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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

45本分のギャルゲーレビューを書いたので振り返ってみる

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 43作品45本分のギャルゲーレビューを書いてきたので、どんな発見があったか振り返ってみます*1(広義の意味でのレビューということで一つ)

 

 

 

 

1)やたら時間がかかる

 

「作品を機能分解し評価付け」する記事ならば、ゲームを終えてから一時間もあれば書けます。

 

しかし、考察の類となると毎度時間がかかりすぎてしまうんですよね……ひどいとそのゲームを終えた時間そっくりそのまま執筆の時間になっていることもあって、20時間プレイしたら20時間読解やってたとかざらです。

例えば『はつゆきさくら』とか、最近だと『フロレアール』とか、今着手している『こなたよりかなたまで』とか……。作品考察ってなんでこんなにも泣きそうにくらい辛いのかなあ……、言いたいことは全て手元にあるのに「そこに至るまで」の道すじを手繰り寄せて、記事にまで仕上げることが難しすぎるんですよ。

 

とはいえ、2012年と比べると圧倒的に楽ちんに書けてるし執筆スピードも大幅に上がっているはずです。作品にもよりますが1ヶ月かかっていた執筆行程(=長文感想→考察記事)も半月で書けるようになってきているので。

でも、やはり時間がかかっていることには変わらないんですよね。

 

Q.ゲーム感想を書く時間を、ゲームをプレイする時間に費やしたほうがよくない? 

ほんとそれです。

 

Q.テンプレート作って時間短縮したほうがよくない? 

それって「自己哲学批評」とか「作家論」による『式』(アルゴリズム)による作品読解と同義なので、作品の内的文脈から遠く離れた "都合のいい" 読解しか出来なくなるんですけど、それでいいのなら……。

 

 

▼参照

 

 

2)批評の練度の向上

 

「最初の頃と比べて批評の練度は上がっているか?」と聞かれれば迷わず上がってきてると思います。

それが市場に受け入れられる品質の高い文物かはさておき(汗)―――過去の批評と今の批評だと、今のほうが読みやすく「言いたいこと」が言えているはずです。

 

2013年1月に書いた『CARNIVAL』記事は、当時は「これ以上書けることなんてない」と思って投稿したものですが、今読むと「全然伝わってない」でしょう。言いたいことが言えてる気が全くしません。

私は私が伝えたかったことが分かるけれど、他者にまで文字による伝達でそれが届いているかと言うと……近い感性を持っている人以外は全滅なんじゃないですかね。

書き直したくて仕方ないんですが、あれはあれのままで残しておいて、今度新たに分かりやすく再構成してみるのも一興でしょうか。気が向いたらやりたいと思います。


そんなCARNIVAL記事と、最近投稿したフロレアール記事を読み比べてみると後者のほうが分かりやすく "すらっ" としている印象を受けます。読者さんからどう観えているか怖いところがありますが、自分からすると2年前の文章より洗練されているのではないかなと。

この考察は、作品単体(内在的)にちゃんと語りきっていますし、筆者の自己文脈も外在的文脈の影響も少なく、はたまた飛躍的な解釈も少ないです。なので『フロレアール』という作品そのもの貢献できていると勝手に思っていて私の中だと好きな記事だったりします。

また『フロレアール』の記事は、『CARNIVAL』でやろうとしてた事を正統進化させた感じかもしれません。(一年後にはこの記事も「ダメダメだな」と言っている未来が見えます)

 

 

▼参照

 

面白いので、この視点で今までの批評を分類してみましょう。

 

 

内在的


これは先にも言ったように、作品の内在的文脈に即した批評です。意識できる外在的文脈はなるべく廃して、出来る限りその作品内で語ろうとするものと言っていいでしょう。

下にいくほど古い記事で、練度がどんどん落ちていく……ばかりではありませんがそういう傾向があって見ていて自分でも面白いです。

やっぱり↑にいくほど、読みやすいのではないかなと。ただ情感がばっさりなくなっている気もしますが。

 

  1. フロレアール考察―我々は二項対立を超越せねばならない―
  2. 「好き好き大好き」のレビューを4つ書き分ける
  3. セミラミスの天秤_全ては予定調和なのさ
  4. 「SCE_2」考察。この世界の謎に迫ろうと思う(34106文字)

  5. 『大図書館の羊飼い』感想_人生はその人のものだから
  6. 『水月』感想_すべては【現在】から始まりゆくということ
  7. はつゆきさくら考察_死者が生者へと至るためには何が必要か?
  8. 【Sessions!!~少女を監禁する事情~】贈るのは拍手でしょうか?あるいは罵声でしょうか?くっくく

  9. 『Flyable Heart』普通で、なにげなくて、あたりまえなこと
  10. 『強盗、娼婦のヒモになる』 虚ろなこの現実で一体なにを信じられますか
  11. ななついろ★ドロップス_砂糖菓子のように甘くやさしい物語
  12. 「いろとりどりのセカイ」君は決して一人じゃない
  13. 「運命が君の親を選ぶ 君の友人は君が選ぶ」運命とは一体なんなの?
  14. グリザイアの楽園。それは箱庭の少女達が紡ぎだす
  15. ギャングスタ・リパブリカ。悪は世界を変えていく
  16. EVER17。生きているだけじゃ生きてるとは言えない
  17. 『明日の七海と逢うために』神さまのいなくなったこの世界で
  18. 『明日の君と逢うために』大事だったあの夏を「やり直す」ために
  19.  最果てのイマ―世界は情報を「記録」し続けていく
  20.  『らくえん ~あいかわらずなぼく。の場合~』最低で最高な場所
  21. 天使のいない12月 感想│ 運命の恋人なんていない
  22. CARNIVAL 生きることは罰なんだね
  23. いろとりどりのセカイ。悲しいときは手をつなぐ
  24. ef - the first tale
  25. 春季限定 ポコ・ア・ポコ

 

 

 

他作品とのリンク

 

他作品をリンクさせて語ったものは(ギャルゲーに限るなら)実は一作品だけだったと思います。

それも「これとこれは似ている」という類似点を挙げるものではなく、「こんなのは全然美しくもなんともない」という他作品を持ってきて相対的な価値を見せつけようとしたやつですね。

 

「ファタモルガーナの館」これで救われるんですか?ふざけんな

 

実験的に他作品とのリンクをやってみたんですけど、このレベルと方法なら私は受け入れられるかなあ、思いました。でも使わなくても書けるので、これ以降は使わず書いていったのかな?と思います。

 

 

 

印象を書きつける

 

これはプレイ終了した時点での「印象」をそのまま書き付けてるタイプのものです。

作品読解をせず、さくさくっと書いたやつであり、感想に近いけど、そうじゃないやつですね。

 

  1. 『Aster』それでも、彼らは歩みを止めない
  2. スマガ』信じるっていうことは諦めないっていうこと

 

『Aster』を書いてて思ったのは、ああ、私はこういうの書きたいんだなあと。この方向性でなにかしたいです。

 

 

 

紹介案内

 
文字どおり、その作品を紹介しているものです。紹介する以外語りたいことがなかったり、もう疲れ果てて語れなくなった場合にこのタイプを採用します。

たぶん。おそらく。

 

  1. 死にたい?もう生きたくない? じゃあ『CARNIVAL』やろうよ
  2. DarkBlueというB級ノベルゲームをプレイした
  3. 魔術道具を回収する作品_『時計仕掛けのレイライン』
  4. 『冬は幻の鏡』 感想。 3人の視点から織り成すマルチADV
  5. 『アッチむいて恋』超ハイテンション女装ラブコメディ!!
  6. あかね色に染まる坂 レビュー
  7. のーぶる☆わーくす レビュー
  8. 秋空に舞うコンフェティ レビュー

 

『CARNIVAL』なんかは完全に紹介する為だけに書きました。はい。

そういえば、前ブログの『秋空に舞うコンフェティ』あたりも紹介する目的が強かったなと。評価付けの意図もたぶんに含まれてますが。

 

 

 

感想

 

これは内在的に語ろうとしたものの、時間切れになって不発になったか、もしくはまとまりきれなくなったか、感想だけでいいやと思ったやつですね。

『ギャングスタ・アルカディア』は時間切れ、『Senseoff』は燃料切れ、『つよきす』は感想だけでいいやという感じに。

 

  1. これで終わりなの?Sense Off
  2. ギャングスタ・アルカディア。ソファの上の理想郷を求めて
  3. ひとつ飛ばし恋愛。感想
  4. 「木洩れ陽のノスタルジーカ」心を持った機械
  5. 『君の名残は静かに揺れて』の感想をさくさくっと書いた
  6. つよきす感想_とても楽しい時間だった
  7. 『Φなる・あぷろーち』バレンタインデーに許嫁登場!!
  8. 『レミニセンス』1秒たりとも飽きがこない程に面白いが、物語の核は希薄
  9. 『キナナキノ森』魔王と一緒に暮らしませんか?

 

 

 

3)作品読解の「動機」が変質してきた

 

 

以前は作品読解という行程を踏まなければ「この作品は一体なにか?」という問いに、いまいち答えられませんでした。

(その問いかけの是非はおいておくとしてCf.反解釈)

この問いかけはCLANNADであれば人生、リトバスは青春、という感じに「ワンワードで物語を言い表せるほどにその物語を理解できているか?」の指標にしているんですけど、中々難しいんですよね。

その問いかけに答えるべく作品読解をするという流れでした。再プレイする勢いで読み込み、その過程で、あれもしかしてこの作品はこういうことなのかも? と気付く感じです。

 

しかし最近はその問いかけにプレイ中、もしくはプレイ終了時点で「ああこの作品は☓☓だったのか」とするっと言葉が出てくるようになってきているので、2年前と比べると結構びっくりです。

なので作品読解の動機が変わってきていて、ここ最近はその頭に浮かんだ(自分なりの)答えが本当に合っているかを確かめるために読解するケースが多くなっています。


って考えると、2013年と2015年では作品読解の立ち位置がぐるっと変わってしまったらしい。Cf.→読解モジュールを駆動させると

 

当初予定していた『読解モジュール』の効果が、かなり別の形で、別の方向で力を発揮してしまっている感もある……おお。

2013年は帰納法で答えを探っていき、2015年は演繹法で答えを導くみたいな感じに役割が変化してしまっていると言えばいいのでしょうか。

もちろんプレイ終了時点で得た(自分なりの)答えが、読解してみてピッタリと嵌っているかと言えばは必ずしもそうとは言えませんし、読解する過程で別の解になることなんてざらだったりします。が、むしろそっちのほうが好ましいです。

 

文字だとあんまり伝わってない気がしますが、「作品読解の動機が反転」したのって私の中だとすごいことだったりします。

作品を「観る」言語構造が変わりつつあるのか、はたまた体系が変わってきているのか、でもあんまり喜んでないのは違う機会で話したいなと思います。

 

 

 

おわり

 

まとめ

 

・レビューってやたら時間かかるよね…

・結構書いただけあってレビューの練度上がってきた

・作品読解の動機が変わった

 

 

さて。そういえば私が「作品読解→レビュー」をし始めたきっかけって「作品快楽を上げるため」で、作品を精読し言語化することが手っ取り早いことなのではないかというものだったと思います。あるいはその下地を作ることができるかもしれないという希望からでした。

2年間で45本書いてきて解ったことは、そこそこその通りだ、ということです。

まず「プレイ中の作品快楽」と「プレイ後に励起する作品快楽」はもはや別々のもので、作品を精読しようが言語化しようが得られるのは「プレイ後の作品快楽」であり、その"観る"目の下地ができあがり後に別作品の「プレイ中の作品快楽」と繋がるかといえば繋がりますが、あくまで、そこそこですね。

たまーに、ガツンとくる場合もありますが、やっぱりプレイ中の作品快楽を上げるのならば、作品批評を書くのではなく、本を捨てて町に行こうではないけど、ミラーニューロンの再現度を高める為に"地"を歩いたほうがいいと思いますよ。

『反解釈』の記事と、『アジャスト型』の記事でもいいましたが、やはり物語は"理解"するためにあるわけじゃなくて、ちゃんと感じるために感じろってことですね。

うーん。こうなると私が作品批評書く動機がますます失われてきているな、別段問題ないのも問題かもしれません。そろそろレビューの方針を再定義しなくては。感想とか考察とかそういうのひっくるめての。

 

 

 ▼参照

 

 

それとギャルゲーに構いすぎているせいか、「アニメ」 に対して熱心に取り組むことがなくなっています。それでいいのかもしれませんけど。

どっちか集中すれば片方にかけられるリソースは無くなっていくわけで、無理にやろうとすると中途半端になったり破綻してしまいますし。

 

とまあ、今日はこんな感じで終わります。

 

ではまた、いつかにノシ

 

 

 

 

 

*1:『はつゆきさくら』のランが言うように、今なら曇っていた風景が見えるかもしれません。