猫箱ただひとつ

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気持ちよい風が吹き、食べ物さえあれば(1379文字)

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「気持ちよい風が吹き、食べ物があって、休める家があればいい」と思うようになってる。

気がする。もうそれだけでいいじゃないかと、生きることに意味や価値を創出すること自体がなんだかおかしいんだと。

物語も世界も終わる事を恐れるなら、幸せな場所に永久に居続ければいい。気持ちよい風が吹き、食べ物があって、休める家があれば、そこで死ぬまで暮らそう。それでいいじゃないか。本質はそれだけの事でしかない(釣竿)

 

こんなこと昔ならお断りだった。永遠の日常、繰り返される退屈な日々なんてもの望まなかったし疎ましかった。詰まらない毎日を抜けだしたくて仕方がなかった。ある人はこれを「そうして人間は他者とは別の何かになりたくて、技術や知識を磨き、社会は発展していくんだよ」と言った。確かにそうなのかもしれない。

そうやって「何者か」になりたくて、彷徨い続け、競争し、競争原理に溺れ、疲弊していく。自分には何かしら価値を創出できるんだと信じて、けれどもその先に待つのは疲れている自分だけなんじゃないか。 

(早希っ! 公生をピアニストにしよう! 公生は、公生は、天才だよ!)

――瀬戸紘子

才能という「他の誰かとは別の価値」を持っているからといって、幸せに直結するとは限らない。けれども他者とは違う自分というだけで、なんだか安心するし優越を覚える。

逆に価値が無い人間は、無価値な自分をコンプレックスにするし、才能を持つものはそれを伸ばさなきゃいけないんだとさえ思うようになる。これは「価値を創出」することが素晴らしく、一転の曇もない価値観という認識に囚われているからなんじゃないか。

「でも、このままじゃ、せっかくの才能と能力が無駄になるわ」

――望月 (大図書館の羊飼い)

 そうだね、無駄になるね。
 

「才能がある人間は、それを伸ばすべきだと思わないか? でなければ、同じ世界で一生懸命努力している人間が悲しすぎる」

――桜庭 (大図書館の羊飼い)

 桜庭玉藻は少し行き過ぎた考え方だとは思うけれど、こんなふうに思っている人は多いんじゃないかと思う。自分も昔はそうだったしね。「何者か」になれないなんてのは嫌で仕方なかったし、そうではない人を見下していたような気さえする。

ただただ何も進まない日々、それを繰り返している人を見てはそうはなりたくないと思っていた事実は、逆に言えば価値を生み出し続ける人生に憧れていたのだろう。でもそれは幸福とは無関係だ。

無窮の空を見ては、夢に焦がれ、ゆっくりとした時間を過ごすのもきっと悪くない。これこそが、いい、とは言わないけれど、それでも価値を創出するだけが生きるということではないんじゃないか。

気持ちよい風が吹いて、食べ物があり、休める家があり、ゆるやかなそんな毎日に、好きな人がいれば最高だよね。

って考えると、もうそんな生き方はとても特別なものなのではないか?という疑問が出てくる、確かにそうかもしれない。

 

 

「そういうものを、誰だって抱えて頑張ってるんだよ」

「どこかにたどり着きたいなら、歯を食いしばって進みなよ」

「安易に、安息の場所が見つかるなんて、思うなぁ」

「うるせぇよ、ぼけ。きれいごとぬかすな」


――初雪、ラン (はつゆきさくら)

 
元気体操するしかないじゃない!!!

  

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