猫箱ただひとつ

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言葉にできる楽しさなんてウソだよ、秘密はまとっているだけで力をくれるような気がする、なあ黒桐、神秘はね神秘である事に意味があるんだ。

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*空境、漫画版エヴァ、ぼっち侵略、セミラミスが入り交じる記事。ネタバレはしてないつもりですが気になる方はお気付けを。

*4650文字

  

 

言葉の神秘性と隠匿。ぼっち侵略からエヴァまで

 

このブログでは何度も「言葉の不完全性」という単語を使って、言葉にできるものなんて上澄みでしかないと言ってきました。

どんなに言葉を重ね、言葉を交錯しようとも、超えられない境界線が存在します。特にクオリア、概念的なものになるともう全然ダメで何をしても伝えられない、伝えることが不可能な領域があるんですよね。

こういう事を考えると、「所詮私たちが成せる伝達は100%達成できないという諦観を持って事に望まなければいけない」という態度になっていきます。そういうもんですよ。それ以上は個人は望んではいけませんし、それ以上はテクノロジーの発展に期待しましょう。

そして今回は言葉の不完全性から一歩進んだ(?)、「言葉の神秘性」について記述していきます。

 

端的に言えば、言語限界のお話ではなく、「言葉にしないこと」のお話です。『ひとりぼっちの地球侵略』2巻ではそのことをぴたりと言い表しているのですよね。私はここのシーン好きなんですよ。↓

 

 

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「言葉には力がある、この星でもそういう思想はあるでしょう。」

「それってつまりことだ…」

(ピッ)

「!」

(しー…)


「全く同じじゃない。私はいろいろ混ぜて使ってるし。これ以上のことはなにしろ秘密なので教えられないわ。」

「なんで秘密にするんだよ。これくらい別にいいじゃん」

 

「なぜならばね……」

 

「秘密を守りたいの」

「魔法の秘密?」

「ええ。」

「秘密というのはまとっているだけで力をくれるような気がする」

「気がするだけの、お化粧のようなもの。実態はなくともただ私のそばに感じられればいい」

「魔法の力は秘密を保つことで守られるわ、これらは本質が近くて切り離せない」

 

――広瀬、希(ひとりぼっちの地球侵略2巻)

 

私は大鳥先輩の言葉が「わかる」と思います。秘密というのは秘密というだけで存在価値が完了するという感覚、言葉にしてはダメなことってありますし言葉にしてしまったら価値が下がるものもたくさんあります。

作品批評なんて最たる例で、文字や絵を読んだ時に生じる《物語そのもの》は言葉にしてしまったらもう別のものになってしまう。言語化したらなんだかダメになってしまう時があります。

例えば輪るピングドラムは一言で言えば■の物語ですが、しかし輪るピングドラム=■ではありません。そんな単語で言い表せないくらいに色彩豊かで銀河のように果てしなく広大です。それ皆さん承知でこのたった1つの言葉を使っている感覚、なのではありませんか。

少なくとも私はそう感じてしまう時があります。毎回毎回ではないのですが、(輪ピンに限らず)ある作品において何かしら言語化してしまえばその作品の"神秘性"が損なわれてしまうような錯覚。秘密が秘密ではなくなり、猫箱からどくどくと脈打つ心臓を見てしまったような幻覚。

そうですね、『うみねこのなく頃に(原作)』もまたそのような作品でありますし『true tears(アニメ)』また然りでしょうか。(反対に「言葉にすることで存在が完了」する作品もあるように思うのですがそれはまた別のお話)

 

 

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すこし前に漫画版の『エヴァンゲリオン』を全巻読み終えました。14巻分。

ずーーっと前に見たアニメ版エヴァは拍手してパン食って転校生で異次元!という意味がわからないフシギな作品。そういう印象だったのが、でも漫画版読むとなんだか「わかる」んです。作品が言っている意味、エヴァの根底にあるものが「わかる」と思えてしまう。

スタイリッシュなロボデザイン、未知の生物、予言、謎、機関という壮大な世界観とは裏腹に示しているものはとても単純でとても明瞭です。

漫画版とアニメ版はやはり内容は多少違うのですが、けれど多少という枠内です。主なストーリーラインはほぼ同じなのに、どうしてこんなにもあの日理解できなかったことが今にして理解できるのだろうとワクワクしちゃいます。

けれどその「わかった」事は、言葉にしてしまうとなんだか"違う"ことのようになってしまう気がするんですね。私が感じた「わかる」感覚を言葉に置き換えてしまったらそれはもう別物になってしまう。

だから言葉にしませんし、記事にしたりしません。この気持ちを自分だけのものにしておきたいという気持ちがあるんですね。それはやはり大鳥希先輩が言っていることと同じだと思うんです。


"「秘密というのはまとっているだけで力をくれるような気がする」

「気がするだけの、お化粧のようなもの。実態はなくともただ私のそばに感じられればいい」"


そそまさしく。うんうん、だよねだよねって頷いちゃう。

でもなぜ秘密にするのか? なぜ隠さなければいけないのか? という理由についてさっぱりです。正直、理屈なんか分かりません。でも「そう思える」んです。きっと自分自身がそう思えることが大事なことなのかもしれません。

 

つまるところほんとうに大事だと思うものは言葉にしてはいけないんだと思います。

それは作品についてでも、過去に起きた人との触れ合いでもなんでもいいんですけど、そういった大事な思い出、大切な記憶は絶対に誰かに教えちゃダメですよ。

それは自分の中で所有しているからこそ輝く"ガラクタ"へとなりますし、誰にも伝えないからこそ、共有しないからこそ、開陳しないからこそ、神秘を内側に抱え込んでいるからこそぴかぴかの宝物へとなる。そんな思想が私にはあります。

ここは本当理屈じゃなくて、"そう思え"てしまうから、そういった感覚があるからこそなんだとも。過去の栄華を栄華たりしめるのはそういうことではないのでしょうか。

 

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「しかしな、鮮花。なんだって黒桐にそんな話をしたんだ。隠す事、隠匿することが魔術の大前提だぞ。……まあ黒桐相手なら問題はないだろうが」

「僕が相手なら何がいいんですか」

「言っても解らないだろ。秘密が漏れる事もない。おまえは相手によって話す内容を選ぶからね、まっとうな人間にこんな話はしないさ」

「それはそうですけど―――やっぱり他人に知られるとまずいんですか、魔術師って」

「そりゃあまずいさ。社会的にはどうでもいいがね、魔術のキレが落ちる。黒桐、ミステルの語源を知ってるか?」

 橙子さんは机に身を乗り出して尋ねてきた。

「ミステルって、その、ミステリーの事ですか?」

「そうだよ。別に推理小説じゃなく、神秘という意味のミステール

「はあ。もとはギリシャ語ですよね、英語なんですから」

「……まあそうだな。ギリシャ語で閉ざすって意味。閉鎖、隠匿、自己完結をさす。神秘はね、神秘である事に意味があるんだ。隠しておく事が魔術の本質だ。正体の明かされた魔術は、いかなる超自然的技法を用いていたとしても神秘にはなりえない。ただの手法になりさがる。そうなるとね、とたんにその魔術は弱くなるんだ。魔術とて、もとは魔法だった。つまり源である根源から引いている決められた力には違いない。浮遊する神秘、というものがあるとするだろう? これには十の力がある。知っている人間が一人だけなら、十の力全てを使える。けれど知っている人間が二人なら、これは五と五に分けられて使用される。ほら、力が弱くなった。言い方は違えど、この世のすべての基本的な法則だと思うがね、これは」

 橙子さんの言う事の全体像は相変わらず掴めないが、言いたい事はなんとなく解る。

 


――黒桐幹也、鮮花、蒼崎青子空の境界/矛盾螺旋

 
大鳥先輩と蒼崎橙子の「秘密」「神秘」の概念は同じ、もしくはかなり近いものなのかなって。秘密は秘密であることに意味があり、隠すこと、誰にも知られないからこそそこに本質があると。

あるいは言葉に出来るものって全部薄っぺらいよね!っていうお話になるのかもしれませんけどね。 

言葉で定義できる楽しさなんてウソだよ―――と映瑠先輩を断絶する神尾愛生を私が大好きなのはそういうことを分かっていると思うからなのかも。

 

「では、貴女の楽しさというのはどの当りにあるのかしら? そこは聞いておきたいわね」

そう云われて、神尾は表情を微かに歪める。

「決まってるワケないでしょ、そんなの……私が楽しいと思ったら楽しいの。言葉で定義出来る楽しさなんて嘘。もし本当だったとしても、それはいつか飽きちゃうと思うな」


――映瑠、愛生(セミラミスの天秤)


神尾愛生は独善的で我がままな悪魔のような女の子ですけど、彼女の生き方にふれていると「まさしく」と思うことが多い。きっとそれは彼女は"言葉の世界"で生きているんじゃなくて、この物質の、地に足を立てて生きているからだと思います。

逆に映瑠先輩は倫理(=言葉)というどうでもいい正しさに全人生を預けている感さえあります。それは正しいだけで、正しいだけの生き方ですよ。誰にも寄与しませんし、言葉の枠内にあるだけの正しさは現実で生きることとはもう別物のなんだとも。そんなもん使えないよってなってしまう。

だから私は映瑠先輩みてるとうぐぐーってなっちゃうし、愛生ちゃん抱いて!ってなる。神尾愛生の悪魔的たんか切り、とてもイイ。痺れる。抱いて!


お話を戻しますと、つまりは"楽しい"は言語化不可能。私の"楽しい"と感じた気持ちはどう頑張っても言葉にできなませんし、あらゆる言葉を駆使し、類推したところでその"感じ"た気持ちには絶対的に届かない。他者には伝達できない。そういうものです。

だから言葉にしてしまえる楽しさなんて、きっと、嘘っぱちなんですよ。

そして言葉にしないことの大切さを今一度噛みしめたいなと思います。

 

(おわり)

 

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 ぼっち侵略の表紙絵ほんと良かとです、わくわくします。あの頃の気持ちがすこし思い出してきてというのもあります。(どの頃?)