猫箱ただひとつ

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Twitterがバカッターになりやすいのは「都合のいい世界」を見てるからなんだろうね(3409文字)

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*タイトルで既に言いたいことを言い切っている記事。

*「うちらの世界」←この単語にピンときた人はもう見なくていいですよ。

 

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都合のいい世界を作るTwitter

 

Twitterっていろんな使い方が出来る自由度が高いツールなんですけど、基本的には「興味を持った人」をフォローするものだと思います。もう少し厳密に言うなら「自分と同調する人」です。

*フォロー(=ここではアクション単位行為の意味ではなく「可能な限りその人のツイートを閲覧する」という意味での使用)

 

例えば、自分にとって興味あるものが「アニメ」だったとします。けれどアニメを話題にツイートする人全てをフォローしたりはしません。

基本的には自分と"ソリが合う"人を中心にフォローしリストに突っ込んだりリプライで絡んでいくのが常です。いくらアニメを話題にしても例え興味深い視点を提供する人でも(自分にとって)口汚い言葉遣いをする人や、意見の差異、差別的な物言いな人を好んでフォローしようとは思わないんじゃないですかね。あくまでも「自分にとって」がキモです。

つまり人は自分とソリが合うか合わないか(同調できるかどうか)でフォロー&アンフォローを人を選択していくのではないか? そしてツイート自体の価値よりも、相手が自分に合うかどうかで判断するのではないかと思います。*1

結局、Twitterのフォロー&アンフォローってこの繰り返しで、同調する人、ソリが合う人、気が合う人、言い方は何でもいいですけどそうやって出来上がるのが「自分が見たい世界」です。Twitterはこの世界を構築する為のツールと言っても過言じゃない。

だから左の人は左の人だけフォローし右の人は右の人だけでフォローする。アンチはアンチだけ信者は信者の人を選択し自分にとって都合のいい世界を見ようとする。

 

 

都合のいい世界では、大勢が自分に同調してくれる!素敵!


その都合のいい世界では、その中の多数が認めるものは「正しい」となりやすく、認めないものは「間違い」という判断される場合が多い。

例えばある芸能人のアンチクラスタに、その芸能人のイイトコロをどんなに事実を積み重ねて訴えたところで蹴り飛ばされます。

そんな曖昧なものではなくても、戦争の経緯を社会的事実を踏まえ指摘しても逆側のクラスタには絶対的に伝わらないし納得なんてしてもらえない。何故なら彼らと私達が生きている世界は"別物"だから。*2


佐々木俊尚さん sasakitoshinaoの「国民が大喜びで戦争を求めたからです。」

 
そのクラスタ内で、その中の多くの人が是としない意見を言うのは躊躇しがちです。あるいは結局言わなかったりすることも多くなります。

どのクラスタでも、そのクラスタ内で自分が中心的にいると思っている人がいたりあるいは権威を振りかざしている人がいるのはよくよく見ていれば分かるものです。そうした中でクラスタの意に反する意見はスルーされたり、もしくは「サル山の大将」の意見に流れされてしまう場合が圧倒的に多い。(ここで"おまえはサル"だということを突きつけられる来ヶ谷さんのようになりたいがしかし難易度ぱないなと思うこと幾星霜。あと中心的な人物はいないという考えたかもあるんですよね、そのクラスタの「空気」そのものが中心的に位置するという考え方。人ではなく、空気)

仮にその意見を言ったとしましょう。けれどその意見は結局「なあなあ」になったり、断言することはなく尻すぼみな発言になりがちです。だって同調圧力怖いものね。自分の立場(←ネットでの自分の立ち位置をアイデンティティとしている人がいる)崩れるのが怖くて断言を避けちゃうとかね。THE・ムラ社会って感じ

そのクラスタ内で出された結論は「論理的に正しい」と何の根拠もない(あるいは論理性が貧弱)にも関わらずそう信じている人がいるということも忘れないでおきたいです。おそらくこれは(クラスタ内の)みんなが同調してくれるから正しいと思い込んじゃうだろうねえ……。同意してくれることとそれが筋の通った考え方かは本来別物だけど気づかない。あるいは気づこうとしない。そんな自己欺瞞の温床でもあるのかもしれないし、もしくはクラスタという大きな単位の欺瞞なのかもなーと思ったりもします。多数論証という言葉を一度は調べたほうがいいです。 

しかしその「自分に都合のいい世界」から一歩外に出て、振り返って見ればそれらがいかに滑稽なことか分かってしまうその世界がいかに歪か気づいてしまう。だからここに気づきたくない人はその世界にずーっと閉じ込もっているんだろうね。

2年ほど前に「バカッター」として炎上した冷蔵庫に入った案件とかその他もろもろも、そうした自分の行為が「外部」から見られることを留意していなかったらこそ起きたんだと思います。

いつだって周りの人間が承認してくれた!同調してくれた!だから俺は正しい!!!

自分にとって都合のいい世界――うちらの世界――では「許される」ことも「正しい」ことも「是認」されることだったはずが…………。

外側に立つ者からすれば彼らの行為は「許されなく」「間違っていて」「否定」されるものだった、ということです。 (とはいえ……その「外側」がいつも正しいとも限らないんだけどね。というより「正しさ」なんてものは流動的なので)



ちきりんさんのツイートは的確。

 

 


TwitterではTwitterで構築した「自分に都合のいい世界」は全て正しいですからね。だって都合がいいんだもん仕方ないよ。

東の村は西の村を馬鹿と野蛮人だと思っていて、西の村は東の村をサイコパス呼ばわりしているみたいなね。そんな昔話を思い出す。これ現代版寓話にできるんじゃないかな。


大事なのは「そういった構造」を知識でもいいから理解しておくことなんだと思います。

つまりTwitterで、あるトピックについて、周りの人間が「おおむね同じ意見を言っていた」らヤバい!と思ったほうがいいです。

ジャンダー問題しかり、教育、戦争、左右、育児、ラノベ論争(?)とかね。ネット上で大きな話題が流れてきたときによくよく観察してみると「自分が構築した世界の有り様」を見て取れます。

肯定と否定のどっちの意見も取り込んで見極めてクラスタの文脈、空気に流されず(←これすっごい難しい涙)最後には自分で考えて結論を下さないと人生毀損していくんだろうなと(Twitterだけの問題じゃないよね至る所に"倫理"はあるしそれを超えるかどうかはいつだって私達の眼前にある。上手くやらなければ集団で嬲られますしね……)こんなこと言っているけど私自身クラスタの文脈・空気に流されてしまうしダメだなあ……と感じているのでもうちょっと敏感になっていきたい所。難しいんだけどね……都合がいいってことは楽ってことなので楽なほうに楽なほうに人間は流されちゃうし、それと"倫理を超える"ってこれもう完全に内発性のお話じゃないの?という気もする。内発性は教育では獲得するのは難しいと聞くけれどもしこれが本当ならば内発性っていうのは家庭・親に依存するものなのかねって少し考えている。


ではでは、またね。

 

 

 

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*1:もちろん。フォローした人が多少自分とソリが合わない場合もありますし、あるトピックについて真反対の意見をいう場合だってあるでしょう。けれどそれは許容できる差異として受け止め片付けたり、あるいはそれが重なりアンフォローするのかもしれません。「結局この人とは合わなかったな」と。

*2:「言葉」は自分と相手が異なる世界で生きているという事実を巧みにあるいはやさしく隠してくれるものですけど、こういうときそうじゃないんだって分かるよねえ(脱線)