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攻略サイトを見るとゲームの「楽しみ」が半減してしまう

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攻略サイトを見るとゲームの「楽しみ」が半減していくのは…

なぜか?

結論からいえば「知識の非可逆性による倦怠」だと思う。つまりプレイする前から本編内容を知ってしまうからこそつまらなくなり、知らなかった前に戻れないからこそ楽しみが半減していくのである。

例えば、ギャルゲーであれば攻略サイトで得られる情報は「どの選択肢を選べばどの√にいけるか」、ないし「物語構造」を知り得てしまう。その作品にBADENDがあればBADENDを、trueENDがあればtrueENDを、二部構造になっていれば二部構造を知ってしまう。隠しヒロインがいればそれも否応なく知り得てしまう。

例えばRPGなら敵の強さ、弱点、抵抗値からどうすれば楽に倒せるのか、どこでアイテムをGETできるのか、ENDはどうすれば到れるのか、ENDは何種類あるのかといった諸々を攻略サイトで知ることができる。

そういった情報は役立つものだが、しかし同時にネタバレによる破壊をもたらしている。プレイヤーの試行錯誤する楽しみを奪い、知らなかった方が楽しめたものを知らせてしまっているのだからそれも当然か。

RPGの攻略サイトを見ていると、だんだん「もうプレイしなくていいのでは」という気持ちがもたげてくるのは私だけだろうか? 記載された情報はほぼ「その通り」になる。ラスボス踏破のためのキャラ洗濯+装備の提案はほぼ間違いなく実行するだけで勝ててしまうし、ダンジョンの右隅に隠しアイテムも実際にそこにあるだろうし、ストーリー進行5の状態でリリアに話しかければ床をぶち抜いてくれるのだろう。そんな分かりきったものを分かりきりながらする点検作業はとことん虚しい。プレイすることの意義を見失ってしまう。

って考えていると――ああ、これは魔女の倦怠なのだなと納得した。未来(=起こりうる事実)を高精度で把握することによる飽き。退屈。それが攻略サイトが提供するものであり、攻略サイトの存在意義でもある。

 

参照→「このアニメ展開もう見飽きたよ」という知識の非可逆性を乗り越えるためにできること

 

 

なんdなか否定的な言い方だが、別に「攻略サイトは悪い」っていいたいわけじゃない。選択肢が複雑すぎて手に負えないときや、小ネタが豊富なゲームだとやっぱり私は攻略サイトは欲しくなる。

CROSS†CHANNEL』(2003年版)の選択肢構造は私にきつくてずーっと同じことの繰り返しして死んだとき、『魔王物語物語』の武防具の隠しパラメーターとかどうやって気付けばいいんだよ……無理だろ……と絶望したあの日あの時。攻略サイト各位にお世話になっていたりもする。

何がいいたいかというと「攻略サイトは前述したような効果を持っているのだから適切なタイミングで閲覧したほうがいいのだろうな」という当たり前のことであり、少なくとも私は一周目で攻略サイトは見たくないし見ない方がいいという結論に達した。

自分の力で踏破したほうが楽しめる―――それがが分かっているなら、自分の力で出来るところまでとことんやりたいっていう意思表明でもあり、最初の一周目くらいは(特にRPG)攻略サイトなしでやりたい。

おもしろいのが『東方Project』では、攻略サイト(動画)を見ようが――魔女の倦怠に陥らず――楽しみが減少しないところか。んー。なんでだろ。不思議だ。

なんにせよ攻略サイトを見る動機の九割九分は「時間をかけたくない」という効率重視プレイに他ならないわけで、時間を気にしすぎるのも嫌だよね……と思いつつ、やっぱり時間は有限であり大切なので縛られるジレンマ。

と分かりつつも逃れたいんだよね。うん。

攻略サイトはなるべく見ない方向で今後いろいろなゲームに触れていきたいと思った今日この頃であった。

(了)

 

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