読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

パスタソースって思うくらいに文章がしっちゃかめっちゃかでも関係ない

ブログの運営
スポンサーリンク

ブログというプラットフォームは文章がヘタくそでも、アルファブロガーやブログで飯食っている人もいるくらい「文章技巧の練度の高さ」ってあんまり関係ないものだと思ってます。

論理構造がぐっちゃぐっちゃのスパゲティコードみたいな文章でも「中身」&「誰が言ったか」&「マーケティング」で読者は増えてきてますし、それよりもっとひどいパスタソース(=バグだらけのプログラムを生産するマーキーに付けられた渾名)なヤツでも読んで実のあるものなら頑張って読んでしまう。

文章技巧が上手いならば越したことはないでしょうけれど、必須ではない。あればいいけれど必ずしも必要というものでもない、それがブログにおける文章力の立ち位置なんじゃないかな。

   ◆

 

ネットでわりと有名なゲーム評論家のブログを読んでて「いくらなんでも文章ヘタすぎじゃないのか……」と思ってしまうことがあって、なんでこんなにもひどいのかと、半分のテキストに削減しても問題ないのにと唸ってしまうスパゲティコード並の文章を読んでてしまった体験がありました。

いやね………私も文章力低いほうなのでお前はどうなんだって感じなんですけど、ネットで名の通っている方だとしても文章力は別段関係ないのだなと。

十年レベルでブログを運営している方にも関わらず、全く文章/記事構成が上手くない・上手くならないのは「文章技巧を上達させる努力」をしてこなかったからというのもあると思うんですが、脳の認知優位も起因しているのかなと思います。

以前話題にしましたが、個々人によって記憶・思考方式は大きく異なり「映像」「画像」「音」「文章」「対話」「抽象」とざっくりですが分かれるっぽいです。

参照→私の思考方式は「四次元ポケット」のようなもの、かもしれない

 

例えば私の場合だと思考方式は映像+抽象に偏っているせいか書きたい「意味」は手元にあるものの、それを実際の「文章」に変換するときにかなり戸惑います。言いたい事は決まっているのにoutputするとなると「その結論」に至るまでの過程がとても歯がゆい。

過程なんか本当にどうでもいいのに……けれどそうすれば誰にも伝わらないものになるので難しいところです。今では意味→文章のコンバート作業は大分楽になっていますが昔は四苦八苦してたな……。

だから、順番がしっちゃかめっちゃかな文章を読むと、この人も自分と近い認知優位を持っているのかなと考えてしまう。実際どうであれ「時間の矢」に弱そうだなと。

 

人によっては、書きたい文章が「声」そのもので脳内に響いたり、「文章」そのものが見える、ということですから文章書くことに戸惑いは少ない人もいるのでしょう。

実際に聴覚優位者・言語優位者の記事は語る順番がしっかりしていることが多く、読者が労力を割くことなく文意を読めることが多いです。それも特別文章に触れる機会が今までなくてもスラスラと記事書いている方を見ると文章力の地力の差を魅せつけられるよねえ。

 

ただその分「順番」がきっちりしすぎているせいで、だらだらと文章が続き、あるいは長くなりすぎて読むのが辛い場合もありますが。 でも私みたいな流れを無視した穴ぼこだらけの記事よりはずっとマシでしょう。

 

 

そして、本記事がすらすらと読めるものになっていればいいんですけどもね。

 

 

関連記事

 

 

 パスタソースことマーキーがでてくるのは『らくえん~あいかわらずなぼく。の場合~』だけ!