猫箱ただひとつ

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分からない事を分からないままにしておけないから闘争が起きる。1927文字

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他者と争う。喧嘩する。あるいはもっとマクロな視点で組織同士が闘争しはじめた時、平和的な解決方法は「相互理解」がぱっと思いつきます。

相手が何を思い、何を考えているかを適切に知ることで争いは止むという考え方です。この話し合いの過程で他者の育った文化・歴史・価値観・思想・信念が机の上に並べられ揃えられ点検され「ああそうか君と私は違う人間なんだ」ということが分かってきます。

相手と自分は違うと意識できるようになるからこそ、対話は必要であり、互いに理解をもたらし争いは止むのでしょう。この「相互理解は大切」という考え方は、そこそこ浸透していると思いますし私も少なからずある側面で正しいと思っています。


しかし、そもそも「分からないことを知ろう」とすることが争いの火種にもなりえます。そこに悪意はなく、例え善意があったとしても同じことです。これは自分の"聖域"に相手が踏み込んでくるのと同義ですから。

自分が大切にしているものを「それ面白いの?」「何の意味があるの?」と聞かれたら大抵の人はむっとするんじゃないですかね。質問者に何かしらの含意が無かったとしても、分からないことを知ろうとするその行為が(全てではないですが)攻撃になってしまう場合があります。

そもそも相互理解の、「理解」とは相手の価値観を体感的に分かるということではなく「相手と自分は別軸で動いている存在」くらいの理解しか成し得ないんじゃないでしょうか。

相手の価値観を理解するのってそんな生易しいことじゃない。簡単なわけがない。滅茶苦茶難しいんだよ。そして本当の意味で理解することは絶対に無理です。

なぜなら、相手と同じ人生を体験しなければその価値観を実感を持って把握することは出来ないものですから。言葉は実感をもたらしませんし、実感と言葉の間には大きな溝があります。


「あなたの気持ちよく分かります」

 

大抵これは分かった気になっているだけで勘違いです。そしてその勘違いを勘違いだと受け入れて私達は他者とコミュニケーションしているわけですね。なあなあです。

そしてもし相手の気持ちを本気で分かっていると豪語するならば、いつかそのズレた理解は亀裂を生み出すのではないかと。完全な理解を求めるほど歪んだ考え方は無いのですよ……。 

人間は(一般化するよ)自分が分からないことを放置しておけません。分からないことがあったら「どういう意味だろ」「どういうロジックだろ」「どんな動機だろ」と考えを巡らせます。

そしてそれを書き残したり、発言したりするわけです分からない分からない分からない分からないラブライブが何で人気なのか分からない分からないよと。

 

ラブライブが熱狂的に扱われている現状がよくわからない

 

 

だからこそ、分からないから純粋に知りたいだけで他意はない文法はそこかしかに溢れているんでしょう。私もやってます。

分からないから知りたい。そんな好奇心は決して悪いものだとは思いませんが、好奇心の対象となる人にとって不愉快でしかありません。

白石ぎゃろ「コスプレイヤーって何を表現したくてやってるのかがわからないんだよなぁ」


上は分かりやすい例です。

ですが、ここまであからさまじゃなくとも 「分からないから純粋に知りたいだけで他意はない」は例えどんなに丁寧な文調だったとしても攻撃の「芽」になると覚えておいて損はないのかなと思いました。

とは言え、私はこれからも分からないねーと言い続けるでしょう。 だって分からないことは知りたいもん!→闘争の渦→ぎゃおー!

 

分からないことを、分からないままに放置しておける才能

――ヒトクイマジカル


これホント大事。

でもこれを実行できるのはある種才能レベルなので最初から持ってなければ生涯持ちえることは無い気もするんですけどね。私は出来そうにない。それに好奇心を満たせないグリザイユの世界なんてのは真平ごめんですのでやはり中庸中庸。

 

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――次回予告(今日17時)

「時計仕掛けのレイラインという作品プレイしたけどいやしかし」