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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

どこか虚ろで、ふわふわしていた。Charlotte第7話

アニメレビュー アニメレビュー-Charlotte
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 好きな回。

 

<!>

Charlotteの考察記事を書きました。よければ。

Charlotte考察―もう僕たちに奇跡は必要ない―

 

 

乙坂歩未に訪れる死

 

あまりにもあっけない。彼女の死があっけなさすぎて現実味がなさすぎて、どこか虚ろで、ふわふわしていた。

まさか死んでしまうなんて思わなかったし、いやむしろ"死"とはこういうものなんだろう。唐突にやってきては奪っていく。そこには日常から分かる予兆もヒントもなくて、ただ気づいたら「失くしてしまった」という結果だけを残していく。

その結果を見て、彼女の不在の実感を得るのは中々難しい。乙坂が数日経ってから、涙を流したのも、あそこで少しづつ歩未の死への実感が増してきたからだとも。


白柳さんが乙坂家へやってきた時、彼女が取る"べき"とでも言ってしまえる行動を私は予感していた。乙坂のように、大事な人をなくし、そして大事なものがこの世界から全てなくし(あるいはそういうふうに思え)現世の縁がうすくなってしまった者へ出来ることは限られているのだから。

ただそれはもちろん当事者のエゴなんだけど……でも、私たちに出来ることはこれしかない。けれど白柳さんは乱暴な振る舞いを受け諦め、友利は最後まで実行したそれはとても難しい。本当に難しい。やるとなったら腹をくくなればならないとさえ。

乙坂「……え…っと、……お前、いつから……」


友利「ずっとです」


――Charlotte7話

 

 
「病人扱い」された乙坂が憤り、床下に散らばるゴミを蹴飛ばし白柳さんにぶつけたとき、ああ、まだ乙坂の倫理機構はちゃんと働いているのだなと思った。もし倫理機構が壊れていたり失調していれば、ここで殴る蹴るといった暴力的な行動を取ってもおかしくはないし、"回す"こともありえたかもしれない。

そういった直情的な行動がとっさに出てこないことから、まだ大丈夫なんだろうなと。まだ乙坂は目の前にいる人を自分と同列の「人間」として扱っているし、そして社会的な抑止が働いているとも。

しかし、みたらし団子の串を路上に投げ捨てた時にだんだんと崩れていっているのが見て取れる。おそらく以前の乙坂ではこんなことやっていなかったことだし、ゴミを気ままに捨てるというのはイコールで、他者の目を気にしていないということに繋がるのだから。つまりこれって(信念が介在しないまま)倫理を超えていき我欲のまま生きていく兆候なんだよね。

次のボーダーラインは「人間を無感動のまま攻撃できるか」どうか。で私ならゲーセンで因縁つけた相手の膝に串を刺すところで出張っていたと思うんだけど、友利ちゃん的には「社会的な生活に戻れなくなる」ところを境界線として定めそこを超えない限り見守ろうとしていたんだろうなって。

 

 

乙坂「……え…っと、……お前、いつから……」


友利「ずっとです」


乙坂「ずっとって」

乙坂「…まさか」

友利「この先へ進んでしまったら、もう二度と人として戻ってこられません」

友利「だから止めました」

乙坂「誰かの差金かよ」

友利「いいえ休学届を出してます。プライベートです」

乙坂「何のために!」

友利「あたしも責任を感じているんです」

友利「あの時、あたしが取った判断は不適切はでなかったのか。すぐに歩未ちゃんを安全な場所に確保すべきだったのではないか、とです」

友利「だから、あたしはあなたが立ち直るまで付き添う、そう決めたんです」

乙坂「余計なお世話なんだよ!!」

乙坂「さっきだってせっk」


友利「廃人になりたいんですか」

友利「人間やめたいんですかっ」


乙坂「じゃ」

乙坂「どうしろってんだよ…」


友利「うーん、とりあえずまともな食事をする、というのはどうでしょうか」

乙坂「はあ?」

友利「いい食事を摂ることが元気の源となるのです」

乙坂「ちゃんと飯は食ってる」

友利「ピザとみたらし団子だけでまともな食事と言えますか」

友利「きっと落ち着きます」

 

――Charlotte7話

 


それと、友利は意識していたのか判らない(オムライス作戦の誘導だけだったのかもしれないけど)、こういう「まともな食事しようぜ」っていう「衣食足りて礼節を知る」ってのは私好きで、服とか食生活をしゃんとすると精神もまたしゃんとするのである。この延長線上にある貧すれば鈍するもまた事実なので。

 

  ◆

 

友利は「妹の料理」で乙坂をこっち側に戻そうとした。生前の歩未のピザソースオムライスを食べれば、今の自分を過去の自分と比較し点検できるのではないかと。

もし私だったら、ありふれていて陳腐だけれど「歩未ちゃんはそんなことを望んでいるのか」と突き付けていた気もする。これってありふれるくらいには強い言葉なんだよね……もう亡くなった人を引き合いに出して、使者の他者性をその人の内部に復活させようとする行為。

ぶっちゃけ、これ使わないですむなら使わないほうがいい。というのも、死人の想いなんてどうとでも解釈できるからだ。

亡くなった者がどう思っているかなんて生者には絶対に判らない。絶対にわからないんだ。けれどそれを生者が「決定」してしまえば、あらゆる行為が当人のなかで正当性を帯びてしまい死人の為に動くようになる。誰かの為に、動くなんてそれこぞ間違っている。正直これは望ましくない。そういう意味でとても卑怯な行為の一つ。

でも、使わなきゃいけない時もあるだろう。友利もオムライス作戦が失敗していたなら(例え一口だけの約束を交わしていても)使っていたかもしれない。だって友利的には "ここまで" 乙坂にする動機があるのだから、やれることは何でもやると思うから。

 

……なんかあれなんだよね、現実から大事なものが全部なくなった時、人はどうするか?って言ったら、死ぬか社会を害すかのどちらかしかなくなる。守るべきもの(=名誉、社会的位置、人、物、場所)が失えば、当然何でもできるようになる。そこに倫理も法も関係ない。この2つを人が順守するのは、順守したほうが利益があるからだ。

簡単にいえば守ったほうが、自分の大事なものを守れるから守るんだ。だから大事なものがなくなってしまえば、法も倫理も守る必要性がなくなる。だからあらゆる行動に当人のなかで制限はなくなってしまうんだよね。

で、そういう生活をしてきてふとした瞬間に現実との接点をふたたび結んだとき、乙坂のように「何をしたらいいのかわからない」っていう状況は必ずくるように思う。それは自分の座標軸が喪われかけているから。だから以前の枠組みに戻ればいいのか、それとも何か目指さなきゃいけないのか、さりとて停滞と破壊の道を歩むことなく、と考えていくと何をどうしたらいいか判らなくなってくる。

こういうとき「こうしましょうよ」と心から言ってくれる人がいたら、めちゃめちゃラッキーだよね。

 

乙坂「なあ、友利」

乙坂「僕はこれからどうしたらいいかな…」


友利「また生徒会に戻ってくる、というのはどうでしょうか」

乙坂「でも僕とお前とは、二度と関わらない約束をしてしまった」

友利「はあ? 何のことでしょうかー」

乙坂「これ食べたら、そういうことになるって」

友利「一口だけに留まらず、全部平らげてしまったじゃないですかー。うっわー、関わる気満々なんだーと驚いて見てました」


乙坂「さすがだな」

乙坂「わかった」

乙坂「生徒会に戻る」

 


友利「よかったっす」

 

――Charlotte7話

 


精神が充足するやりとりであった。こういうの好きだなあって。

 

それとまさかAngel Beats!をそのまま流してくるとはおそるべしCharlotte。

 

 

 

 

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