猫箱ただひとつ

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アジャスト型がアジャストしているのは物語世界である(?)

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 *思考の整理もかねて

 

「アジャスト型」と「引き出し型」という読者タイプの便宜的な区分けがある。

アジャスト型とは順応力を高めて作品に合わせて楽しむタイプであり、引き出し型は自分がストックしている"読み方"でもって楽しむタイプのことだ。

以下、アジャスト型の概要(詳しくは下記リンク先で)

 

・文脈を良く知らない作品でも「なんとなくそのまま楽しむ」「わからなくても楽しめる」人

・順応力を高めようとするタイプ

・"ニワカ知識で「わかったつもり」に陥るのはどっちでもありうることなんですが、「頑張って全部わかろうと気張る」のが引き出し型で、「自然とわかる範囲以上のことはべつに気にしない」のがアジャスト型なんだと思ってます。極端に分けるなら"

・"引き出し型にとっての知識(リテラシー)というのは、文脈や「読み方そのもの」なんだろうけど、アジャスト型にとっての知識は「タグ」や「辞典」であって、読み方はその場でタグ知識をたぐりよせながら即興で作る、というイメージが合うかな。その即興力がアジャスト力だと"

 

参考:泉信行氏の作品の楽しみ方 「引き出し型」/「アジャスト(調整)型」

関連:続・作品の楽しみ方 「引き出し型」/「アジャスト(調整)型」

 

 

最近私が思うのが、アジャスト型がアジャストしているのは物語世界なのではないかということである。ここを「物語世界」ではなく「作品」と言ってしまうとと分かり難くなり本質を表していないと思うので意識してほしい。

というのも、引き出し型がよくやる文脈読みってその物語世界から外から眺めた視点――つまり「作品」として見て――セラピー類型、トルストイのオマージュといった要素を当該作品に接続しようとする。

しかしアジャスト型がしているのは、その作品から数歩入り込んだ「物語世界」と自身を同調・同期・調整しようとし――その物語世界を実在するものとし――その世界へダイブしようとしているのではないか。

だから彼らに必要なのは、その物語世界へ没入できるだけの最低限の知識と導くための情報だけでいいのだろう。引き出し型が好む「読み方(文脈)」をとくべつに必要しないのも、読み方を知ったところでその物語世界へ没入できるかは全然違う問題だからである。

AIR』へ没入するにはそれまでのKeyメーカーの遷移を知らなければならないか? 『Senseoff』へ没入するには『ONE』を知らなければならないか? 『無職転生』へ没入するにはセラピー類型云々の話をストックしていなければダメか?

―――答えはNOだ。また事前・事後にその読み方を知ったところで当該作品を楽しめるとも限らない。ここがアジェスト型の作品評価が読み方で変動しないところも繋がっているのかなと思う。

そして物語世界に強くアジャストできるほど、物語世界の内部でおこるイベントは鮮烈な体験へと感じられ、それがそのままその作品への楽しさ・面白さに繋がるのがアジェスト型に傾向するものかもしれない。

 

   ◆


ニコニコ動画でアニメを視聴している人々は画面上に流れるコメントによって「teaching」を肩代わりしそのアニメのアジャストを促してくれると上述したリンクでは語られている。それともうひとつこの「流れるコメント」は視聴者同士のある種の一体感・共有感覚を生んでいるのかもしれない。もしそうならばこのみんなとの一体感が物語世界のアジャストを誘っているのではないか?と考えてみたりもする。

なんにせよ、芸術作品は「読み解く」ものではないし「知る」ものでもなく、「感じる」ものであるということをアジャスト型は体感的に知っているんだろう。

 

 

反解釈 (ちくま学芸文庫)

反解釈 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

先のリンク先では、「作品に合わせることに特化していても限界はある」とし、理想形はアジャスト型と引き出し型両方の利点を持っているといいよねとされた。

確かにそういう面もあるかもしれない。しかし私はアジャスト型のアジャスト効率を高める場合必要なのは文脈読みはひとつまみ程度でよく、最も大事なのは経験だと考えている。人によるかもしれないがまあとかく「何かしらの実体験(強い納得感)」をストックするほうがいいと思う。

読み方ではなく、経験をストックする。
言葉の世界ではなく、地の世界を歩きまわる。

そんな強い納得感をいくつも有している場合、作中でそれと似たような状況・心理・場面が起こった時かんたんに物語世界へとリンクできるし、深く没入することを知っているからだ。

その物語を深く理解するためではなく、深く"感じ"るために経験しまくろうという話になるのかな。また賢者が語る印象批評に厚みがあるのもおそらくはそういうことなのではとも思う。

と私が考えるアジェスト型について語ってみた。本義の意味とは若干ずれるかもしれないが、自分はこのように扱っている。

 

 

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