猫箱ただひとつ

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音楽は言葉を超えるか。Charlotte第8話

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あれ……そうか。もう8話なのか。もう8話か。あと数話でCharlotteともお別れなのか……。いやなんか時間流れるの早くて、4話のつい先週のようで。ぐぬぬ。という感じではある。

 

※追記。

Charlotteの考察記事を書きました。よければどうぞ。

Charlotte考察―もう僕たちに奇跡は必要ない―

 

発熱デイズ

 

今までハロハロのPVは幾つか乙坂家などで流れてきていたけど、今回ようやくフルバージョンでいいのかな?が流れる。

 

このとき、「柚咲」が「発熱デイズ」を歌っていることにおかしさを覚えた。そうだよ、なんで今までそう思わなかったのだろう?

柚咲の人柄というのは今になってもうまく掴めない。学校や生徒会での活動にみせるあのおっとりした愛らしい姿は素面なのかどうかさえも怪しい。いや別にそこまで疑っているわけじゃないのだけど、"あれ" が西森柚咲なのかと聞かれれば……違うのではないかと。もしかしたらあれが彼女のラフな姿なのかもしれないが。

ただ、どちらにしても「歌っている時」の彼女はどうも様子が違う。『シンガーでイズ』『楽園』『REAL』『走れ』にしたって、いつも会話している西森柚咲とは到底似ても似つかない力強さ意志の鋭さがある。貫き刺す眼光がそこにはある。

それはまるで美砂が歌っているようでさえあるのだ。

 

しかしもちろん歌っているのは柚咲なのだ(目が赤くなっておらず青い)。どこかの一面だけが人間だなんて思わない、けれど、こうも極端な二面性を西森柚咲が有しているなると、彼女の心に興味を持ってしまう。

アイドルとして売りだされている彼女と、学園での素振りは、おそらく近しいもので(おまじない占いとか)あるのに、「歌」だけはそのアイドル像から乖離している。

こういうギャップが、柚咲ファンからはたまらないのかもしれないけど。(高城さん的に)ただ……なんだろうね! なんかこれギャップって括れるようなものじゃなくて、なんか違うんだよ。私的に。だからそこが気になってしまう。

これは歌唱スタイルの一種なのかもしれないけど、どうも気にかかる。

 

……ああそうか、ギャップっていうのは一応その対象と対象に「繋がり」はある。けれど私が感じているのは、アイドルとしての柚咲と、歌っている柚咲の「断絶」なのか。

 

 

 

 

サラ

 

最初気難しい人なのかな? と思っていたらそうでもなく気さくな人だ。いやもしかしらある面では気難しいのかもしれないけど、コロッケソバ食ってるときなどのはしゃぎっぷりはその面をかき消してしまうほどに感情豊かな人だなと印象づけさせる。

お椀をちゅっちゅしている時のあれはとてもいい。んーあめいじんぐ!!

あと赤髪に青目、それもその瞳の透明感がすばらしい。たまーに、瞳そのものの水晶体が綺麗な人がいて、お前目綺麗だなと言ってしまう時ってあるじゃない、あんな感じでサラはみんなから目綺麗だなって言われてそう。

たぶんずっと見てても飽きない感じはあると思う。(ほんとかー)

 

あとここまでABとリンクさせてくると、彼女達の「面影」が見えて嬉しくなるのは何故なのか。やはりその「意志」であろうか。

 

 

 

 

そん時ゃあ、うまくやれよ

 

 

乙坂「サインが書けるってことは、生まれつき見えないってことじゃないよな」

サラ「ああ。でもこれは懺悔なんだ」

乙坂「懺悔?」

サラ「罪滅ぼしのようでもあるな」

サラ「お前は人生について考えたことがあるか」

乙坂「藪から棒になんだ」

サラ「人生ってやつは、一度切りのものだろう」

乙坂「もちろん」

サラ「私はバンドのフロントマンとしてステージに立つことを夢見ていたんだ」

サラ「けど、私の人生、気づいた時には手遅れで、その夢を叶えることはできなかった」

サラ「歌もギターもヘタックソで、テレビでは年の近い奴等が歌で賞賛を浴びててさ」

サラ「神を恨んだ」



乙坂「でも、今はそうなってるじゃないか」

サラ「それはズルをしたからさ」

乙坂「ズル?」

サラ「それも、自分の欲だけのためにな」

 
サラ「日本でもすげー売れたことがある」

サラ「社会現象、時の人、そういう成功の仕方だ」

サラ「莫大な金が動く、周りの目も変わる、もちろん悪い方にな」

サラ「結果、家族にも迷惑をかける」

サラ「金目的で弟が誘拐されたこともある」

サラ「だからそういうのはやめにしたんだ」

サラ「結果、地味なバンドのフロントマンになる決心をした」

サラ「最後にな、引き換えに視力を渡して "THE END"さ」

乙坂「誰に」

サラ「そりゃ神様だろうよ」


サラ「ま、今のあんたにゃ解らないだろうな」

サラ「けど、もしそんな時が訪れた日にゃあ、上手くやれよな」

 

 

――Charlotte8話

 

 

サラにとっては、後天的に「目を失った」ことはそれまでの自分が行ってきたことへの代価として捉えているのだろう。

そして「ズル」という言葉はここだけのやりとりだけで察するに、「有名なバンド・売れているバンド」のフロントマンを(どうにかして?)勝ち取りのし上がったのではないか。

だから「そういうのはやめにしたんだ」はイコールで「有名なバンドのフロントマンを降りる」つまり「地味なバンドのフロントマンになる決心をした」という言葉になるのだと思う。

ズル……ね。

つまるところサラが乙坂に言っているのは、「ズルをしたら代価を支払う時がくる。その時は上手くやれよ」と言っているのだろう。乙坂がしてきたこと、ズルをしてきたことへの罪滅ぼし、代償を支払う時がくるのかどうか。

……白柳さんかな。

 

しかし、サラの最後の「ニッ」と笑顔はよい。

 

 

 

音楽は言語とは別のもの

 

 

自分が知らない言語で歌われる歌というものは、やはり音楽は言語ではなかったな、という想いを一段と強めてくれる。

 

・参照

 

いや一つの言語なのかもしれないが、「言葉」を介わさずともよい意味で言語ではないだろう。音楽に言語を潜ませることはできるが、とはいえ、そこから言語の意味を剥ぎとっても十分「歌」として機能する。

もしかしたら、潜ませた言葉は邪魔になるときがあるかもしれない。なるほどこれも「意味」を求めるのではなくその外形の直接性ってわけね。

音楽は言語を超越しているのか、それとも言語の原型みたいなものが音楽なのか。気になる。

そうだな。伝達率において「時に」音楽は・歌は、言葉を超えることがあるのだろう。そしてそういう体験を得てしまったら、音楽の持つ力に魅了されることになる。言葉は……もう使いすぎたのだ。使い古されてしまった。だから魅力を譲渡することになる。

とはいえ、言葉でのやりとりもまた、ときに、心を充足させてくれるものを表わしてくれることもあるか。

例えばそれはラストと友利とのやりとりのような。

 

 

友利「あたしのことも気づいてくれました」

友利「…そんな兄を見るのは…久々で」

乙坂「よかったな」

友利「あなたの判断は素晴らしかったっ」

友利「なのでお礼を言いたかったんです」

友利「ありがとうございます」

乙坂「ああ」

友利「ではまた明日です」

友利「ライブ忘れてないですよね?」

乙坂「もちろん」

 

――Charlotte8話

 

 

▼考察記事ですね

 

 

 

 

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