猫箱ただひとつ

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キャラ対話形式レビューについて考える(5006文字)

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*対話形式をやっている人は気分悪くなる内容だと思われるので、閲覧は自己責任で。

 
という注意書き。ここから先は了承済みということで。

 



 

 

 

1)対話形式・VNIについて

 

まずは一読者側の視点から。

 

キャラ対話形式とは、「あるトピックについてキャラ同士が会話する」ものだとざっくり本記事では捉える。例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒキョンがアニメについて解説したり、東方のキャラが家電レビューといったもの。(対話形式はもっと歴史古いけどどうでもいいのでスキップ)

こういった既存キャラで会話させるものから、またはオリジナルキャラで会話させる人もいるが……しかし対話形式は扱いが難しい。

以前この話題でSNSに投げかけたところ「……あったねそういうの」「昔は好きだった」「キモイ」と一蹴される始末。私の観測範囲内じゃ逆側の意見は拾えなかった。例え全てがそういう意見ではないにせよ無関心なんか気持ち悪いイメージが「キャラ対話形式」にはあるんだろう。

これって「妄想乙」「キャラは美少女でも中はキモオタ」「生理的に受け付けない」といろいろ理由があるんだけど、基本的には二次元キャラが現実の出来事を扱うのが一番のポイントなんじゃないか。

だってハルヒの二次創作SSでハルヒキョンが会話してても別になんとも思わないでしょ? 

でも政治的な問題を"キャラクター"であるハルヒが取り扱ったり、今放送されているアニメについて言及するといった「メタ行為」こそが一気に夢から目を醒まさせてしまう。結局、管理人の妄想を可愛い女の子に喋らせてるだけじゃねーか気持ち悪いんだよ! と。

これが美少女キャラだったり既存キャラじゃなければ反発は少ないように思える。まとめサイトでよく使われる「やる夫とやらない夫」のやり取り見ててもそういった気持ちは起きにくいんじゃないかと思う。なぜならこのキャラはそもそも汚れキャラだから。(やる夫の起源なんて以下略)


上述したキャラ同士の会話、以上に、「キャラと管理人」形式で対話する所は高確率で嫌われる。

何故ならその"管理人"というキャラクターがそもそも"現実"を象徴する存在だからだ。先にも言ったように二次元と三次元・虚構と現実をストレートに組み合わせると一気に幻想が剥がれ落ちてしまう。キャラクターであるハルヒが現実に存在する人間と会話するという構図は、胡散臭さと気持ち悪さというイメージを抱かせやすいんじゃないかな。

ergでもアニメでもそうだけどこの「管理人対話形式」のレビューサイトは戦略的に失敗しているようにしか見えない。「ここの管理人なんで美少女(妄想)と戯れてんの……」と読者に印象付けるとかタルパの公開修行か神社か何かなの。

でもここはまだ序の口。

対話形式は負の印象を持たれやすいように思えるが、一番の問題はその圧倒的なつまらなさ。私が一番考えたいのはここ。


そう圧倒的につまらない。


キャラ対話は冗長とだるさとツラみしかない。キャラ同士の会話はダラダラと長く、要点を得ず、説明口調でちっとも面白くない。キャラクターは「意味を伝達してる」だけで「会話」はしていない。

キャラ対話レビューサイトならばその作品のジャンル、要素、メーカー、体験したことを"そのまま"読者に伝えているだけだ。こんなの箇条書きにでもしてれば十分の一で済む。

なぜ「キャラクター達が掛け合い」しているのかを考えなよと何度も思う。キャラ性が貧弱、エンタメ性が弱い、物語強度が低い、そんな所ばっかだ。

でもねー、正直分かってても出来ないんだとは思うんだよね。それくらい対話形式は難しいしこのスタイルで人気がある所は「センスがいい」か「技術がある」かのどちらかだよ。大抵はそれが無い。レビューサイトでそゆところにお目にかかったことは私は無い。

(対話形式サイト一般から、対話形式のレビューサイトの話題へと移行する)

この対話形式って、だらだらとキャラに喋らせてはダメで「一つの物語世界を創造する」のと同じくらいの技術と内発的動機が必要なはずなんだよ。だから素人がやってもへなちょこだし、10年以上やってる所でもここの技術を磨いてこなければへなちょこのままだ。

単純に対話形式のロールモデルを考えていない人が多いんじゃないかっていう気もする。個人的に提示するならば、アニメ『化物語』のオーディオコメンタリー(特にするがデビルの巻)と、小野ほりでいさんのコラムを参考にするといいと思う。

化物語』のオーディオコメンタリーは聞いたことがある人なら言わずもがな、その映像と音声のリンク性の出来に膝を打ったことだろう。キャラクター達が自分達の物語を俯瞰的に眺めボケとツッコミをする様は「メタ行為」について知見を育んでくれると思うし、他にも会話の間・ずらしなどは参考になると思うよ。化物語のオーディオコメンタリーは「音声だけ」でも聞けるほどに完成されているので、物語強度についても一助になる。

小野ほりでいさんのコラムは、Web上での物語の展開の仕方、間の開け方、進行の仕方、エンタメ性の混ぜ具合を参考にできるはず。



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あと対話形式って「文章力が自分には無い」と思ってる人が飛びつきやすいのかもしれない。

あくまで私のイメージね。文章力が無い→レビューを上手く書けない→だからキャラの会話で魅力的にしよう。みたいな。

けれどこれは逆で、何度も言うけれど対話形式は文章力が必須条件なんだよね。作品の要点を捉える力、何を言いたいのか纏める力、伝達効率が高い文章を紡げる力。さらにはキャラの掛け合いの妙と呼ぶべき創造力が必要。

それらの力がないから上手く作品の要点をまとめられないし、会話はダラダラと長くなって詰まらない対話が生まれていく原因になっている。

 

 

2)そもそも作品レビューに、対話形式は必要なわけ?

 

身も蓋もないけど、そもそも「作品レビュー」に「対話形式」って必要なのかな? つまりレビューサイトにキャラ対話を組み込む「良さ」ってあるのだろうか。

まず「対話形式」のメリットを確認しておくと、「高度な概念を平易に伝える」「楽しく読ませる(エンタメ性)」「思索を深める」この3つくらい。


1)高度な概念を平易に伝えるとは、やる夫で学ぶスレなどがいい例だと思う。経済学や帝王学などといった難しい考えを物語形式にして落とし込むことで理解を促進させられる。昨年流行した『嫌われる勇気』もまたアドラー心理学といった一見読んだだけじゃ分かり難いものを「哲人」と「青年」の対話によって読者に平易に伝えてくれているのもそれだ。

2)楽しく読ませる(エンタメ性)とは、上記コラムのようにエンタメ性を含んだ対話形式のこと。ここは「人を笑わせる」「おかしみを覚えさせる」というメカニズムに着目しなくちゃいけないだろうか。

3)思索を深める―――これは表現物というよりは自己思索だが上手くやれば読んで面白いものにもなる可能性も……あるのかな? (真)と(否)の2つ対極に位置する考えをもつキャラクター(役割)を振って対話をさせて思考を深めていく。この時、ちゃんと最後に着地が出来ればいいんだが……まあ難しいんだよね……。

ここの過程をうまく加工すると(1)に繋がることも可能だろうか。

 

ergレビューに還元


この3つを踏まえて、ergの対話形式レビューを考える。

レビューってざっくり言うと「作品要素の羅列」「主観的評価」をこなせばいいわけなんだけど、これを対話形式に組み込むとなると(2)の「楽しく読ませる」くらいしか利点がない。

水月』だったら、「夏」「伝奇」「民俗学」「幻視と現実の境界線」「放.尿」という作品要素を羅列し説明を加えていく。あとは「シナリオ」「音楽」「System」「CG」といった物語構造を分けて「主観的な評価」をつける。これだけ。

ゆえに(1)高度な概念を伝えるわけでもないし、そもそも管理人が高度な概念ものは持っていない場合も多い。所有していないならばそもそも表現できない。(3)も似たような理由で取り扱いにくい。

「レビュー」の意味をもう少し敷衍させて「批評」にするならば、(1)「高度な概念を平易に伝える」と(3)「思索を深める」の利点も得られるようになる。個人的には(1)と(2)を組み合わせたら最高だと思う。

つまり高度な概念を説明するっていうのは読者に新しい視点を開拓することに繋がり、かつそれが「楽しく」読ませるものだったならば市場的価値は高いんじゃないか、というわけ。

小野ほりでいさんがいつものエンタメ性溢れる対話で、かつ作品の魅力を伝える『ラブライブ!』『けいおん』の記事を書いてくれないかなと妄想したい。

逆に(1)(2)(3)が無い対話形式は無価値だと言ってもいいのかも。

新しい視点を開拓する考え方は無くエンタメ性は皆無でどこにでもある誰にでも言えるような意見しかないレビュー。さらには1000文字で済むところをキャラ対話により3000字使い改行にもたらされる余白の情報伝達の遅延性から紡がれる引き伸ばされた記事を見なければいけないとしたら地獄だ

対話形式やっている人は、一度Google Analyticsを使って1ページの滞在時間、直帰率、離脱率などを観たほうがいいかもしれない。最後まで読者さんが読んでくれているかよく分かるから。

 

 

おわり

 

対話形式に辛口な意見だけど、個人的には未来があると思っていて→つまり極めると(=(1)(2)を複合させた対話)は面白いことになるはず。

逆に言えば、そこまでを実現できなければそのキャラ対話は市場的に価値はないとも思う。これは完全に素人向けではなく玄人向け。あるいは玄人を目指す素人向けの方法論なんだよねー。小説書いている人はこの方法論と相性いいと思う。

残響さんのけいおんライブレビューは「キャラ対話」とはまた少し違うのだけれど、「現実の自分」と「物語のけいおん」という境界線の取り払い方は上手いなと。

放課後ティータイム・妄想ライヴレビュー - 残響の足りない部屋

放課後ティータイム・妄想ライヴレビュー(2) - 残響の足りない部屋


こういうふうに突き詰めていくと「キャラ対話」もまたいい感じになっていくのではないかと個人的に思います。

やっぱり惰性的言語・詩的言語の使い方とか「物語とはなにか」「虚構とはいかなるものか」「現実とは何か」「言語を超えるとはなにか」を考えていく系統のものだと思うんですよね→対話形式。ここらへんは『ハードボイルド・ワンダーランド』とかも良き参考になると思う。

あとレビューはそもそも惰性的言語の絡み合いなので相性悪くて、どちらかというと再生批評と相性良い気がする。

私自身、片足突っ込んでいるのでいろいろ試してみたいところ。

 

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ある方がおすすめしていたのでこの本読みたさしかないという状態

 

 

 

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