猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

表現と共有(2388文字)

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井川絵見を見ているとむしょうに泣けてしまう。涙で視界が滲んでくる。この文章打っている最中も嗚咽をもらしたくてたまらない。なぜだろう。わからない。いやわかってるさ。それは彼女が遠い日にむかしに見た"一瞬"にあの一瞬の風景に全てを賭けているからだ。

無限の可能性を捨てて、有馬公生が見出したあの風景に到達したいと願った人間がピアノを媒介にして想いを載せているからだ。響けと、私の願いよ届けよと。そう言っているからだ。この想いに触れてしまったらもうだめだ。

私がしたかったことはなんだ? これじゃないのか?

今、言葉は蛇足だ。
想いは全部ピアノに込めたんだから。

 

 

 

ぁの……
なに?

聞いた人がわたしもピアニストになりたいっ……って思ってくれるようなぴあのを、わたしにもっひけますかっ!

絵見ちゃんが強く願えばきっと音楽は応えてくれる。ピアノは響いてくれる。

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わたしはあの子みたいにピアノが弾きたい
あの子と同じ舞台に立ちたい
そうしたらきっと あの子と同じ風景が見られるから


厳密には違う。彼女のように、私は誰かの風景に至りたいわけじゃない。けれどもやっと思い出した。私がしたかったことは、誰かとなにかを共有するわけでも、感想を語り合いたいわけでもない。好きを伝播させたいなんて思っていない。そんなんじゃない。そんなものであるわけがない。ふざけんな。今していることは昔のあの日に願った自分の気持ちを無視している。私はただ、自分の"見た風景"を言語化したかっただけなんだ。言語化じゃなくても構わない、ただ形にしておきたかった、消したくなんてなかった。記録せずにはいられない書かずにはいられない。だから書いてきたんだ。でも文章という媒体での表現はとても難しい。でも絵や音楽で迫ることができる領域もきっとあるはずだって思ってそうしてきたんだ。いやあるんだよ。私はそれを感じたことがあるのだから。少なくとも自分の体験上ではある。だれかの作品感想を読んで感動したことが。私はただ自分のイデアを残したかっただけなんだ。可能限り再現できる方法で、出来る限りの努力を割いて、書き残したかった。あの日、あの時、偶発性の中でみた景色を。だから感情が昂ぶっている総括は明らかに質が高い。それは想いが乗っているから、気持ちが滲んでいるからだ。そういうのが書きたい。手の肉が裂けて骨が見えるくらいに強烈に心に響いたものを書き残したい。あの一瞬の風景を閲覧可能なものにしたい。『はつゆきさくら』の総括はどうだっただろう。私の中ではベストだよ。今のところあれ以上はまだ出せていない。あのとき見た風景が、あの文章で、再現できていたら嬉しいんだけどね。まだまだなのかな。どーでもいいな。ただ書き残し続けるだけだ。共有なんてほんとくそくらえだよ。自分の感情や風景を共有したいなんて思ってない。ぜんぜん思ってない。なのになんでそんな体裁を模した記事書き続けているんだ?バカなの?あんたばかなの?世の中はどんどんどんどん「共有」していく一方だ。帰宅したことからご飯食べたことから恋人とのデート報告、同級生の結婚報告、子どもがおねしょした、ペットが可愛くてさーからの自慢。家族の不幸、妹が生意気で姉ちゃんは無関心のようでおとなりさんがどうのこうの私の会話に意味なんてあるわけないじゃん深読みしてんじゃねーよ。別にそれが悪いって言っているわけじゃない、やりたい人はやればいいだけのことで、ただ私はそれに最近疑問を感じているというだけのこと。批判なんてしないし責めてもいない。共有することは楽しい。楽しいけど共有ばかりになっていくと、やっぱり内圧が下がる。こんなの求めてたっけ?なわけない。あるブログで「オタクはブログを用いてコミュニケーションをするようになった時から死んだ」みたいなことを言っていたけど、確かにそうかもしれないなって思うよ。オタクとかどうでもいいけどね、私はその言葉に価値やアイデンティティを感じているわけじゃない。この言葉に何かしらの思い出があるのは今の……いやこの話はいい。そうじゃなくてオタクとはそもそも誰とも趣味を共有しなかった(時代的に出来なかった)からこそ、強烈な人物がいたとそのブログは語る。私が思うにこれもやっぱり内圧が関係しているんだろう。誰とも共有しないからこそ、感情は内的に向き続け膨張していく。時としてその重量さから押し潰されてしまう人もいるけれど、その効果として独特な思想、視点というものが備わる。いわゆるオリジナリティってやつだ。自分の内在世界で「考え」続けてきたからこそ(=ここで言う考えるとは頭の中でぐるぐる思考を巡らせることではなく自分はこう思ったという自分なりの結論を出し続けること)そいつらしさが生まれる。強烈がいいことかどうかはさておくとして、共有し続けることの弊害はこの逆だろう。つまり視点が"薄っぺら"くなっていくってこと。やれやれ。どーでもいいか。そろそろここが転換期のような気さえする。私はちゃんとここを見据えて書いていったほうが絶対にいい。やはり縁は邪魔なのかもな……。他者の視点なんて本当はいらないんだよ、こういう感想ブログとかはとくに。楽しいんだけどね、でもその楽しさゆえにいろいろなものが損なっていている感覚はある。で何の話だっけ。いろいろ脱線しすぎた本分を忘れているにもほどがあるぞ。えーと表現と共有かタイトルにも書いていたな。

したかったことがやっと輪郭を帯びてきた。つまり

 

 

 

 

 

 

 

戻ってこい


戻ってこい

 

――私が憧れた有馬公生

 

響け


響け


響け

 

――私のピアノ

 

響け
響け
響けっ! 

 

 

 

 

 

 

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