不断なキャラクターがいる作品はストレスが溜まり、「多面的な思想」を重視する場合一方的な考えばかりが展開される作品は憤るのではないかと思う。

 

そしてMBTI診断をベースに新たな定義づけを行った簡易型web診断サイト『16Personalities』では、個々人の診断結果を "建築家" "論理学者" "指揮官" "討論者" "提唱者"…というふうに16のタイプ分けを行っている。

 

f:id:bern-kaste:20160715175250j:plain

参照→無料性格診断テスト | 16Personalities

 

 

これはどことなく先述したゲーム民族っぽいなと思っていて、どうにかして物語に変換できるそうな気もする。

例えば、私はINFP型なので「一人の時間がエネルギーを貰え、理想主義者で、演繹法で現実を理解し、感情感覚派であり、決めなたがり(良い言い方をすればフレキシブル)」ということになる。

「P」の部分は先述した「ロボット民族」「自由度の高すぎるゲームが苦手」という話に通じてくるし、やるべきことを指示されればもくもくとやるが、自分から行動を定義するのが苦手なため目的がはっきりしないとストレスを溜めやすいということだと思う。

でだこのタイプの物語アプローチの仕方は……

……

うーん……

「好み」「苦手」ならばこの診断である程度分かる。でも「アプローチ」となると難しいな……。この方法ではダメかもしれない。

というより「ゲーム民族」を物語に置き換えるだけでよかったかもしれない。

 

 

ゲーム民族を物語に置き換える

 

意思決定民族は、「正確が完全に分からない」判断を好む。あらゆるシーンを「答えが分かりきったものはない」と当て込み、積極的に解釈を続け、自分なりの「正解」を導きだそうとする民族かもしれない。そしてそこに「妥当な正解がない」と分かったとき――「中心がない作品」というものが世の中にはあるのだ――憤るのだ。これは物語を綻びのないものとして捉えているからだ。

研究民族は、「開発者をアウトスマートすることこそ物語を読む理由」になる。なので明白な解釈の仕方ではなく、プレイヤーが思いつくことを想定していない驚くべき解釈を提示しようとする。常に開発者の裏をかこうとするアプローチの仕方を求めるのだ。

管理民族は、「物語が法の支配下にある」と当て込む。正しいことと間違っていることは常に決まっており、明白であると物語に接しようとする。(それは物語内の倫理観が明白という意味なのか、それとも管理民族自身が有している倫理観に沿った上での明白ということか?)

軍人民族は……(これは物語に当てはめにくいけど強引にやるならば)「強さで全て決まるシンプルな世界」を物語に当て込む。ならばバトルロワイヤル・弱肉強食的価値観が色濃くでる『食戟のソーマ』や『Fate/stay night』『闇金ウシジマくん』のような物語を好み、それが物語内で否定されるとき強い反発を覚えるのかもしれない。

 ロボット民族は、「投下した時間分それに見合った成果が得られる」と物語に当て込む。これは「プレイした時間分楽しくなければいけないと」いう物語の接し方なのかもしれない。長ければ長い分楽しくなければいけないということだろうか?

 

とまあ、こんな感じだろうか。(消費者民族と操作民族は割愛)

 

やっぱり「ゲーム民族」は「ゲーマー」のための指標なので、重なり合う民族とそうではない民族がきっぱり分かれてしまった。やはり、物語ユーザーにおける適した分類が欲しいこの頃である。

 

 

ちなみにスパ帝国氏のゲーマー民族の記事は、この本の追加加筆分であるとのこと。

 

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eroge-pc.hatenablog.jp