猫箱ただひとつ

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我々はライター買いはしても、ライター批判せずにいられるか

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下記事を読みました。

 

 

津々浦々日々上々さんの記事を意訳すると

アニメは脚本一人だけで物語を作っているわけではなく、シリーズ担当や監督も関わりながら創り上げられている。なのに(賞賛であれ批判であれ)脚本家一人のせいにするのはおかしい

となるでしょうか。

私はこれに同意します。アニメは総合芸術であり――小説のように作家一人で創られているわけではなく――いろいろな人が関わっているのを知っているなら本来は一人のせいにはできないはず。

 

けれど、それを知ってか知らずかある一人の脚本家(あるいは他の誰か)にその作品の出来による責任を負わせようとするのは(当該記事でも言われている通り)その脚本家が何らかの面で「有名」なのかもしれません。

アニメを宣伝するさい、制作側が「◯◯脚本家を起用」「新作アニメーションは☓☓脚本!」といった触れ込みをすることも彼らの名前がやり玉に上がり続ける一端かもしれません。そのように宣伝されれば視聴者としては名前を覚えずにはいられませんし、気に入っている脚本家であればその手がけているアニメも見るでしょう。そして作品の出来が悪かったら「◯◯脚本ってふれこんでいたけど△△作品微妙だったね。ストーリーが……」と言いたくなるのも仕方ないです。

しかし私はこういった理由だけではないと思っていて、というのも視聴者の多くが製作者ありきでしか作品を見れない(語れない)からだとも見ています。

だからこそ、アニメ感想から考察まで「製作者はここのシーンにこういう意味を込めている」「こう言っているに違いない」「☓☓脚本家はこういうモチーフをよく使う」という主張が溢れかえっているのではないでしょうか。

作品を自律的な存在として見ることを知らず、社会的文脈から切り落とす視点を知らないがために、全ての物語の内実の帰結を製作者に結びつけてしまうようになる。


これの全てが全て悪いことだとは言いませんが、この考えが蔓延し行き過ぎた結果が「作品が気に入らなければ製作者一人をボロクソに貶す」、「作品の主人公=作者の思想である」といった理解に苦しむ言動をする視聴者が生まれる土壌になっているのではないかと思います。

 

森奈津子さんの一連のツイートで批判されたいる方々や、『魔法科高校の劣等生』の酷い作者批判なんかもこれらに当て嵌まるでしょうか。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・参照

 

 

あと他には、 『けいおん』や『ラブライブ』『アニメ艦隊これくしょん』も脚本家 "一人だけ" 名前をあげてよく批判されてますし、批判にさえなっていない誹謗中傷の的になっていることも多く見かけます。

こういう現状ってどうなんでしょうね。(…こういうのって国語教育の弊害なのかな……なんて短絡的な発想してしまうくらいには何故こんなにも製作者ありきの発言しか出来ない人が多いのかなと不思議)

 

 

我々はライター買いはしても、ライター批判せずにいられるか

 

では最後に、表題に触れましょう。

"我々はライター買いをしても、ライター批判せずにはいられるか?" 



すなわち気に入っている製作者をキッカケにしてある作品へ期待したり、その期待によってアニメを視聴したり、ゲームを購入したり、映画を見に行ったとき、例えその作品が気に食わなかったとしても製作者の名前をあげつらくことなく批判できますか? ということ。

(賞賛もまた含む)



結論から言えば出来ます。


参照:アニメをアニメとして見る「物語の内在視点」のススメ。作者なんてものは存在しない

 


↑記事のように、作品を自律的なものと見做し、評価し、読解し、考察することは方法論的にはそんなに難しくありません。ただやり方を知らないだけな人が多いのではないかと思います。

そしてもしこの(新批評に近い何か)を実践する人が多くなれば。先に引用したツイートのように悪質なファンによって製作者サイドが圧迫することもなくなるでしょう。

もちろん作品がダメダメであればこなくそに批判して構わないと思います。めちゃくちゃ出来が良ければ賞賛すればいいです。

しかし「個人名を挙げて」批判・賞賛するのではなく、「作品そのもの」を批判し賞賛すればいいだけではないでしょうか。アニメであれば製作者名、小説であれば作者名など出さなくても感想も考察さえ出来ます。

名前を出したとしても少なくともメインにして書かない、タグ的な扱いくらいに留めるとよいのではないかな。

むしろ「製作者名」を出してアニメ評を書いたりするのって、益になることが無さ過ぎると考えています。 あまりにも害悪な点しか見当たらないので、それを上回るほどの有益な点はあるのでしょうかね。*1

 

――さて。以上を踏まえてあなたはどう考えますか?

 

 

 

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*1:「作家論」なんて複数の作品を突き合わせてアルゴリズムを解析してパターン抽出するだけで、それって当該作品の面白みを自ら消そうとする方法なんですが、なんでやろうとする人いるんだろうなあ……と私は思うわけです