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【百合のリアル】目の前の人を「女性/男性」カテゴリーを省いて見るのは難しい

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百合のリアルと性の区分け

 

『百合のリアル』を読了した。(といっても半年前以上のお話)これは同性愛者である著者がセクシャルマイノリティの知識を普及させる本であり、また「目の前にいる人を性別によって分類し理解するのではなくそのままで見ましょう」と一貫して語られている。

私は知らなかったが同性愛、異性愛、ホモフレキシブル、両性愛、汎性愛、全性愛、無性愛……と数えきれなくらい「性の在り方」は細分化されており、けれどそんな数多くの分類によっても「括りきれない」とする。

それくらいに人の性のあり方は多様で、分けても分けてもキリがない。じゃあ誰が自分自身をどこに分類するのか?属するか?と問われれば他者でなく自分自身なのだそうだ。

レズビアンとは何?」の答えとして「それを決めるのは誰でもなくあなた自身」と語られる。

 

・同性愛(ホモセクシャル)
同姓を恋愛対象とする
異性愛(ヘテロセクシャル)
異性を恋愛対象とする。
ヘテロセクシャル
基本的に異性を恋愛対象とするが、同姓の魅力も理解するし、同性愛に抵抗はない。
・ホモフレキシブル
基本的に同姓を恋愛対象とするが、異性の魅力も理解するし、異性愛に抵抗はない。
両性愛(バイセクシャル)
男/女の療法を恋愛対象とする。
・汎性愛(パンセクシャル)
男も女もどちらでもない人も、性別関係なく恋愛対象とする。
全性愛(オムニセクシャル)
パンセクシャルの別名。
・バイキュリアス
自分をバイセクシャルだとはまだ言い切れないが、そうかもしれないと思っている。
・無性愛(アセクシャル)
いかなる人に対しても恋愛感情および性的欲求を持たない。
・非性愛(ノンセクシャル)
人に対して恋愛感情は持つが、性的欲求は持たない。
・複性愛(ポリセクシャル)
性別の分類は「男/女」だけでないと考えた上で、複数の性別を恋愛対象と感じる。
・半性愛(デミセクシャル)
基本的に他者への性的欲求がなく、強い絆でつながった相手にだけ性的欲求を持つ。
・対物性愛(オブジェクトゥムセクシャル)
建築物など、一般的に生命体ではないとされるものを恋愛対象とする。
・問性愛(クエスチョニング)
性に対するあり方をまだ決めていない。もしくは、あえて決めない。
・ポモセクシャル
ポストモダン、略してポモ。近代(モダン)以後(ポスト)、分類は無意味だとする立場。

 

――百合のリアル(星海社新書)

 

 

こんなふうに言葉の定義は一応あるものの、実質無意味らしい。

だからこそ言葉の上での性の分類にあまり意味が見出だせず、「分類によって目の前にいる人を理解するのではなくその人をその人としてみましょう」「自分がどこに属するかは自分が決めましょう」という結論に至っているのだろう。

 

その通りだなと思う。

 

性別や性のあり方がまず先にあってその人を判断するのではなく、その人をその人として見ることが出来るのならばその方がいい。「男だから◯◯が得意なんでしょ?」とか「女だから☓☓するんだよね」みたいな偏見まがいの思考も、ぶっちゃけ性別まずありきでその人を見ているに他ならない。

ただこの事を分かっていても、いざ性別を取り払うとなると存外に難しい。

どうしても(初対面であるのならば尚更に)性別でどういう態度をとるか考えてしまうし、相手をXジェンダーと見做そうと思っても、「そもそも性別が無い存在ってどんなのだろう?」と思考の無限地獄に嵌り込んでしまう。

もう私の言語OSでは「女/男」という区分けが出来てしまい、この概念なしでは人を理解することは出来ないような気がする。じゃないとあまりの「人の複雑さ」に壊れてしまいそうだ。

 

 

「有史以来、人は記号化し単純化することによって、複雑な世界を理解する助けとしてきた」

「たとえば文字。『魚』という漢字は、魚の形を写しとって単純化したものだ」

「そのキーホルダーも同じこと。君という存在そのものを単純化し、別の形で表現したものだ」

 

――ギャングスタ・リパブリカ

 

『ギャングスタ・リパブリカ』でも語られるように、私たちは「記号」や「言葉」で膨大な情報量をコンパクトにして手元に置くことで対象を理解できた。「分類化」も同じであり、あまりにも人は複雑で多様だからこそカテゴライズするし区別して分かろうとする。

しかしミニマルにしようとすればするほど本質から遠ざかっていく構図がここにはある。理解するためにツールを使ったら、そのツールによって理解が遠いていく現実。

とはいえ、対象を理解するのにはまずカテゴライズに頼り、後にカテゴライズを取り外しその一歩先を行くことを覚えていればいいのだと思う。

 

つまり、性・性の在り方を分類化で見てしまうのはもう仕方ないと割りきって、そこを理解の入り口として、そこから相手がどんな人なのか? 何が好きなのか?嫌いか? 何を考えているかを知っていけばいいんじゃないのか。というお話になる。

言葉にすると、なにそれ当たり前じゃんって感じですけどね。

 

   ◆

 

ちょっと話逸れるけど、私が「セカイ系」という言葉が嫌いなのも、この言葉によって当該作品を単純化しすぎることで見えなくなるものを理解していない人たちが使っているなのかもしれない。

(いきなりこの話題ぶちこみますね?)

それは言い過ぎだとしても、あの言葉は単純化 "しすぎ" るきらいがあるのが生理的に合わないのだろうね。

 

 

百合のリアル (星海社新書)

百合のリアル (星海社新書)

 

 

ギャングスタ・リパブリカ