猫箱ただひとつ

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世界がスライドする感覚を覚える。人類は衰退しました2巻

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1巻を読んだのが確か発売直後の2007年だったので、2巻を読むまでに何と8年ほど経過していることになるみたいです。なんということでしょう(白目)

あの時、手にとってみたはいいものの私が期待して「泣きゲー」ちっくな要素がまったくなくほわわ~んとした印象が強かった『人類は衰退しました』。自分の趣味じゃないかなーという想いと、2巻が発売されるまでに半年空いたせいかすっかり読む気持ちは無くなっていました。

…だったんですが、去年無事完結したということと、直接私宛にオススメしてもらったとこともあり再び読了する動機を得ることに。にゃふふ。ということで続巻を読んでみることにしたのです。

うむうむ。読んでみると存外悪くないですな。特に2巻は妖精さんの力で「いつもとは違う世界」を強制的に見ることになるお話のワクワクが良かったように思います。


―――ここはどこだ! いつもの私の部屋だ! けどなんかちがくない?!アレー??!!

そして世界がスライドし、妖精さんになってしまった"私"は摩訶不思議な彼らの生態の片鱗を"少しだけ"手に届いたところも知的好奇心をくすぐられます。もしかしてあなた達は……ごくり。ごくり。

 

本記事は、そんな人類は衰退しましたの2巻のちょっとした感想です。助手くんイイスナー

 

 

助手くんの「見て」いるセカイ(文字)

 

助手くん……最高だよなあ……。先祖の歩んできた道のりから構成されゆく子孫であり、グループ最後の人間であり、無言語でセカイを観測するその有り様が大好きすぎる。

これは助手くんの人格が好きというわけではなく、彼を構成してきた「因子」が好きという事。遺伝子が旅した風景が脳内で再現されていく。そう風景。流星がすーっと流れ落ちる。森の匂い。濃密な草木。踏みしめる感触。水。しめった空気。そういったイメージが目に焼き付いていく。

孤人であり、隠者である彼が愛おしい。その存在が。

 

 文明の恩恵から離れ、自給自足の生活に入ったグループのひとつ。

元々は、何らかの理由で農耕集団に加われなかった者たち。選択肢のひとつとして遊牧生活を採用する。

何世代かはそれでうまくいく。

生活水準は落ちたものの、暮らしは安定する。

かつて絶頂に近かった科学文明から敬称されたいくつかの知恵は、原始的な暮らしの中でも有用だったはずだ。

食物を集め、家畜を飼い、煮炊きし、織物を織り、ことによっては簡単な栽培も行うことができたかもしれない。

かつての栄華を、生活の知恵へと落としこんでいった。

世代を経ると、世界は変わる。

科学の面影を忘れた子らにとって、科学の知恵は論理ではなく儀式だった。

先祖が森羅万象から取り出した貴重な贈品だと信じこむ。

たとえば父祖から受け継いだ工業品のナイフ。

彼らは当然再現できない。この不思議な利器はいったいどこから来たものなのか? 天か地か火か水か神か悪魔か。

おお、このコーラ瓶なるものはとても素晴らしく、皮をなめしたり水を入れたり増えのように吹き鳴らせたりして便利すぎるので神器として扱おう。便利すぎて気が緩むから神に返すのもアリかもしれない。

彼らは代を重ねていく。

それは洗練という名の忘却をともなった。

分子生物学を忘れ、工学を手放し、地理学を遺失し(誤って竈にくべてしまう。人は旅立つ時何枚のちずを持参するだろう? きっと一枚きりに違いないのだ)、医学疫学は便利なので残るかもしれない。化学も生活様式にまぎれてならひっそりと生存を果たすだろう。物理学・形而上学・情報学・数学についてはあきらめるしかない。天文学も星を読む以外の知識は数代と保つまい。

こうしてグループは衰微していく。

だがそれでさえ、多大な創意工夫を強いられた古代の有望区民に比べれば、まだ生きるに易しと言えるのだ。

彼らが唯一、かつての遊牧民に足りないところがあるとすれば、それは交易だ。

何らかの理由で人里を脱した彼らが、他部族との接触をタブー視することは想像しやすい。結果、交易という遊牧国家最大のビタミン剤を失う。

ビタミンの不足した肌は、みるみるうちに荒れる。

優れたナイフは手に入らなくなる。より単純な器具でさえ、そこが隔絶された高原地域であるなら、なおのこと。手に入るのは肉と毛布とミルクと野草、骨と皮。

それでも賄える文明が細々と続くが、やがてその数は減じていく。

精強なるモンゴル帝国の再来は期待できない。

あれを再演するには、旧人類はあまりにも活力を失いすぎている。

仲間が死に絶え、最後の一家族となり、その親さえも死んでしまう。

最後の幼子。

言葉を教える者も保護を与える者もなく……たったひとり、草をはみ実を齧るようにして生きていく。

生きる術はかろうじて知っていたので、余剰の時間は多かった。

自分が何者なのか気になるが、思考を深めるための言語はない。

空を見上げ、地平を眺め、世界の広さについて考える。時には妖精と出会うこともあったろうか?

純粋な感情だけで考え続け、そして―――


そして保護される。

 

「……というのがあなたのお祖父さんの推測だったのよね」


――人類は衰退しました2 P228-231

 

お祖父ちゃんの推測が真実だったとしよう。

おそらく助手くんは幾ばくかの言語体系を身に宿しているものの「考えを深めるための言語」は所有してないのだろう。親に幼少期に与えられた言語のみで今まで生き、それ以来言語体系が停止したまま。

それはほぼ無言語と言ってもいいし、「言葉がないせかい」を考えるときにフックとなりうるものだ。

とはいえそのセカイを考えるのはとても難しい。想像するとしたら全てがイデア的であり、「映像」によって構成されたものなのかもしれない。思い出も考察もすべて「映像」で深く深く進み、掘り下げられていく。

言葉を捨てた世界。ううん言葉がなかっただけなんだけどね。


それは密な時間だろうか? それとも粗密な時間だろうか?

 

ひとつ言えるのは知能は明らかに落ちるということか。考えるための言葉がないのならば必ず行き詰まる。それを幾度繰り返そうとも行き詰まる。絶対にそれ以上先には行けない。岩盤を掘るには手では不可能なの。

「書き言葉」がない民族は、「Logic」を理解できないし、「仮説」なんてものに無価値だと断言するだろう。"それがなんなのか?"という疑問さえ持つことはないし、問われた所で「なぜそんなことを聞く? ○○は○○だろう」という返答しか持ち得ない。

生活に支障はないし、むしろそういう世界認識のほうが楽だとは思うのだけれどもね。

あと助手くんのセカイを想像すると、おそらくだが、あらゆるものに「名付ける」ことさえ不可能だったのではないか?とすら思える。

私達は自分にとって未知なもの・理解不可能なもの・複雑なものに遭遇したとき理解する為に名前を与えることを行う。妖怪という概念の元はそれだろうしね。

けれど、それが出来るのは一定水準の言語体系を獲得しているものに限られるのではないか?

そもそも"体系"と呼ぶにはお粗末な言語しか持ち得なかったら、「言葉」というものを認識できないだろう。名付けることが出来ないのならば「区別」が存在しないということかもしれない。と想像することさえ可能だ。

物事に、事象に、現象に―――区別はない。

すべてがすべてシームレスに繋がっているセカイ認識。ああ興奮するしかないでしょ。

こういう世界認識を想像するとき大抵は「意味が欠落した灰色」というイメージを持つことが多いけれど、助手くんの場合は特別なんだよね。どちらかというときらきらしている。それはささやかな輝度だが、それでもそのセカイを好ましく思える。

いいね。いいものもらった。

 

 

 

 

自分に名前がなかったら?

 

 「しんみりさせてしまったかしら。ゴメンなさいね。彼、これでもだいぶ情緒豊かになった方なの。前はもっとこう……無に近かったというか……」

「無、ですか?」
また奇妙な単語が出てきました。

「そう。最初に会った時、彼には名前がなかったのよ」


――わたしと女医者(人類は衰退しました2巻)

 

 

いいね。これはシッダが目指したものかもしれない。そもそも「自分」というものは「名前」があるからこそ存在できるものなんだと思うよ。もし名前を与えられてういなかったら? 周囲に名前を持っている者がいなかったら?

おそらく「自分」というものは消失する。所詮「自分」さえも概念だったということ。私たちは概念にまどわされすぎているとも言える。自分というものはそもそも無く、ただただ見て、聞いて、嗅いで、圧を感じる受容器官を持ち、それを筋肉を通して出力する肉体的機構を持っているだけだ。

しかしそこに想像が加えられることでリーチの長さ(=動物の可能性)が長くなっていくんだけれど、同時に苦受でいっぱいになっていく。

助手くんに名前さえなく、自分というものを持たず、けれど最低限の自我を持っていられたのはほんのひとぐりの言葉をインストールされていたからだよね。ラッキーだったのかどうかは分からないけれど、社会的に生活する上で(つまり"みんな"と暮らす上で)なんとかなんとかぎこちなさすぎるけれど交わることの可能性は見えてくる。

 

 

 

 

ニューメリカル・純然なる無個性

 

 

「なるほど。名前がないから "無" なんですね」

「いいえ。そういう意味ではないの。なんと説明したらいいのか……私は彼のことを最初、ニューと呼んでいたの。ニューメリカルのニューと」

「……数値化された」
彼女の口にした言葉を、小さく繰り返します。

「数値であらわした存在。彼は身長、体重、血液型、心拍数、血圧その他のデータの上ではその存在は疑いようのないものよ。私が記録したのだから間違いもない。けどふと目を離した隙に、彼はしばしば私の意識や記憶から抜け出てしまう。忘却させられてしまうの」

「…………」
相槌を打つこともできず、わたしは立ち尽くしてしまいました。

「本当よ。ああ、信じてくれなくてもいいのよ。あなたのお祖父さんは……興味深そうだったから、お孫さんはどうなのかしらと思って」

「それは、単にお医者様が忘れっぽいというオチではないのでしょうか?」

指摘すると、彼女は気まずそうに笑みを浮かべます。

「……忘れっぽいと思うわ。でもそういうことじゃないの。正真正銘、彼の全体像について記憶を維持することはできないのよ。数値ではわかる。記録を見れば、そこにひとりの人間が存在することは明白だわ。だけど印象……顔つきとか声質とか体格とか、そういった部分の記憶は目を離した瞬間にはほどかれてしまう。彼には姿がないようなものよ」

 
無個性の純度が高いと、その人を思い出すため"フック"するポイントがないので覚えられないみたいな感じなのかな。数字の羅列は覚えにくい、けれど宮殿化された記憶は思い出しやすいし、実際にそれを意識的に使って暗記術として使う場合もある。

それは「人の記憶」の限界や構造を的確に示しているものかもしれない。意味をリンクさせないと要素要素が繋がらないとか、時間軸を加えないと記憶の精度が落ちるとか、完全な蜂の巣状態の記憶保持は難しいけど、一本道の構造ならば覚えられるとかそんな感じに。

ニュー君が人の意識のスキマから抜け落ちるような存在……だとしたら興味深い。それはもうその存在自体が孤立を強いられるものだし、天然の隠者だとさえ言える。ナチュラルボーン。誰とも関わらず、関われず、生きていく。

――はずだったけど、ひょんなことから文化を持つ人類に回収され、社会の中で生きいくことになってしまえば、そんな天然要素は不必要になっていったのかもね。だから彼はそこから抜け出すように無個性だった自分に個性を見つけようとしていたのかもしれない。

あるいは「寂しい」からか……と思ったが、どうも違う気はする。そもそもそんな感情、彼の取り巻いていた環境で起こりえるとは思えないし、だからこそ"天然"の隠者だと言ったのだ。あるいは孤人か。

……。

…………この状態を想像してみると、それはなんというか世界と同化していようでさえないか?……外界と内界の区別がなく、いやないからこそ、自我が発達しない、しづらい。ならば世界の流れに汲み込まれている存在でさえあるように感じる。それは個人的な感想を言うならば、それは「人間」というよりも「イキモノ」ということになるだろうか。世界に同化するのがイキモノであり、世界に叛逆するのが人間であると。

タイムスリップしたときに出会う、少年時代のお祖父様は「入れ歯という技術によって長寿化しうる」云々言っていたがあれも、何もしなければ「歯の耐久によって物が食べられなくなり衰退する筈だった命」を"なんとかすること"でそのリミットを伸ばすみたいな所にも繋がるんじゃないかな。

(終) 

 

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――次回予告(明日9時)

「静かにあの作品は文学だ、と呟いた」