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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

気持ちって必ずしも肉体と同期するわけではないかも

思考の種子 とらドラ!
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以下のイラストを見まして表題通り考えたわけです。

 

この絵を見て多くの人は「彼らは打った文面ほど本当は喜んでいないし楽しくもない」と受け取ると思うんですけど、でも無表情だからって何も感じていないなんてことはありえないですし、心の内奥では喜びに満ちているってこともありえるんじゃないかな。

(えなにツンデレの話?)

そうそう。

ツンデレって神視点だと「照れてる」「今のは高ポイントだったか」とか分かるものですけど、でも現実だとそんなうまくはいかなくて「不愉快にさせてしまったか」とか「怒らせただろうか」と考えちゃうものです。

 

現実で

「べつにあんたのためじゃないから。勘違いしないでよね(真顔)」

って照れも喜びも見えない表情で言われたら勘違いなんて出来るわけがないですものね。

 

二次元だと『とらドラ!』の逢坂大河あたりがこのモデルに近しいのではないかなって考えてます。なぜなら彼女は「なにを思っているのか」非常に読みにくい人物であり、またプレイヤーに開示される情報と、とらドラ!世界で生きている人間(=高須竜児)に開示される情報ってこの意味ではほぼ同じですから。

彼女が「寂しくない(真顔)」と言っても、文面通りに受け取ればいいかと言われればやっぱりそうじゃないわけですし、そうして考えていくとリアルでも物語でも別段「気持ちと顔って必ずしも同期するわけじゃない」んじゃないかなと思えてきます。

それに気持ちを表情に出さないなんて誰しもやっていることですよね。泣くときに"押し殺して"泣いてしまうのも悪癖じみた習慣のせいでしょうし、そういった習慣が「Twitterしているときの表情」もまた同様に気持ちを表情に出すのを押し殺した結果なのかもしれません。

 

そう考えると、↑のイラスト、見方変わってきません?

(了)

 

とらドラ! 文庫 全10巻 完結セット (電撃文庫)

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