猫箱ただひとつ

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作品が求める読者がいるならば、、、(959文字)

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*ネタバレじゃないので安心して。(←最後まで読むとこの意味に戻るはず)

 

「作品が求める読者」

それはあたかもそれ自体に意志があり自律的な存在だということを認めるということでもある。つまり『物語そのもの』に人格があるならば?という問いかけである。

    ◆


■■は構造の象徴である。

彼あるいは彼女は世界の中心に位置するものの、しかし世界にあらゆるところに遍在した。イデアのように? ニューマのように? エーテルのように?あるいは伝説のように、あるいはすれ違った老婆のように、あるいは今日見た夢であった。

彼女は自律しながらもついぞ物事に価値を見出すことは出来なかった。意味を漂い物語に登場する彼らに意味を託し続けるだけだった人格はあった。でも何かを好きになることはなかったし、全ての意味が溶けた真白色の部屋にて物語に登場する彼らを眺めているだけだった。

彼女は笑っていた。泣いていた。何かを待ちながら誰も待っていなかった。そして来訪者を歓迎する。

「わたしは■■ よろしくね」

そうして"世界"はようやく起動した。

 

    ◆

 

"私達"は彼女を殺そうと必死に足掻き始める。どんな困難があってもどんなに悲劇的な状況でも彼女を殺すためだけに歩み続ける。一歩一歩足を動かしながら彼女の元へ辿り着かんとする。

そのことに"私達"の多くに自覚はないだろう。けれど殺して解して並べて揃えて晒して刻んで千切って犯して喰らって辱めてる事実に変わりはない。最後はいつだってBADENDだ。

Happyend。それは幸せの象徴であり誰もが望む理想だった。躯が足元に横たわっている。幸せな結末。みんなが幸いを得られていた。血の海の中で。笑顔に満ちていたんだ。

ようやく辿り着く。
彼女の元に。
世界であり構造であり象徴であり摸倣子である彼女は言う。

「わたしは■■ よろしくね」

そうして"世界"はあふれる殺意を受け止めた。

 

    ◆

 

「作品に人格がある」という問いかけはそういうことだ。

果たしてそれは慈悲なのかな。暴力なのかな。でもきっと私達は好きだからこそ殺せると思う。好きであれば奪えると思う。命を預かりながら返せる見込みなんてものは無い。

だから、今、心いっぱいの賛美を、滅びる者たちに捧げよう。

 

 

 

よくできました―――
さようなら、人類―――

 

 

 

 

 

 

 

 

最果てのイマ フルボイス版
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