猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

全然分からないんだけどどういうことなの。やはり俺の青春ラブコメはまちがっている続2話

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ちょっと待って。

今回の2話もう全然分からないのは、あれなの、私のこころの問題なのかそれともアニメ俺ガイルではこの話数まで「2話の現象」を理解するのは難しいのかのどれかなの。

いやー前者な気がしてならないんだけど書き留めておこ…。

 

 

 

 

八幡の言い方のきつさについて

 

「それで壊れるくらいなら元々その程度のもんなんじゃねーの」

「…そうかもしれない、けど」

「失ったものは戻らない」

「そんな上っ面の関係で楽しくやろうってほうがおかしい」

「そうかな。俺はこれが上っ面だなんて思ってない。今の俺にとってはこの環境が全てだよ」

「いや上っ面だろ、じゃ戸部はどうなる」


―――八幡、葉山

 
なんか八幡の言い方のキツさが気になる。

葉山とのグループはパッと見そこまで歪んだ関係というわけでもないし戸部の事を除けば実に上手く回っていると思うし心地よい空間になっている。

でも八幡曰くそれは「上っ面」とのこと。仮に葉山のグループが上っ面の関係で保たれているのだとしても"これ以上"の関係を望むほうがおかしくない?

八幡はなんなのあれなの、「ほんものともだち」幻想みたいなものを抱いているの? 友達は友達を絶対的に助けなくちゃいけないとか友達が間違っているのならば正さなくてはいけないとか「ともだち」という関係性には強度の高い絆がなきゃいけないとか、そういうの御伽の住人なわけなのどういうことなの。

こんなのあれだよ「お前が思うならそうなんだろうな」という返答しかないよ。本物の○○、なんて一人一人違うわけでそこからあぶれたものを「偽物(=上っ面)」だとするならじゃあほんものなんてあなたの中にしかないじゃん。

 

とはいえ、この仮説であってるのか謎。……うーん。いやでもなあ……そういうことな気がしてならないのだけど実状はどうなのか。

 

 

 

 

 

 

最良・最悪の一手

 

八幡が行った「一手」は私も思いついたんだよね。ああすれば葉山たちの関係性に歪みを持ち込むことなく現状維持である心地よさをある程度保てると。

 

まず間違いなく戸部はフられる。戸部自身には多少の覚悟はあるだろう。だが他は? 彼らの関係を大事に思っているのは戸部だけではない。

だから彼女はあんな依頼をしてきたのだ。
だから彼はああも苦悩していたのだ。
なくしたくない。その手に掴んでおきたい。三者の願いはひとつだ。

戸部をフラレないようにしかつ彼らのグループの関係性を保ち海老名さんとも仲良いままにしておく―――ならやっぱ方法は一つしかねーじゃねーか

――八幡 

 
わたしが「全然分からない」と言っている部分はこの次の部分。つまり雪ノ下雪乃、由比ヶ浜、葉山たちがこの一手を嫌う理由がまったく思い描けない

 

 

あなたのやり方嫌いだわ

うまく説明できなくてもどかしいのだけれど、あなたのそのやり方とても嫌い

―――雪ノ下雪乃


えええ?!なんでだ。ここ本当よく判らなくてちょっと泣きそうになる。

だって『戸部をフラレないようにしかつ彼らのグループの関係性を保ち海老名さんとも仲良いままにしておく』方法といったらあの場では「ヒッキーが告白してフラれる」という状況を作りそこで「フラれる理由を問いただす」というのは良い一手だったと思う。

海老名さんは自分で今は誰とも付き合う気はないと告白しましたが、もし何も云わなければ八幡が質問すればよかったと思いますから。「好きな人でもいるの?」って。

雪ノ下雪乃が嫌う理由としては、方法の是非、結果―――ではなく比企谷八幡の自傷行為とでも呼ぶべきものを嫌っているのではないか?とも思う。

八幡は一期13話でも、自分を犠牲にするというとオーバーだけど傷つける方法をとって場を収めようとした。今回も方法は違うけど本質的な部分では一緒だと思う。

「自分」というものを勘定にいれないで最善手を見積もる―――という一点を雪ノ下雪乃は嫌っているのではないか? そして由比ヶ浜や葉山も。


思ったんだけど、ラストの由比ヶ浜結衣ちゃんの言葉を聞いていると、どうも違うんじゃないかな……ていうか人の気持ちってなんのことだろう……と思っている人がここにいるわけで……もうわからん……。

 

「でもさ こういうの もうなしね」

「あれが一番効率が良かった それだけだ」

「効率とかそういうことじゃないよ」

「解決を望まないやつもいる 現状維持がいいってやつもいて、みんなに都合よくは出来ないだろ」

(言っているうちに自覚してしまう。これは詭弁だ。俺がこの世でもっとも嫌った欺瞞だ)

「とべっちもフラレてないし男子もなんか仲良さげでひなも気にしなくて済んで、これでまた明日からいつもどおり変わらなくて済むのかもしれない」

「けど、けどさ、人の気持ちもっと考えてよ」

「なんでいろんなことが分かるのにそれが分からないの!」

「……ああいうのやだ」


――八幡、由比ヶ浜結衣

 
八幡も「なにが問題か」をわかっている風で、結衣ちゃんも間違いなくそこを指摘している。

うーん、わたしが考えている事であってるのか?……なんか見なおしたらそんな気もするんだけど、直感的に「違う」感じがバンバンする。

この一人だけ疎外感。彼らはなにが問題かわかっているのに、わたしだけそれが何かわからないし機微をうまく読み取れていない感じこの感じorz


結衣ちゃんが言っている「人の気持ち」って「私(=結衣)」のことか、あるいは「周りの気持ち」か、あるいは「比企谷八幡自身の気持ち」を大事にしてと言っているのか。

どれが可能性高い? 全部じゃない?

ふむなるほど。

 

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結衣たちが嫌っているのは

1、「『自分』を勘定にいれないで最善手を見積もる」

2、「平気で自分を傷つける方法を取る」


ことだと仮定しよう。

八幡がやっていることって、俗説のエントロピーのお話を似ているんだよね。ある空間内に限定しつつそこに恣意的な行動を取るとその空間内のエントロピーは下がる。けれど「恣意的な行動を取るもの」を含めるとその実エントロピーは増大している・あるいは減っていないというお話。


[葉山グループ]のみで限定したとき、あの時ヒッキーが優先したのは「現状の関係を維持する」ことだった。そこにはヒッキーがいない区切り方であり、だからこそああやって自分すら駒として使う方法が取れる。

葉山と川辺と話していたときのモノローグもそういう意味なのかと考えればいろいろ腑に落ちる。

葉山が守ろうとしているものなんて俺にはわからない。わからないままでいい。だから出来ることがある。

――八幡

 

 
でもなんだろうね。

自分の現実、自分の諸問題、自分との取引(ディール)に対して「自分」という資産を使うのはわかる。だって"自分のことだから"。

けれど戸部・葉山達のことはヒッキーは介入しすぎというか、そこまでする必要はあるのか?とは思うよ。「奉仕部」としての域を超えているのではないかと。

別段、奉仕部に依頼されたものの成否について彼はなんらかの報酬を得られるわけでもないし+されるものがあるとは思えないんだけど……あるのかなあ? それにしたって「自分を使いすぎ」という感は否めない。


ヒッキーは自分のことが大事じゃないのかもしれない。

あるいは「なにか」の為だったら自分を容易く切り捨てられるのかもしれない。

そんなことを思う。

 

しかし、久しぶりにアニメ感想記事書こうと思った。やっぱ楽しいね。うむ。

 

 

 

 

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 -妄言録(モノローグ)-(6) (ビッグガンガンコミックス) やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 -妄言録(モノローグ)-(6) (ビッグガンガンコミックス)
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