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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

理解できない《他者》が大好き。例えばそれは『強盗、娼婦のヒモになる』の母上だったり『はつゆきさくら』の小坂井綾だったり

思考の種子
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(はつゆきさくらの一コマ)

 

他者とはつゆきさくらとゴトショフ

 

どんなに気持ちを汲もうとも理解できない "他者" とでも呼べる人間が好きだ。

今までの経験と知識をもってしても「君がなぜそう考えるのか?」が意味不明だし、その説明を求めて密なコミュニケーションを図ってもやっぱり君がなぜそう発言し・行動し・思考するのかが納得できない。だって君の考え方はあまりにも矛盾に満ち満ちているんだもの。仕方ないさ。

でもね。

内面を忖度し、感情を類推し、相手の見ている景色をエミュレートしようと頑張っても「私と君は絶対にわかりあえないんだね」と心の底から実感できたとき言い知れぬ喜びが生まれてしまう。

 

ああ、これが、人間なんだなと。

 

そう思ってしまえるシチュエーションが大好きだ。

 

カフェで噛み合わない会話を延々と繰り返す、そんな関係だった。

彼女によると、その噛み合わなさが楽しいのだという。

《他者》と出会ったような感じがする、と言っていた。

 

……僕も、楽しくなくはなかった。



――ジャン.『フロレアール

 

フロレアール』のジャン・ロータルとミリアの関係なんてまさにそうだろう。

《第3項》についていきなりぶっかますミリアはこちらに理解させる気はまるで無いし、話せば話すほどその会話の"噛み合わな"さは色濃く出てきてしまう。けれど理解しあえない会話だからといって不愉快になるわけでもないのがこの二人の特異な点だ。

――簡単にわかりあえるだけが人間関係ではないし、ずっとわかりあえないままなんだろうなとある種の諦観を抱えた状態で満たされる人間関係だってある。

 

この感覚がわかるだろうか?

 

もし言っている意味がわからないなら……そうだな…例えばギャルゲーなら『強盗、娼婦のヒモになる』椎名宗吾の「母親」なんかが当てはまる人物だろうか。

「母親」にとってすべての事柄は等しく無価値でどうでもいいのにも関わらず宗吾を殺しにくるところなんかほんっとーーーーに理解できなさすぎて痺れてしまうだろ? 挙句に宗吾の生殺与奪を■■■に任せてしまうなんて本当馬鹿げてる。でも永久(とこしえ)に愛してます。

参照→『強盗、娼婦のヒモになる』_虚ろなこの現実で一体なにを信じられますか?(13431文字)

 

例えば『はつゆきさくら』の小坂井綾もそうかもしれない。行動基準から決断基準がいつだって不透明で何を大事にしているのか、どんな価値観を持っているのか分からなすぎて彼女と対峙して困惑した人も多かったに違いない。

「小坂井綾は一体何がしたいんだ?」

とね。しかしその答えは彼女しか知り得ないし、どんなに想像を巡らせようとも「近づいている」実感がまるでない実体があるのかわからない透明な存在、それが小坂井綾という女の子の最大の魅力なのかもしれない。

参照→はつゆきさくら考察_死者が生者へと至るためには何が必要か?(26587文字)

そして、バニッシュ!!ことサクヤもつま先からてっぺんまでミステリーな女の子できゅんきゅんときたりね。しちゃうわけですぴゃー!(>△<桜≡)

   ◆

インスタントに共感して目の前の人間を分かったつもりになるのも楽しい(とき)もある。しかし全く分かり合えないけどこれから先も分かり合える気が全然しないけど、この人と一緒にいると「理解できないからこそ楽しい」と思える人に出会えた時それはきっとラッキーな出逢いだなって私は思ってしまうのだ。

 

――人間は他者を理解できるように作られていない

 

故に、「他者との遭遇」というのは永久に理解する努力をし続けなければいけないと実感させてくれる瞬間だと思うから、私は好きなのかもしれないね。(とはいえ、そう思える人物に出会えること自体がとても稀有なことだし、ただ単に意味不明な人間に出会えればそう思えるかと言われればそうでもないのが難しいところだ)

(了)

 

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