猫箱ただひとつ

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章辺映瑠・その他・感想(6008文字)

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"ゴーンゴーン ゴーン"

倫理の鉄槌を喰らいましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

当たり前の行動・ギャップによつ特異性

 

「普段善行ばかりしている人間が良いことをしたって、せいぜい「またか」としか」思われないが……普段ひどいことばかりをしている人間が、不意とそう云った良いことをして見せると、それは奇妙に心に残ることが多いものだ。


なんでだろうね。

普段ある行動を同じように取っている場合はそれはもう「普通」であり意識してみるというリソースを特段使わなくなっているけれど、それが「特別」になった場合意識というリソースを割くようになる。これは危機回避みたいな部分もあるのかな?と思う。

この話はずれるが……

以前友人が「最近不良もの多くない?あんなのが持て囃されるなんてあり得ないあいつらはただ野蛮なことしているだけ」みたいなことを言っていたが(7年くらい前)。たしかに当時は「不良+野球」とか「不良+暴力」みたいなドラマが乱発されておりそこに不快感を持っていたのだろう。

それもそのドラマで出てくる不良は「ただあたりまえな事」をしては褒められ、涙腺を刺激している様によけい気分が悪くなったというお話。

私も当時は納得していて、「社会不適合者が野球をしてどうしてこんなに人気が出るのだろう?フシギ」とまあ思っていた。でもこれは多様性の観点から見ると……多様性の視点から見直そうとしたらよけい「世間の正しいとされることで評価する」のはよくないんじゃね?という気もしてきてあれ。

善行とギャップの話とだいぶズレてきたのでやめよう。

 

 

 

悪魔を退く方法

 

「大昔から、悪魔について伝説や神話ってのはいっぱいあるんだけど……悪魔に欺されない話もいっぱいあってさ、そこには全部共通した条件があるの。知ってる?」

「…………信念?」

「当たり。さすが小説家の先生だね……結局さ、誘惑って云うとすごく悪いことみたいに聞こえるけど、本当は誘惑される人間の内側から湧いて出てるものなんだよ。それを見たから誘惑されるワケじゃなくてね」


――愛生、塔子

 
愛生がやっているのは突き詰めればこれなんだろうね。

つまり対象者の欲望を「認知」「誘い」「肥大」させることで、対象者の行動を想定するという。

だから彼女が苦手とするタイプは「信念がある(=意志が固い)」人間か、「執着しない」人間かのいずれかだろう。

執着しないというのは、もうあらゆる意味で物事に執着しないということ。衣食住はもちろん、人間相手だろうとも家族だろうが恋人だろうがはたまた友人であろうが徹底的な「無関心」を貫ける人物に愛生は相性が悪い。はず。

こんな人めちゃくちゃレアだけどね。まず間違いなくそうそうお目にはかかれない。

 

 

 

性別・ジェンダーへの嫌悪感

 

それは仕方が無い。高階が悪いという話ではないだろう――俺だって友人の男同士が絡み合っているのを見せられて、そいつらと友だち付き合いが今まで通り出来るか、と云われれば考えるだろう。


まあ。そうだよね。女性同士――つまり同性同士――が絡み合っているのを見て気持ち悪いといった嫌悪を持つ人は一定数いるというのは想像に難くない。私自身もそうだから。

けれど、この手の「嫌悪感」って一体なにに由来しているのかなあ?と気になる。それは生物学的な意味ではなく、性的指向や社会的意義を問われる「男」「女」という概念を持ってしまった時からこの手のフォビア系の感情は発現してしまうんだろうかとも考えている。

多分、「男/女」という言葉・概念がなかったら同性同士でからみ合ってようが、バイセクシャルパンセクシャルトランスジェンダーだろうが何かしらの感情を発露することなく「そういう当たり前のもの」として受け入れられていたのではないか。

つまり自分の内側にある「男/女」という「概念」こそが嫌悪感の原因であり、その自分が想い描く概念からずれるものがあると生理的嫌悪が発生しているんじゃないのってこと。

 

 

 

自分はトクベツな存在

 

「アレって一等の当選確率が一千万分の一なんだって?それって、交通事故で400回死ぬよりもまだレアな確率らしいじゃない」

「……そう云い換えられると、まったく当たる気がしないな」

「だけど、それが自分の身には起こるんじゃないかって、大抵の人間は妄想するんだ―――自分にとって、自分って云うのはトクベツな存在だからね」


――愛生、速水

 
Macroな視点で言えば、統計で言えば、人間一人一人なんてものはトクベツでもなんでもない。けれど、それでも人は自分のことをどこか他とは別で特別な存在だと思ってしまう。

それは自分が自分にとって大切なものだからだよね。大切だからこそ「価値」が跳ね上がる。お気に入りのぼろぼろのぬいぐるみを捨てられないように。自分が凡人で凡夫で何者にもなれない存在だと突きつけられても、それを認めるフリをして心の奥底では「特別意識」を捨てられないでいる。

そんなものだし、そんなものでいいと思うんだよね。

自分すらもメタ的に見て、Macroの視点で扱うってことは、あー……自意識と感情を持っている場合地獄でしかない。ある意味きっついよ。

 

 

 

間違えちゃダメだよ

 

「間違えちゃダメだよ。いま速水は、良いか悪いかを決めてるんじゃない――兵藤くんたちと速水自身のこれからを決めてるんだから」


――神尾愛生

 良いか悪いかの選択判断って、形而上的で、ぶっちゃけ現実問題として役立たない感あるんだよね。概念でのお話って実理性がないというか、ファンタジーに近いものがある。

だから、時と場合によっては、特に今回のような場合だと「善悪」の判断なんかしている場合じゃない。こういうとき確固とした決断基準を持っていない人は必ず間違っちゃうのさ。

幸福希求―――の決断基準で動くと一発で決まるし早い。と思っているんだけどね。

映瑠先輩の基準――倫理の是非――は本当クソ食らえってなる。いやま……それを選んだほうが良い時もあるし倫理を不当に評価しているわけでもないんだけど、でもここまで倫理と善悪で行動方針決めていくのって何ら益ないしむしろ害になるレベルだよ。

「けど、それのどこが悪いの?何がいけない?人間はそんなに前向きで正義感に溢れてなきゃいけないの?そもそも聞くけど、それは一体だれの為の正義感なの? 前ってドコを向いているのさ…答えてみなよ!え!?ほら部長……っ!」


――愛生 

 
愛生が怒鳴りたくなる気持ちもわかる、こんなのありえないんだよ。

 

「被害者が死んじゃってて、犯人だけが曝されるなら、もうじゃんじゃんやっちゃって構わないよ――けど、法律ってのは治安を護ってくれるかも知れないけど、被害者の名誉なんて護らない」

――愛生

 

 

 

 

 乾のパジャマ

 

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乾が着ているパジャマって正式名称なんて言うのか。いやそうじゃなかった。着心地・寝心地はどんな感じなのか結構気になる。寝袋みたいな包み込む感じあって寝やすかったりして。

もしくはエリオ愛用の「ボールチェア」みたいな感じを想像してみたり。実際試したことないのでなんともわからないのだがイメージ。 

 

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 しかし8万円台って。なかなか驚きのお値段である。

 

 

 

日常を望むこと

 

――自分の望む「日常」とは、それこそ「千日手」のようなものではなかったのか。

寄せては返す波のように、毎日が穏やかで、変化のない日々――それこそを望んでいる筈なのに。

――塔子


成長したがる人は変化を求め、成長よりも今の日々の「何も起こらなさ」が好きな人は変化を嫌い安定を尊ぶ。

けれど

全体、日常というものは――もしかしたら、護ろうとするその時点で、既に壊れてしまっているのじゃあないか

 
そうかもね。でもそれだけに限らないとも思うけれど。あーなんていう微温的な言葉。

いやまあね、そもそも現世は「壊れる」一方なのでむしろ日常をメタ的に認知することが出来てしまって「今の生活を護ろう」とする事って滅茶苦茶エネルギーを使うわけ。

むしろ変化させることより「変化させない」ってのほうがよほど難しい。壊れる時は一瞬であり壊れたあとはもうお元には戻れない。戻らない。

 

 

 

塔子の書いた小説

 

――そして俺たちの手元には、一冊の小説が。

「セミラミスの天秤」

 メタ的だよね、塔子がやったことは。つまり自分たちに起きた今までの出来事を小説にしたと。そして更にはここの世界より「一段階上」にメタ塔子がいるわけで、なにがなにやら。

というか多分ここらへん"意味"らしきものはないんだろうなーって感じる。あんま考えないほうがいいのかもね。

 

小説家ってヤツは、フィクションを描くモンだと俺は思ってたんだが――もしかしたらこの現実こそが、雪井燦鼻の最新作なのかも知れない。

だが、現実を描けるようになるというなら、それは既に、神か悪魔なんじゃないだろうか……そんな風にも思えるのだった。

 

 

 

半陰陽である映瑠

 

「ああ、馴染みのない言葉でしょうね……出産時に染色体に異常があって、男でも女でもない状態で生まれてくることです」

――映瑠

 「こころの性」ではなく「からだの性」から見て映瑠は「男女どちらでもない」という状態らしい。生物学的な意味でという感じなのかな。

Wikipediaを覗くと「第三の性」と呼ぶ声もありと書かれてあるが、それもまた実体とはどうなのかみたいな論旨でありやや不透明。とはいえ、映瑠先輩の在り方を通して「性別に拘る必要はあるのか?」という疑問が出てくる。

つまり「男」「女」という区別の仕方はとても当たり前で"自然"だと思われているけれど、実際は数多くの「性別」がこの世には存在している。"男でも女でもある"や"男でも女でもない"といった認知から、○○寄りの☓☓といった具合まで多岐にわたる。

ゆえに現代ではそもそも性別を区分は意味をなさないとして「ポモセクシャル」という言葉があるそうな。

 

・同性愛(ホモセクシャル)
同姓を恋愛対象とする
異性愛(ヘテロセクシャル)
異性を恋愛対象とする。
ヘテロセクシャル
基本的に異性を恋愛対象とするが、同姓の魅力も理解するし、同性愛に抵抗はない。
・ホモフレキシブル
基本的に同姓を恋愛対象とするが、異性の魅力も理解するし、異性愛に抵抗はない。
両性愛(バイセクシャル)
男/女の療法を恋愛対象とする。
・汎性愛(パンセクシャル)
男も女もどちらでもない人も、性別関係なく恋愛対象とする。
全性愛(オムニセクシャル)
パンセクシャルの別名。
・バイキュリアス
自分をバイセクシャルだとはまだ言い切れないが、そうかもしれないと思っている。
・無性愛(アセクシャル)
いかなる人に対しても恋愛感情および性的欲求を持たない。
・非性愛(ノンセクシャル)
人に対して恋愛感情は持つが、性的欲求は持たない。
・複性愛(ポリセクシャル)
性別の分類は「男/女」だけでないと考えた上で、複数の性別を恋愛対象と感じる。
・半性愛(デミセクシャル)
基本的に他者への性的欲求がなく、強い絆でつながった相手にだけ性的欲求を持つ。
・対物性愛(オブジェクトゥムセクシャル)
建築物など、一般的に生命体ではないとされるものを恋愛対象とする。
・問性愛(クエスチョニング)
性に対するあり方をまだ決めていない。もしくは、あえて決めない。
・ポモセクシャル
ポストモダン、略してポモ。近代(モダン)以後(ポスト)、分類は無意味だとする立場。

――百合のリアル(星海社新書)

 

 ジェンダーに関する「区別」「分類」はここらへん読んでみると確かに無意味だなと感じる。"正確"をきせばきすほど細かく分類はされていくし、それは無限とも呼ぶべき数になるだろう。そうしたら分類という行為は意味をなくす。

なぜなら分類とは「便利に使える」からするものであり、不便になるのならばそもそもその行為をしようとは思わなくなる。

「男」と「女」と分類もまた便利で使いやすいツールでしかない。本当は人の数だけ限りない性のあり方がある……。

ならば、もういっそのことジェンダーの扱いを「X(=何が入るか不明)」にしてもいいと思うんだよね。もちろんこれらの分類は社会的には便利すぎるのでなくならないだろうが、「人そのもの」と対峙するときは「あの人は男か?女か?」で分類はしないという付き合い方も考えてはいいのではないか。

正直これとても難しいけどね、挑戦してみる価値はあるのかなと。

映瑠先輩を「女か男下どうか」という認識を取っ払い、性別X、つまり性別は分からないとした上で、「章辺映瑠という人」として認知していくのである。映瑠先輩をあらわすときに性別なんて一つにすぎないもの。もっと彼女をあらわすものとしたら、考えている事や、その精神性などのほうがいいのではないかと思う。

難しい……。

「そういう身体の所為なのか……私には性欲が理解出来ないのです。だから、速水くんにはおかしな質問を良くしてしまいましたが」

――映瑠

 
今だったら「そういうこともありえるよね」「そういうものかもしれない」と割と簡単に彼女が言っている事は理解できるのだけど、当時は性欲がない人もいるのかーと少し驚きだった。

アセクシャルについて考えてみたいんだよね。

アセクシャルとはいっても性欲はあるが恋愛感情は生じない、あるいはその逆、もしくはどちらともないとかそのタイプは多岐に渡るが個人的には「あらゆる人あらゆるモノに恋愛感情・性欲を生じさせない」状態を思考したい。

こうなると世間で共通認識とされる「可愛い」「萌え」「きゅんきゅんする」といった性・恋に起因する感情を一切共有できないとなる。きっと過剰に装飾された言葉として受け取るだろうし、そもそもそれって何?状態だとすら思う。人によって"そういった行為"に嫌悪感あるとさえ聞くし、自分を中心にして考えると理解が難しい。

愛とか恋なる感情がない世界認識って正直私は想像できない。うーん。難しい。代替でいいなら思考も可能だが実体はそうじゃないしね。

私的にはそれらの感情が生じないならば、持っている人と相対すると持っていない人の世界は「グリザイユの世界」としか思えない。けれどこれは……あんまり言葉にするものでもないと思うけれどね。あるいはワクワクドキドキがないみたいなね。ここらへん突き詰めると「感受性の優劣」のお話になってきてあまりよろしくないのだけれどね。

 

 

■あまり言葉

 

 「そうだよ。死んだ人間は還ってこないんだよ……その辺あんたの計画は、ちゃんと見越してたのかって、私はそう訊いているんだ。答えられないんでしょ?だからそんな突っぱね方しか出来ないんでしょうが」

――愛生

 

 

「……人に強要された完全なんて、それほど意味があるとも思えませんけどね」

――映瑠

 

 

 

 おわり

 

 章辺映瑠・乾・高階・塔子の4人の感想……にしようとかなと思いきや、その4人とも語りたいほどの何かがある物語じゃなかったなあというのが印象でゆえに共通√のような記事になってしまいました。

うーん。

セミラミスの天秤って「神尾愛生」が中心にいすぎるせいで他のヒロインがだいぶ薄くなっているのかもですね。

 
最終記事→セミラミスの天秤_全ては予定調和なのさ。

 

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