猫箱ただひとつ

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ギャルゲーに偏見を持っていたあの日々

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*2464文字

ずいぶん前に「何故ラノベは馬鹿にされるのか?」という論争がある界隈で勃発しました。これにpigumiiさんは「読んでいないから」と言うんですがなるほどねと腑に落ちます。

 

私がラノベをバカにしている理由は簡単です、読んでいないから。それだけです。

読んでないくせにバカにするとか馬鹿じゃね?と思われるでしょうが、世の中のラノベをバカにしている多くの人はラノベを読んだことがなく、それでもバカにしています。

――私がラノベをバカにしている唯一の理由 - 360万パワー

 

逆に私がラノベを馬鹿にしてないのは、ラノベを読んでおりラノベの素晴らしさを知っているからなんでしょう。

(今では全然読まなくなってしまったけど)当時読んだ『 イリヤの空、UFOの夏』『わたしたちの田村くん』『さよならピアノソナタ』『紅』『涼宮ハルヒの憂鬱』は"ライトノベル"というイメージを払拭してくれましたし、物語の豊穣さを魅せてくれましたから。

そしてこういう「読んでないけど馬鹿にする」構図というのはラノベに限らず、思い返せばいろいろな所で見かけますし自分自身もやってきたなと思います。

例えば、今では好きなギャルゲー・エ口ゲ*1も当時は(馬鹿にするというよりは)いくらかの偏見を持っていたんですよね。

まずエ口ゲーはその字面が「男性のせー的欲望を解消するえちーゲーム」というイメージを喚起させやすいですし、ネット検索をかければセー.液でドロドロに塗れた女性のパッケージ、目がやたら大きい美少女キャラの作品がよりそのイメージを後押ししてくれます。それを見ては「うーん」みたいな。何か如何わしいなと。 

後者の目が大きい美少女造形に関しては嫌悪はなかったですが、「違和」はありました。別世界。異世界。自分のいる現実とは断絶された向こう側のような感覚が。

『ONE』や『kanon』『Air』の目の大きい美少女造形(所謂いたる絵)は、当時一見さんお断りの雰囲気を感じた記憶があったなと思い出します。七瀬や月宮あゆはその頃のわたしが感じる美少女の価値観と大きく乖離していて、な、なんだこれは……とショック。

 

 

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「我慢の限界がきて、怒鳴ろうとしたとき……あたしが怒鳴ってしまっていれば、またこの学校でもあたし、そんな性格で通ってしまってた」

――ONE~輝く季節へ

 

 

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「こんにちは、祐一君」

――kanon

うぐぅ

 

私がいたる絵に慣れた頃――つまりkey最高!となっている状態――友人にKey作品(kanon,Airを勧めたところ「目が怖い」って一蹴されたのはいい思い出です。プレイしてくると慣れてくるんですけど、逆に言えば慣れないとやはりキツイんでしょう。

何故こういう事が起きるかというと、自分が暮らしているとまず多く触れるのは「生身の人間」であり「生身の顔」です。だから美しい女性と言われ思い浮かべるのはアイドルや女優といった顔になってしまう。現実的な美少女、三次元的な美。

だから二次元的絵・萌え絵・いたる絵の「目の大きい美少女造形」は、普段慣れ親しんでいる"想定しうる顔"とズレて違和を起こすのではないかと考えます。ちなみに『神のみぞ知るセカイ』の"よっきゅん"の造形が若干故意に崩れてるのもいたる絵のパロのような気もするんですけどどうなんでしょうね。(伝説の木の下、髪の色の一致で元ネタはときメモらしいですが、個人的にはあのデフォルメ絵はあゆあゆを想起したなと)

そんなふうにいたる絵を知り、拒絶を覚え、さらに「泣きゲー」という言葉が自分のエ口ゲ像に「泣きながらシャ..精でもするのか?」という結構バカな想像もしていました。(これ絶対に無いとは断言できないのが怖い所……)

エ口ゲに嫌悪感は無かったけれど、遠い世界、断絶の壁のむこう、異文化交流で味わうカルチャーショックに近い拒絶か何か。そんなよく分からないものだからこそプレイしたことなんて無いけれど少しだけ馬鹿にしていたこともあったかもしれません。


――どうせ男性の欲望を満たす為のゲームなんでしょ?、と。

 

しかし実際やってみるとそうではない。エ口ゲという括りでもいろいろな傾向がありますが、特に物語性が強い「シナリオゲー」「鬱ゲー」「泣きゲー」と呼ばれる作品は人間の精神を囲って離さないほどの力がある。

一度あの体験を味わってしまったらステレオ化されたエ口ゲ像なんて溶けちゃう。

この時――ありきたりでありふれた意見だけれど――物事は実際に自分の手で体験してみないと対象の本質は分からないということを再認識したなと。"分からない"からこそ不当に評価してしまったり馬鹿にするっていう状況が起こるんだとも。

大切なのは、自分で確かめるまで「評価を保留にする」「対象に感じるイメージを偏見だと確認しておく」事が肝要なのかもしれませんね? ついついここ忘れちゃうんですけどでもまこういう記事を何度か書いて忘れないようにしておきたい所です。

以上。おわり。

 

――次回予告(今日17時)

「屋上に百合霊さん現れる」

 

 

 <参考>

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*1:抜きゲー除外のギャルゲー・シナリオゲーを指す