猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

2014年秋アニメの総括(6658文字)

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秋アニメ7作品のざっくりとした感想書いていきます。ちなみに続くアニメは除外で、完結したものだけですね。 

この7作品。

最終回のネタバレ含めて語るので、興味ある項目だけ見て頂ければいいかなと思います。

ではどうぞ。

 

 

 

 


棺姫のチャイカ AVENGING B

 
一期から見続けていましたが、うーんという終わりでした。さらりと終ってしまったので、あ、あ、あれ?終ったんだーという印象のまま幕を閉じてしまった為、『棺姫のチャイカ』の物語実感感覚がとても希薄です。うーん?

良いとか悪いとか面白いとかつまらないとか、そゆことではなくて、チャイカの存在強度とでも言えばいいんでしょうか、そゆのがあまり自分の中に無い。最初から"視聴していな"かったような感じでもあり、視聴する前と後で比べても特に自分の中に「残留し続けるチャイカ」なるものがいない。

なんだか珍しい読後感。初めてかも。

強いて「面白いかどうか」を言うのであれば、つまらなくはないけど面白くもない……と言った感じになるのかな。でもそれはこの物語の本質でもない気はする。面白いとかどうでもいいんじゃない?って感情がふわふわと漂う。いやでも面白いかどうかは大切だとは思うけどね。 

棺姫のチャイカI (富士見ファンタジア文庫)

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サイコパス 2


ぼーっと見ていたわけではないんだけれど、結局何が在ったのかをうまく理解していない。感じがする。となると語りたいことってうまく出てこないんだよなあ……、うまく理解していないものは語れないのである。うーむ。

じゃあ面白いかどうかって考えると、これまたうーん?という感じ。サイコパスについて特に言いたいことないなあ……終わりにしよう。 

監視官 常守朱 6 (ジャンプコミックス)

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異能バトルは日常系のなかで

異能バトルは日常系のなかで  6【初回生産限定版】 [Blu-ray]

「 異能は何の為にあるのか?」答えに手が届くようなアニメでした。いやー……やっぱりそうだよなあ……って膝打ちました。異能を利己的に使ってしまえば、絶対にそれまでの自分の日常は壊れてしまう。異能による「新たな選択」というものを私達はきっと感じてはいけないんですよ。

その選択を知ってしまったら、例え使わないにしても、「使わない」ことを意識しすぎて精神が疲労していきますから。だから安藤はそんな「選択」を見せないように千冬ちゃんに「その力で生命を生み出してはいけない」とか、先輩に「死者を生き返らせてはいけない」と言い含めたんだと。 

異能バトルは日常系のなかで5話。力を目的の為に使うから日常はぶっ壊れるんだなって


それと鳩子の「わかんないよ」はもうね……これほんときつい。クオリアに属する話は「実感したことがあるかないか」という"感じ"るかどうかなので、知識で補うことも技術で習得することも出来ない。

だからそこに断絶の壁がある。ふつうなら、いや私ならそういうものに直面したとき諦観しますし、それ以上のめり込まないようにする。でも鳩子の場合、彼女にとって「中二病を理解する」ことはとても優先順位が高いものなので、……のめりこんでしまう。

すると感じられない自分が嫌になってああああってなるんだろうなあ……と。こんなの地獄だよありえない。鳩子が歩もうとしているのは「溶けない氷細工」を探すようなものだし、それって……それってさあ……。ってちょっと落ち込む。

さあ"分からない"をはじめよう。「異能バトルは日常系のなかで」7話 - 猫箱ただひとつ

 

私の中で「異能はカッケエだけでいいんだよ!」という言葉が定着している感じがする。ふふふ。異能はなあカッケエだけでいいんだよ!ばーん!って言いたいです。いや言ってますけどね。

異能バトルは日常系のなかで[最終回]。


11話の灯代の「虚構はここにあるんだよ!」でうるっとした人とは、楽しく会話できますね、ええ。きっと。だってあそこが分かるってことは、こちらがわの人ですから。

という感じで、今期癒やされたり笑ったりうるっとした良いアニメでした。EDのぐるぐる回る感じも見てて楽しいですし、異能バトルは人におすすめできる作品なのよ。そして叶うならば原作読みたいです。

  

異能バトルは日常系のなかで 異能バトルは日常系の中で (GA文庫)

異能バトルは日常系のなかで 異能バトルは日常系の中で (GA文庫)

 

  

 


甘城ブリリアントパーク

 

今期で一番楽しかったアニメ・甘城ブリリアントパーク 。いすずちゃんは可愛いし、もっふる卿はキュートだよね。(あのネズミが可愛いだと?……可愛いじゃん!) ギャグあり笑いあり涙?は無かったけど、満足です。良かった。

何も語りたくなくてもいい、面白ければそれでいいじゃないかという体感を味わえました。これは原作読みたくなる。蟹江くん良かったなあ……。

 

 

 

 

ソードアート・オンライン

 

シルシ(期間生産限定アニメ盤)(DVD付)

ユウキの現実環境は、人が"永遠の世界"を擬似的ながらも再現した結果のようにさえ思える。

肉体はボロボロでも精神だけは現実の枷から解き放たれ、苦痛を限りなく緩和し、喜びを最大限に高めていく。時の流れを希薄にし、無限の想像と空間で構成された世界・オンラインゲームはユウキにとって間違いなく本当の現実よりも本物な"現実世界"だったに違いない。

肉体を捨てて、精神だけで"生きる"ことが可能になる少し手前が、ユウキの現実環境のように見えてしまう。そして、虚構と現実の境界線はあまりにも分かり難いものなんだなと。

対立する2つの概念は、総じて「両義」である可能性が高い。高いというか全部それだよね。表と裏、光と闇、男と女、虚構と現実―――それらは片方なくしては存在せず、さらに片方がもう片方の意味を内部に含有すらしているのだ。

ネトゲは実際の現実を毀損するかわりに、ネトゲの世界内が現実へと様変わりする。そして本来の現実世界のほうが虚構へと成り果てる。そしてネトゲが現実になろうともその世界でも「虚構」を意味する概念は内在しているのだ。

もちろんネトゲを優先するか現実を優先するかどちらがいいか? なんて質問に意味はないと思う。だって"どっちも一緒"なのだから。

この答えに拒否感を感じるのであれば、ユウキのような存在が世界の少数派ではなく、主流になり、多数派になったと考えると少しは折り合いつけられるんじゃないかな。

誰もが誰も、肉体を捨て、現実を捨て、仮想空間であるゲームという世界に没頭する。彼らは一様にいうのだ"ここ"が現実であると。 そして肉体の枷に囚われているあそこは終ったものだと。

そういう時代いつかくると思うよ。

そしたら私達は、そのゲーム世界で一体なにを目指すようになるんだろうね。生とか死とかいう既存概念が一新され、書き換わっていく。何のために生きて、何のために死ぬのか、という価値観も変わっていく。

そんなとき私達は笑っていられるのかな。

 

 

 

アカメが斬る!


『アカメが斬る!』を振り返ってみると、何かが優れたわけでも、突出したわけでもない。満足感が高い作品でもなければ、よく見慣れた物語だと思うし、誰かにおすすめしたくなるような感じではない。少なくとも私はそう感じます。

 けれどそんなアニメを2クール見続けてきたわけなので、「つまらない」と感じるわけでもないのが事実です。これもまた形容しがたい読後感だったような。 

……タツキがアカメとの約束を破ってしまう所は多分ずっと覚えていると思う。

  

 

 

結城友奈は勇者である

 

実は、ゆゆゆに対する私の満足度はそんなに高くないです。物語としての評価は普通という感じ。

なにか突出したような作品ではないですし、「これおすすめだよ!」と誰か言いたくなるものではありません。でも、好きです。友奈ちゃん好きですし東郷さんも好感持てます。

以前から言っていますが作品の評価とそれが好きかどうかは別基準でなんですよね。作品としての評価が低くても、胸を張ってこれ好きだよ!と言えるものがありますし『結城友奈は勇者』は私にとってそんな感じ。

 11話での夏凜の絶望ではなく感謝する場面とかいいなって思いますもん。あのとき夏凜は満開をくりかえすことで敵を退けるものの、その代償は失明・手足の機能失調。

そんな重いものだったにも関わらず、彼女は友奈に向かってこう言うのです

「ありがとう」と。

泣いて喚いてもおかしくない状況でした。人類の立ち位置は依然その場しのぎの生存ですし、勇者である夏凜は自身の肉体を犠牲にし続けながら地獄の責務を負わされている。現にその責務は、絶望するにふさわしい形で彼女に訪れた。この先泣いても笑っても、目は見えないし身体は動かない。幸せな未来なんてない。

そんな状況で「ありがとう」と言い出せる夏凜に驚いたし、合点がいった。そうか……そうだったのか……希望に待つのは絶望で、絶望の先にあるのは「感謝」であると。

どうして? という理屈はまだ分からない。けれど"感覚的に"私にはそれが正しいことだと思える。全てを喪った先に待っているのは感謝の念なのだ。

光を失って、友達の顔も見えなくなって、勇者は使い捨ての駒であることも判って―――そこからありがとうと言った彼女の気持ちを忘れない。

 

結城友奈は勇者である[最終回]。この冷たい世界を受け入れよう、そして

 

友奈は東郷さんをぶん殴る。

絶望に絡め取られている人間にすることはまずもって言葉であり、それでも判らなければパンチするしかないのだ。

人は自分の想いを大事にする。想いは自分にとって大事でありとても価値あるものだから、それにしがみついてしまう。経験と実感にもらされる想いは、当人にとって「答え」となり、心の奥深くに根付く。

東郷さんが世界に絶望を感じたのは、それが過去による記憶と、現在もたらしてくれる客観的な事実による実感。

けれどそういった実感がもたらした、当人にとって「答え」となっている概念をぶっ飛ばすには「愛」しかない。つまりその人を想った行動でしかありえない。

友奈ちゃんのはただの暴力ではない、愛ある拳であり、愛あるパンチなのだ。

「おともだちパンチ」を御存知であろうか。

たとえば手近な人間のほっぺたへ、やむを得ず鉄拳をお見舞いする必要が生じた時、人は拳を堅く握りしめる。その拳をよく見て頂きたい。

親指は拳を外からくるみ込み、いわばほかの四本の指を締める金具のごとき役割を果たしている。

その親指こそが我らの鉄拳を鉄拳たらしめ、相手のほっぺたと誇りを完膚なきまでに粉砕する。

行使された暴力がさらなる暴力を招くのは歴史の教えの必然であり、親指を土台として生まれた憎しみは燎原の火のように世界へ広がり、やがて来たる混乱と悲惨の中で、我々は守るべき美しきものたちを残らず便器に流すであろう。

しかしここで、いったんその拳を解いて、親指をほかの四本の指でくるみ込むように握り直してみよう。

こうすると、男っぽいごつごつとした拳が、一転して自信なげな、まるで招き猫の手のような愛らしさを湛える。こんな拳ではちゃんちゃら可笑しくて、満腔の憎しみを拳にこめることができるようはずはない。

かくして暴力の連鎖は未然に防がれ、世界に調和がもたらされ、我々は今少しだけ美しきものを保ち得る。

 

――夜は短し歩けよ乙女

 

 

 

 

 

 

 

 

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このパンチが大好き。友奈パンチは親指を内にひそめてはいませんが、でもこれは愛に溢れていると思うのだ。

どうでも他人にですら、顔面グーで殴るのは勇気がいるというのに……もっとも傷つけるのに躊躇いが出る「大切な人」の顔面をおもいっきし殴るとか通常じゃ出来ないよ。大切な人を、自分から傷つけるのってすごい難しいよ。

そして大切だからこそ、友奈ちゃんは東郷さんをぶん殴った所にキュンキュンするわけです。

あと友奈ちゃんのかっこいい所は、ぶん殴ったあと、がしっと東郷さんを抱き寄せるところなんだよね。そして「大丈夫だよ」と言い続けてくれるところ。ただ殴るだけじゃダメ。東郷さんが羨ましすぎて辛い。

 

それとゆゆゆは一見「ハッピーエンド」っぽいけれど全然ハッピーではないよね。

世界の有り様は依然同じままで、勇者がいなければバーテックスによって世界は滅んでしまうし、その生贄であった『勇者部』から今度はまた別のメンバーへと対象が変わっただけ。世界のどこかではまたいずれ、生贄となる少女たちが生まれ始める。

さらに言えば、友奈ちゃんはあの後も1人だけでおそらく勇者として戦い続けている。これは全然ハッピーエンドでもなんでもない。

けれどもしそう感じるのであれば、それは「結城友奈の視点を与えられた」ということなんだと思うよ。

世界は一話のままと同じく狂ったままだけど、「大丈夫だよ、なんとかなるよ」という友奈ちゃんの視点で見た最終回の世界はこんなにも充足し満ちている。

勇者が「勇者」足りえる資格があるとすれば、やはり私はこの"世界認識"を持っているかどうかだと思うよ。

―――大丈夫。ぶら下がったニンジンもいつか食べることができるはずなんだよ、と。ね。

 

 

 

 おわり

 
前期もまた良いアニメに出会えて、満足。この調子で毎期出会えると嬉しいですね。

tunderealrovskiさんの記事を見て、自分も「話数単位で選ぶアニメ10選」をやってみようかなと考えていたんですが、思ってたよりこの企画敷居高いなと思いました。

というのも、私はアニメを「話数単位」で見たことがないことに気づきます。一応話数ごとに感想を書いてはいますが、アニメを「分割していないひとつのもの」という意識で見ているので話数で選んでみようと思っても、うむむ?と困惑してしまうなと

感想記事を残している分ならば、それを元に話数単位の記事を構築できますが、そもそもその絶対量が少ない。さらには印象的なワンシーンが頭の中にあっても、それが何話なのか分からないという有り様……。なのでこの企画に乗っかってみたいなと思いつつ、ちゃんと話数毎にメモしてないと、一年の総まとめでこの記事は書けないなと。

そしてこういうざっくりとした記事になるのでしたΣ(゚Д゚)ハッ 今年は……出来ればやってみたいですが、多分やらないような気もします(白目

てなかんじで終わりです。

ではでは。

 

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