猫箱ただひとつ

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コスプレの醍醐味とはなんだろう

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「コスプレ」の面白さがよく分からなくて、コミケなどでキャラクターの衣装に包んで写真を取られている方々はどこらへんに面白味を見出しているのかなーと以前から思っていた。

単純に疑問だった

「承認欲求だよ」と言う人もいたが、確かにそういう面もあるのかもしれないけど、実情とかけ離れているような気がした。そうじゃなくてわざわざ衣装・装飾を作ったり買ったりしてまでキャラになり人前に出る事の醍醐味というのかな、それは単純に承認欲求で回収されないのではないかと、もっと違う側面があるのではないかと。

 

そして、「キャラクターを現実に具象化させること」「キャラクターと自分を同一化させること」が醍醐味なのかもしれないと思った。


「我は1000年を生きた魔女ぞ!」と宣言する右代宮真里亜よろしく、「好きなキャラクター」を「自分が演じること」――もっというと自分の中に"溶解"せしめることに――価値があるのではないだろうか。

本質的にはままごとと同じで(これは悪い意味でもないし揶揄でもない)、好きなキャラクターを(自己を媒介に)現実に具象化させることが楽しいんだ思う。

そのキャラクターの服飾を作り込んだり、そのキャラクターが取るであろうポーズを考えたり、その作りこんだキャラクターに合わせたセット・風景を吟味し、その場所に立つのもそういう事ではないのかな。

 

もしそうならば、コスプレの面白さって私にも十分理解可能だ。すなわち、「あのね」と振り返りながら一大決心を伝えようとするはずむ、「私のセンスで打つ!」と豪語する美砂、「いいぜ……こい、こいよ!俺は……ここにいる!スケェェェェェェェイス!!」と絶叫するハセヲ、「ふぇぇ」と俯くさくら、「ルルーシュブリタリアが命じる!!」と目を見開きながら手を動かすルル、「知るかっ!」と右手の人差し指を上に向けて言い放つアンク、三つのメダルをオーズドライバーに装着し変身を決める火野映司、「その発想はないな」とあしらう棗鈴、「あああぁぁぁああああああ!!!」と泣き叫ぶ朱鷺戸沙耶、「ふふふ冗談ですよ兄さん」と微笑む七枷琴子、「ぴゃー!!(>△<桜≡)」と逃げる玉樹桜、「はい、ぱちぱちっとして」と無邪気に言う石動乃絵、レントンに苛ついて鉄製のドアをガン!と蹴飛ばすエウレカカリカリモフモフとメロンパンを齧るシャナ、「順応性を高めなさい」と檄を飛ばすゆりっぺ、両の手を祈るように合わせる兄さんたちの気持ち・表情・考え・仕草・行動・言葉をトレースしてあたかも自分が彼彼女であるかのように振る舞うってことでありそこにある自己同一化の楽しさってことですよね!!!?!!??? 

 

別に二次キャラじゃなくても神話でもアイドルでもドラマでもいいのだけど――そういうのもコスプレに通ずるのかもしれない。

いや、というか多分このおままごと・中二病を突き詰めていくと「コスプレ」に至るんじゃないだろうか。一種のロールプレイであり、キャラの顕現化。

なるほど、コスプレとは「キャラを自己に溶解せしめることの楽しさが根底にはある」って言われればすごく納得できるんですが現役コスプレしている方どうでしょうか。この考え方で大丈夫なのか結構気になります。

 

 

 

 

この記事でちらっとコスプレの記事を取り扱ったのが本記事を書くキッカケかもしれません。