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機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ22話。選択しない三日月と、責任を背負い続けるオルガ

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機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ22話

 

オルガ「(前略)だとしたら、アイツは俺に殺されたってことだよな」

三日月「オルガ、次俺はどうすればいい」

オルガ「……勘弁してくれよ、ミカ」

「俺は」「ダメだよオルガ」

三日月「俺はまだ止まれない」

オルガ「待ってろよ」

三日月「教えてくれよオルガ」

オルガ「待てっていってるだろうが――ッ」

三日月「ここが俺たちの場所なの?」

三日月「そこに着くまで俺は止まらない、止まれない。決めたんだ、あの日に、決まったんだ」

三日月「ねえ何人殺せばいい? あと何人殺せばそこへ着ける? 教えてくれオルガ、オルガ・イツカ、連れて行ってくれるんだろ 俺は 次 どうすればいいんだ」

オルガ「放しやがれっ!」


オルガ「ああ、分かったよ連れて行ってやるよ!!」

オルガ「どうせ後戻りは出来ねえんだ、連れてきゃあいいんだろ!?

オルガ「途中にどんな地獄が待っていようと、お前を、お前らを俺が連れて行ってやるよ!!」

三日月「ああそうだよ 連れていってくれ」

三日月「次はだれを殺せばいい、なにを壊せばいい オルガが目指す場所へ行けるんだったら、なんだってやってやるよ」

 

 

――鉄血のオルフェンズ22話

 

三日月は受動的だ。どうすればいいか悩んだらオルガに聞くし、迷ったらオルガに聞くし、ヘタしたら今日歯磨きするかどうかも聞いていそうなくらいに彼には自分の意思とか信念なんてカケラも持ちあわせていない。逆にいえばオルガに「こう」と言えばその通りに動く指示待ち人間だ。

三日月のこの在り方、「楽」だなって思っていた。楽だなってさ。自分が何をすればいいか、どう動けばいいのか、今何を考えるべきなのかを外部に任せてしまえば自分自身はそこにリソースを割かずに済むし、その分与えたられた指示に割り割けばいい。ある意味でこの主体性のなさは生きる上で楽だなって。その分搾取される側に回ってしまえば――三日月が元々いたCGCがまさに――生きるのが苦になるが、それでも「選択」という責任と後悔を背負う行為はしなくて済むようになる。

そしていつだってその「選択」を迫られているのがオルガ・イツカであり、彼は悩むし、今回のように自身の選択してきた結末を見せられて足がすくんでしまうことだってある。主体的に生きるというのは自身で幸せを掴み取れる公算が高くなる代わりに、選択による責任を背負い続ける地獄のようでもある。

けれど三日月は選択を放棄した人間だから、そんなオルガの気持ちなんて全然分からないのかもしれない。だから執拗に次の指示を聞くのかもしれない。

彼は『俺たちの場所』に到達することを望んでいるにも関わらず、「どうやって」そこへ至るかは自分で考えようともしない。つまり責任と後悔をオルガに全て押し付ける生き方であり、オルガが示した目標であとは全力で走ろうとする在り方だと言っていい。

これって、オルガは三日月に搾取されていると言っても過言じゃない。本来なら主体性のない人間なんて搾取される側だけれど、彼ら二人の場合、その意味合いが逆転している。

  ◆

オルガは三日月に「見ら」れていると言う。あの目が中途半端なことはできないプレッシャーを感じる云々(のような主旨のことを)言っていたが、今振り返れば、そういうことか、とひとりでに納得したりねするわけですよ。

(了)

 

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