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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

自分の認知優位を知るのは楽しい。(視覚優位者でした)

読書の感想
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『医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン』 という本を読みまして、自分が具体的にどの認知優位にあるかを簡易テストしてみました。

この本で診断できる優位は以下の6つで、人によっては複数のタイプに偏っている場合もあれば、全体的にバランスのよい認知を有している事もあるそうです。

 

  1. 「視覚優位者・写真タイプ」
  2. 「視覚優位者・三次元映像タイプ」
  3. 「言語優位者・言語映像タイプ」
  4. 「言語優位者・言語抽象タイプ」
  5. 「聴覚優位者・聴覚言語タイプ」
  6. 「聴覚優位者・聴覚&音タイプ」

 

本書に沿って質問に答えていくと、↑の6つに点数が加えられ、その合算した点数が各項目で「14」以下だと弱い認知特性、「15~25」ですと一般的であり、「26以上」は強い認知特性だと記述されています。

そして各認知特性が15~25だった場合、バランスが良いとのことです。私的にはどこにも特化しないバランス型がいちばん生活していく上で良いのではと思ったり。どこかの認知に特化すると、その分別の認知が弱くなるみたいなので。


さて、軽く各認知特性を説明しますとこうなります。

  • 視覚優位者は「人の顔を覚えるのが得意」「音や言葉ではなくイメージで記憶する」「そのため言語的に思考するより処理が早い」などがあります。①と②の違いは「写真」か「映像(=写真+時間+空間)」どちらで記憶するか、写真タイプは時間と空間の認知が弱いので道に迷いやすく、映像タイプは逆に強いことが挙げられるそうです。
  • 言語優位者は「言葉を見る」ことが③④どちらとも得意なようです。③の映像タイプは、「映像→言語、言語→映像にするのが得意」「視覚優位者が感覚的思考者ならば言語優位映像者はイメージを言語に結びつけるため論理的思考者ともいえるそう」「映像イメージが強いのファンタジーの世界観が強い人が多い」などが挙げられ、④の言語優位・抽象タイプは、「言語を図式化」「ノートをきれいにまとめる」ことが挙げられます。
  • 聴覚優位者は、言葉を「聞く」のが得意。「CMソングや音楽を一度聞いただけで歌詞やメロディを口ずさめる」「ものまねが得意」「外国語の発音が上手」「発話を聞いただけで理解可能」「ダジャレを言う」「人の言葉尻をとらえる」「講演内容のテープを聞き返すとき、どのあたりに録音されていたかわかる」などがあるそうです。⑤⑥の違いは本書で詳しくどうぞ。

 

 

ちなみに私の点数はどうなったかというと、こんな感じ。50点満点。

 

  • 36「視覚優位者・写真タイプ」
  • 33「視覚優位者・三次元映像タイプ」
  • 24「言語優位者・言語映像タイプ」
  • 16「言語優位者・言語抽象タイプ」
  • 9「聴覚優位者・聴覚言語タイプ」
  • 11「聴覚優位者・聴覚&音タイプ」

 

まず思うのがやっぱり視覚優位者だったかってことと、聴覚認知のステ振りが低すぎるなと思いますね。(ステ振りっていうとあれですけどこういう表現のほうが自分としては分かりやすい)

「言語優位映像」の認知特性もそれなりに点数が良いので、「視覚優位-言語優位」をうまく統合しながら生活しているのかな?と思いました。

もちろん聴覚も含まれているとは思うんですが、あんまり前面にでてくる感じはしないので、おまけ程度に(脳が)扱っているのかなあという気はします。

 

 

視覚優位者のフラッシュバック現象とループ世界



本書では "視覚優位者は本人にとって衝撃的な場面は忘れにくく、いわゆるPTSDの症状であるフラッシュバック現象が起こりやすいともいえます"(p.75) と語られているんですが確かにこれは自分もあります。

ふとした瞬間に意識が過去の時間軸におくられ、その時間軸で昔の思い出を繰返したりするといった感じに。例えば、悔やんでいる場面とか、対象者に向かって言い出せなかった言葉から、通常の日常風景、誰かとの会話を「シーン」ごとに記憶しているみたいで、なにかのキッカケがあるとその「シーン」に意識が飛ばされて当時の時間を肌感覚を伴いながらやり直すっていう感じです。

で面白いのが、この時「同じ体験を繰り返」してるわけじゃなくて、ある程度そのシーンの中でなら現時点の私自身の意志が介在できる点でしょうか。少しですけどね。つまり相手を殴っているシーンならば、「顔」を殴るか「距離を取るか」くらいの行動は自由でありその時間軸の中で言動を反映できますし、また誰かとの会話のシーンならば「次になにを言おうか?」と思考しながらその思い描いた言葉を発言するくらいの自由はあります。

この意識が特定のシーンの時間軸へ飛ばされているとき、外界の音は遮断され、意識は現実の時間にピントを合わさっていないような気がしますね。多分。といっても1秒~4秒くらいでしょうか。(あんまり正確に計ったことがないのと、計れないというのもあって結構適当)あんまりよろしくない状態。

視覚優位者であったとされるガウディが、物思いにふけながら散歩してるところ電車の音に気づかず轢死したと『天才と発達障害』で語られていたと思うんですけど、私はそれよくわかるなと。たぶんこの意識が飛んでいるとき、物思いにふけっているとき、周りの音がスッとなくなるので下手すれば注意不足で死んでしまっても不思議ではないでしょう。

…こう考えると、私は(あるいは視覚優位者は)まるでループ世界で生きているようですね……。ぜんぜん喜べませんが。未プレイですがあかべぇの『できない私が、くり返す』を何故か思い出して、たぶんあのゲームもそんな感じのお話なのではないのかな。部分的に。いやタイトルしか知らないんですけどね。

 

 

 

 

それと前述した6つの認知特性以外にも、「身体感覚優位者」というものがあるそうです。

 本書によれば

 身体感覚優位者は、視覚や聴覚とは別の身体感覚、つまり、皮膚感覚(触覚)、嗅覚、味覚、さらに固有覚、前庭覚、内臓感覚がすぐれていて、特殊な認知特性を持っているタイプです。

――本田真美.医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン,p87



この身体感覚優位者は、スポーツ選手、ダンサー、ソムリエ、調理師、調香師などに多く見られるそうで、「この味はおふくろの味だ」「この匂いは別れた恋人を思い出す」「雨のにおいがするからもうすぐ雨ふるよ」と言っちゃう人だそうです。

で、おそらく私はこのタイプにも幾分か当てはまっているような気はしてて、というのも「雨のにおいがする」とかよく言っちゃいますし、食器洗浄時に付着した洗剤のにおいがどうしても許せなかったり、あと「言葉→映像時」に皮膚感覚が反映されることが多いというのが理由です。

例えば、本書で以下のような文章がでてくるんですけど、これ読んだときに、自分の鼻の中にたこ焼きが"つめ込まれ"て鼻の穴が破けそうな体感覚を得てしまって「うっ?!」となってしまったり、マチ針を胸に刺す、下の穴に腕をねじ込むという文章も読むとその痛みをトレースしてしまうのか精神が摩耗してへたへたになってしまうことがあります。
 

 

「鼻が詰まっているのか、息子はまるで鼻の中でたこ焼きを焼いているようにしているんです」

目の前にいる息子がつまった鼻くそを一生懸命ほじくっている姿を、たこ焼きをひっくり返しながら焼いている場面とリンクさせたのでしょう。

――本田真美.医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン,p77

 

あと「肉弾戦」と「ナイフ」については皮膚接触体感を自分で作り上げた映像と合わせてぐりぐりキャラクターを動かせるので、皮膚感覚に認知が偏っているのではないかなあと思うわけです。

人によっては記憶に皮膚感覚が伴う場合もあるそうですが(著天才と発達障害)、自分の場合はそれはない。ただ「皮膚感覚の情報を付与」(あるいはトレース)するのは得意だなあと感じます。実際どうなのかわかりませんが。


いいお知らせなのは、そういった認知特性は大人になってからも鍛えられるとのことです。ただ、子どもよりは鍛えにくい、難しいと言われていますが、下記の引用文のあと本書では具体的な方法論は示さず「高いモチベーションがあればいける」と語られてます。

これはいいお知らせなのか?……と聞かれれば、「鍛えらない」と断言されるよりはいいのではないか……といった具合ですね……。

 

じつは、感覚を鍛えるのはとても簡単なことです。なぜならば、いろいろなモノを見て、聴いて、触って、においをかぎ、運動をする……と、からだをフルに使って外の世界を体験させ、親子でその感覚を共有すればよいだけですから。

(中略)

ただし、大人になってから感覚を鍛えるのは、子どものようにスムーズにはいきません。発達段階を終えた大人の脳も、もちろん学習しますが、子どもの脳ほどの感受性を持っておらず、感覚を鍛えようと思ってもなかなか難しいようです。

――本田真美.医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン,p51

 

というのも、4年ほど前は映像を言語に結びつけるのが苦手だったんですけど、2015年の今になってからわりとその「苦手だと感じる」傾向が減っているなあと思います。それでも言葉が不完全なものであることは変わりないんですが、最近はそういった想いが減ってきていて、わりと映像を言語化(自分がぎりぎりで納得できるレベル)に少しづつ上がっている実感があるかなと思います。

曖昧な気持ちや、抽象的な映像を、文章に落としこむこと、書くことを習慣づけてから結構経つのでその影響もあるのかななんて思ったりするわけです。実際どうかわかりませんけども。

本書で視覚優位の人が仕事によって聴覚優位の能力が向上した例がありましたが(それも結構憶測混じりのエピソード)、年単位の練習を覚悟し試行錯誤しながらやれば、自分が弱い認知特性も伸ばすことができるというのはそれでも希望なのではないかなと。視覚の認知を上げる場合は、絵でも描けばいいのだろうか。聴覚の場合は耳コピとかそういう方向を趣味にするとよさそうなんですかね。

 

 

 

 

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