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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

『良い批評』を定義する

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読者からみる『良い批評』

 

 

以前、作品に即した上で新しい視点の提示がなされたものが最もファンに求められている批評だと語った。

 

何故ならこれなら誰も文句言わないからだ。

 

《物語そのもの》として作品を捉えているファンは尚更にこの方向性の批評を好むし、例え商品として作品を捉えているファンだとしても「作品に即している批評だから読まない」という選択はなされない。

その批評物の出来にもよるが、「作品に即した新視点開拓した批評」はどちらのファンにおいても満足度が高い場合が多い。

 

 

(参考)

「Kanon」評。(前半は商業的視点だが後半はkanonの内容自体を押し広げている)

抵抗としての生、救済としての死 ――TVアニメ『Angel Beats!』論

評価経済社会が実装された世界を描いたアニメ“フラクタル”(タイトルだけ見ると社会論に見えなくもないですが、フラクタルの内容自体に焦点を合わせたものです)

 

 

↑の批評を読んで満足度が低い・文句を言うユーザーはいないだろう。いたとしてもかなり少ないし、むしろ逆に驚きと発見、昂奮をもたらしてくれる満足度の高い批評の最たる例ではないか?

そんなふうにどちらのファンからも好まれる「作品に即した新しい視点を開拓した批評」こそが良い批評だと定義したい。


なにより、商品として作品の価値を押し広げる批評は《物語そのもの》のファンからすれば嫌われる事が多く(本当に多いので)、こちらを「良い批評」だというのは流石に無理がある。

何度でも言うけど、《物語そのもの》として作品を好いているファンからすれば物語の内在的文脈に即さずに、外在的文脈・他作品の比較・作家論を持ち出すのは(《物語そのもの》主に語っているのではなく)「文脈・共通項」を語っているものにすぎないからだ。

 

 

・参照

 

事実その通りだろう。

それが良いか悪いかの価値判断はどうでもよく、その物語を主軸にして語っているかとどうかと問われれば語っていないのは一目瞭然だ。

 

ここの語るさいの主従関係が逆転してる部分、そして無関係なものを当該作品にこじつけている所が《物語そのもの》ファンの神経を逆撫でするのである。

作品を作品そのものに即さないで語っている人たちはもちろん好きでやり続ければいい。けれどあなた達は「作品を語ってるのでなく文脈を語っている」ことをいい加減理解して欲しいし、「無関係なものをリンクさせて語るな」と批判されるのも承知の上でやってくれればいい。その手に持っているペーパーナイフでギャルゲーを切りつけるのは勝手だが、その行為を批判されてひよるなよ?ということだ。

ゆゆゆ論壇を眺めればいかにそういった批評を嫌っている人がいるかが分かるのではないだろうか。まどマギ?ビビオペ?ふざけんなと。別にゆゆゆに限らず物語内容に即さず語られていないものはどこでも嫌われているのが実情だろう。

 

もちろん嫌われない批評なんて無い。どんな批評物だって少なからず気に食わないという人がでるものだ。

しかし「作品の内容に即さない批評が嫌い」だとする傾向があるのは確かだし、そして逆に「作品の内容自体に即している批評が嫌い」だとする傾向は無いと言ってもいいほどにそんな声は見かけない。お前の観測が狭いだけじゃないか? では前回の記事で参考にした中村咲紀さんの感想文や、デレマスの蘭子の解説、リトバス考察などの一連の批評をあなたは嫌うのか? と問われればどうだ。

「興味が持てない」「好きになれない」という感想を持つことはあっても、流石にむきだしの「嫌悪」を持てないのではないか? ならばそこが両者の大きな違いだ。 

商品として作品の価値を押し広げる批評が好きな人でも、物語の内容に即した批評物もまた同じくらいに好むと思っているんだがどうだろうか。件のリトバス考察といった、物語の内容に則して語られたたものは好きだろうさ。

 


▼参照

 

 

さて。こんなふうに「良い批評」を定義してみた。

 

やや消極的な定義の仕方ではあるけれど、作品に即した上で新しい視点を開拓する批評は満足度が高く、誰からも文句が言われない傾向にある、これだけで「良い批評」と呼ぶには十分だろう。

これはいわば「読者側からの良い批評」なので、「創作者側からの良い批評」とはまた別なのだが、今回はそこは割愛する。いずれまた触れようと思う。

 

それと、もしあなたがどういう方向性の批評を目指すか悩んでいるのならば、この記事で語った「作品に即した新しい視点を開拓したもの(価値を押し広げる)批評」を目指してもよいかもしれない。

 

もちろん。この定義が気に入ってくれたのならば、だが。

 

 

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