猫箱ただひとつ

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セミラミスの天秤レビュー_全ては予定調和なのさ。18033文字

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満足度:★★★(3.5) 

「けど、それのどこが悪いの?何がいけない?人間はそんなに前向きで正義感に溢れてなきゃいけないの?そもそも聞くけど、それは一体だれの為の正義感なの? 前ってドコを向いているのさ…答えてみなよ!え!?ほら部長……っ!

  プレイ時間   忘れた
  面白くなってくる時間  うーん、30分くらい。でも後に失速
  退屈しましたか?   していない
  おかずにどうか?   使えるにゃー
  お気に入りキャラ   神尾愛生

公式HP│セミラミスの天秤 【キャラメルBOX】

 

 

セミラミ天秤のポイント

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・ 聖女と悪魔の会話劇がはじまる……!
・ 善悪メーター実装してます(右上)
・倫理について考えたい人は相性いいかも

 

『セミラミスの天秤』はシナリオ目的ならばおすすめしません。

何故なら劇中内で出てくる要素はうまく扱えていませんし、何より全ての√をプレイした後は「もやもや」や「不完全燃焼感」さえあります。これは前述しましたが「幻聴」「単子」「予定調和」「悪魔」「聖女」諸々の要素が中途半端に使用され使い尽くされず終了してしまったからでしょう。

……もう一度プレイはしたくないかな…というのが率直な感想です。とは言えオカズ用ならばまあいいんじゃないの?っていう感じですね。絵柄買いならばそこまで不満は無いのかも。

それとシステム周りが重いのでPCの構成によってストレスが溜まる人も多いはず。スキップが超絶遅くてガッカリ。とゆことで必ず推奨スペックは確認しましょうー。(最近のだったらそんな問題ないと思いますよ)

繰り返しますが、個人的にはシナリオ目的で買うのは考えなおした方がいいと思います。

 

 


<!>ここから本編に触れていきます。ネタバレ注意。

 DMM版↓

セミラミスの天秤
「――幻聴が聞こえる」頭を打った影響なのか、時折ノイズ混じりに、聞こえる筈のない声が聞こえるようになっていた。
 

 

 

 

 

「セミラミスの天秤」と単子

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『セミラミスの天秤』はまずこう語りかけてくる。この世界は魂の最小単位とされる「単子(モナド)」で構成され、その全体を観測することが出来ればこれから起こるコトが予測可能なのだと―――。

それを体現するかのように転校生である神尾愛生は次々に「自分の思い通り」の結果を打ち立ててゆく。

速水と同居すること、クラスの輪に入ること、クラスメイトの陽子に恋人をあてがったり広瀬水城の事件に関してはスピード解決し、[幻惑の果て]では主人公すらも道具のように使い叔父を殺させ着々と「自分の望み」を叶えていった。

傍から見れば神尾愛生という少女は、他者の運命を左右することができる悪魔のようですらあり、彼女が願えば悩みから解放され居心地のいい時間を送ることだって出来たし時には人が死んだ。

だから神尾愛生と時間を共にする人間は錯覚してしまう。自分が人の運命に操ることが出来るのだと。

 

「だっていつの間にか、まるで友だちの運命を左右するような場所に居るんだよ……わたしたち」

――塔子

 
塔子はそう言うが矢張りただの勘違いだ。神尾愛生だって完全ではない。

有島たちをユリユリの展開にけしかけたら"予想外"の結果に行き着いてしまったと言っていたし、矢内香澄のカラオケ事件で言えば明らかに"想定外"だった。やり過ぎた。行き過ぎだった。

それもそのはず。この学園で愛生がしていることは「自分の能力がどこまで出来るのか」を試すことであり、裏っ返せばどこまで出来ないのかが分かっていなかった。故にわざわざ映瑠先輩と速水を巻き込み「ジャッジ」という行程をはさみハードルを上げることで自身の限界を見極めようとしていたと考えられる。

愛生の計算や人心掌握によるスキルは驚異的だが、やはり彼女はただの人間でそれ以上でも以下でもなかった。出来ないことはやっぱりあるし、自分の心さえコントロールするのは難しいと言う。

さらに言えば彼女が行っているコトは、普段私たちがやっているコトと大差ない。情報を集め、言葉を手繰り、人の気持ちを推測し自分の思い通りになるよう事を運んでいく。

例えば「会話」は分かりやすいだろうか。誰だって自分が好きな話題、語りやすいテーマを話すのが好きだ。出来るならば興味のない話題なんて語りたくもないし聞きたくもないだろう。

だから時にはある話題をスルーしたり、強引にお気に入りの話に書き換えようとする。

神尾愛生がやっているのはこの延長線上ものなのである。

 

神尾は人の運命を弄んでいる―――確かに、そう取ることも出来るのかも知れない。
――だが、実際あいつが現実的にやっていることは何だ?
情報を集めて、言葉を操り、人の気持ちが変化「するかも知れない」流れを……ただ作っているに過ぎないんだ。
それが「運命の改変」だというなら、俺たちのしていることはみんな"それ"になってしまわないだろうか?
人の情報を集めること、言葉で人の気持ちに影響を与えること―――それは一体どこまでが「日常」で、どこからが「改変」なのだろうか。


(速水)

 

他者を見て、予測し、推測し、(改変ではなく)介入することで自分の好ましい結果にしようとする愛生。あるいは彼女に巻き込まれている部員たち。

そして、それをより高次元で「介入している」者がいる。

それがこの物語の冒頭で「作者」だと明言した安納塔子であり、もしくは物語の最終部で姿を表した雪井燦花である。あるいはそのどれでもない「あいつ」とでも呼ぼうか。

 

塔子?「えっ、じゃあ雪井燦花は誰になるんだって?ふふっ、そうだよね……ペンネームにペンネームを付けてあげるって、ちょっと不思議な感じがして面白かったけど、分身の術みたいで」


この『セミラミスの天秤』(=神尾愛生らの学園生活時に起こった出来事)を書いたのが誰か?なんていう問いに意味はない。安納塔子でもなければ、雪井燦花でもないとするなら暗い部屋でキーボードを打鍵していた「あいつ」なのだろうから。

きっとそう認知するだけでいい。"それが何なのかではなく、誰なのかを追求しようとした途端見えなくなるものがある。本質を見失う"。あいつはあいつだ。

大事なのは「あいつ」が神尾愛生達の運命に介入し、操作し、あるいは改変していたという事実だろう。

 

 

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『セミラミスの天秤』の劇中内で安納塔子が自身におきた出来事を小説とした書いた"セミラミスの天秤"のシーンで、速水はこう考える。

小説家ってヤツは、フィクションを描くモンだと俺は思ってたんだが――もしかしたらこの現実こそが、雪井燦花の最新作なのかも知れない。

だが、現実を描けるようになるというなら、それは既に、神か悪魔なんじゃないだろうか……そんな風にも思えるのだった。


(速水)

 

私が言いたいことはこういうことだ。

最後に出てきた安納塔子でも雪井燦花でも無い「あいつ」は、『セミラミスの天秤』にとっての「神」であり「悪魔」だ。

あの物語に存在する街、学園、クラスメイト、神尾愛生、速水といった全ての物質と力学的要素を把握し解析しうることの出来る存在であり、だからこそアイツはこの物語で起きるすべてを"知って"いるし先を読むことができていた。

つまり―――『セミラミスの天秤』という『物語そのもの』にとって、「あいつ」は【予定調和】を起こすことの出来るただひとりの人間なのである。

神尾愛生でも成せなかった事を達成したということでもある。

 

 

――『予定調和』っていう言葉。みんな、何となく聞いたことがあるんじゃないかと思う。

死亡フラグとか、虫の報せとか?そういうの。それは訪れるべくして訪れる未来なんだって。

運命論って云うのかなあ/神様を信じてる人が多かったからだろうね、何があっても、それは神さまが自分たちに与えられた試練なんだって、そう思ってたみたい。

もちろん、今でもそう考えている人はいっぱいいるんだけど。

悪いことが起きたら、それは悪魔の所為で/そして、そんな苦難を超えられるかどうかを天使が助言と共に見守ってる。昔の人たちは、そんな風に考えていたんだって。


あなたはどうかな……そんなこと、起こると思うかな?

それは、これからあなたがこのお話を体験して、どう思うか……それで判るかも知れないね。

えっ、さっきからお前は誰だって?えっと、わたしは安納塔子っていうの。一応、このお話の作者……になるのかな。

(物語冒頭)

 

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『セミラミスの天秤』―――「この現実世界で【予定調和】を成すことが出来るのは物語を作りせし者」と示す物語。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、雑感感想↓

 

 

 

セミラミスっていう言葉が理解しにくい

 

"セミラミス"っていう単語がどうしても覚えられない。せらみらすせらみすら?ってなりあれ結局なんて名前だっけ?ってなる。

グリザイアの果実』のマキナがザリガニを"ザニガニ"と発音してしまったり、あとハツカネズミとかハカツネズミとかって覚えていたりしているのと似ている。←実際はハツカネズミじゃなくてなんか違う動物の名前だったとは思う

こういうややこしい名前って私はいまいち覚えが悪いんだよなあ……。サッちんが「マキちゃんの頭っておかしいんです」って言っちゃう感じで、視覚優位系の脳は基本的に「音」に関するものは増えてなんだよなあ……ということ。

グリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA-

グリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA-

 

それと「セミラミス」というのはバビロンの空中庭園を建造したとか、太陽神ニムロデの別名だとか、美貌と英知を兼ね備えた贅沢好きで好色。かつ残虐非道な伝説の人物らしい。

単純に考えるとこれは神尾愛生とすごい似ている。そしてその天秤だということは、神尾愛生が操る天秤だとか、予定調和を図るために策謀を練っているだとか考えらそう。

 

 

 

幻聴って結局?

結局幻聴ってなんだったんだろうね。もう本当意味のないパーツだった気がするんだよ。そしてそう考えてしまうとどうしてもメタ的に考えてしまいがちになる。こういう視点はあんまり好きじゃないんだけどなあ……。

自分の無意識の声―――って言ったって、別にそれだけじゃない。兵頭の声やミズキの声が聞こえたり、神尾愛生の「助けて」って声が聞こえるあたりもっと別の意味があるんじゃないかと思ってたけど最後までいっても拍子抜けでーあー……となる。

彼彼女らの声が聞こえたのも結局は速水の心が造り出した声、と考えてもいい。でも だから なに。 

だからなんなの?

それで?

だから?

パードゥン?

あん?

 

 

すごい興奮した

 

「その、さ……わ、私のしょ、処女を……貰って、くれないかな」

――神尾愛生

 エロゲのエロで興奮することってあんまり無いんだけど、この展開はすごい興奮してしまった。もう頭が真っ白になるくらいに。ここから愛生との同居生活がはじまり日夜セ◯クスをしまくるとぴゃー!

 

 

 

自分の取引

 

「あはっ、うん……速水なら、お願いしたら住まわせてくれるかもって、ちょっと思ったんだけど、他人の善意におんぶに抱っこっていうのは、私は好きじゃない」

「それなら、自分の取引(ディール)には自分の資産を使う。危険(リスク)は全部……私が背負う」

――愛生

 愛生が自分の資産を使い、かつリスクを全部背負うという気概はすべて「予定調和」という概念に絡んでくるんじゃないかな?

他人の善意に寄りかかっていたら自分の手で物事がうまく運びにくいという懸念や実情があるんじゃないか。だからそこに"自分の力"をねじ込み、自分の手でそこを操りやすくしよう。

そんな考えの元、こういことを言っている気がするんだよね。

縋るような眼で、神尾が俺を見る――狡いな、と思える表情だったけれど、それもまた神尾の取引ってヤツなのだろう。

こいつは本気だ。本気で、俺を脅しに掛かってる……それは、写真ももちろんそうだが「一度抱いた女を、むかつくヤツに取られたくないでしょう?」と、暗に俺の心に脅しを掛けてるってことだ。

―――自分が空いてからどう見えているのか、それは神尾は良く解っていやがる

――速水

これって限りなく自分というものを客観視できるからこそ行えること。それもかつ「固有の対象者」にたいして自分がどう見えるのか、どういう影響を及ぼすのかをきっちり把握できている。

もちろん愛生にだってその予測がハズレてしまったりと、完璧なわけじゃあないけれども。でも高い精度で「予測」することが可能なんだろう。

だからこそこいつは自分が望む理想――予定調和――を生み出せる。

そしてその為には情報が必要になる。情報とは対象が"どんなものか"を知ることに繋がるのだから。

 ◆

「例えば、私がこの上更に、速水に毎月の食費や洋服代を要求するとしよっか……そうなったら、きっと速水は警察に行くか、学校の先生に相談する。そういうものでしょ」

――愛生

 相手の心の中にある「天秤」のバランスを欠いてしまえば、予測不可能な行動を取らせてしまったり、あるいは自分が望まない方向へと突き動かしてしまうことになるのかもね。

愛生の上手い部分は、相手に「納得」を生むように働きかけているってところ。速水が愛生を同居させることに納得しなければ、彼女はそもそも同居生活はできなくなるし、速水の「納得の仕方」がネガティブなものだと例え同居生活にこぎつけても居心地の悪い日常になってしまう。

だから愛生からして最もベストなのは、速水宅で同居生活することに納得してもらいつつも、その納得は肯定的(ポジティブ)なものではなくてはならない。

そして現にそれに成功している。

要求は同居生活をすることだけ。それ以上は望まない。望むと速水の天秤は傾くから。

 

 

立場を利用して安心をもぎとろう

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「不思議と『クラスメイト』っていう言葉は安心の担保になるような気がしちゃうよね……それが例え、一日しか一緒に居ない人間でもね」

――神尾愛生 


 ……たしかに……。立場や役職とか別になんの担保にもならないのに、そう思ってしまう。なんとなく気を許してしまったり、まあ大丈夫かって思ってしまう。他人で何も知らなくてもそういう気持ちを覚えてしまうのを否定できない。なんでだろ……。

「責任を引き受けるためにこそ、運命や偶然に頼るのです」


きっとそういうことだ。

その立場で出逢った人たち、その場所で出逢った人たちを受け入れるっていうのは運命を背負うってことと同義だ。責任を引き受けることと同じだ。

きっとそういうのが当たり前な世界に暮らしているからこそ、一日しか一緒にいないクラスメイトでも、電車の中であう人間よりは信頼を寄せることができるのか。

(電車の中であう人間もまた運命なのだけれど、運命の強度とか、運命の度合いといった考え方を持ってくると解決する。クラスメイトのほうが運命の優先順位が高い。)

 

 

 

民主主義的に解決しよ♡

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「生徒が四十人のクラスがあるとします。民主主義的にこのクラスを支配下に置きたい時、自身の勢力は何人いれば良いでしょうか」

「……二十一人か?」

「違うわ、3人よ」

――速水、愛生

 

「そのクラスに於いて、もっとも影響力のある人間を三人味方に引き入れればいいの。後の人たちは、その人たちの意見に賛同するってこと」

「そんな莫迦なって思うよね……でも、残念ながら、自分の足で立とうっていう人間はそれ程多くはないんだよね。特にこの日本って国は、他の人と歩調を合わせるのが美徳だって云われてる……あー」

――神尾愛生

 

云われてみればなるほどなと思う。大抵の人は誰かについていくほうが楽だもんね、金魚の糞のように。◯◯の後についっていって会話して、行動しているだけでいい。自分がどうしたいとか、こうやるべきだみたいな考えなんてしなくてすむもの。

ただもしクラス内で勢力が散り散りな構図だった場合、愛生はどうするんだろうか。

というのも勢力が大きいグループが3つあるわけじゃないってことはざらだと思うんだよね。小さい勢力が10ほどで形成されているクラスもあったりする。そういうときは地道に5つほどのグループに介入してそのリーダーと友達になるんだろうか?……。

 

 

 

迷惑かどうか

 

「私が迷惑になるかどうかは、わたしが決めることじゃないからね」

――神尾愛生

 

誰かに嫌われるのも、好かれるのも、迷惑になるのだってさえ自分が決めることではない。相手が勝手にそう思うだけなのだから。だからそれは自分の領域の事柄ではない。

相手の領域だ。

だからそんなことにぐじぐじと考えたって仕方ないよねって、そんな気持ちが伺える。

 

 

価値観を伝える気

 

「多分問題は、その価値観を人に伝える気があるか無いか、その辺だと思うけどねー」 

――神尾愛生

 ん、なるほどね。

映瑠先輩の価値観や倫理、行動動機がいまいち掴めないのは、それが彼女が周りの人とは違うからではなく(それも原因の一端はあるとは思うけどね)自身の価値観を伝える気がないからっていうのは頷ける。

例え周りの人間と動機や倫理の振れ幅が逸していても、それを「伝える」ことができれば映瑠先輩のことを「わからない」なんて気持ちは抱かないものね。

自分の内蔵を伝える気があるかないか。そして伝えることには痛みを伴う。

 

 

 

恣意的な会話と、ミスリード

 

 「欺されてはいけません、速水くん……比較条件を使って納得させようとする時、人は他の条件を隠そうとしているか、誤魔化そうとしている時なのです」

「今の設問は、愛生が持論の有利になる質問だけを並べたものです……数値化できない問題点はいくつかありますが、まず『多人数になると派閥化が発生する確率が上がり、その場合は部の雰囲気は悪くなる』というものです」

「人数ひとつ取ってみても、様々な要因が絡んでいますから、多い少ないだけでは語れません。ああいった比較による説得力というのは、そういった背景を考えられないようにしてしまう作戦ですから、鵜呑みにしてはいけないのです」

――映瑠先輩

 比較条件を持ち込まれたときには疑いましょうねと。大抵は相手はこっちを納得させようとし、かつ何かを隠しているのだから。

 

 

 「何云っているのよ……そもそも説得ってのは、自分の意見に賛同してもらう為にやるものよ。わざわざ自分に不利な情報なんて、敢えて開示する必要なんかないわ」

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愛生の意見もわかるんだけどね。

なんでもかんでもフェアに正しく話しなんてしていたら、相手を納得させるのにどんだけ時間かかるっつーの、そういう気持ちは私にだってあるし否定はできないんだけれども、ただ問題なのは、そういった方法で与えられた仮初の納得はどれくらいの効果があるのかなというところ。

とはいってもこれに関していえば、2人は両極端なのでもっち中間を狙って行動していきたい。

 

 

 

流行はおさえるべし

 

「流行(トレンド)は押さえておかないとね……これはマジで大事。決してそれが面白くない番組だったとしても!」

流行を押さえるためにたいして面白くもないドラマを見る愛生は、なんというか彼女にとっては流行に乗ることではなく流行を所有していること自体が価値あることなんだなと再認識させられる。

つまり愛生にとっては「流行」とはクラスメイトと話す為の道具であり、円滑に潤滑に事をなすためのものでしかない。詰まらないドラマを2時間見続けても、それだけの価値があると判断しているのだろう。

そしてこれは……きっとね、たぶん愛生だけじゃないよ。

誰かと「話す」ためだけに流行に乗ろうとする人は大勢いるし、分からないけれどそれとなくその話題に乗っていこうとする。私はそれを嫌ってはいるけれど、私自身それを完全にはねのけるなんてことは出来ないんだよね。

 

「人はパンのみに生きるに非ず、知識の共有によって、人間はコミュニケーションを取る生き物だからね」

――愛生

 残念ながら、もうこういうものなんだろう。

それと山科さんは「マイナー嗜好は自己愛の一種」だと云っていたけれど、そうなのだろう。流行の逆をいくっていうことは根本的にそこに繋がるとは思おうよねん。

 

 

 

 

Bの葬列

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「そう。人は生まれてから死ぬまでの間に、何万回、何億回も『A』を選び続けて、その度に『B』が死んでいく」

「――そして、その人が歩いた後には、延々と『B』の死体がずっと残る。そして振り返ると、何億体もの『なれなかった自分』の死体が転がってる」

――神尾愛生

曜子ちゃんも言っていたけれど人間は選択の連続を生きているんだよね。歩く時にだって右足を出すか、左足を出すかで選択をしている。もちろん「選ぶ」なんていう意識はない。けれども結果として選んで行動している。

そして選ばれなかったほうは、可能性のまま死んでいく。Bを殺して出来上がった死体の山はかつてあった自分と、選ぼうともしなかった自分だ。

 

 

 要求と交渉

 

「大事なのは、卑屈な要求の仕方をしないこと。下手に出たり弱気に話したりすると、まるでそこに正当性がないように見えちゃうから……自分の要求には正当性があるっていうことを、相手に態度で感じさせること」

「えっと、元々正当性がない場合は?」

「それはもちろん、全力で相手を欺すつもりでやらなきゃダメだよ……女優になるつもりでね」

――愛生、塔子

 
愛生の基本戦術は人間の心のスキマや原理に基づくものばかりで、だからこそ怖いというかこのひと人間観察どれくらい積めばこうなるのか。あるいは転生かもしれないが。

この後彼女は「人を説得するのって、普通にやったら成功率なんて5割以下なんだよ」と語る。うーん確かにそうかもしれない? そもそも「説得」とは相手がある何かを納得するものだと捉えられる。納得……納得ねえ。

ぱっと個人的に思いつくのは「相手を自分自身で納得させるやり方」がひとつ。これは質問の応酬により「相手が自分の口から発話することによる納得性」みたいなやつ。あれね、人から命令されるとそれがいくら正しくても拒絶反応でるけど自分の口から出たものはすんなりと受け入れるっていうやつ。

だから質問によって相手が言葉を口にするよう促す。さらに質問って答えるとき自身でその「論理性」「正当性」を鑑みながら答えていくからそこにもし矛盾を見つけた場合ひとりでに納得するってこともありうるんだよね。

今回の場合で言うと愛生が塔子に授けたアドバイスは以下。

・無理難題を飛ばしてから本当に欲しい条件を出す
・堂々とした態度をキープで言葉に真実と正当性を含ませる
・弱みをみせつつ
・上手にキレるのも一つの手(怒鳴ると相手はパニックを起こしその場を収めようとする)


こういうの知っていると便利だよね。知らないと「使わない選択」することすら出来ないのだから。

けれど……ね……愛生はもう完全に人間関係をスキルに落としこんでしまった人だよなあ……。どう考えてもここまでやってしまえば、感情による人間関係を構築することは難しいし全部上っ面だけのコミュニケーションになりがちなんだよね。

これもまた「そう選べる事も出来るからいいのでは?」と思うけれど、力は得てして実利を優先してしまうものだし、その欲に抗うにはいろいろと失敗した経験が必要なのかもね。それはそれでどちらも選べることができるという話しになるから救いはあるけれど。

 

 

 

 

 言葉で定義できる楽しさ

 

 「では、貴女の楽しさというのはどの当りにあるのかしら? そこは聞いておきたいわね」

 そう云われて、神尾は表情を微かに歪める。

「決まってるワケないでしょ、そんなの……私が楽しいと思ったら楽しいの。言葉で定義出来る楽しさなんて嘘。もし本当だったとしても、それはいつか飽きちゃうと思うな」


――映瑠、愛生

 
世界は言葉でできている―――とは言え、それが実体というわけでもない。言葉にできないものだってあるし、言葉にすることで溢れてしまいそのものの意味を正確に掴むことだって出来なくなる事だってある。

言葉はただの便利なツールでしかない。「楽しい」は別の言葉で言い換えできるし類推も可能だしピンポイントで"この部分が楽しい"と言えるだろう。

けれど、それは「強いて言葉にするならば」という前置きからはみ出ないものだ。「楽しい」は言葉で定義できないし、その受けた感情を正確に伝達することは不可能なんだろうね。

映瑠先輩にいらっとする気持ちもすこーしだけわかる。楽しいものは楽しいだけなのに、それをいちいちつっこみやがってー!みたいな感じある。

そしてこのあと映瑠先輩はこう続ける。

映瑠「…………そこまで形にすることを拒むなんて、まるで倫理や秩序といったものは貴女の敵であるかのような云い種ね」

愛生「私の邪魔をするなら、倫理も秩序も私には敵だし、手を貸してくれるっていうならその時は味方かな」


きゃー!愛生ちゃん抱いて!!!/////

もうほんとそれ。

映瑠先輩は倫理ガチガチで疲れるんだよ……。そもそも倫理も秩序も法でさえ「人が快適なよう」作られたものでありそれを守るために色々なものを犠牲にしたり躊躇してしまうようであれば幸福希求の立場からいうとナンセンス。

しかし私たちは社会で生きるためにある程度の妥協や我慢はもちろん大事なのだけれど、とはいえ「倫理は絶対」なんて考えちゃダメだぜ。倫理を守りすぎて得られるものは「守った」という事実だけ。人生において豊かなものを得るかといえばそうじゃない。

だから手を貸してくれるなら「味方」という視点はいいよね。今まで倫理は、ルールは、絶対だと思って居た人に違う景色を見せてくれるものだし。

映瑠先輩はもうすこし愛生寄りに傾くと生きやすそうな気がするんだよね。余計なお世話だけど。

そういえばこの聖女/悪魔Systemで一番いいのはもちろん中間であるニュートラルだと私は思ってますよ。

 

 

 

正常と異常の境界線

 

「貴女の行動のそれぞれは、時に人を苦しめたり、時に不正な行為であったり、時に不快にすることもあるわ……けれど、最終的には貴女は逃げ切ってしまう。相手が諦めたり、相手を反論出来ない状態に追い詰めたり、色々な手を使ってね」

「そういうところが、私の癪に障るのです。何故もっと、正常な方法や思考で物事を為そうと考えないのですか」

――映瑠

 
こういう自分の思っていることを吐き出しあうのは見てて好感わくよね。それは相手にちゃんと介入しようとしているということだから。注釈としては「見てる分には」だけれどもね、実際やりあうと内臓ズタズタで痛い。

 

「簡単な話。確実性に欠けるからよ……それから、間怠っこしいっていうのもあるかな」

――愛生


まあね。そうだよねと思うものの正攻法を蹴り飛ばしてる愛生のやり方は「共感」は得られない。結果による賛同は得られるかもしれないが……。

共感を蹴飛ばしている存在って考えたい事柄だったりする。つまり人は何故正しさを根拠にするのか?と言えば、それがもっとも他者から共感を得られるからというわけ。

みんなが共感してくれないということは、自分一人の決定基準で持って何かを選び決めていく。それは孤独な在り方。それは嫌われるやり方。だから「間違い」を根拠にする人は少ないしそれを公言するものはガクンと減る。

正攻法の強さの一つはこの「他者からの共感」なのだよ。

そして愛生はそれを蹴飛ばして「結果を再優先」で考える。自分が望む結果を手に入れるにはどうすればいいか?―――ここで倫理を破れないものは選択肢が少ないけれど彼女の場合はもちろんそうではない。だから大胆不敵に悪辣に物事を遂行していくことができる。

これで結果すらも伴わなかったら、私は好感度すごく上がると思う。

やり方も「間違い」で結果も「間違って」いるのに、それでもなおそれを選び続ける人間がいるとしたらもう最高だよ。社会的にダメダメだけどさ。

 

そして話しは「正常と異常のボーダー」について推移していく。

 

「そもそも部長の云う『正常な方法』っていうのは何かってことなんじゃない? 世の中に『正常』なんてものが本当にあると思ってるの? 部長は、それを心の底から信じられるの?」

「あんたの云う『正常』っていうのは、たかだか十年、数十年って期間で『たまたま変わらなかった事柄』ってことでしょう? その『正常は、例えば百年前にも『正常』だったって云い切れる?無理でしょう?」


――愛生

 
もちろんそんなことはあり得ない。正常と異常のボーダーはいつだって『大衆の総意』によって決定されてきたものだから簡単に移ろいゆくものなんだよね。

でも。

この事を事前に映瑠先輩は知っていたならこう切り返せる。

「もちろんそうの通りですが、私たちは今この201☓年という時代に生きている。この時代で決定づけられた『正常』を軸に社会は回っているのならそれに従うべきでは?」とか、そんなふうに。

つまり「歴史的に見て正常なんてものは移ろいゆくものだけど、それは今現在の正常を破る理由にはならないよね?」と言いたいのである。

これに対して愛生側は「つまり『正常』は絶対的なものじゃない。だからそれがいつだって正しいという保証はない。正しくないのなら、使えないのなら、破って構わないじゃないか?」と応酬することも可能だろうか。

 

「……人間同士での収奪は不毛な結果を招く。それを回避して皆で最大限の幸福を得る為にあるのが倫理です」

――映瑠

 


うん。いいね。ここまで言ってくれるとにこにこしてしまう。

倫理は最高の概念だと思う。けれどやっぱりそれでは"溺れる者"が出てしまうので……なんとかならないのかなと毎回思う。

……そんな都合のいいシステムはあの世だけかもしれないけどね。

 

 

 

 

 内発性のある人間・神尾愛生

 

 

見つけた。

 

 「毎日「『何が起こるんだろう』って周りの顔色を伺って生きるくらいなら、私は逆に周りを騒ぎに巻き込んだ方が速いって……そう思ってるだけだよ、塔子」


――愛生

 
そうか、今振り返ってみれば神尾愛生こそ内発性のある人間としてのロールモデルとして非情に分かりやすいのか。ははーん。

彼女の場合なぜ騒ぎ(=祭)を引き起こすかというと、それが「楽しい」からということもあるにはあるがメインは「事象をコントロール」したいからではないか?と思う。

予測不可能なことが嫌だっていうのは、彼女自身映瑠先輩との駆け引きで言っているしね。

愛生 「そうだけど……あの部長の場合、途中から知られたら何をしでかすか判らなさそうなところがあるし、突然予測不可能の危険が発生する可能性を抱えるくらいなら、こっちで危険とその内容をコントロールした方が楽だと思ってね」

 

 あとうまいのがリスクヘッジとして相棒(?)である速水を使っているとこだよねー……。なにこの人恐ろしい……。

「自分の頭で考えろ」「自分で決断しろ」というのは確かに大事なのだけれど、こればっかりやっていると決断基準が自分一人という非情に危うい状態になる。そこで第三者の視点・決断基準を確保しておくと自分の意見の客観性を補いやすくなるので効果的だよねーと。

 

「それはほら、今の速水の立場は私の相棒でしょ……部長の話を聞いて、私がしてることが危ないと思えるなら、止めてくれれば良いんだよ」

――愛生

 

 

 

 

 

 

常識or常識

 

映瑠「愛生は本当に、物事を常識で計るのが嫌いなのですね……」

愛生「いやあ、役に立つ時もたまーにはあるけど……人間って自分が都合の良い時には常識を引っ張り出す癖に、いざとなるとすぐに放り出すから」

 
裏っ返せば常識を信仰している人には「常識縛り」が大変有効なんだよね。常識はいつだって正しいと思っているからこそその正しさに異を唱える事はできない。

だからこそ常識やあるいは「常識に見せかけた」ものを提示するとうぐぅ状態にまで持っていける。常識を疑った事無い人には大変友好的なのである。ちがった有効的なのである☆

実際「常識を疑う」「倫理を疑う」ってする人はあんまりいない。まあ教えないものねわざわざ"これは人間が作っただけのものですよ"なんて。

 

 

 

集団というバケモノ

 

「集団っていうのは、そこに所属してるひとりひとりとは違う……一種の化け物みたいなモノなんだよ。私が悪魔だって云うなら、集団っていうのは人喰い鬼とか単眼巨人みたいなモノだね。RPG的には」

中略

「うん。後は肌(アーマー)が硬すぎて攻撃が通らないとかね、そんな感じ……悪魔がいくら頑張っても、HP的には巨人や鬼には敵わない。だから支配下に置いておかないと」

――愛生

 
集団というバケモノとやり合うとすれば、ひとりづつ引剥はがして「集団でなくさせる」といった戦略もアリだよね。規模が大きくなるほどこの方法は取りづらくなってくるけれど主要人物のみを狙えば勝機も出てくるだろうか。

「ひとりの意識」と「集団による意識」と実は違ったりするものね。後者は実在しない幻といって差し支えないないけれどたしかに"い"る。環境にとって人格が変わるのもこの要因が大きかったりね。

 

 

 

【きょうつうのわだい】

 

映瑠「部員に小説家が居るなら、それは読んでみたいと思うでしょう……ああ、なるほど。それすらも塔子との共通の話題を持とうという意志の現れとして計算する、ということね」

愛生「そう。『共通の話題』……結局のところ、コミュニケーションは基本ここに尽きる。そしてそれは、社会的な生き物である以上、無意識に避けて通れない習性って云って良いよね」

 
残念ながら。そう。

なので基本的に対人・集団の輪に入りたければそこに存在する「話題」を共有することから始めればいい。アニメならアニメ、ジャニーズならジャニーズといった具合に表層的でもいいのでそれらを「語る/話す」ことが出来ると輪に入れてもらえたりそれだけで楽しかったりする。

そしてこの「話題を共有」することの敷居が高ければ高いほど、「連帯感」が生まれると愛生は言っているわけで、てかここまで考えないよなー……恐ろしい子

愛生にとって自分を取り巻く人間なんて、所詮、RPGのモブキャラくらいの扱いでしかなさそうに感じるんだよね。「動かす」ために存在するだけの駒。そりゃ仲良さそうに話したりはするけど深く繋がろうとはしないみたいなね。

いやまだから、全て物質を知り、その力の方向性までをも掌握し、解析できる「神」と呼べる存在がいるとするならヤツにとって私たちなんて映画を見ているようなそんな存在にすぎないんだろう。

そこには「存在」としての断絶がある。

愛生にもまたそれと似たようなものを感じる。彼女は神でもないし悪魔でもないけれど、周囲と大きな隔たりがあるその一点において。

「でもまあ、会話の端々からは、その子がいま欲しいものとか、やってみたいこととか……そういう欲求は漏れ出してくる。ほら、欲しいものややりたいことの話題には、みんなすぐに食い付くでしょ?」

――愛生


 ここの「相手が求めているもの(欲)」をそういうものとしてちゃんと認識することで愛生さんは会話の統御にいくらか成功しているんだろうなという印象。

レスポンスの早さでだいたい解るよねここらへん。鈍ければ興味ないし早いほど求めているということになる。ゆえにここでも相手が求めているもの→すなわち共通の話題は必須なのである。

しかし自分が興味のない話題を提供し続けるのって大変すぎるとは思うんだけどね。ぶっちゃけ辛いこと多くて死ぬ。

 

 

 

 

面白い話だけではダメ

 

「面白い話っていうのは、ただ面白いっていうだけじゃダメなんだ。肝心なのは、それが面白いっていう証明。その話を聞いて、横で楽しそうに笑っている人間や、興味深そうにしている人間が居て、初めて成立するんだよ……解る?」

――愛生


 これ云われてみるとああそうだよねってなる。そうかもしれない。

愛生はそれを「面白さの証明」というけれど私はどっちかっていうと「面白さの価値」という言葉にしたいかな。あるコンテンツを決めるのは(残念ながら)そのコンテンツの質ではなく、そのコンテンツを評価する人たちの評価で決まるというヤツね。

どんなに質が高いコンテンツでも共感する人がいなければ、それは無価値になりがる。

「さくら」が商売として成り立つのもそこらへんだよね。

 

 

 

莫迦ゆえに幸せ

 

「変に頭が良くて勘ぐってしまうより、事実にこだわって幸せを逃すよりも……場合によっては、莫迦故に幸せで居られることもあるよ……って話。それだけ」


――愛生

 
莫迦故に幸せになれることってあるよね。そりゃ知識がなければころっと騙されて被害を被ることだってもちろんあるのだけど、その騙されたことにすら気付かなかったりするならばやはり幸せなわけで。

あるいはこれが行き着く先は過剰適応と呼ぶものなのかもしれないが。環境に過剰に適応する、運命に過剰に寄り添ってゆく。そうすることで現実は不幸ではなくなっていく。少なくとも自分の中では。

頭がいい、先が見通せる、知識があるっていうのは決して幸福とは繋がらない。むしろ不幸な方向へ引っ張られやすい性質さえあるようにすら思う。

 

「一度賢くなったら……もう二度と、莫迦には戻れないから」


――愛生

 
知識が非可逆的であるように、また賢さも一度手に入れてしまったら(絶対とは云わないが)無かった頃には戻れない。

 

 

 

 

いやそれはどうだろう……

 

 

「あのね速水。大体さ、普段ただ漫然とおしゃべりしてるような子が『あの子が何を考えているのか見えてこない』なんてことは云わないでしょ」
――愛生

いやー……それはどうだろうなあと思う派なんですけど。

「その言葉は、つまり高階ちゃんの意識の裏返し……あの子はおしゃべりを使って友人関係を維持しながら、クラスの中心であり続けてるってこと」

そう。おしゃべりってのは空気みたいなものだ。普通なら、それを利用して、相手の性格を分析しようとか、そんなことを考えるワケがないんだ。

――速水、愛生

 
高階ちゃんがそういう人物か?と言われればそういう部分もあるかもしれないという答えになる。つまり彼女はおしゃべりをツールとして使い相手や空気を統御・分析している可能性もあるのではないかということ。

しかし「あいつ何考えているかわからんね」という気持ちを抱くのがイコールで「おしゃべりを通して相手を分析している」と云われるとうむむとなる。確かに意識せずにはそういう判断をしているが、別段意識しなくてもそういう場面って結構あるよねと。

会話してて話が合わなかったり食い違ったり相手の思考背景が見えないと「何考えているかわからん;;」状態は多い気がするんだけれども。

 

 

祭りを起こすことの弊害はここかな

 

「さあなあ。誰かが好き勝手にするってことは、その分のヤなコトを誰かが肩代わりしてるってコトだろうからな……二人以上人間が居る世界なら、それはもう避けようが無いにゃないか」

「……わかる気、する。だれも、我慢しない……おかしくなる」

 

――ふみか、速水

 
「自分のしたいようにやりたいように行動する」ことは決して悪いことじゃない。人生を積極的に生きることを否定はしたくはない。

ただし弊害として「好きにやった分」だけ誰かに迷惑をかけていることは事実なんだよね。少なくとも"神尾愛生の行為"は殆どがそのタイプと言ってもいい。中には迷惑をかけず行動しまくるというのもあるけれども。

涼宮ハルヒもいいモデルだとは思うよ。

そして「誰もが好きなように行動」してしまえば社会は一気に破綻していくからこそ、倫理は重要なんだよね。倫理はセーフティというかボーダーというかそんな感じ。

鬱陶しいじゃ邪魔になることは多々あるけれど、無くなってしまえばかなり困る。

ここはもうバランスでしかない。今現在の周囲の状況はどんな感jいで、倫理を守っている人、倫理のどのルールを守っている人が多いかどうか、といったところで自分はどこらへんを越境し乗り越えていくのかという―――決断基準を持っているからこそ愛生を見ている限り被害が少ないんだと思われたし。

 

 

 

 

神の視点、そしてそれは大概錯覚なのさ

 

「だっていつの間にか、まるで友だちの運命を左右するような場所に居るんだよ……わたしたち」

――塔子

 
情報収集によって未来を先読みし、ひいてはその結果が出始めてしまっている。こうなると塔子のように「自分は誰かの運命を左右している」といった感覚を生んでしまうものなんだろうね。

でもやはりそれは錯覚でしかない。

 

神尾は人の運命を弄んでいる―――確かに、そう取ることも出来るのかも知れない。

――だが、実際あいつが現実的にやっていることは何だ?

情報を集めて、言葉を操り、人の気持ちが変化「するかも知れない」流れを……ただ作っているに過ぎないんだ。

それが「運命の改変」だというなら、俺たちのしていることはみんな"それ"になってしまわないだろうか?

人の情報を集めること、言葉で人の気持ちに影響を与えること―――それは一体どこまでが「日常」で、どこからが「改変」なのだろうか。

 
普段自分達がしていることとなんら変わりないけれど、神尾愛生という人間はそれを「可視化」してしまっている部分が大きく異なる。やっていることは一緒でもこの一点において「自分達が他者の運命を操っている」という錯覚を生み出す原因だよね。

それさえ無ければ本当に私たちはいつだって誰に対してやっている。「パイプユニッシュの説明ちゃんと読もうぜ」とか「ここの書類はあそこに仕舞って下さい」とか「ご飯食べるときはくちゃ食いやめてもらえると私は嬉しいかな」とか「あそこ行きたい」とか「あれ欲しい」とかそういった様々な

"相手の運命に介入して操作しようとしている"

と言える。

 

 

 

武器だけを与え、危険性を伝えないこと

 

 

「知識を持たずに武器を持つということは、殺し方を知らずに、殺し合いの意志があると見せることです。貴女は彼女に、武器だけを与えた……その『危険性』はちゃんと教えましたか?」

――映瑠


「武器の使い方」やそれに連綿する知識を教えないというのは、そういった危険性がある。これを聞いて思ったのはウイングさんが「念」を遠回しに迂遠に伝えていたのと似ているのかもしれないということ。

その武器を持つには一定の知識が必要になる。あるいは精神性を要求されるかもしれない。そしてそれらは年単位の学習が必要なわけで即手に入れられるものではない。だからこそ"より伝えにくい"方法で伝達しようと心がけているのかなってさ。

 

愛生「そう云われても……そもそも、それは教えなくちゃいけないことなの?」

だ。

確かに……普通に考えれば、映瑠先輩の云ってることはまったくの云い掛かり

 
これ愛生でなければ映瑠もこんなことを云わなかっただろう。「神尾愛生」が行ったからこそこう忠告するわけで、すると……。いや。

 

「本当は、部長も解ってるでしょ。人間には、忠告なんてなんの役にも立たない……ナイフを渡したら、自分のことをうっかり刺すまで、ナイフのことを便利な道具だと思い続ける」

「逆に云えば、ナイフが自分に刺さって痛い目に遭うまでは\……言葉で何を云ったって無駄ってことでしょう? どうして、わざわざ伝わらない言葉で危険性を教える必要があるの」


――愛生

 
詭弁だ―――なんて言うのは簡単だけど、実際ぐうの音も出ないよね。愛生の言うとおり人は「経験しなければ」分からないことはたくさんあるし、それに至るまであらゆる言葉は重みを軽くしてしまう。なくなるとはいわないけれどかるいのだ。

"痛み"が分からない人に痛みを教えることは出来ないし、愛を知らない人に愛とは何かを伝えても根本的には理解できない。

そんなふうに「経験がともわない」ことは忠告なんてものは無駄だと言いたくなる。ここの「経験がともわない」というのは、「はじめての経験に近いもの」とか「今まで未経験に属するもの」に限れば限るほどその傾向が強くなっていく。

 

「……それが言葉というものだからです。解き方が難しいからと云って教えずにいれば、そもそも解くことすらおぼつかない。貴女はどうせ解けないからと云って、そもそも解き方を教えない――そう云っているのと同じことです」

 

――映瑠

 
"理想的には" そのほうがいいよね。

 

 

「愛生は、自らがどれほどの能力を持っているのかを確かめる為に、自分でそのハードルを上げた――そう解釈するのが、私にとっては最も納得が行くのです」

――映瑠

 

 

 

 

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 <参考>

 

セミラミスの天秤 Fated Dolls
『セミラミスの天秤』のファンディスクが、ダウンロード限定販売!!セミラミスの天秤 本編中では語れなかった愛生・玲児を取り巻くクラスメイト達サ
 

 

 ――次回予告(明日7時)

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