猫箱ただひとつ

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嫌いな人に嫌われたいと思うのは自然だよ

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気分を害するような記事なのでそっとじ推奨。閲覧する場合は自己責任でどうぞ。

 

 

 

嫌いな人には嫌われたいって思う。

私はあなたを嫌っているんだからいい加減分かれよと何度も言いたくなる。実際に言う。お前のことが嫌いだから金輪際関わるな、接触するな、話しかけるな、話題にすら挙げるなあっちいけ。

お前のことが大嫌いで大嫌いで仕方ないんだよと口に出して言う。

それでも関わってくる人間にはどうすればいいのだろう。嫌悪を突きつけているのに何故関わってくるのだろうか? というかもうそんなのストーカーでしかない。

好きな人が私のことを好きになってくれなくてはいいから、せめて私が嫌いな人は私のことを嫌ってほしい。毛嫌いして欲しい。そして接触しようと試みるなたこ。

それはわがままだろうか?

わがままだ。

 

「好きな奴がお前のことを好きなってくれるとは限らないのと同様――嫌いな奴がお前のことを嫌いになってくれるとは限らないんだよ。そして嫌われてくれるとさえ限らないんだ」

(花物語)

花物語 (講談社BOX)

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花物語』の貝木泥舟が言うように、そんなのはわがままだろう。

でもね相手が嫌っているのにも関わらず、それを明示化しても、突きつけても関わってくるヤツは本当に気持ち悪い

理屈じゃないんだよ。感情だ。

そんな行為をしている人はただただ気持ち悪い。当人の接触の仕方が間接的だろうが、遠回しなやり方だろうが気持ち悪いものは気持ち悪い。消えればいいのにね。実際にほんとうに消えて欲しい。


これは別にリアルに関わらず、ネットでもこういうストーカー予備軍みたいな(あるいは本当にストーカーじみたことをしている)人がちらちら見る。

何年にもわたりあるブログを読み続けてムカついた記事があったらクソみたいな批判を垂れ流しまくったり、あるいは直接その管理人に「お前は間違っている。俺正しい」と連呼して憚らない人とかね。

それを何回も何回も繰り返しているそれは、もうね、ほんとうに気持ち悪い。

その行為を外から眺めている傍観者でしかない私ですら、そう感じるのだ。実際にストーカーじみた行為を受け続けているその方は悲惨すぎる。

そんなにムカつくのなら観なきゃいいのにね、でもやめられないんだよね? 批判したくて批判したくてたまらないんだよね? あるいはその人と関わりたくて接触したくて仕方ないんだよね。

 

 

 

んなの、くそくらえだ

 


こういうストーカーの素養を持った人に――――いいや違うな。

"ストーカー"に私も一年(あるいは今もそいつは粘着し続けている)付きまとわれていたことがあってうんざりした経験がある。英語3文字はほんとうにクソだったという思い出しかない。

あのさ……

相手が「嫌い」だとはっきり突きつけているんだから、おとなしく立ち去れよ。未練がましく女々しく関わろうとするな。遠回しに間接的にでも関わろうとしてんな。

それとも"そういう"方法でしか人間関係が築けないのか? それがお前らの距離感なわけ? 違うだろ。いいやそうなんだろう。もうそういうことでいいか。

ストーカーの心理学 (PHP新書)

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相手が嫌いだ関わるなと明示化しても、関わるやつはストーカー野郎だと断定しよう。

そして私はこう思うんだよ。

なぜ相手が嫌いだと言っているのに、すぐに相手への好感や興味をなくせないのかと。スイッチを切るように、ONからOFFに移行するように、メーターの残量が0を迎えるように相手への興味を消してしまえばいいのに。

そうしないからそんな醜いストーカーじみた言動を繰り返し続けるんだよ、とね。

リアルならいざ知れず、ネットであった人にどうしてそこまで執着できるのかが分からない。会ったこともなければ、その人の背景を知っているわけでもないのにね。

逆にいえば私はこれが出来てしまう。スイッチを切るように、相手への興味や好感を0化させてしまうことができる。

蛋白かもしれない冷たすぎるのかもしれない。でもそんなもんだよ。

「忍は、そのネットゲームで友達がたくさんできたと本気で思っているの?」 
「……いや、その場だけだと思うよ。もちろん……」
「なら刹那的だわ」
「まあ、なんとなく楽しいってだけだね」
「薬物と変わりないわね」

――本堂沙也加、忍

 そしてここで『囮物語』の撫子の教卓を蹴り飛ばしたさいの叱咤が聞こえてくるわけだけれど、だからなんだっていうんだ。